走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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私をスキーに連れてって

先日、笹本氏ご夫妻と日帰りスキーに行った話を記事にさせていただいたのですが、私たちのような熟年スキーヤー?にとって20代の後半はバブル期ということもあり、現在よりもスキー人口は遥かに多く、しかも若者全体にもっと元気があったように思います。
もちろんその元気は日本経済の好調さに裏打ちされたものであり、今思うと自分自身の実力に見合った根拠のある元気などではなかったのですが、世の中の浮かれ気分と「遊ばなきゃ」に「格好良く・・・」という要素が加わり、ストイックな単独で行うスポーツや遊びではなく、仲間と一緒にお洒落に遊ぶというスタイルが定着した時代だったのではと思います。
そして思い立って懐かしいこの映画をもう一度見ることにしました。

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この映画の素晴らしいところは、スキー場で偶然出会った原田知世と三上博史が同じ会社だったなどというそのちょっと「出来すぎ」な設定などではなく、それまでウィンタースポーツの一つでしかなかったスキーを一気に「お洒落な遊び」としてメジャーにしたことにあります。

映画の公開は1987年で、日本はバブル経済の一歩手前でした。それまでの日本は景気の小さな浮沈こそあれ、基本的には右肩上がりの成長を続けており、私たちの世代は日本の前途に何の不安も抱いてはいませんでした。
私自身はこの映画が公開される前の学生時代からスキーを楽しんでいましたが、当時のスキー場はまだそれほどスキーヤーも多くはなく、比較的のんびりとしていたのですが、この映画が公開されるやスキー人口は一気に増え、週末のスキー場は満員状態で、リフト待ちに1時間!なんてざらでした。

この映画は単純なストーリーの青春恋愛映画という分類に属するのでしょうが、この映画がスキーというレジャーに与えた影響は多大で、特に当時の若い世代にスキーの「遊び方」を提示したという点では、当に世俗をリードしたと言っても良いほどの影響力を持っていたのです。
実際に映画上でのスキーの各シーンにおいてはそのスキー技術を描写するだけでなく、いかに「格好良く」「お洒落に」スキーを楽しむかに焦点を当てて徹底的に細かいカット割りで描写しています。

それは単に滑り方だけでなく、スキーウェアやゴーグルなどの小物から、定地ターンの仕方、スキー板の脱ぎ方、スキー板を使ったゲレンデでの休憩の仕方、片足スキーやグループでのフォーメーション滑走などの描写が実に優れているのです。
実際に映画で紹介されたコネタには随分と参考になるものも多く、当時は現在よりもスキー板が遥かに高価で、スキー板の盗難が絶えなかったため、休憩場所のロッジ前で、三上博史が原田知世のスキー板と自分の板を交互に組み合わせて離して刺して置くなどの技は、この映画が上映されて以降はカップルのスキー場での板の置き方の定番となりました。

しかし、決してスキーシーンを疎かにしておらず、監修をしたのが当時の日本を代表するアルペンスキーヤーである海和俊宏氏であったり、また三上博史の吹き替えでスキーシーンを担当したのも当時の日本のトップデモンストレーターである渡部三郎氏だったりと、この映画を企画したホイチョイプロダクションがこの映画を単に「チャラい映画だけ」に終わらせなかったその企画センスを感じることができます。

残念ながらこの映画は、決して大作と呼ばれる膨大な製作費を注ぎ込んだ作品ではありませんでした。舞台となるスキー場も海外のスキー場などではなく、志賀高原や万座スキー場といった身近なスキー場でしたが、それが逆に、舞台設定や登場人物のライフスタイルを限りなく現実的にし、「ちょっと手を伸ばせば届く」絶妙なその現実感がこの映画のヒットの秘訣になったのではと思います。

確かに、実際には公開されるまではこれほど当たるとは誰も思っていなかったようで、映画に登場する架空のスキーブランドである「SALLOT」も、わざわざ商標登録をしておいたにも関わらず、映画制作が忙しかったために商品開発まで手が廻らず、実際に販売はされませんでした。もし、同時に「SALLOT」ブランドでスキー用品を発売していたら爆発的な売れ行きであったろうと思うのですが、現代では当たり前のこうした映画とのコラボレーション企画も当時としてはリスキーだと思われたのでしょう。

また作品に登場するクルマも実に現実的で、主人公の三上博史がドライブするのがカローラⅡ リトラであったり、友人役の原田貴和子、高橋ひとみの愛車が赤と白のお揃いのセリカ GT-Fourであったりと、とにかく身近な車種であったこともこの現実感を増していました。
実はこの映画を手がけたホイチョイプロダクションは最初三菱自動車に車両提供を依頼したのだそうですが、三菱自動車が断ったためにトヨタにこの話が移ったそうです。一方で車両提供を快諾したトヨタはこの映画がきっかけで両車種の売り上げがぐんと伸びたことからも、当初の企画段階では周囲も含めて「おっかなびっくり」であったことが分かります。それにしても三菱自動車は大失敗をしたものです(苦笑)。
ちなみにこの映画でセリカのバックミラーにストップウォッチを吊るしているシーンがあったのですが、実は皆、密かにマネしたんではないでしょうか(笑)。

そして音楽は、現在であればもう彼女以外は考えられないだろうというユーミンで、その選曲とシーンとの連動が絶妙でした。
これも裏話があり、当初は原田知世が主題歌を歌うことになっていたそうなのですが、彼女が強くユーミンの起用を推薦し、結果としてユーミンがその楽曲を手がけることになったのだそうです。

特に秀逸なのがオープニングシーンで、三上博史が仕事も早々に会社を定時に抜け出して、ガレージでスタッドレスタイヤに交換した愛車のカローラⅡに乗り込み、カセットテープ(笑)をカーステレオに入れるとテーマ曲の「サーフ天国、スキー天国」が流れ出すという演出には痺れるような高揚感があり、一気に映画の中に引き込まれて行きます(苦笑)。

この映画の大ヒットを受けて続けて製作されたホイチョイ三部作と言われる、「彼女が水着に着替えたら」と「波の数だけ抱きしめて」と比較するとやはりこの第一作目が格段に優れており、練りに練った末の企画であったことが分かります。

私たちはこの「ちょっと手を伸ばせば届く」未来に向かって手を伸ばしました。そしてその結果、時代はバブルへと向かっていくのですが、そのエネルギーはその時代の皆がこうして実現できそうな未来へ向かって手を伸ばすことから生まれたのかも知れません。
それは、この映画やその後にブームとなる「トレンディー・ドラマ」のように、非現実でありながら限りなく現実的なライフスタイルを私たちが夢見て望んだ末のことだったのだろうと思いますが、その動機やきっかけはともかく、もう一度日本と日本の若者にもっと未来を切り拓こうとするエネルギーを持ってもらいたいと思います。

私自身はこの映画を公開時に映画館で見て以来、これまで見直したことはありませんでした。こうして四半世紀の後に改めて見て、この映画は「時代」を切り取って感じさせてくれるある種の名作だと思いました。
私と同世代で同じ経験を経た方は「そうだったよなぁ」という思いと共に、また公開時に生まれてもいなかった現在の若い世代の方々には、元気だった日本の姿や、現在も現役で活躍する出演俳優の皆さんの若い演技と、主演の原田知世の可愛さ(笑)を見るだけでも充分楽しめる作品だと思います。

そして過去、この映画を見てすぐにスキーに出かけたように、今回も改めて見たらやはりスキーに行きたくなってしまいました(笑)。

今シーズンはもう一度スキーに行くことにしましょうか・・・。

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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

コメント

映画は未見なんですが,ホイチョイ的スキースタイルにはどっぷり影響されました.斜面で格好よく立つポーズとか.先日の貴ブログにも素敵な立ち姿の写真がありましたね.
格好良くありたいっていうのはいろんなことの原動力になるということを歳をとって感じるようになりました.

  • 2012/04/01(日) 01:47:04 |
  • URL |
  • Hiroshi #-
  • [ 編集]

私もハマったクチです。(笑)
当時、同じ映画を何度も観るなんて考えられなかったのに、この映画だけは何度も観ました。実際に横手山や焼額を滑ったこともありますし、ビデオカメラで撮ってみたり、トランシーバー(笑)で連絡を取り合ったり。
まさに遊び方の見本となる映画でしたね。
原田貴和子、色っぽかったなあ。

  • 2012/04/01(日) 02:02:40 |
  • URL |
  • チェリー #6AWUBD.o
  • [ 編集]

510さん、素敵です。
私の学生時代、この映画によって「バブルっ子」の私はスキーを始めました。無論、ゲレンデより、ラウンジが主たる戦場だったのですが。。SSM55氏が当時「このカローラⅡのTurboに乗っておりまして、更に友人BigBearさんがセリカGT-Fourでしたので、当時は如何に「もてるか!」を競ったものでした。草食系もこのままでは装飾系になってしゅいまいますので、是非、昨今の若い方々にも、「遊ぶ」楽しさをもう少し、追求してほしいですね。ひいては、日本の元気にもなりましょうし。。。。
実は、私この映画でホイチョイプロダクションに憧れまして、その業界に向けての就活したんですよね。。。。今は全く、真面目な「釣りバカ日誌」状態ですが、、(笑)で、ビックコミックの「気まぐれコンセプト」最高でした。510さんの「バブル」シリーズに期待しています。次は「男女7人164物語」ですかね?(笑)

  • 2012/04/01(日) 02:57:07 |
  • URL |
  • ZAGATOR #jhHw6g8s
  • [ 編集]

>Hiroshiさん
全くその通りですね。「格好良くありたい」というのは「他人から格好良く思われたい」という見栄ではなく、自分自身の内なる美意識で、若い頃の単なる「カッコつけ」と違って、歳を取ってから一番拘るべき部分だと思いますね。でも、それも若い頃に様々な経験を積んできた末だからこそ持ち得るのだと思います。・・・と正当化しておきましょう(苦笑)
是非、この映画・・・ご覧になってみてください。結構今でもヤラれますよ(笑)

  • 2012/04/01(日) 06:33:28 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

>チェりーさん
まさかチェリーさんがそんな学生だったとは・・・(笑)
でも、当時はPOPEYEとかHotdogPressとか雑誌も含めて、お洒落な遊び方の提案に満ちていましたね。私は高校生のときに初めてスキー合宿で志賀高原に行ったのですが、不思議なもので東京に来てからは縁遠くなってしまいました。この映画を見て来シーズンは志賀に行きたくなりました(笑)
原田貴和子・・・。そっち系ですか(笑)。でも彼女と高橋ひとみの役のキャラクター設定は絶妙でした。個人的には大好きなオネー様方ですね。

  • 2012/04/01(日) 06:40:20 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

>ZAGATORさん
そうですね。ZAGATORさんだとまさにドンピシャな年代ですね。
当時は「遊ぶ」ということに熱意があり、皆、真剣に遊んでいたと思いますね。例えば、どこか海に行こう・・・となると持っていく遊びの小道具から、どこのビーチハウスが良いかまで徹底的に準備して仲間で激論の末、ようやく出発するといった塩梅で、とにかく、遊びに一生懸命だったと思います。その延長?なのか経験なのか、今の私達の世代のほうが遊びに関してずっと元気なんだと思います。
確か、ホイチョイの皆さんは成蹊だったと思いますが、関学生(立教もか?)と相通じるものがあり、その「ノリ」に共感できました(笑)
男女7人164物語は発禁処分の危険がありますのでご容赦ください(爆)

  • 2012/04/01(日) 06:48:27 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

懐かしいですね~。

私も昨年、この映画を久しぶりに観ましたが、あの頃を思い出すいい映画でしたね~。
一昨年から小学生の息子と20年ぶりにスキーを再開して、今シーズンもあししげくスキー場に通いました~。
現在はスキー場へのアクセスも良く、スキー場自体も昔に比べると空いているのでいいですね。
因みにクルマは先日、FIATムルティプラとALFA146の2台体制からLANCIAテージスの1台体制になってしまったので、来シーズンからはテージスでスキー場に行かなくっちゃ(笑)

  • 2012/04/01(日) 07:13:15 |
  • URL |
  • ランチアブルー #LH9HBPig
  • [ 編集]

>ランチアブルーさん
ご覧になりましたか(笑)。現在のスキー場は当時と比べて設備も良く、快適になりましたね。昔は田舎のスキー場だとTバーとかJバーリフトなんて当たり前でしたし・・・(知ってるヒトはいるのか?)
最早この歳になると女の子にモテるためのスキーではなくなっていますが(苦笑)、今度はあんなおじいちゃんなのに格好良い・・・と若い娘に見えるようにせいぜい頑張りたいと思っています。
テージスでスキーは格好良いですよ。いかにも・・・というSUVでスキーに行くより、スキーキャリアもつけずにスキー場に似合わないクルマで乗りつけるのがオジサンの格好良さだと思います。
実は、いつかやってやろうと思ってるのがSpiderの助手席の真ん中に二組のスキー板を乗せて、屋根を開けてスキー場にカップルで乗り付けるというバカ野郎なんですが、春スキーなら可能じゃないかと思って画策?してます(笑)

  • 2012/04/01(日) 07:26:31 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

僕はこの時代にブームに乗っかれなかった可哀想な青年でした
事故で大怪我してスキーなんて絶対にできないと言いながらも周りの人たちが羨ましくてしょうがなくて、ハイラックスサーフみたいなクルマを買った後輩たちに八つ当たりしまくりで、自分は背の低いスポーツカーを乗りまくりでしたが、当時は右足が不自由で全てAT車を左足で踏んでいましたよ
45歳過ぎて始めてスキーに挑戦しましたが、それなりに勇気が要りました
どうしても右足をかばうのでさっぱり上手くなれずにいましたが、今年は190コーチのお陰で恐怖心が無くなり、もっと上手くなりたいという意欲が湧いてきました
男50、上手くなって原田姉妹みたいなコと一緒に滑れたらうれしーな

  • 2012/04/02(月) 18:47:39 |
  • URL |
  • 笹本隆太郎 #-
  • [ 編集]

>笹本さん
最近は60歳を過ぎてスキーを始める方が増えてるんですよ。高年齢者専門のスキースクールなんかもありますし。DVD見てびっくりしたんですが、インタビュー受けてると白髪の優しそうなおばあちゃん(失礼)なんですが、スキーシーンでは攻めること攻めること・・・(笑)。
笹本さんもまだまだ上達しますから、オネーチャンとのスキーツアーを夢見て?頑張りましょう(爆)。

  • 2012/04/02(月) 19:37:24 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

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