走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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魔力の謎 ~LANCIA Delta HF Integrare 16V Evoluzione Ⅱ試乗記 その壱~

1986年5月2日。WRCラリー選手権、ツール・ド・コルスの2日目。
この日がこれからご紹介するLANCIA Delta HF Integrale 16V Evoluzione Ⅱが生まれるきっかけの日でした。
そしてこの日は稀代のラリードライバーHenri Toivonenの命日でもあります。

当時グループBカーで争われていたWRCのチャンピオンシップはその性能が過激になりすぎてしまい、事故が頻発するようになっていました。
グループBは1981年からFISA(国際自動車スポーツ連盟)によって規定された市販車をベースとした改造車のカテゴリーで、連続する1年間に200台の製造が必要でした。しかし、実際には市販車をベースに改造したのではどんどん戦闘力がなくなって行き、各メーカーは言い訳程度にその外観を市販車に似せたものの、車体は完全に専用設計し、その性能はもはやWRCのような公道を走るには危険すぎるものとなっていたのです。

DeltaS4.jpg

彼がドライブしていたのはLANCIA Delta S4で、名前こそデルタと呼んでいましたが、その中身はチューブラーフレームにミッドシップエンジンと、市販車のデルタとは全く異なった設計で、その過激なエンジンチューニングとあまりに低すぎるパワーウェイトレシオ(2kg/ps以下)のために、プロのラリードライバーでも乗りこなすことが難しいクルマでした。
そしてアンリ・トイヴォネンは、かの名ラリードライバーであるマルク・アレンをして、このデルタS4を乗りこなせる唯一のドライバーと言わしめたほどの名手であったのですが、その彼はSS(スペシャル・ステージ)18のコルテ-タベルナ間のコース上7km付近の左カーブでコースオフし、そのまま崖下へ転落してしまいます。
車体側面を木の幹が貫き、クルマは炎上し、後続のブルーノ・サビーとミキ・ビアシオンが車を停めて必死の救助を試みるものの、燃えやすいマグネシウムホイールを装着し、ケブラー樹脂とプラスチックで覆われたデルタS4の車体はあっという間に全焼してしまい、コ・ドライバーのセルジオ・クレストとともに還らぬ人となってしまいました。

FISAはこの事故のわずか2日後に翌年からのチャンピオンシップをグループBからより市販車に近い、改造範囲が限られたグループAに移行することを決定します。
しかし、ランチアはグループAに適合する市販車をデルタしか持っていませんでした。

Delta GTi.e.

LANCIA Deltaは1979年に発表されたランチアの小型ハッチバック(ノッチバック版はPrisma)で、発表からすでに7年が経過し、モデルとしては末期を迎えたクルマでした。
しかし、ランチアはそのデルタにトルセン式のセンターデフを持つフルタイム4WDを搭載し、それまでHF Turboに搭載されていた1.6LのDOHCターボエンジンを2.0Lに拡大して搭載したHF 4WDを急遽開発します。
ランチアのワークスはその実質はマシンの開発からレースの運営までを行うことのできるABARTHのグループが担当しており、彼らにとっては制約の多い市販車をチューンアップし、そのベース車から想像も出来ないようなパフォーマンスを引き出すことはまさに「お家芸」で、彼らはこの7年オチのベース車であるデルタを見事にWRCで戦えるマシーンに変貌させてしまいます。

Lancia-Delta_HF4WD.jpg

Delta HF 4WDはこうしてグループA元年である1987年のWRCにデビューします。そしてライバルであるAUDI 200 Quattoro、Ford Sierra XR4X4、MAZDA 323 4WD、などの他社の4WDを蹴散らして年間タイトルを獲得します。

Delta Integrale

ランチア-アバルトのワークスはさらにデルタの改良を重ね、翌1988年の途中にはブリスターフェンダーでトレッドを拡大し、エンジンもよりパワーアップしたDelta HF Integraleを投入し、またも年間タイトルを獲得します。
さらに1989年にはこれまでの8VのDOHCエンジンを16V化したDelta HF Integrale 16Vを投入し、3年連続でWRCの年間タイトルを獲得することに成功します。この時点でベース車のデルタは発表から10年が経過したモデルで、一方他社が続々と新型モデルを投入してくるのに対しての3年連続の勝利というのは、前代未聞のことでした。

そして、ランチアの勝利はこれに留まらず、さらに1990年、1991年と連続で年間タイトルを獲得するに至って、他のチームは、一丸となって「打倒ランチア」という布陣を引いて戦っていたのですが、一方のランチアはジレンマに陥っていたのです。
それは発表から12年が経過し、市販車としてはマーケットでの競争力を失っているデルタがどれだけWRCで勝利してもその販売には寄与せず、むしろ次期モデルの開発と市場への投入を難しくしていたのです。
すなわち、モデルチェンジした新型デルタを発売したならば、引き続きWRCに参戦してそれまでのデルタの勝利を引き継がねばならず、もしそこで勝つことができなければ、市販車としてどんなに新型デルタが優れていたとしてもユーザーは失望し、販売は伸び悩んでしまうだろうということです。
ランチアにとってデルタの勝利は新型デルタを葬り去ることとなってしまったのです。
そこでランチアが下した結論は、デルタのWRC参戦を会社と分離してプライベートチームであるJolly Clubに任せ、自分達は陰でマシンの改良を行い、表面的にはランチアはWRCから撤退したという体裁をとるというものでした。また当時のランチアの経営状態はWRCにうつつを抜かしているような状況ではなく、親会社であるFIATは強行にWRCからの撤退を要求していたことも背景にあったと言われています。

Delta Integrale Evo1

そんな中にあって1992年にHF Integrale 16V Evoluzioneは生まれます。それまでのブリスターフェンダーは完全にボディと一体化され、車体の剛性はさらに向上し、各部のリファインとさらに強化されたエンジンを持つこのエボルツィオーネは、そのベースモデルであるデルタが発売されてから13年後のWRCでさらに年間タイトルを獲得するのです。

こうしてデルタのWRCでの戦いは終わりました。
ランチアは完全にWRCから撤退し、デルタの6年連続WRCメイクスタイトル獲得は前人未到の伝説となりました。

そしてデルタのストーリーは終わるかに思えたのですが、ランチアはWRCから完全に撤退した1993年に「最後の」デルタを発売します。それはWRCを戦うためのホモロゲーションマシンではなく、その6年間の戦いを支えてくれたユーザーに向けた感謝のモデルで、最大出力をさらに向上させ、ホイールはインチアップされて16inchとなり、各所に様々な改良が施されたHF Integrale 16V Evoluzione Ⅱは1995年まで生産され、本当にデルタのストーリーは完結することになるのです。

Delta Integrale Evo2

現在でも多くのユーザーに愛され、また新たなオーナーを生み出しているデルタを語る上で、このWRCでの活躍は無視できない背景ですし、実際にWRCに参戦したからこそ、本来ならばとっくにモデルチェンジされていたはずのデルタが、その性能においてライバルとなる他社の新型車に対して常にアドバンテージを持ち続けて来たのだと思います。
そして、全てのデルタオーナーがそれを誇りに思うと同時に、購入したきっかけの一つとして挙げているのは尤もなことだと思います。

しかし、その事実を素直に認めたとしても、この記事を書いている現在、基本設計が33年前の何の変哲もない小型5ドアハッチバック車であるデルタを、そしてさらにそれが最終モデルであったとしても、その製造から17年が経過した立派な?中古車を、これほどまでの高値で購入するユーザーが後を絶たないことの理由としてはあまりに希薄です。
しかも、ユーザーの殆どはデルタをアルファ・ロメオのジュリアスプリントのようにセカンドカーとして保有するのではなく、ファーストカーとして使用するために購入しているのです。

私自身はクイック・トレーディングが主治医であるために、ずっと身近にデルタを見て来ました。
あるときは見るも無残なオンボロを、そしてリセットカーというコンセプトでデルタを新車以上のコンディションにリビルトし始めてからは、エンジンを下ろされてイタリア品質の配線や配管が剥き出しになった部品取り車のようなデルタが、やがて新車と見紛うような上物に変って行く様子を見続けてきました。
しかし、そのことがかえってデルタを味わうチャンスを遠ざけていました。敢えて言うなら、私自身がそれほどデルタに興味がなかったからなのかも知れません。

しかし、多くのデルタオーナーと親しくなるにつれ、これほどまでにデルタが愛される理由に興味が湧いてきました。つまり一般人がおおよそ理解できないであろう私のような変態オーナーですら理解できない(笑)、何か得体の知れない魔力がデルタにあるのではないか・・・と思い始めたのです。それはきっと、オーナーにとって「WRCのチャンプマシンを保有する喜び・・・」などという通り一遍の理由ではないはずです。
これまで、出来上がる傍からオーナーの許に嫁いでいたリセットデルタですが、ようやくデモカーが出来上がったのを機に、そのデルタの謎を私なりに解き明かしてみようと思い、このリセットデルタを借り出すことにしました。

過去の記事でも書きましたが、私がテストドライブを行うときには最低でも半日程度の時間を使って、街中、高速道路、ワインディングと一通り走ってみることにしています。私自身はあくまで素人のアベレージドライバーで、レーサーや自動車ジャーナリストの方々のように一瞬でそのクルマの本質を見抜くような力はありません。ですので、それを少しでも補うためには長い時間乗らなければならないのですが、今回の試乗でデルタが愛される理由がほんの少しだけ分かった気がしています。

次回からの記事で、私なりに感じたデルタの魔力について書いて見たいと思います。

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テーマ:イタリア車 - ジャンル:車・バイク

コメント

今回のネタはデルタの魔力に取り付かれてしまっている私にとっては見てはいけないもののような気が・・・。(笑)
冷却のためにヘッドライトを小さくしてその隙間すらメッシュにしてまでWRCの勝利へかける執念に私は心打たれました。
デルタに乗ってみると、ボディはがたがた言うし、ハンドルは上むいてるし、エンジンのレスポンスもアルファのV6にはかなわないのに、なぜか乗っていて楽しいし、欲しくなるのはなぜでしょうね。。。

  • 2012/06/13(水) 23:14:02 |
  • URL |
  • masaking #-
  • [ 編集]

>masakingさん
すでにデルタの魅力が分かっているのであれば、釈迦に説法かと・・・(笑)。
でも、その「乗っていて楽しい」のメカニズムを考えることができた素晴らしい試乗でしたよ。
是非、続きを読んで「まだまだだな・・・」と突っ込んでください。

  • 2012/06/14(木) 12:31:35 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

ここにきてまたデルタ・・・。また欲しくなってしまうではないですか(泣笑)
デルタって、古い車なのに古くならないんですよね。デルタも欲しい(爆)

  • 2012/06/14(木) 22:29:27 |
  • URL |
  • きゃつお #-
  • [ 編集]

>きゃつおさん
新しい土地には慣れましたか?
それに・・・あれこれ欲しがるんじゃありませんっ(笑)。
これからの試乗記を読んで乗った気になってください。

  • 2012/06/14(木) 22:44:56 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

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1986年5月2日。WRCラリー選手権、ツール・ド・コルスの2日目。この日がこれからご紹介するLANCIA Delta HF Integrale 16V Evoluzione Ⅱが生まれるきっかけの日でした。そしてこの日は稀代のラリードライバーHenri Toivonenの命日でもあります。当時グループBカーで争われ...

  • 2012/06/13(水) 00:39:05 |
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