走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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お台場の旧車三昧 ノスタルジック カーショー~その七~

「スカイライン」と聞いて想いだすのは三代目のC10型のサーキットでの活躍・・・という方は相当の年輩でしょうし、30代以上の方であれば八代目R32型の活躍ではないかと思います。
日本の自動車史において、これほどまでに市販モデルとレーシングモデルの活躍が連綿と結びついているクルマはないのではと思います。

今年はそのスカイライン生誕55周年とのことで、各地で様々なイベントがあるようですが、今回の会場ではその歴代のスカイラインのモデルを展示していました。そしてそれはレーシングカーではなく一般乗用車として見たときにも自動車の発展と日本の経済成長との縮図を見ることができる展示でした。

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このクルマがスカイラインの起源です。
1957年に富士精密工業(後のプリンス自動車)によって発売されたこのALSI型からスカイラインの歴史は始まりました。外観はトヨペット・クラウンと同様に当時のアメリカ車のデザインの影響を受けていることが分かります。
一方で驚くべきことにその足回りは最先端で、フロントはダブルウイッシュボーン、リアはド・ディオンアクスルと凝ったレイアウトを採用しており、このコストを重視しない企業体質が後にプリンス自動車が日産に吸収されてしまう原因の一つとなってしまうのは皮肉なことなのですが、一方で、だからこそスカイラインが日本の自動車史に名前を残すことができたのだと思います。さしずめ、日本版アルファ・ロメオがプリンス自動車なのかも知れません。

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さらにプリンス自動車の挑戦は続きます。それは1960年トリノショーで発表されたスカイライン・スポーツで、そのボディデザインはミケロッティが手がけたものでした。
それまでの市販モデルがアメリカ車のデザインを引きずっていたことに対して、当時は新しいデザイントレンドを模索する日本のメーカーがこぞってイタリアのカリッェリアにデザインを依頼していたのですが、いきなり極東の見知らぬメーカーがトリノショーにこのクルマを展示したのですから、さぞかしヨーロッパの人たちはビックリしただろうと思います。
もちろんミケロッティの薦めもあったのだろうと思いますが、これが単なるデザインスタディに終わらないところがプリンス自動車の無謀なところで、1962年にはこのデザインのクーペとコンバーチブルを発売してしまいます。
もちろんプリンス自動車もこのスカイライン・スポーツが売れるとは思っておらず、一種のイメージリーダー的な位置づけだったのだろうと思いますが、数台のショーモデルを造ることと、例え少量生産であっても市販することは全く別物で、大幅な赤字であったろうことは想像に難くありません。

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そして現実的な量産モデルのスカイラインはフルモデルチェンジされこのS5型となります。1963年に発表されたこのスカイラインは上級モデルをグロリアに任せて、小型(1500cc)ファミリーセダンに特化したモデルとして発売されます。
しかし、1964年に日本グランプリに出場するためにフロントを無理やり延長して、グロリア用の直列6気筒エンジンを搭載したホモロゲーション用に100台のみが製作されたS54型の活躍がその後のスカイラインの運命を決定付けることになります。
それはどうみてもボディ全体のバランスを崩していたのですが、かえってそれが格好良く見え、そしてレースの活躍がスカイライン全体のスポーティイメージを根付かせることになります。

しかし、プリンス自動車の利益体質は改善されずに、自動車業界の国内での不毛な競争を避け、輸出産業として発展させたいと考える国策も加わり、プリンス自動車は1966年に日産自動車に吸収合併されることになります。
この辺りの合併の経緯がその後の日産社内でのプリンス出身者との確執を生むことになるのですが、方や吸収される側のプリンスにして見れば、会社経営が傾いて倒産寸前になったワケでもなく、技術的に他社に遅れをとっていたワケでもない(むしろ優れていた)自分達が日産に吸収合併されるのは、ひとえに会社規模が小さかったことと、国策により決められたことであり、心情的には「仕方がないから行ってやる」的な感情を持っていたことに対して、受け入れる側の日産にとっては、「拾ってやった」という感情があり、その双方の感情のもつれがその後の日産の社内で延々と引きずられることになってしまいます。
倒産寸前に国営化され、それも限界が来てフィアットに「拾ってもらった」アルファ・ロメオですらフィアットに対して技術的な優越感は持ち続けていたのですから、プリンス自動車の、特にエンジニアにとっては日産のエンジニアはシロート集団に写ったとしても仕方なかったでしょう。

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そんな中の1968年に三代目となるC10型のスカイラインは日産スカイラインとして発売されます。もちろん開発はプリンス自動車時代から行っており、そのプロジェクトをそのままプリンスのスタッフが担当する形で開発されたのがこのC10型で、エンジンも旧プリンス製のG15型4気筒エンジンを搭載していました。

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しかし、少し遅れて発表された先代と同様に6気筒エンジンを搭載しているGTモデルは、初めて日産製のL20型エンジンが搭載され、プリンス-日産の混血となりました。そして誰もが認めるGT-Rの活躍に繋がって行くことになるのです。

あまりにGT-Rの印象が強く、スカイラインのスポーツイメージを形成してしまったのがこの三代目のスカイラインなのですが、それは両刃の剣となってしまいます。レースでの活躍を市販車の広告宣伝に結び付けて販売を伸ばすというやり方は多くの自動車メーカーが採用してきた手法ではありますが、一方で活躍すればするほどモデルチェンジが難しくなり、次期モデルもそのイメージからモータースポーツから引けなくなってしまうのは、後のLANCIA Deltaの事例でも明らかです。
しかし、日産は見事にこのC10型を引きずることなく、通常ルーティンの4年という販売期間でフルモデルチェンジを行います。それは単に会社の英断ではなく、プリンスの設計思想が色濃く残るこのC10型にはやく退いて欲しかったのではないかと思われるのですが、こうして「惜しまれつつ」C10型の販売は終了することとなります。

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こうして四代目のスカイライン(C110型)が1972年に発表されます。その後のスカイラインのデザインアイコンとなるサイドのサーフィンラインと呼ばれる窪みは、この四代目のスカイラインのデザインで初めて意識されてデザインモチーフとされました。そして通常のモデルは4気筒エンジンを搭載し、GTは6気筒エンジンを搭載するという「ルール」が踏襲されるのですが、このモデルからようやくシャーシーは日産ローレルと共通化され、1975年のマイナーチェンジ以降はそれまでのプリンス系エンジンのG16、18型から日産製のL型エンジンに変更されることにより、日産はようやくスカイラインをプリンスから「手に入れる」ことに成功しました。
一方で、この四代目により「スカイラインの呪縛」が完成されてしまいました。その呪縛とは、スカイラインたるもの・・・というユーザーイメージで、ボディサイドのサーフィンライン、GTは6気筒エンジン、GT-Rはレースには出場し勝たなければならないというもので、それが後に日産を苦しめることとなってしまうのです。

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五代目のスカイライン(C210型)も通常のモデルチェンジサイクルに従って1977年に発表されましたが、スカイラインだけでなく自動車は排気ガス規制という新たな技術開発テーマに直面します。
スポーティイメージが強いスカイラインのようなモデルにとってこの排気ガス規制をクリアする高出力エンジンがないことは痛手で、スカイラインもGTのスポーティイメージ確保に苦慮します。
結果として日産が選択したのはターボチャージャーで、モデルチェンジには間に合わなかったものの、マイナーチェンジとしてターボチャージャーを搭載したモデルを追加してその面目を保つことに成功しました。しかし、当時の日本車全般に言えたのですが、この排気ガス規制によるエンジンの出力ダウンは避けられず、総じてクルマは「走らなく」なってしまいます。
そしてファンが待ち望んでいたGT-Rというモデルは封印されることになります。

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1981年にモデルチェンジされた六代目(R30型)もまだ排気ガス規制のマイナスを跳ね返せずにいました。
スカイラインのGT系が搭載するL型6気筒エンジンはターボチャージャーを搭載したとしても性能的には限界に来ており、市販車として排気ガス規制をクリアしながらこれ以上の出力アップは難しくなっていました。
そこで搭載された新たに開発されたFJ20型4気筒エンジンはターボチャージャーを装備してようやく6気筒のL型エンジンを凌ぐパフォーマンスを獲得するのですが、GTは6気筒エンジンというルールを破ったことになり、その「最強の」スカイラインもGT-Rとは呼べず、GT-RSという何とも歯切れの悪いネーミングを与えられることになりました。
しかし、一方で日本の各メーカーがマイナスイメージを危惧して遠ざかっていたレースに復帰することにより、スカイラインの定義?の一つは満たすことができたのがこのR30型の功績でした。

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それは1982年に当時のグループ5規定に合わせたレーシングカー「スカイライン スーパーシルエット」を投入したことで、ハードトップ2000RS(KDR30型)をベースに、車体の一部をパイプフレームとするノバエンジニアリング製のシャシーに、大型のフロントスポイラー、およびリアウイングを備えるムーンクラフト製のカウルをまとい、「RS」のイメージカラーである赤/黒の2トーンカラーで登場させました。
搭載するエンジンは新型のFJ20ではなく、サファリラリーなどで使用された「バイオレット」に搭載されていた直列4気筒DOHC LZ20B型にエアリサーチ製T05Bターボチャージャー、およびルーカス製メカニカルインジェクションシステムを組合わせ、 570ps/7600rpm、55kgm/6400rpmというパワーを絞り出してはいましたが、それは市販モデルにフィードバックされることのないレース用のスペシャルエンジンに過ぎませんでした。
ともあれ、ユーザーはこのスカイラインのレース復帰を歓迎し、スーパーシルエットというカテゴリーは日本でのツーリングカーレース人気再燃のきっかけとなりました。

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そして七代目のスカイライン(R31型)が1985年に発売されるのですが、最大のポイントはようやく新世代の6気筒エンジンが搭載されたことで、GT系に新たにRB20型の直列6気筒エンジンが搭載されました。
またこの時代は様々な電子デバイスが試された時代で、このR31型には日産が開発した4輪独立操舵システムであるHICASを搭載していたことも特徴の一つです。
レース用では1987年にグループAホモロゲーション用に800台が販売されたGTS-RがGT-Rとしての資格をようやく満たすモデルであり、ファンはGT-Rと呼んで欲しい・・・と思っていたそうなのですが、そのインターTECレースでの活躍にも関わらず、まだGT-Rはお預けとなってしまいました。

あとは皆さんご存知の通り1989年に発売された八代目スカイライン(R32型)においてGT-Rは見事に復活を遂げ、C10型スカイラインの歴史を塗り替え、GT-Rと言えばR32と呼ばれるようになりました。

長らくお伝えして来ましたが、ノスタルジックカーショーのようなイベントは単に「懐かしい~」と当時の憧れだったクルマや自分の愛車に逢いに行くのも良し。こうして自動車の歴史をその人なりに感じるのも良し。そして誰か解説員を仕立ててその解説員の拘りに耳を傾けるも良しと、様々な楽しみ方ができるイベントだと思います。
機会があれば出かけて見てはいかがでしょうか。今回は我慢しましたがマーケットだけでも抜け出せなくなるかも知れませんよ。

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テーマ:イベント - ジャンル:車・バイク

コメント

私は新世代のR32,34と合計8年ほどスカイラインに乗りました。一時期は和製BMWといわれるぐらい欧州のスポーツセダンを追いつき、追い越せで来てたはずなのですがV35から覆面パトカーかおじさんが乗るクルマになってしまったのが非常に残念です。ただ、生い立ちを考えると高級車だったわけですから今の形のほうが本来なのかもですが。

それにしても私の世代だとR30のスーパーシルエットに熱狂しました。ですが、今思い出すとあのL型6気筒のターボの重苦しいフィーリングはおっしゃるとおり当時の日産の限界だったのでしょうね。RBはその点フィーリングもパワーもほんとすばらしかったですよ。R32のGT-Rは今でも本当に欲しい1台です。

  • 2012/07/01(日) 06:43:44 |
  • URL |
  • masaking #-
  • [ 編集]

一番好きなモデルは7代目のGTS-Rだったりします。
8代目のGTS-tに乗ってた親しい友人もいて、同時期にこのGTS-Rに乗ってた友人もいて
もう当時で型遅れなんですが、
レースでの星野選手のシエラとのデッドヒートのイメージが強く残っていて好きでした。
(R32は強すぎましたね。)

  • 2012/07/01(日) 08:59:05 |
  • URL |
  • S氏 #-
  • [ 編集]

>masakingさん
スカイラインに関しては、実車の身近な想い出とレースの想い出がシンクロしているところでしょうね。それぞれの世代にスカイラインの想い出があるのが素晴らしいと思います。私の世代は微妙で、排ガス規制でスカイラインがレースから遠ざかっていた時期なので、スカイラインの印象派C10辺りで止まってます(笑)。

  • 2012/07/01(日) 13:54:48 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

>Sさん
7代目の可変フロントスポイラーなんて怪しげで好きでしたよ(笑)。当時のインターTECはボルボとか出てて面白かったですよね。

  • 2012/07/01(日) 13:57:13 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

コレはコメントしないと(笑)
R31 GTS-R
R32 GT-R
R33 GT-R
と乗り継ぎましたが、今買うならR32 GT-Rがいいな♪
理由は一番カッコいいと思うから(笑)

  • 2012/07/01(日) 23:14:46 |
  • URL |
  • こ~んず #JalddpaA
  • [ 編集]

>こ~んずさん
マニアですねぇ。でもスカイラインのオーナーって歴代のモデルを乗り継ぐイメージがあります。これだけリピーター需要があるから、モデルチェンジの度に現オーナーの意見を聞かなければならず、結果として大きくなったり小さくなったりするんでしょうね(笑)。

  • 2012/07/02(月) 04:58:57 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

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