走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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未来へのノスタルジー2 ~Nostargic 2Daysに見るクルマの未来~

個人的には「いすゞ」は大好きな乗用車メーカー「でした」。
ご存知のように現在は乗用車から撤退し、本流?であるトラックに特化していますが、かつては魅力的な乗用車を世に出したメーカーです。
私が初めて自分で購入したクルマはいすゞで、PF50型と呼ばれたオペル・カデットの姉妹車として発売されたクルマでした。当時のいすゞはGMと提携しており、同じグループ内のオペル・カデットを世界戦略車としてGMのグループ各国でブランドを替えて販売していました。
私が中古で購入したジェミニは初期型のLSクーペでしたが、ちゃんと後席にも人が乗ることができ、さらにトランクルームも広く、他の国産クーペにはない魅力を持っていました。

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私はそのオンボロジェミニを中古車屋の「前のオーナーは女性でしたよ」の一言で購入したのですが(笑)、学生だった当時は気に入らなかった親のギャランΣからやっと離れられることが嬉しくて、通学からレジャーのアシに毎日使い倒し、残念なことに卒業と同時に廃車にしてしまいました。

自らの手で愛車を廃車にしたのは、このジェミニと後のアルファ164Q4の2台だけなのですが、このジェミニのときの印象は強烈で、解体業者の店先で乗ってきた思い出の詰まった愛車が手続きが終わった途端に、手際よくホイールナットを外され、フォークリフトで持ち上げられてフォークを数回上下に動かすとタイヤが4本地面に落ちて外れ、そのままクルマの山の上にポンと置かれるところを目の当たりにしたときに、二度と解体屋に直接クルマを持って行くのは止めようと誓ったものでした(苦笑)。
そのジェミニの印象が強く、その後にFFとなったジェミニ・イルムシャー・ターボ(JT150)を購入し、さらにDOHCモデルのイルムシャーRS(JT190)という限定車に買い替え、結果として3台ものジェミニを乗り継ぐこととなってしまいました。

そしてこの会場で一渡り素晴らしいコンデションの旧車を見ながら奥に入っていくと、目に飛び込んできたのがそのジェミニだったのです。

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それは不思議なオーラを放っていました。フルレストアされた誰もが驚嘆の声を上げるスカイラインGT-Rやトヨタ2000GTなどと異なり、自然に年齢を重ねたであろうこのジェミニはそれでもそのコンディションの良さが遠目にも分かる「佇まい」でした。本当に引き寄せられるようにこのジェミニに近づいて行ったのですが、自走で会場まで走って来たというその個体はタイムスリップして現代にやって来たかのようなクルマでした。
ワンオーナー、雨天未使用という謳い文句の通り、ボディには全くサビがなく、ちゃんと定期的に走らせていたということで、エンジンの調子も良いそうなので、そのまま乗り出せる個体でした。
最終モデルのZZ/Rという1.8LのDOHCエンジンを搭載したHPグレードなのですが、当時のいすゞが力を入れていたモータースポーツ(国内ラリー)に参戦するための限定車であったこともあり、その多くはすでに潰されてしまっており、このような形で大切にされ生き残っているZZ/Rは本当に貴重だと思います。

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そのボディサイズは現代の基準で見るとあまりに小さく、1000ccクラスではないかと思えるほどなのですが、室内は広く、特に4drのセダンモデルはファミリーカーとしても問題なく使用できる広さを持っています。
スパルタンだったZZシリーズとは別に、ジェミニは当時からスポーティイメージとともに日本車とは「ちょっと違う」ヨーロッパの臭いのするカジュアルな雰囲気を持つクルマでした。
それが一般グレードであったLS/Gモデルで見ることができます。

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当時はこのチェック柄のシートが実に新鮮で、事実女の子ウケも良かったために(笑)、私の初代LSの何の変哲もない黒のビニールレザーシートを何とかすべく悪あがきをしたものです。

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いすゞの名車と言えばベレットであることに異論はないでしょう。ベレットGT、通称「ベレG」はいすゞを乗用車メーカーとしてトヨタや日産と同列に押し上げたクルマだったと思います。その中でもDOHCエンジンを搭載したGT-Rは鉄板で、今尚多くのオーナーが大切に乗っていますので街中でも見る機会があるモデルだと思います。

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ボディサイドのストライプも有名なベレットGTのアクセントなのですが、全塗装の際に剥がされ、適当に貼られてしまう例が多いらしく、このショップの説明によると当時のカタログから「拘って」、その幅を再現しているとのことでした。

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アルファ・ロメオをお手本にした・・・と言われているDOHCエンジンは、言われて見ればアルファ・ロメオのエンジンルームに見えてきます。

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ベレットGTの現役当時は、圧倒的にアルファ・ロメオの方がマイナーな存在で、私の友人もGiulia Sprintでガソリンスタンドで店員に話しかけられたことがあるそうです。

「綺麗なベレGですね。ボク前から欲しかったんですよ~。いいなぁ・・・ベレG。」

現在ではようやく街中で見かけるベレットとGiuliaの数が拮抗してきたのではないかと思います(笑)。

そしてもう一台のいすゞの名車が117クーペです。
117クーペは自動車史に残るクルマで、ギアに在籍していた時代のジゥジアーロによるデザインの流麗なボディラインを持つクーペでありながら、彼のデザインによる一連のクーペと同様に、後席の居住性もちゃんと確保された4座のGTとして現在にも通用するデザインだと思います。

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この初期モデルは「ハンドメイド」と呼ばれる職人の手作業によるボディワークで特に珍重されているのですが、当時のプレス技術ではジゥジアーロのデザインするラインが再現できなかったためで、後にコストダウンのために改悪?されてしまうのですが、それは決して全てが手作業で造られたのではなく、おおまかなボディラインはプレスで製造し、細かい部分を手作業で仕上げたというのが真相で、イタリアのカロッツエリアのような鉄板からの手叩きで製造したのではありませんでした。しかし、それほど当時のいすゞが何とかジゥジアーロのデザインに忠実に製造しようと苦労していたことが伺えます。

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もう一つの117クーペの特徴は日本初のフューエルインジェクションを採用したことにあります。と言うか説明を聞いて私も初めて知ったのですが、それは後の排ガス規制や燃費改善のためのインジェクション方式ではなく、純粋にパワーアップのための採用だったそうです。新車の値段は172万円!で、頑張っても月産50台が限度であったため街中で見かけることは稀で、当時はそれ程「縁遠い」クルマでした(苦笑)。

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室内も素晴らしい眺めです。一枚板で継ぎ目のないウッドが貼られたインパネは当時の高級車からすると取り立てて目新しいものではありませんが、ちゃんとコストをかけて丁寧に作られたことが伺える室内です。

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その後に某メーカーがZAGATOデザインの限定車を製造する際に、その製造コストの問題(技術的には可能)から「勝手に」デザインを変更し、ZAGATOの逆鱗に触れて裁判沙汰になりかけたことを思うと、当時のいすゞは理解できていたかどうかは別にしてデザイナーの拘りを尊重していたのだろうと思います。
そしてジゥジアーロもそのいすゞの良心を理解していたために、いすゞとの関係はその後も続くことになります。

そして117クーペの後継モデルがこのピアッツァでした。1981年当時にこのクルマを見たときに度肝を抜かれたのを今でも覚えています。当時のモーターショーで見るコンセプトカーはあくまでコンセプトカーで、あまりに現実離れしており、そのコンセプトデザインがそのまま街中を走ることはなかったのですが、そのコンセプトカーの一台であったジゥジアーロの「Asso di Fiori」が本当に「そのままの形」で、しかも日本のいすゞから発売されたのです。

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ピアッツアはその当時のどんなクルマとも異なっていました。意外に女の子ウケはせずに、私の周囲の女性は「マヨネーズみたい・・・」と心ない感想を口にしていましたが、それでも宇宙船のような内装は好評でした。
それは当時流行し始めたデジタル表示のメーターに加えて、ステアリングコラム周りに各種のスイッチを配し、ステアリングから手を離さずに操作ができるようになっていたりと、コンセプト通りの斬新なデザインでした。
初期のモデルは法規上の問題からフェンダーミラーが装着されており、デザインを台無しにしていましたが、それはジゥジアーロやいすゞの責任ではなく、後に法規が改正されドアミラーになったときにようやく伸びやかなボディラインを遮るものがなくなり、ピアッツアのデザインが完成したと思えたものでした。

N2D031.jpg

しかし、残念なことに内装の素材品質が悪く、経年劣化で内装材が剥れたり取れたりしてしまうため、中古車としては寿命が短く、今見ても斬新なデザインであるピアッツアを後に買おうとすると、その内装のボロさに一気に興醒めしてしまったのですが、流石にこの個体はその状態が素晴らしく、これなら・・・と思わせてくれるものでした。

いすゞはその後もFFジェミニでもジゥジアーロにデザインを依頼していますので、いすゞとジゥジアーロとの関係は磐石かと思われたのですが、当時のいすゞもようやく乗用車メーカーとしての実力をつけ始めた時期で、それまではジゥジアーロデザインを「丸呑み」していたことに対して、このFFジェミニの際にはフロントデザインの変更を提案し、最終的にはジゥジアーロの理解を得られずに彼の名前を表に出すことはできませんでした。
ですので、当時の私はジゥジアーロデザインと知らずにジェミニに乗っていたのですが、室内空間の広さとトランクの使い勝手など、当時のFFジェミニもターボモデルやDOHCモデルといったスポーツモデルだけではなく、通常のグレードでもその魅力は充分で、「街の遊撃手」という意味不明のキャッチフレーズはともかく、フランスの有名なスタントチームを使った街中でのスタント走行のCMは一世を風靡し、随分と販売に貢献したものでした。
今回はその懐かしいFFジェミニを会場で見ることは適いませんでしたが、こうしていすゞのクルマを見ると、様々な思い出が蘇って来ました。おそらくこのイベントの正統な?楽しみ方が、こうした青春時代に過ごしたクルマと再会することなのでしょう。

しかしノスタルジーだけではクルマの未来はありませんので、引き続き未来へのヒントを考察して見たいと思います。

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テーマ:イベント - ジャンル:車・バイク

コメント

懐かしいです!!
LS/GからZZ/Rに乗り換え、クロモのホイール、ナルディー、レカロ、ビルシュタイン、マーシャルなどドレスアップに夢中でした。

  • 2012/03/14(水) 00:37:15 |
  • URL |
  • わんこS木 #-
  • [ 編集]

自分の最初の車が初期型のピアッツァでした.写真は最終に近いヤナセ扱いのターボモデルですね.
車のデザインって,歴史を汲んだ車らしさを追求するデザインと,それを破壊して再構成するデザインがあると思うんですよ.ピアッツアは後者にあたります.
破壊,再構成して生き残ったものが歴史になることを繰り返して未来が作られるわけで,その中でアルファ・ロメオはいつも開拓者を指向する傾向があると思います.ジュリアクーペの現代版を出せば売れるのはわかっていてもやりたくないんでしょうね.

  • 2012/03/14(水) 01:08:59 |
  • URL |
  • Hiroshi #-
  • [ 編集]

以前、75が長期入院した際の代車がフローリアン・ディーゼルだったのを思い出しました。
走らんかったなあ、エンジンが全然回らずに.....
もっともその時のディーゼルってどれも(ゴルフ・ディーゼルも含む)似たようなものでしたけど。
アスカNAVi-5なんて現在のセミオートマを予見したようなテクノロジーでしたし、EUのクリーン・ディーゼルもしかり、いすゞというメーカーには先見性があったのかなっと思ってしまいます。
惜しむらくはその技術を昇華できなかったことでしょうか?

  • 2012/03/14(水) 11:27:31 |
  • URL |
  • なごやまる #-
  • [ 編集]

そういや友人にピアッツアneroに乗ってたヤツがいたなー。これもすごいデザインでしたねぇ。

117も叩きだしでしたが、初代シルビアも確かそんなだったような・・・。

  • 2012/03/14(水) 19:36:48 |
  • URL |
  • S氏 #-
  • [ 編集]

>わんこS木さん
ZZ/RもZZ/Tも本来はラリーとかダートラのベースでしたので、装備も簡素で(Tは少し良かった)したので、街乗りしようと思うと、イロイロと装備を増やさなければなりませんでしたからね。でも、その分オーナーの個性が出てて面白かったです。

  • 2012/03/15(木) 10:44:03 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

>Hiroshiさん
まったくその通りですね。ピアッツアも出たときには本当にそう思いましたが、考えてみればジゥジアーロという一本線の通った共通性が根底にあるんですよね。アルファ・ロメオも同様で、エンリコ・フミアさんも言っていましたが、アルファ・ロメオのクルマをデザインするときには「誰が見てもアルファ・ロメオで、誰が見ても過去のアルファ・ロメオと違う」ことが重要なのだそうです。デザイナーの力量だけでなく会社の判断の力量も試されますね。

  • 2012/03/15(木) 10:48:08 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

>なごやまるさん
フローリアン・ディーゼル・・・(笑)
自動車学校の教習車にも使われていましたので、初めて運転したクルマがフローリアンという方も多いのではないかと思います。恐らく免許を取って他のクルマに乗ったときに「運転がうまくなった」と思わせる教習所の深慮かも知れませんね(笑)
いすゞの技術チャレンジは常にトラックへの応用も視野に入れていたかと思いますが、いすゞの開発陣のハナシを聞くと相当な技術フェチで、だから経営が・・・(苦笑)

  • 2012/03/15(木) 10:54:42 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

>Sさん
初代シルビアは社内デザインでしたが、アルブレヒト・フォン・ゲルツがアドバイザーでしたね。でも製造は手た叩きではなかったと思いましたが・・・?ちょっと自信なし(苦笑)

  • 2012/03/15(木) 11:01:45 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

ところで上の写真のLSクーペは190さんのクルマですか?
色合い、ホィール、フォグランプなど全体的に実にイイ感じですね
こりゃ今このままの状態で見たら大注目ですよ

  • 2012/03/15(木) 18:05:46 |
  • URL |
  • 笹本隆太郎 #-
  • [ 編集]

>笹本さん
残念ながら私のではありません。私のLSは赤でホイールも鉄チンでした(泣)

  • 2012/03/15(木) 21:39:24 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

ピアッツァのすごいところはデザイン上必要な線を目立たせるためにデザイン上不必要な線をコストをかけて消しているところです.
ボンネットの横の隙間,リアハッチの横の隙間に線ができるのを嫌って鉄板をかぶせるような処理を行っています.そういうことまでやってくれるとデザイナーは嬉しいでしょうね.元記事で書かれたZAGATOデザインを変更した件の逆のケースです.反面,値段に跳ね返って不人気車になる原因になりましたが.
いすゞのそういう浮世離れしたところは魅力でした.

  • 2012/03/15(木) 22:37:06 |
  • URL |
  • Hiroshi #-
  • [ 編集]

>Hiroshiさん
クルマは工業製品で芸術ではありませんが、「この形を世に出したい」という情熱は必要だと思います。そのいすゞのエンジニア達の気持ちがあったからジゥジアーロも一緒に仕事をしたのだと思います。もしいすゞがヨーロッパのメーカーであったなら・・・と思うときがありますね。

  • 2012/03/16(金) 00:02:42 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

初めて自分の車を買ったのが、イルムシャーでした。
FFなので曲がらない(アクセルから脚を外せばいいのは、分かっていたのですが・・・)
きつい登りなので加速しない(速度が出る前に、またカーブ)
これでよく六甲へ行っては、バカなことをしていました。
この510さんのブログで、懐かしい昔の事を思い出しました。

  • 2012/03/17(土) 13:29:55 |
  • URL |
  • ito #cks3dOnk
  • [ 編集]

>itoさん
ひょっとしたらお目にかかっていたかも知れませんね。
私もジェミニ・イルムシャーで六甲を攻めてました。ライバルはCR-X SiやAE86で、とにかくターボラグが出ないように3000rpm以上をキープして、のぼりで引き離し、下りのコーナーで詰められるというデッドヒートを楽しんでました。2000cc以上のデカいクルマは直線で速いだけでしたので、最初から仕掛けても来ませんでしたね。

  • 2012/03/17(土) 13:50:29 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

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