走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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「手慣れ」の維持 ~AIRFIX 1/72 Spitfireの製作 5~

デカールが密着したら、機体の使用状況を想像しながら再現するための手順は同じで、この機体の状態を想像してみたいと思います。

前回の零式艦上戦闘機21型は、開戦初頭で部隊配備された後に機種改編で中古機となり、練習機として内地に戻って来た機体ということから、塗装も退色していただろうと想像したのですが、このスピットファイアはBattle of Britainに投入すべく製造された新鋭機であり、経年劣化で塗装が退色するといった状態ではなかったと思われます。一方でこのBattle of Britainは激戦で、パイロットは一日に3回以上迎撃に飛び立つのは日常だったと言われています。
すなわち、基地に着陸すると燃料と弾薬を補給してすぐにまた飛び上がるといったローテーションで、とても機体の清掃などを行っている余裕はなく、エンジンの整備なども夜間に行われていたのであろうと想像できます。
従って、機体表面にはオイルや機銃発射のススなどが付着した状態を再現し、さらに慌しい整備から各部のハッチの塗装が剥れた状態を再現することにします。

Spit043.jpg

Spit044.jpg

ウォッシングが終わった状態です。今回はフラットブラック2:レッドブラウン1の割合で薄めたエナメルシンナーを使いました。

Spit045.jpg

ウォッシングのシンナーが乾燥したら次はスミ入れなのですが、ウォッシングで機体の汚れは充分再現できたと思いますので、スミ入れはパネルラインのみに止めるようにし、乾燥したらエナメルシンナーを含ませた綿棒で丁寧に余分な部分を拭き取ります。

Spit046.jpg

機体上面はブラックで、機体下面はリアルタッチマーカーのブラウンでスミ入れしてみました。ちょっと煩くなってしまいましたが、機体の実感と言うよりこのキットのパネルラインの再現性が強調された結果となり、それはそれで良いのではと修正するのはヤメにしました(苦笑)

Spit047.jpg

続いてパネルラインのチッピングですが、前回の零戦よりも多くしてみました。塗料が剥れる箇所は主翼、尾翼の前縁、機銃の装填パネル、エンジン点検パネル、そしてコクピットの乗降パネルです。スピットファイアはパイロットが乗降しやすいように、左側の機体パネルの一部が下に折れ曲がるようになっています。

SpitMaintenance.jpg

最後にウェザリングですが、排気管からのスス汚れと機銃発射口と薬莢排出口からの汚れを再現して見ました。
何せ主翼には左右で8門の機銃が装備されていますので相当派手に汚れることとなってしまいました。

Spit049.jpg

Spit050.jpg

さて、前回の記事で日本でテストされた米軍のP-51C「マスタング」とP-40E「ウォーホーク」について触れましたが、太平洋戦争緒戦時の米国陸軍航空隊の正式戦闘機がP-40で、あの真珠湾攻撃の際に唯一迎撃に飛び立ったのがこのP-40B型で、その後の改良版がP-40E型です。

p-40b.jpg

緒戦で破竹の進撃を果たした日本軍は、当時敵の飛行場を占領した際に無傷のP-40Eを鹵獲することに成功します。
その内の1機は内地に送られ、テスト飛行や研究用にされたのですが、一方でビルマのラングーンではその上昇力と強力な武装から、従来の日本機より迎撃能力が高いと判断され、残った鹵獲P-40Eによる臨時の防空隊が、飛行第五十戦隊の高野明中尉(陸士53期)以下4名の操縦者と整備隊で結成されました。
敵の飛行機をこうして戦闘に使用することは珍しくなく、ヨーロッパ戦線のドイツでも不時着した機体を修理して使用した例がありますが、それは敵に味方機と誤認させるための特殊な作戦に使用され、この日本の例のように通常の戦闘で使用されたのは珍しい例だと思います。しかし、残念ながら初陣の夜間迎撃では味方の飛行第十二戦隊所属の九七式重爆を誤って攻撃して不時着大破させるなどの失敗もあり、あまり活躍することなく三ヶ月ほどで解散してしまいました。

一方で内地に送られテストされたP-40Eは空戦能力では日本機に適わず、「怖れるに足らず」という結果だったのですが、唯一頑丈な機体であることから上昇力と急降下能力では優れており、仮に日本機を高空から先に発見し、急降下で一撃してそのまま降下し離脱されると、日本機では手も足も出ないことが分かり、日本でもそうした能力を持つ「局地戦闘機」のニーズが発生したのは前回の記事でお知らせした通りです。

テストパイロットという立場は偏らない冷静な分析力が求められるのですが、その結果の評価に当たっては戦時下ではどうしても味方の機種を贔屓目に見てしまい、欠点ばかりを探すようになってしまうものですが、1943年11月当時大学生だった佐々木氏(後に召集され陸軍少尉に任官)は、陸軍航空技術研究所で鹵獲展示されたP-40Eのコクピットに座る機会があり、日本機にはない防弾装備と小便を機外に排出するため操縦席に備え付けられた蛇腹状の管を見て、人間工学を配慮した設計に感銘を受けたと述懐しています。
テストパイロットとして飛行しなくても、ニュートラルな視点を持った学生であればこうした日米の用兵文化の差を瞬時に見抜くことができたのであろうと思います。

一方のP-51C「マスタング」は米国陸軍が誇る新鋭機で鹵獲するチャンスはなかったのですが、1945年(昭和20年)1月16日、中国蘇州の日本軍飛行場を機銃による掃射攻撃時に被弾後、近くの水田に不時着してしまいます。パイロットはシートベルトを自分で外すよりも早く日本兵に囲まれ引きずり出されて捕虜の身となりました。 彼はその後収容所を転々としますが、無事に生き残って最終的には札幌で終戦を迎えることとなります。

パイロットの名前はサミュエル・マクミラン(Smuel McMillan)少尉で、彼は本来の自機ではなく、たまたまオリバー・ストローブリッジ(Oliver E. Strawbridge)中尉の愛機であった「エヴァリナ」というニックネームの機体に乗って出撃したのですが、殆ど無傷であったこの機体は修理されて内地に送られテストされることになったのです。
当時の陸軍のテストパイロットであった黒江氏だけでなく、戦闘機の旋回性能・加速力などを重要視し飛行技量が物を言う巴戦を得意とした日本の陸海軍航空隊搭乗員間においても、アメリカ海軍機F6F「ヘルキャット」とならび、空戦性能でも日本陸海軍機にしばしば引けをとらない性能を見せたこのP-51Cは、自負心の強いベテラン搭乗員にさえ「なかなか手強い敵機」との評判でした。
黒江氏はこのP-51Cに乗り、味方の基地を巡回して模擬空戦を行って攻撃法の伝授をしたのですが、「味方が自信を喪失しないため性能をすべて引き出さなかった」そうです。

このP-51Cは最後にエンジンが焼きつきを起こして飛行不能になってしまいます。当然ながら予備のマーリンエンジン(ロールス・ロイス製ではなくパッカード社がライセンス生産)は日本にあるはずもなく、黒江氏は友人であった檜少佐(エースパイロットとして有名)にP-51を撃墜して不時着させてくれ・・・と無茶なお願いをします。実戦で撃墜するだけでなく、エンジンを傷つけるな・・・とは随分な要求ですが、檜少佐も快諾し実際にP-51を撃墜するのですが、伊勢湾上空であったため機体は海に沈んでしまいエンジンの鹵獲は成らなかったそうです。

それではスピットファイアの仕上げに移りましょう。
キャノピーは零戦と異なり枠が少ないものですから塗るのも簡単です。今回は面倒がらずにマスキングをして塗装しました。

Spit048.jpg

またちゃんと前部キャノピー上のバックミラーもモールドされていますので、鏡面をシルバーで塗っておきます。

プロペラは先端部を黄色に塗るのですが、発色のためにまず黄色を塗ってからその部分をマスキングテープでカバーして、残る部分をフラットブラックで仕上げるとうまくできると思います。

特筆すべきはタイヤで、イギリスの飛行場は舗装された滑走路ばかりではなく、牧草地を均しただけの臨時飛行場も多かったために、主脚のタイヤは低圧のバルーンタイヤが装備されていました。AIRFIXはちゃんとそれも再現しており、着陸時にタイヤが潰れた状態で成型されています。そして例によって組立説明書にはちゃんとその取り付け角度が指示されています(笑)。

最後に主翼下のピトー管を取り付け、コクピット後ろのアンテナマストを取り付けます。

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Spit053.jpg

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Spit056.jpg

スピットファイアは好きな機体ですので、奮発してディスプレイベースを作って見ました。アガチス材のディスプレイベースに田宮模型の情景テクスチャーペイントの草(グリーン)を使って牧草地の飛行場っぽくします。
ディスプレイベースにベタ塗りするのではなく、わざと一部に塗ることにより、ジオラマではなくディスプレイベースであることを強調して見ました。

Spit059.jpg

Spit060.jpg

このAIRFIXの1/72キットはその出来が素晴らしく、今後の新金型での開発が楽しみなシリーズです。
残念ながら田宮模型やハセガワと言った日本製の素晴らしいキットと比べると、見劣りがする部分があるのも確かですが、そのお値段(日本製の1/3)と筆塗りを前提とした深いスジ彫りには好感が持てますし、デカールはそのバリエーションはないものの、質そのものは最高ですので、作ってみてストレスを感じることはありませんでした。実は、同じく新金型の上述したP-40Bも買ってしまいましたので、そのうち機会があれば造ってみたいと思っています(苦笑)。

繰り返しになりますが、安上がりな趣味として1/72スケールの飛行機からプラモデル復帰というのはアリだと思いますので、興味を持っていただけたなら是非、試してみてはいかがでしょうか。

随分と手の感覚も戻ってきましたので、次はいよいよ本題の頼まれ物を製作することにしましょう。

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テーマ:模型・プラモデル - ジャンル:趣味・実用

コメント

説明書(設定)通りに作らず、「この機体はこうであったはずだ!」
って考えながら作るのが楽しいんですよね。
510さんはイギリス機以外はあまり興味ないんですか?
前の記事ではフォッケとかメッサー等のドイツ機が出てましたが、
私はドイツならTa152かな。

  • 2012/02/29(水) 10:17:14 |
  • URL |
  • S氏 #-
  • [ 編集]

>Sさん
考証は大事ですが、塗装説明書には「こう汚せ・・・」とは書いてないですからね(笑)
ドイツ機も嫌いじゃないんですが、どうも塗装が面倒くさくって・・・。あと模型にするとオモチャっぽくなってしまうんですよね。私もFw190-D(長鼻)とか好きですよ。メッサーならBf109-Gでしょうか。

  • 2012/02/29(水) 19:52:18 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

"汚し"はジャンルを超えたモデラー共通の楽しみなんだと思います.極端な話,ガンプラのモデラーも"こう汚れる筈"と,あれこれ空想するのを楽しんでいるようです.彼らもベースは実在の兵器プラモの経験だったりするんでしょうね.

  • 2012/03/02(金) 10:54:44 |
  • URL |
  • Hiroshi #-
  • [ 編集]

>Hiroshiさん
「汚し」と「劣化」はもともとはAFVモデリングで確立された技法ですよね。それまでの飛行機モデルは「綺麗に仕上げる」ことがメインだったように思います。そしてガンプラはそのAFVモデリングが波及して、簡単にそういった表現ができるように様々な道具が発売され、それがガンプラ以外のモデラーにも利用されるようになったというのが実態だと思います。私もガンプラには全く興味はないのですが、発売されるこうした製作材料はチェックしてます。ガンプラ用のものはとにかく便利なものが多いですね。

  • 2012/03/02(金) 11:15:16 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

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