走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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プロとアマチュア

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今からもう四半世紀も前のハナシです。中学、高校、大学と受験を経験することなく好きな科目だけ一生懸命勉強し、それ以外はテキトーにやっつけて来た私は、人並みに就職活動を始めるに当たって、世の中のほかの大学生と異なり、会社四季報だの人気企業ランキングなどには全く目もくれず、就職先には自分自身のコダワリがありました。
それは信念などという大それたものではなく、何となくそうじゃないか・・・と思っていた程度のものだったのですが、そのコダワリが今の私自身の原点になっているのですから、人生とは不思議なものです。
その譲れないものとは、「製造業」という業種と「人事」という職種でした。資源のない日本にとってモノづくりにより付加価値を高めることこそが産業の基幹であり、日本が世界の中で存在価値を発揮できることであると信じていた学生時代の私は、就職するなら製造業に・・・と考えていました。また、同様に日本にとって唯一の資源である「ヒト」を扱う仕事ということで、「人事」をやりたいと考えた私は、メーカーで人事をやらせてくれるところという条件で就職活動をしました。
当時の一般的な日本企業の人事制度からすると、製造業はともかく、人事職を希望というのは無謀で、文科系出身の新入社員は営業職からスタートし、ジョブローテーションと呼ばれる教育的配置転換を経た後にようやく希望を聞いてもらえればまだ良いほうだったのです。

しかし奇跡的に2社の製造業から人事職で内定をもらうことができたのは、私の主張が未熟ではあるものの余程他の学生と違っていたからでしょう。そしてそのうちの一社で当時の最先端産業であった半導体メーカーの人事担当者として私の社会人生活はスタートすることとなりました。
入社して3ヶ月間は同期に入社した仲間達と各職場での実習に明け暮れました。その半導体メーカーは紡績業から業種転換した歴史があり、製造現場で働いている社員はエンジニアはともかく、地方から集団就職で女工として紡績会社に就職し、ダイオードやトランジスタ製造を経て働いている女性が多く、その中に混じって実習として最終組み立てや検査をする私たちは、どんなに頑張っても彼女達の手先には敵わず、組み立てをすれば不良だらけで、検査をすれば30分で音を上げる始末でした。

プラスチックモデル作りが趣味であった私は、他の同期の仲間に比べて多少は手先も器用で、シーリングに使用する樹脂などの扱いにも慣れていたために、「兄ちゃんはスジがいいねぇ」などとおだてられたのですが、それでも彼女達の出来栄えと同等のレベルを追求すると時間がかかりすぎ、時間がかかってもそのクオリティを維持しようとすると、半日で飽きて疲れきってしまうという体たらくでした。
そのときに実感したことは、同じレベルの作業を同じ時間で繰り返すことが製造作業であり、熟練するということはただ漫然と作業を繰り返すのではなく、常に工夫と努力をして新しい技術を身に着けることであるということで、彼女達は毎年こうして実習にやってくる新卒の大学出の社員が、いつしか自分達の上司となることを知っているために、どんなに私達に教えても実習期間が終われば自分達を手伝ってくれることはないにも係わらず、製造作業の本質を押し付けるのではなく実感させようと一生懸命教えてくれたのです。

最先端と言われた半導体産業も、当時はそのモノ作りを支えていたのは彼女達のような熟練工で、実感したその厳しさから自動化を提案しても、どんなに優秀な自動機でも彼女達の正確さとスピードには遠く及ばず、またその投資額と彼女達の人件費とを考えると間尺に合わず、結果として手作業による製造が続けられることとなったのですが、後にその工程をシンガポールに移転することになり、現地採用の社員を訓練する過程で再び彼女達の凄さを思い知ることとなりました。

日本人にとって、より良いものを作ろうと工夫したり努力することは精神文化の一部であり、自分の作ったものから不良は出さない・・・という誇りが、この気の抜けない単調な作業を支えていました。慣れない私にとってはこの作業は苦痛でしかなく、いくら高い給料を貰ってもとても続けることはできないと思うにつれ、決して高くはない給料で何年も日々同じ作業を行い続けている彼女達に畏敬の念を抱いたものです。

私が趣味でプラスチックモデルを作ったりしていることはご存知の通りですが、それはあくまで趣味であり、私自身はプロのフィニッシャーではありません。
プロのプロたる所以は、納期と品質だと思います。一定のクオリティをどんなときにも維持し、日々それを高める努力と工夫をしながら、約束した納期を守ってこそのプロで、それを支えるモチベーションは必ずしも得られる利益のためだけではなく、彼女達のようにその仕事に誇りを持つことができるかどうかだと思います。
もちろんプロよりもすごいアマチュアの方もいらっしゃるとは思います。しかし、そのレベルをどんなときにもキープしろ・・・と言われると難しいのではないかと思いますし、またアマチュアだとお金と時間に糸目をつけずに出来る作業も、プロのように納期と利益を考えると難しい面もあるでしょう。

私の場合はどんなにお金や時間をかけたとしても、その技術はプロのフィニッシャーには遠く及びません。どんな世界であれプロとして仕事をしている方のレベルはアマチュアを凌駕しているのが当然で、自分自身で冷静に判断すればとても人様のために作って差し上げられるようなレベルではないと思っています。ですので、仮に依頼されたとしてもその代価は一切頂きませんし、自らが資金を投入して追加工作をしたとしても、それは好きでやっていることで、自分自身のコダワリのためでしかありません。
これはアマチュアであるからこそ許されるワガママであり、アマチュアであるということは、自分自身のコダワリを追及することができたりとか、約束したにせよ納期に自由があったりとかだけでなく、加えて言うなら、自分のモチベーションを高めることのできないものは作らない自由があることだと思います。

今まで随分と何時間もかけて作った作品を差し上げたり、依頼されて作ったりもして来ましたが、このブログで依頼されて製作しているプラスチックモデルの記事を読まれた方で、「私のも作って・・・」とメールでご依頼いただくことがあります。
申し訳ないのですが、私はプロではありませんので、その依頼を受けるかどうかを決めるワガママをお許しいただきたいと思います。

友人の画家から言われたのですが、

「一番好きなことが仕事になるのは幸せなことだけど、一番コダワリのあるものを仕事にすると不幸になる」

最近、その意味が良く分かります。

クリック↓お願いします!
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テーマ:ひとりごと - ジャンル:車・バイク

コメント

「彼女達のような熟練工」で思い出したのですが、最先端の生産現場で現在でもまだまだ人の手に頼るところが結構ありますよね。

ちょっと思ったのですが、プラスチックモデル作りの趣味と昔の実習での体験を突き合わせて考えるのには少し違和感を感じるのですが。

一番コダワリのあるものを仕事にすると不幸になるって、意外とそういう人は居るかも知れません。自分でも気がつかない内にそうなっていくものなのかもです。

>Chousukeさん
お久しぶりですね。
当時の半導体製造の後工程はプラモデル製作の技術が結構使えたんですよ。
ピンセットで冶工具に部品を入れる作業なんか戦車のキャタピラを組んでるようでした(笑)

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