走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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コンチネンタルサーカス

静養と言えば「読書」が定番だと思うのですが、私も同様でこの一年は随分と本を読む機会が増えたと思います。
もともと読書が好きで、どちらかというと速読派のためイッキ読みをしてしまい、読み終わった本も溜まる一方となってしまいます。
よくゴミ捨て場に束ねた本が捨ててあるのを見かけることがありますが、私には本を捨てることがどうしてもできません。
中学生のときに図書部に所属し、一時は図書館の司書になろうかと思ったことがあるのですが、その図書部の活動の中に痛んだ本の修復というのがありました。ボロボロになった表紙や装丁を再度製本し、黄ばんだ断面は切り落としたりして修理するのですが、これらの作業を通じて本を大切に扱うと共に、それが例え自分には気に入らない作品であったとしても、こうして世に出たからには次の読み手はひょっとしたら一生の座右の書となるかも知れないと考えるようになったのです。
しかも、本は仮にその時の自分が気に入らなかったとしても、年齢を重ね改めて読み返したときには全然違う感じ方をすることもありますので、まずます捨てられなくなってしまうのです。

しかし、本棚はクルマ関係の雑誌やカタログ類で溢れ、さらに本はその前に山詰みにされ、その山がどんどん部屋の中で増えてくるにつれ、流石に永遠に手許に置いておくワケにはいかなくなってしまいました。仕方なく一念発起し本を整理することにしたのですが、前記の理由から捨てることは憚られるため買取店に持っていくことにし、手許に残す本、捨てる本を選別することにしました。
こうして本の山を整理しているとかつて読んだ懐かしい本が出てきました。今日はその懐かしい本の中からコンチネンタル・サーカスと呼ばれるロードレース世界選手権(WGP)を描いた不朽の名作をご紹介したいと思います。

それは「ウインディーⅠ」「ウインディーⅡ」そして「チャンピオン・ライダー」という三部作で作者は泉優二氏です。

ウインディーⅠ
ウインディーⅡ
チャンピオンライダー

泉優二氏は映画監督を目指したこともある映像作家で、サッカーの魅力に取り付かれヨーロッパに活動の拠点を移して1977年からヨーロッパサッカーの取材を始めます。そんな中で出会ったのが当時の日本では全く知られていなかったWGPというオートバイレースで、その350ccクラスのチャンピオンライダー片山敬済選手の活躍を映像化することになります。現在ではMotoGPとしてメジャーになったオートバイレースも当時の日本では殆ど知られておらず、オートバイレーサーは単なる暴走族の延長としか思われていなかったのですが、現在と異なり当時はワークスマシーンに混ざってプライベーターも出場しており、まだまだそのプライベーターにも勝つチャンスがあった「旧き良き時代」でした。

私はこの本を1988年に購入したのですが、当時はF-1グランプリがブームで私自身は大してオートバイレースに思い入れはなかったのですが、そのブームの延長線で何気なく購入したことを覚えています。しかし、読み進むうちにその内容にグイグイ引き込まれ、最後には涙を流すほど感動してしまったのです。こうしてこの本は私の「殿堂」入りとなり、その後も何度も読み返している愛読書の一冊となりました。

物語は1973年のフィンランドのWGP第11戦から始まります。主人公の杉本敬は日本でチャンピオンになった後にヨーロッパのWGPにチャンレンジするために渡欧したライダーです。しかし彼を待っていたのは日本でのチャンピオンなどというプライドは吹っ飛ぶほどの過酷なレースでした。WGPに比べれば遠い極東のレースなどは草レースと同様だったのです。
WSPはヨーロッパ各地のサーキットを転戦し半年に亘るシーズンで10~12レースを走らなければならず、さらにこのWSPとは別に開催されるインターナショナルレースにも参戦すると、年間で40~50レースをこなさなければならなかったのです。そして一部のワークスライダーを除き、プライベートライダーは走るだけでなく、サーキットを移動するための運搬車のドライバーやチームマネジメントからコックまでの全てを自分でこなさなければなりません。それまでの彼はサーキットに行けばマシンが準備されており、それに乗って走るだけで良かったのに対して、ここでは走るまでの準備に走ること以上のエネルギーと時間を費やさなければならないのでした。

ストイックに自分自身を追い詰め、自分自身だけでなく周囲の人間に対しても自分のレースのために行動することを求める彼も、時折見せるその人間味に惹かれ仲間と呼べる理解者が周囲に集まって来ます。しかし彼はそれになかなか気がつきません。彼にとってはレースに勝つことが全てで、その過程は重要ではなかったのです。
しかし、事故による怪我、仲間の死、ライバルの苦悩を通じて自分自身にとっての「走ることの意味」を考えるようになります。
サーキットを転戦するレース参加者はコンチネンタル・サーカスと呼ばれるように全体が一つの家族であり、レースを走ることは全てではなく生活の一部であることを感じるにつれ、自分一人で走っているのではないことに気がつくのです。そうしてようやく内面の渇望が満たされ新しい人生の目標に向かう決心をした時にその悲劇が訪れます。

物語について多くを語るのは控えますが、特筆すべきはそのレース描写で、あたかも自分自身が走っているかのような錯覚に陥ります。そしてライダーの心理描写が素晴らしく、作者自身がレーシングライダーではないかとまで思わせるほどです。おそらく作者が小説家ではなく映像作家であることが多分に影響しているのだと思われますが、映像とは異なりレースでの一瞬の出来事を切り取りその描写をする時のスピード感と、レース外での人間描写のスピード感のギャップがこの小説をより一層魅力的なものにしています。

この本が書かれてからすでに30年以上が経過していますが、レーシングライダーを取り巻く環境が変わったとしても、その心理は不変ではないかと思います。そして未だにこれらを超えるレーシングシーンを描いた本に出会ったことがないことからも、この作者の非凡な才能を確認することができます。

ウィンディーはかつて映画化もされましたが、残念ながら原作を超えることはできなかったのではと思います。映像作家である氏が書いた小説の方が映像よりも優れているというのも皮肉なハナシだとは思いますが、それほどこの小説が単にストーリーとしてだけでなく、その描写も含めて素晴らしいからなのでしょう。
現在は絶版となっているようですが、唯一無二の小説ですので是非再版して欲しいと思いますが、中古でも販売されているようですので、興味のある方は是非ご一読いただければと思います。

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テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

コメント

そっかぁ、なら読んでみようかな?
だ・か・ら・・・


ちょーだい(爆)

  • 2011/09/01(木) 16:53:24 |
  • URL |
  • こ~んず #JalddpaA
  • [ 編集]

>こ~んずさん
定番ですね(笑)
では私も定番で・・・
あ・げ・な・いっ!

  • 2011/09/01(木) 21:39:35 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

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