走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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日本国の失敗の本質

このブログは本来はクルマ趣味にまつわる記事を書くためのもので、お読みいただいている皆さんはそれを期待されていることは充分承知しているのですが、8月という季節柄?、戦争に関する記事を書かせていただくことをお許し下さい。
もうすでに読者の皆さんはお気づきかと思いますが、私は子供の頃からクルマだけでなく航空機や軍事方面にも興味があり、プラモデルを造ったり戦史を読むのが好きだったのですが、当時から勇ましい武勇伝としての戦史には全く興味がなく、歴史学者であったイギリスのリデル・ハート卿の「汝、平和を欲するなら戦争を理解せよ」という金言に深く影響を受け、サンケイ出版の第二次世界大戦ブックスを次々と読破していました。

戦争は国家と国民をある種の極限状態に陥らせるため、その時の決断や行動がその国の国民性を知るには最も有効なサンプルだと思います。
この雑誌はフェイスブックで紹介されて購入したのですが、中央公論社から刊行されている2012年8月号増刊「日本国の「失敗の本質」Ⅱ」に掲載されている各々の執筆者の記事では、日本が明治維新以降にどういう軍事システムを築き、結果として何を行ったのか(行わなかったのか)を太平洋戦争を題材として様々な角度から検証しています。

失敗の本質

太平洋戦争は日本にとってその戦争の動機はともかく、何をもって日本国の勝利とし、どうやって戦争を終わらせるのかという出口戦略がないままに始めてしまった戦争でした。
明治維新以降、日本は日清、日露と近代戦において幸いなことに負け知らずで過ごして「しまい」ました。
当時のアジア各国は欧米の植民地となり、搾取され放題であったにも関わらず、小さな島国であった日本が欧米の植民地にされずに済んだのは、明治維新という欧米の常識からすると内戦状態になるような大革命を、ほぼ無血状態で成し遂げることにより欧米につけ入る隙を与えず、天皇を「持ち上げた」立憲君主制という自前の政治システムをさっさと築き上げたことにあります。
そして、西欧各国が疲弊した第一次世界大戦をうまくかわし、日清、日露という限定戦争を勝ち抜けたことにより、西欧からすると「突っ込みドコロはないけれども、自分達の経験した世界大戦を知らない、すなわち近代戦がどれだけ国家と国民を疲弊させるかを経験していない、何をするか分からない不気味な極東の国家」にしてしまいました。

一方の日本は立憲君主制に分類される政治システムを築いたものの、日本人の国民性から欧米の立憲君主制とは大きく異なる、「責任の所在無き政治システム」を造ってしまいました。
日本人は「権限を行使するものがその結果責任を負う」というルールが苦手な国民だと思います。
当時の日本の天皇はその統治の頂点にありながら、「現人神」であるためにその責任を問われることはなく、軍部も内閣もその最終責任を負うという自覚がないままに様々な決定をして来ました。
太平洋戦争に突入する前に、何らかの限定戦争で「小負け」をしていれば変っていたかも知れませんが、その失敗体験を積まなかったことが、あの無謀な太平洋戦争を始めさせ、さらに負け時を見極められなくしてしまったのだと思います。

国際的な感覚で見れば、国家が戦争をする背景には必ず戦争指導者を必要とします。すなわち戦争に勝利するための全てのリソースを統率し、その結果責任を負う指導者ですが、日本にはこの絶対的な戦争指導者がいませんでした。
交戦国であったアメリカにはルーズベルト/トルーマン大統領が、そしてイギリスにはチャーチル首相がそれに当たり、同盟国においてはドイツのヒトラー総統とイタリアのムッソリーニ総統がそれに当たるのですが、これらは全て「ヒト」であり日本の天皇は「神様」ですから、ヒトと神様が戦争をして神様が負けるはずがないと信じてしまったのです。
独裁者であれ選挙によって選ばれた政治家であれ、その判断を間違ったときには最終責任を取ることになります。独裁者であればビトラーからチャウチェスク、フセインに至るまで、これまでの失敗した独裁者の最終責任はその命をもって贖われていますし、政治家であれば失脚し、場合によっては裁判で裁かれるという末路となりますが、神様をヒトが裁くことはできないことから、日本のこのシステムは近代史において類稀な戦争遂行形態であったと言えるでしょう。

このシステムと精神構造が唯我独尊的な日本人の驕りを生み出すと同時に、責任を取らない軍部と政治の指導者を生み出してしまいます。そして、この本の中で小谷賢氏が書いているように、物事を全て希望的観測に基づくベストケース・シナリオを前提に進めるという日本人の行動パターンにより、どう考えても勝ち目なく、また出口戦略のない太平洋戦争を行わせたのだと思います。
そしてこの責任の所在を明確にせず、物事を希望的観測を前提に進めるという日本人の悪い癖は太平洋戦争で終わらず、戦後の様々な国策にも顕れています。その最たるものが今回の原発事故で、「地震で原子力発電所はビクともしない」という根拠のない希望的観測をベースに日本の原子力開発は行われてきたのです。

この責任を取らない・・・という点は日本人の個人的な資質ではなく、むしろ日本人はそれが不可抗力であったとしても個人の責任を重んずる国民だと思います。
他のどの民族よりも日本人は過度に個人の責任を重んじたからこそ、むしろその責任を回避するために、タテ割のシステムにより権限と責任を分散し、問題が起こったときはその責任をなすり合うと同時に、最後はうやむやにしてしまうという「構造」を造り上げたのだと思います。
武家社会では最終責任を取るということは切腹し自殺することでした。しかし、この日本人の責任の取り方は問題の本質を分析することなしに、腹を切ったんだから・・・とその問題を終わらせてしまうという何の改善ももたらさない不毛な幕引きでしかありませんでした。

私が以前勤務していた外資のメーカーでのエピソードですが、ある日工場の実験室で購入したばかりの高価な実験装置が操作上のミスで壊れてしまったことがありました。たまたま出張でその事実が発覚した時に居合わせたのですが、報告を受けたアメリカ人の第一声は「修理はいつできるのか?」でしたが、日本人の管理職の第一声は「誰がやった?」でした。
本来のプラグマティズム(現実主義)とはこういうことではないかと思うのですが、一方で日本人は欧米人が想像もできないプラグマティズムを持っているのです。

日本人のプラグマティズムの極例が神風特別攻撃隊だと思います。私達はこの特攻を太平洋戦争での悲劇であり、国のために自分の命を捨て、そして後世の日本の繁栄を願いつつ亡くなった若い志願兵の話として知っていると思います。
もちろん個々人の気持ちはそうだったでしょうし、その志や思いは現代の私達が失くしてしまいつつある大切な気持ちだと思うのですが、この特攻作戦はその純粋な気持ちから生まれたものではなかったのです。

この本の中で田中健之氏が書いているのですが、組織的な特攻作戦は海軍の大西瀧二郎中将によって立案されました。「組織的な」という意味は、それまでも被弾した航空機が体当たりをしたケースがあったからなのですが、それはあくまで個人的な判断によるもので、これは日本軍に限ったことではなく、欧米にも同様のケースがありました。
しかし、1944年7月9日にサイパン島が陥落した時点で、当時の日本が設定していた「絶対国防圏」が崩壊することになります。実際にサイパンが陥落することにより、日本の国土の殆どがB-29の作戦行動範囲内となり、占領した南方からの物資が日本に届かなくなることから、それ以降の戦闘の継続は無意味となります。
すなわち戦略的な意味での戦争はこの時点で負けで、それ以降の敗戦までの1年以上の戦闘は、日本の政府が降伏という判断をできなかったことによるものなのです。
もしこの時点で降伏していたならば、東京大空襲も、沖縄戦も広島・長崎の原爆投下もなく、どれだけの軍人と民間人の命が救われ、それらの人々がどれほど戦後の復興と世界人類の繁栄に貢献したかと思うと、戦後の東京裁判で戦勝国の論理により裁かれなくとも、日本人としては戦争に負けた責任ではなく、同胞を無駄死にさせた罪は万死に値すると思います。

しかし、この時点で降伏せずにさらに戦闘を継続するためには通常の戦術では不可能であることから、「現実的かつ合理的に」立案されたのがこの体当たり攻撃だったのです。
現代の巡航(対艦)ミサイルは攻撃目標を設定して発射すると、発射された巡航ミサイルは敵のレーダーに捕捉されないように低空を飛び、弾頭のビデオシーカーで目標を認識し、その軌道を修正しながら目標に命中します。
つまり、当時の体当たり攻撃は現代のミサイルが電子的に制御して行うことを人間にやらせていたので、言い換えれば太平洋戦争時代に現代のミサイルを持ち込んだことになるのです。

戦後に米軍の記録とも照合した結果、陸海軍の特攻による命中機は450機に上っているそうです。これを出撃した特攻機全体の命中率に換算すると15%になります。これがどれだけ凄い数字かと言うと、戦闘艦からの砲雷撃による実戦での命中率が2%、航空攻撃においても真珠湾攻撃のように奇襲でしかも相手が停泊しているような場合を除けば、同様の確率とのことですから、この特攻攻撃は決して捨てばちの自殺行為ではなく、相手を攻撃するための空母がなく、あったとしても着艦はおろか発艦もできないような練度の低いパイロットしかいないという状況の中で、最も効果的に相手に損害を与えるためには・・・という観点で立案された立派な「作戦」だったのです。
もちろん大西中将は部下の兵士に「死ね」と命ずるような作戦は「統率の外道」と考えており、敗戦後に「死をもって特攻の英霊に謝せん」と割腹自殺を遂げます。

しかし、彼のように冷徹に作戦として特攻を命じた作戦責任者だけでなく、作戦上も戦略上も何の効果も期待できない状況で特攻隊を送り出した指揮官は数多く、そしてそれらの指揮官は戦後も生きながらえていたことは特筆に価します。
つまり、特攻を人間を巡航ミサイルの部品にすることだと熟慮の末に実行した指揮官は、その判断の責任を自らが負ったことに対して、敵に損害を与えるための作戦としての特攻ではなく、特攻そのものを手段ではなく目的として命令し、特攻隊員を無駄死させた指揮官は、その自らが下した命令の真の意味すら分からずに、結果として何の責任も負わなかった(感じなかった)ということだと思います。

日本人の「失敗の本質」はここにあると私は思います。

究極の国難に際して人間を部品にする作戦を考え、部品になることに誇りを持つことのできる民族は世界においても稀有だと思います。しかし、その現実主義もそれに応える行動も失敗の後始末でしかなく、太平洋戦争そのものが、冷静な現実主義による戦争という判断でもなんでもなかったことが、福島の原発事故の際に死ぬ覚悟で発電所に留まり、被害を食い止めた東電の「現場の」の責任者と職員達と、東電の役員、原子力委員会、そして政治家の言動とタブって見えるのは私だけではないと思います。

この雑誌の内容は、一部に太平洋戦争の作戦史を知らなければ分かりにくい記事もあるものの、全体としては一般的な知識があれば充分読むことの出来る内容で、時代と事例を読み替えて現代の様々な事象に当てはめて見ても、日本人が過去の失敗からどれほどのことを学んだのか・・・と考えさせてくれます。
雑誌ですので、この記事を読んで興味を持っていただけたなら早めに購入されることをお勧めします。

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テーマ:軍事・安全保障・国防・戦争 - ジャンル:政治・経済

コメント

見たくないものには目をつむるという姿勢が問題なんだと思います.原発も敗戦も,これが大きな問題ですよね.
敗戦に関する資料の研究を,自分ももっとしなければいけないと思いました.

  • 2012/08/05(日) 23:13:00 |
  • URL |
  • Hiroshi #-
  • [ 編集]

>Hiroshiさん
昔、陸軍士官学校での話として読んだことがあるのですが、作戦指揮をシュミレーションするために、赤軍と青軍に分かれてウォーゲーム(現在のRPGのようなもの)をやった際に、進軍の駒を止めた学生に教官が、「なぜ止める」と聞いたので、学生が、「距離を計算するとここで燃料が無くなりました」と答えたところ、教官は「馬鹿もん!皇軍は燃料がなくなったら戦車を担いででも進軍するのだ」と叱ったそうです。日本のもう一つの失敗はこの物理的な根拠のない精神論ではなかったかと思います。
戦後、自衛隊の前身である警察予備隊ができたときに、米軍の作戦計画を学んだ旧軍人は米軍が補給の裏づけのない作戦を行わないことを知り、驚いたそうです。
日本がここまで国土が焦土となり、軍人の半数以上が餓死や戦病死するような状況で敗戦したのは、日本が負けるはずがないという、目の前の現実に目を瞑った精神論ではなかったかと思います。

  • 2012/08/05(日) 23:43:05 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

本屋には無くて

本日、アマゾンで古本として購入しました。

  • 2012/08/28(火) 23:09:07 |
  • URL |
  • 司法代 #/.be8cEk
  • [ 編集]

>司法代さん
雑誌ですから時期を過ぎると入手が難しかったかも知れませんね。もう少し早くご紹介すれば良かったです。
また、感想をお聞かせください。

  • 2012/08/28(火) 23:34:40 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

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