走ってナンボ

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遠すぎた橋 ~A Bridge Too Far~

A Bridge Too Far

これまでの記事で、戦争においていかに兵站が重要であるかをご説明してきました。そして「世界一贅沢な軍隊」と呼ばれた米軍が、いかにこの補給を重要視していたかをご紹介したのですが、今回はこの米軍(連合軍)が、その補給路を確保するためにその補給を軽視して行った作戦についてご紹介したいと思います。
その作戦とはノルマンディ上陸作戦の後に、ヨーロッパ大陸で実行された「マーケット・ガーデン作戦」と呼ばれる空挺部隊と陸上部隊のコンビネーションによる複雑な大規模作戦で、その作戦を描いた映画が今回ご紹介する「遠すぎた橋(A Bridge Too Far)」です。

1944年6月6日、ナチスドイツによって占領されていたヨーロッパ大陸に対して行われたオーバーロード作戦と呼ばれる大規模な反抗計画がノルマンディ上陸作戦でした。300万人近い兵員をドーバー海峡を渡ってフランスのノルマンデイに上陸させ、そこから占領下のフランスを解放し、ドイツ本国に進撃して行くというのがこのオーバーロード作戦の目的だったのですが、当時のドイツは対ソ戦のバルバロッサ作戦と呼ばれる侵攻作戦で多くの兵力をロシア戦線に振り向けており、米・英・カナダの連合軍の反抗作戦はまだ先だと思われていたのです。
日本人の感覚からするとせいぜい瀬戸内海を渡って四国に侵攻する程度の距離でしかないドーバー海峡を、これだけの大部隊が気づかれずに渡るのは至難の技であったのですが、絶妙な天候の時期と様々な陽動作戦、そして徹底した緘口令により、最後までドイツ軍は何らかの上陸作戦が計画されていることを察知していながら、その上陸地点を特定できずにいたために、ノルマンディの海岸に連合軍の上陸を許してしまいます。

そしていよいよ大陸での連合軍の反撃作戦が始まったのですが、ここで問題となったのが兵站補給ルートでした。フランスの港湾を確保した連合軍はその補給物資を陸揚げすることはできたのですが、そこからヨーロッパの深部へ進撃する部隊への補給ルートは延びる一方で、上陸後の3ヶ月で600kmにまで達していました。しかもドイツ軍の占領地域を「面」で制圧しようとすると時間がかかり、「線」で制圧し機甲部隊を進撃させると、側面からの反撃に逢い、補給路と退路を絶たれる恐れがあったのです。
そのリスクを考えると進撃のスピードは遅くなるのですが、確かに周囲の都市を開放しながらの進撃は政治的にも必要な作戦であることに対して、ドイツ軍の組織的な反撃を早期にアキラメさせるには、一刻も早くドイツ国境までイッキに進撃し、フランスに残ったドイツ軍の退路を断つことにより、占領国に駐留していたドイツ軍を個々に分断し、その後にじっくりと面での占領開放を進めれば良いと考える米軍と、長引く戦争をなるべく早期に終結させたいと考える英軍との間に勃発した補給物資の奪い合いから立案されたのがこのマーケット・ガーデン作戦だったのです。

MG作戦図1

当時の米軍の最前線での作戦指揮を取っていたのが米陸軍第三軍を率いるパットン将軍で、連合軍司令部の持つ上記のジレンマなどどこ吹く風で、彼はとにかく南方ルートを一気に進撃し、ベルリンになだれ込むことを目標としていました。パットン将軍にとって最大の悩みは補給ルートで、進撃すればするほど補給ルートは長くなり、周辺を完全に掃討することなくどんどん進撃したために、その補給ルート上で、分散的ではあったもののドイツ軍の抵抗を受けることもあり、レッドボールエキスプレスと呼ばれたトラック輸送部隊を最優先で、前線まで補給物資を運ばせていたものの、本来であれば安全に走行できるはずの補給ルート上で、そのトラックが攻撃を受けることもあり、燃料を始めとする補給物資が届かないことにより進撃のスピードが停滞することに業を煮やしていました。

一方で北方ルート、すなわちオランダからライン川を渡りドイツ国境に侵入しようと考えていた英軍のモントゴメリー将軍との間に補給物資の「奪い合い」が勃発してしまいます。連合軍最高司令官で米・英・カナダ軍を始め自由フランス軍、ポーランド軍などを統括していた米軍のアイゼンハワー将軍は単に作戦上の決定だけでなく、誰に(その国に)解放の手柄を渡すか・・・という複雑な政治的な判断をも迫られることになります。
例えば戦後を見据えたときにはフランス、特にパリの解放は自らの手で・・・と主張する自由フランス軍のド・ゴール将軍の主張も政治的には考慮すべきことでしたが、それはノルマンディ上陸作戦以来、多くの犠牲を伴いながら進撃してきた米英軍にその栄誉をド・ゴール将軍に譲れと命令することでもありました。

一方の英軍のモントゴメリー将軍は北アフリカ戦線で、ロンメル将軍率いるドイツのアフリカ軍団を打ち破ったイギリスの国民的英雄であり、表面的な戦術的判断ではなく、米軍のパットン将軍と英軍のモントゴメリー将軍の進撃レースは、司令部はどちらを優先するのかという連合軍内部の政治的なジレンマになってしまっていたのです。

MG作戦図

そんな中で、業を煮やしたモントゴメリー将軍が立案したのがこのマーケット・ガーデン作戦でした。それは空挺部隊により進撃路にある5つの橋を占領することにより、一気に地上部隊を進撃させ、新しい補給ルートを確保しドイツ国境を突破するという作戦で、モントゴメリー将軍にとってはパットン将軍との物資争奪戦に終止符を打ち、進撃レースに勝利するためには必要な作戦でした。

ところが、この作戦はあまりに複雑、かつ予測不可能な要因で作戦全体の成功が左右される極めてリスキーな作戦でした。しかし、仮にこの作戦が成功すれば、パットン将軍の進撃ルートよりも早く、英軍がドイツ国内に侵入することが可能となり、1944年のクリスマスまでには戦争を終結させることのできる可能性を秘めた作戦だったのです。珍しく、連合軍が希望的観測に基づくベストケース・シナリオをベースとした作戦を立案した背景には、連合国各国の手柄争いという政治的な背景と、パットン対モントゴメリーという個人的な功名争いという、戦術的合理性に基づく作戦計画とは異なる次元の要素が影響していたのです。

Paratroop.jpg

空挺部隊はその携行する装備が限られるとともに、投入する兵員と物資が全て無事に降下できるとは限りません。それは地上からの迎撃であったり、当日の天候により着地地点が分散してしまったりと、不確実的な要素が大きく影響します。またこの作戦はその降下地域に反撃するドイツ軍が殆どいないという前提に立っており、事前の写真偵察や地元のレジスタンスからの情報で、その地域にドイツ軍の精鋭部隊が再編成のために駐屯している可能性があることを知っていたにも関わらず、強引に作戦を強行してしまったことにあります。予定通り、地上軍が占領した橋を渡って進撃したとしても、限られた物資でその到着まで橋を確保しなければならない空挺部隊の隊員にとっては、一日の遅れが命取りとなるギリギリの作戦なのですが、この楽観的で功名心から生まれた作戦は強行されてしまったのです。

この記事は映画のご紹介ですので、作戦の結末は映画を見ていただければと思うのですが、この映画は1977年に英仏合作で制作されたものです。原作はノルマンディ上陸作戦を描いた「史上最大の作戦(The Longest Day)」で有名なコーネリアス・ライアンによる「遥かなる橋」で、「史上最大の作戦」も映画化され、名画として有名であるのはご存知の通りです。
コーネリアス・ライアンは作戦全体を綿密なリサーチに基づいた個々の象徴的なエピソードを交えて描写する技術に長けた作家で、この「遠すぎた橋」もその原作を基に作戦の全容とその問題点を上手く抽出して描いています。
出演した俳優陣も錚々たるもので、ロバート・レッドフォード、ジーン・ハックマン、マイケル・ケイン、ショーン・コネリー、アンソニー・ホプキンスといった名優が顔を揃えており、その配役も実に適役だと思います。
監督はリチャード・アッテンボローで「紳士同盟」や「大脱走」といった作品に俳優として出演した後に映画監督となり、この作品のほかにも「ガンジー」、「コーラスライン」などの作品を手がけた名監督ですので、映画としても駄作となる要素はありません。

しかし、私はこの映画を「超大作戦争スペクタクル」と形容するには少し抵抗があります。「史上最大の作戦」は確かに超大作戦争スペクタクルという表現が適当かと思いますが、この作品で描かれているのは作戦成功に疑問を持ちながらも命令であればと出撃して最善を尽くそうとする空挺部隊の指揮官や、その指揮官を信頼し最後まで堂々と戦う兵士達、そして占領するドイツ軍から解放されるとは言え、自宅が戦場となり愛する家族を失うオランダの人々の苦悩で、そこには第二次大戦のヨーロッパ戦線における連合軍作戦史の汚点と言われるこの作戦の悲劇だけでなく、戦争そのものの本質が描かれています。

一方で、映像的に素晴らしいのはその殆どが実写で撮影されたシーンの数々で、当時はまだCGがなく、その迫力はやはりCGでは超えられないものがあります。
特に白眉なのは空挺部隊を載せたC-47輸送機が離陸するシーンで、敵地に兵員と物資を運ぶグライダーを牽引して離陸する際に、そのロープが解けていく様を撮影したカメラワークは、これまでの戦争映画の描写の中でもベスト3に入るシーンだと思います。

日本映画が未だに真珠湾攻撃と特攻ばかりを題材にしている事に対して、こうして作戦計画の欠陥により失敗した作戦を美化することなく、巨費を投じて映画化したことは素晴らしいことだと思います。
日本も当時の軍部のお粗末な作戦計画により、どれだけ日本兵が無駄死にしたかを描いた映画があるべきだと思うのですが、不思議なことに戦争に勝った欧米側がこうして自分達の汚点をさらけ出して戦争の無駄と悲劇をきちんと描いていることに対して、敗戦した日本がともすれば自分達の犯した失敗には目を瞑り、戦争の悲劇と特攻を美化するような作品ばかりを作っていることは残念でなりません。

8月は日本人にとって特に戦争について考える季節だと思いますが、太平洋戦争だけでなく、ヨーロッパでの戦争を描いた映画を見るのも戦争というものを客観的に考えることができるのではと思います。
過去にはテレビでも放映されましたのでご覧になった方も多いとは思いますが、興味を持っていただけたなら改めてご覧になっても損はない映画だと思います。

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テーマ:映画紹介 - ジャンル:映画

コメント

公開時に映画館で見ましたが3時間の長時間映画でしたね。
最近のCSなどでもカットされるけど印象的なシンーンが飛行機から投下された補給物資を取りに敵前に出た兵士が撃たれて肩に担いだ補給物資から真っ赤なベレー帽だけが転がり落ちる無情な光景が今でも忘れられません。

  • 2012/08/12(日) 09:41:12 |
  • URL |
  • 水玉のドラグ #J6THSwNI
  • [ 編集]

>水玉のドラグさま
お久しぶりです。あのシーンも切なかったですね。
降下後の激しい戦闘により部隊の弾薬が枯渇し、ようやく補給物資が投下されたものの、投下地点にドイツ軍がいるために近づけず、ようやく自陣近くに落ちたコンテナを決死の覚悟で回収して味方の陣地に戻る途中で撃たれてしまうんですよね。そして命がけで回収した補給コンテナの中味は弾薬でも食料でも医薬品でもなく、何の役にも立たない軍装品のベレー帽だったというシーンですが、実際にそんなものを投下したかどうかは別にして、降下した戦闘中のパラシュート部隊にさらに補給物資を投下するのは困難で、この作戦では多くの物資が敵に渡ってしまったというのは史実のようです。

  • 2012/08/12(日) 14:25:17 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

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