走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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上海脱出指令

ここ近年は歴史小説がブームのようです。歴史には幾つかのターニングポイントがあり、「もし、あのときにこうしていれば・・・」という、その後の歴史が全く変ってしまったかもしれない瞬間があるものです。
そしてそれをシュミレートして見ることは誰もが考えることで、特に戦史においては戦国時代の合戦から第二次世界大戦に至るまで、その「IF」には事欠かず、多くの作家の皆さんがこの歴史IF小説を手がけていらっしゃいます。

私も試しに何作か読んで見たのですが、最初は面白かったのですがそのうち飽きてしまいました。その理由は、題材が日本の負け戦のきっかけとなった指揮官の判断ミスや天候などの条件を変えて、結果を勝ち戦に変えてしまうという、「後出しジャンケン」のようなものが多いことなのですが、加えてその「IF」がエスカレートし、最後には「もしこの兵器が開発されていたら・・・」などが加わるに至っては、もはや歴史の一つの考察を通り越して、歴史への冒涜としか思えない内容になってしまっているからです。

第二次世界大戦のIF小説に多いのがこれらのパターンで、単純に娯楽小説として笑いながら読むのが正当な楽しみ方なのかも知れませんが、多少なりとも史実を知りその本質を理解して読むと、そんな表面的なIFで歴史の大勢が変るはずもないことが分かります。
さらに、太平洋戦争に関して連合国側から見たIF小説を書くのであればもっと簡単で、真珠湾攻撃を予め暗号解読で知っていたアメリカ(ここまでは史実)が、本気で迎撃体勢を整えていたら・・・という一点のIFだけで、その後の戦争の行方は大きく変ってしまったであろうことは言うまでもないでしょう。

上海脱出指令

すなわち、戦争に関するIFはその双方に「言いたいことは一杯ある」のが常で、それを言い合っていても不毛なだけだということなのですが、これからご紹介するこの「上海脱出指令」は現実の史実を背景に描かれたフィクションで、最初は単なるアクション小説か・・・と思ったのですが、読んで見たらその設定と内容に唸らされてしまいました。それは歴史IF小説とは全く異なる、緻密な設定と時代考証に基づいた上での「荒唐無稽」なアクション大作だったのです。

実はこの作品に出会ったきっかけは昔の勤務先の同僚からの紹介でした。フェイスブックを通じてお互いの近況を知り合うようになったのですが、その彼女は読書家で、私などとは異なり実に様々なジャンルの本を継続して読まれている方です。その彼女の好きなジャンルの中にこのような戦争やメカをモチーフにした小説があったことに驚くと同時に、その彼女がAmazonにこの本の書評を書いて、私に勧めてくれたのでこれは読まねば・・・と入手したのですが、恐らくこのようなきっかけがなければ目にすることはなかったろうと思いますので、この縁を与えていただいたことには感謝に耐えません。

作者の工藤誉氏は何と大学の同窓でもあるのですが、この作品が処女作でそれまでは電子機器メーカーや自動車メーカーの学校法人などに勤務されていた背景のある方のようです。そんな背景のある氏がどうしてこの設定を思いついたのかは定かではありませんが、目のつけどころと言い、当時の状況と言い、相当なリサーチの上で書かれたものであることが分かると同時に、氏が相当な「好きモノ」であることが取り上げられる「小道具」から推察できます。

時代は日米開戦前夜の昭和16年の上海。当時の上海は租界が形成され、それぞれの国が主権を持つエリアに分割されていました。日本は欧米にまだ宣戦布告をしておらず、表向きは日中戦争の当事者は日本と蒋介石率いる国民革命軍との戦争だったのですが、中国に覇権を維持したいと考える列強各国は上海で表面的には平和的な商業活動を行いながら、日本の今後の出方のみならず、すでに始まっていたヨーロッパでの戦争に関する情報収集を行っていたのです。
そんな中にあって日本の誇る新鋭戦闘機である零式艦上戦闘機32型が墜落事故を起こします。32型は後に投入される新型戦闘機で、11型から始まる零式艦上戦闘機の改良型の3代目に当たります。その試作機に搭乗していたのはパイロットとその設計技術者で、パイロットは死亡し機体は焼失したのですが、設計技術者はパラシュートで脱出することに成功します。その新鋭戦闘機の秘密を秘匿するために、この技術者を一刻も早く救出したいとする日本と、零式艦上戦闘機の秘密を手に入れたいとするイギリスとの間に繰り広げられる壮絶な戦いを描いたのがこの小説なのですが、そのストーリーの詳細は読まれる方のお楽しみにしておきたいと思います。

しかし、作者の工藤氏のそのリサーチに敬意を表して、また、あまりその手のヲタク的な知識を持ち合わせていない読者の方の助けとなるように、この作品に登場するアイテムについて少し解説をしておきたいと思います。
ただし、こうした知識はこの小説をより面白く読むための助けになるとは思いますが、こうした知識なしに読まれたとしても、この作品の面白さをいささかも殺ぐものではないことを付け加えておきたいと思います。

○海軍陸戦隊
パラシュートで脱出した設計技師を探し出して救出する主人公である工藤少尉が所属していたのがこの海軍陸戦隊という設定にまず唸ってしまいました。
意外に知られていないのが日本の海軍陸戦隊で、当時の海軍軍人の中(陸軍はもっと)でもこの海軍陸戦隊を単に船乗りに鉄砲を持たせただけ・・・と小馬鹿にする風潮がありました。
日本海軍陸戦隊は、現代では世界最強と言われるアメリカ海兵隊のベースとなったものなのですが、海兵隊そのものは世界に旧くから存在しており、その起源は帆船時代にまで遡ります。当時の海戦はお互いの船が並走し、片舷の大砲を撃ち合うといった戦い方で、最後は船を横付けして相手の船に乗り込んで奪取するというのが一般的な戦い方でした。そのために軍艦には敵艦に乗り込んで戦うための兵士が乗り込んでおり、これが現代の海兵隊の元祖です。また海兵隊は艦内の治安維持にあたる憲兵の役割も担っており、屈強な上に知識レベルも高いエリートがその任に当たっていました。
「バウンティ号の反乱」という映画をご覧になったことがある方もいらっしゃるかと思いますが、当時の軍艦の乗組員の勤務環境は苛酷で、そんな彼らに戦闘時以外で武器を持たすとあっという間に反乱がおきて船を乗っ取られてしまったのです。そこで武装した海兵隊員の平常の任務は艦内の治安秩序の維持であったのです。
そして後年になってこれまでの任務に加えて、強行上陸や潜入上陸して上陸地点の確保という役割が加わることにより、海兵隊は特殊訓練を受け、最新鋭の特殊装備を持つスペシャリスト部隊としての意義を持つことになります。
つまり通常の陸軍の部隊と比べて小人数での作戦をこなさなければならないために、一人一人が多能化した少数精鋭でなければならず、また限られた装備で本隊が上陸してくるまでその場所を確保しなければならないために、コマンド部隊のようなサバイバル能力を持つ必要があり、そして狭い艦内での戦闘を前提とした特殊武器の装備といった、現代のネイビーシールズのような役割を果たしていたのが日本海軍陸戦隊で、上海において押し寄せる抗日ゲリラから圧倒的少数の部隊で邦人を守るという任務を遂行していた日本海軍陸戦隊の優秀さに感銘を受けたアメリカは、この日本海軍陸戦隊をモデルにして海兵隊を設立したと言われています。
主人公の超人的な活躍は彼が日本海軍陸戦隊員であったという背景とすることにより、そのリアリティを高めることに成功しています。

○零式艦上戦闘機32型

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言わずと知れた日本海軍の名戦闘機ですが、その各型の違いについてはあまりご存じないのではと思います。最初に配備されたのが11型と呼ばれるもので、そのデビューは中国戦線でした。11型は試作量産機と言えるもので、その翼端は空母搭載のために折り畳まれるようにはなっていませんでした。そして量産型の21型となっていよいよ本格的な空母での運用がスタートし、翼端を折り畳むことにより空母のエレベーターに搭載できるようになりました。真珠湾攻撃に参加したのはこの21型ですが、その配備は遅れに遅れ、ようやく間に合ったというのが真相で、多くのパイロットは11型を使って訓練を行ったと言われています。その21型の改良版が32型で、翼端の折り畳み部分を切り飛ばして翼を短くして、新しく2段過給の栄21型エンジンを装備しており、それまでの21型に比べて、最高速度、降下速度は向上し、高速での横転性能も向上したのですが、一方で搭載燃料が少なくなってしまい、21型に比べると航続距離が短くなるという欠点もありました。
この32型の試作1号機の初飛行は昭和16年7月14日ですから、この作品の設定には合っているのですが、試験飛行を中国で行ったという史実はなく、作者のフィクションだと思います。
作品ではアメリカやイギリスが零式艦上戦闘機の秘密を探ろうと躍起になっていますが、実際は殆どノーマークでした。そこには人種偏見があり、アジア人に自分達より優れた航空機を開発する能力なぞあるわけがないと思われていたのです。日米が開戦して実際に日本の戦闘機に空中戦で圧倒されるまで、日本はまだ第一次世界大戦時の複葉機を運用していると思われており、実際に目の当たりにしても日本はドイツから技術供与を受けているに違いないと信じ込まれていました。これも史実ですが、唯一中国で日本の新鋭戦闘機である零式艦上戦闘機や一式戦「隼」(この二機は引き込み脚の低翼単葉戦闘機であったために混同されていました)との戦闘を経験した、米国義勇航空隊(フライング・タイガース)のクレア・シェンノート将軍がアメリカ国防省あてにこの日本の戦闘機の性能について警告するためにレポートを送っているのですが、上記の偏見から完全に無視されてしまったのです。
また小ネタですが、この小説では零式艦上戦闘機の設計者であった堀越二郎技師が過労で倒れ、その部下であった小野寺技師がこの32型の設計を担当し、試験飛行に同乗したことになっていますが、堀越技師が実際に過労で倒れたのは史実通りではあるものの、この32型を担当したのは、同じく三菱航空機で一式陸攻の設計を担当した本庄季郎技師でした。しかし、そこまでリサーチして小野寺技師という架空の人物を創り出した作者のリサーチ力には恐れ入ります。

○ヴィッカース・クロスレイ装甲車

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こんな渋い脇役が登場するとは思いませんでした。
ヴィッカース・クロスレイ装甲車はイギリスのヴィッカース社が開発した装輪装甲車で、戦車のようなキャタピラを持たないため、軽量、安価でしかも舗装路においての走行性能が高いことから、もともとは飛行場の警備用として開発されたものでした。しかし、上海のような市街地における警備用としては需要があり、日本海軍は1925年型のM25四輪装甲車をイギリスより輸入して配備していました。
装甲は5.5mmと薄いもので、小銃弾に対する防護能力しかなかったのですが、車体上部の旋回する銃塔にはヴィッカース製の機関銃を2門装備し、最高速度も64km/hであったために市街地を走って、戦闘地域に駆けつけることができました。日本海軍陸戦隊が装備していたものはタイヤもソリッドタイヤで、敵弾を受けてもパンクしなかったこともこうした市街戦には有効でした。実際に海軍陸戦隊はこのヴィッカース・クロスレイ装甲車を効果的に運用し、上海の日本人租界に対する抗日ゲリラの攻撃を応援部隊の到着まで2週間にわたり守り切ることができました。
このあたりの史実にも忠実なのがこの作品で、この装甲車の運用方法である敵銃弾の盾に装甲車を前面に出し、その後方から兵士が歩いて敵に近づくという戦術がちゃんと描かれています。

○パッカード

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この小説には車種までは書かれていませんが、年代から見て恐らくパッカード・エイトだと思われます。パッカードは戦前のアメリカの高級車で、イギリスのロールス・ロイス、ドイツのメルセデス・ベンツと比べても遜色ないクルマでした。歴代のアメリカ大統領もこのパッカードを専用車としており、戦後も皇室の御料車として使用されるほど、アメリカを代表する高級車でした。あえて作品でロールス・ロイスではなくパッカードを登場させた作者の見識には恐れ入りました。

○ベルグマン短機関銃

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正確にはベルグマンMP18短機関銃です。海軍陸戦隊の装備として描かれているのがこの短機関銃ですが、もともとは第一次世界大戦の塹壕戦から生まれた機関銃で、塹壕の中の敵兵を効果的に掃討するために開発された機関銃でした。そして海軍陸戦隊では狭い艦内での敵の掃討に有効という目的から採用されました。このような装備は通常の兵士が銃剣突撃も想定した槍のように大柄な小銃(歩兵銃)を装備していたことと比較して、当然市街戦においても有効なのですが、当時の日本軍でこのような機関銃を装備していた部隊はなく、いかに海軍陸戦隊がコストをかけて近代的な装備をしていたかが分かります。

○モーゼル1912

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これも正確にはモーゼルM1912と呼ばれる拳銃です。モーゼルと聞けば殆どの方が思い浮かべるのはC96というトリガーの前に弾倉がある自動拳銃だと思いますが、このM1912はリーフ・ロックという特殊な閉鎖機構を持った自動拳銃で、コンパクトでありながら威力があるということで、将校の護身用として人気のあったモデルです。

○メルセデス25

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これまた正確にはメルセデスW25で、1934年に開発されたメルセデスのGPカーです。そのレイアウトはコンベンショナルで、フロントにスーパーチャージャー付の直列8気筒DOHCエンジンを搭載しリアを駆動するというFR形式でした。このW25には面白い逸話があり、当時のGP規定では車両重量が750kgまでと定められていました。しかし、このW25がデビューレース前の車検で規定重量を1kgオーバーしていることが判明してしまい、チームの監督であった有名なアルフレート・ノイバウアは窮余の策としてボディの塗装を剥がすよう指示します。徹夜作業で白いナショナルカラーの塗装を削り落とし、辛くも再計量を通過すると、マンフレート・フォン・ブラウヒッチュのドライブにより見事デビューウィンを果たしたのですが、ボディがアルミ製であったために塗装を剥がすとシルバーの地肌が露出し、そのことからシルバー・アローと呼ばれるようになり、それまで白であったドイツのナショナルカラーをシルバーに変更するきっかけとなったと言われています。

○アウトウニオンA型

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現在のAUDIの前身であるメーカーがこのアウトウニオンで、この作品のクライマックスで用いられているのがこのアウトウニオンのGPカー、P-WagenのAタイプです。
P-Wagenはこの作品に書かれているとおり、フェルディナンド・ポルシェ博士によって開発された、現代のF-1マシンの基礎となったマシンです。その最大の特徴はエンジンをミッドシップ(車体中央)に搭載していたことで、45度V型16気筒4.35LエンジンはこのP-Wagenを時速250km/h以上のスピードで走らせることができました。
一方でその挙動は現在のミッドシップマシン以上に過激で、実際に乗りこなすのは難しく、ベルント・ローゼンマイヤーを始めとする数人しかいなかったと言われています。
作品では、この初期モデルのA型を公道仕様に改造したモデルを登場させていますが、実際にそのようなモデルが造られた史実はもちろんありません。
作品ではこのP-Wagenで上海の街路を走って警戒線を突破する設定となっていますが、そのクライマックスのアクション描写はともかく、小野寺技師とこのP-Wagenの開発に携わり、引退して上海に移り住んでいたヴェルナーとの技術者同士の会話が実に素晴らしく、戦闘機とGPマシンというどちらも極限で戦う機械の設計者として通じるものがあり、これらの描写もこの作品に単なるアクション小説に留まらない魅力を与えています。

作品全体はちょっと「詰め込みすぎ」という印象がありますが、私のようなヲタクでも突っ込みどころなく楽しく読める作品でした。そして単なるアクション小説として読んだとしてもその設定に無理がなく、テンポ良くストーリーが進んでいくために一気に読むことができます。
処女作ということで、作者には充分にリサーチする時間があったと思いますし、その構想も練りに練られた末のものであったろうと思います。
作者の今後の作品にも期待したいのですが、願わくばこの作品のコンセプトを引き継いで、史実を曲げることなく、その史実をベースにしたサイドストーリー的な新しいフィクションを創作して欲しいと思います。

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まとめtyaiました【上海脱出指令】

ここ近年は歴史小説がブームのようです。歴史には幾つかのターニングポイントがあり、「もし、あのときにこうしていれば・・・」という、その後の歴史が全く変ってしまったかもしれない瞬間があるものです。そしてそれをシュミレートして見ることは誰もが考えることで、特...

  • 2012/06/24(日) 13:04:15 |
  • まとめwoネタ速neo

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