走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Jeepの真価

震災以来、随分と街中で自衛隊の車両を見かけることが多くなったのではないでしょうか。以前は駐屯地がある地域では普通の光景であったかもしれませんが、被災地の支援に向かう車両が自衛隊に馴染みのない地域を通ることにより日常では殆ど自衛隊の車両を見たことのない人々にも随分と一般的になったのではと思います。

JSDAF001.jpg

私が住んでいる地域(東京の城北地域)には近くに駐屯地が二箇所あるために、自衛隊の車両には日常から馴染みがあるのですが、最もポピュラーな車種がこの1/2tトラックと呼ばれるパジェロベースの汎用小型車両です。
本来のJeepとは似ても似つかない外観なのですが、それでも一般のヒトには小型軍用車両=ジープと呼ばれているようです。

それほどまで一般的な名称となったJeepなのですが、本来Jeepは1940年にアメリカ陸軍の公開仕様による緊急調達計画により誕生したクルマです。きっかけとなったのはドイツ軍がポーランドに侵攻する際に活躍していたキューベルワーゲンであったと言われています。

KubelWagen.jpg

キューベルワーゲンは4駆ではなくRR方式だったのですが、その軽量故に泥濘地でも走行することができ、連絡、偵察、人員輸送に大活躍したのですが、当時のアメリカ陸軍にはそのような車両がありませんでした。
当時の陸軍の要求仕様は厳しく、四輪駆動で、タイヤ三本で100km走行できることや車載工具で全ての修理が可能であることに加えて、最も厳しい要求が車重が585kgというもので、戦地への輸送を考えた要求仕様でした。
これらの仕様の実現を検討したアメリカのフォードやGMといった大企業は軒並みギブアップしてしまうのですが、そんな中にあってチャレンジしたのはウイリス・オーバーランド社とアメリカン・バンタム社という中小メーカー2社という有様でした。しかも、ウイリス・オーバーランド社も途中でギブアップするという状態で、残されたアメリカン・バンタム社は車重以外の要求条件を何とかクリアし、試作車の製造にまで漕ぎ着けたのですが、陸軍はアメリカン・バンタム社の製造能力に危惧を抱き、それ以降の試作はアメリカン・バンタム社の設計をベースに、フォード、ウイリス・オーバーランドの2社を加えて三社での試作となりました。そして各社の試作車が実戦に投入され、最終的に勝ち残ったのがウイリス・オーバーランド社のもので、以降はこれをスタンダードモデルとして各社で大量生産され、結果として第二次大戦中に65万台以上が生産されることとなったのです。

WMB001.jpg

WMB003.jpg

連合軍を戦勝に導いた兵器の一つとして挙げられるのがこのJeepなのですが、この急造で設計されたJeepには大きな弱点がありました。それは防水問題で、アメリカが第二次世界大戦に参戦してイギリス軍とドイツ軍のロンメル軍団が激戦を繰り広げていた北アフリカ戦線に初めて上陸したアメリカ陸軍のJeepは防水が不十分で、その多くが海岸線で立ち往生してしまったと言われています。
その戦訓からアメリカ軍はアスベストグリースと耐熱セメントを用いた防水キットを開発し、以降のJeepには防水対策を施したのですが、それでも不十分でこのWillys MB型と呼ばれるタイプは防水問題に苦しめられることになります。
しかし、アメリカ軍あるところにJeepありと言われるほど重宝したのも事実で、あるときは解放のシンボルとして、またあるときは占領のシンボルとしてJeepの姿は多くの人たちの印象に残るだけでなく、その整備のし易さや使い勝手の良さから復興のための車両として活躍することになります。

それは「ロールアッププログラム」と名付けられたもので、戦場で全損と判断された車両を占領国に引渡し、修理をさせることにより、その車両を払い下げるというもので、このプログラムが最も機能したのが日本だったのです。戦後の日本はこうして米軍の車両を整備することにより自動車整備の技術を学ぶとともに、その設計技術をも吸収したのです。

第二次大戦が終了したために、米軍には多くの余剰のJeepがあり、防水問題を改良した新型車両開発のニーズはあったものの、とてもそれに着手できる財政状態ではなかったのですが、朝鮮戦争の勃発により急遽開発のゴーサインが出されることになります。そうして開発されたのがM38と呼ばれたJeepで、設計段階から完全防水仕様とされていました。

M38001.jpg

余程懲りたのかその防水対策は徹底されたもので、完成したM38はDeep Water Fording Kit(吸排気用シュノーケル)を取り付けるだけで、約1.9mまでの水中走行ができるほどになりました。
しかし、当然製造コストは上昇し、Willys MBの製造コストが当時700ドル前後($=360円で252,000円)!!であったことに対して、1台あたり約3倍の2,162ドルとなってしまい、米軍ジープの中で最も製造コストの高いジープとなりました。
M38は上陸作戦や渡河作戦で立ち往生した米軍の苦い経験を吹き飛ばす「究極の」Jeepだったのですが、結果としてその生産台数はたったの6万台にしか達しませんでした。
その理由は何と日本の整備能力で、朝鮮戦争の際に日本は前線から後送されてきたJeepを始めとする軍用車両を修理するだけでなく、日本人の勤勉さからより完璧な防水対策を施したために、新車のWillys MBよりも破損して日本で修理されて戻ってきたものの方が性能が良く、結果としてWillys MBで朝鮮戦争を乗り切ってしまったのです。

これほどまで活躍したJeepなのですが、連合国、特に米軍の戦闘における決定的な優位性はこうした個々の兵器の性能だけではなく、その用兵思想にあります。実は連合国の戦勝に貢献したのは兵站(補給)に関する考え方の差で、日本はその補給戦で負けたと言っても過言ではないのです。

次回はJeep以上に補給作戦に活躍したと言える米軍の車両についてお話したいと思います。

クリック↓お願いします!

にほんブログ村 車ブログ アルファロメオへ
にほんブログ村
スポンサーサイト

テーマ: - ジャンル:車・バイク

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://ig510190.blog83.fc2.com/tb.php/959-7e0a03a7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。