走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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伝説のシーサイドモーター

SeaSide1.jpg

こともあろうに笹本さんからのリクエストは、この1/64のマゼラーティに当時の代理店であったシーサイドモーターのステッカーを貼ってくれ・・・というものでしたが、そのリクエストを聞いたときに、私は即座に「ムリっ」と答えました(苦笑)。
そんな小さなステッカーを再現することなぞ、カルトグラフに発注するならまだしも、自作デカールではプリンターの能力から考えても無理なことは自明でしたし、仮に何とか製作して貼ったとしても全然目立ちません(苦笑)
しかも、関西出身でスーパーカー世代から少し外れた私にとって、シーサイドモーターという名前は知っていても、そのステッカーのデザインはすぐに思い出すこともできなかったのです。
しかし、シーサイドモーターについて熱っぽく語る笹本さんのその熱意に負けて、まずはどんなステッカーであったか調べて見る過程で、スーパーカーブームとともに彗星のように消えていったシーサードモーターの栄光と悲劇を知ることになりました。

シーサイドモーターは故松沢己晴氏によって設立された外車ディーラーです。松沢氏は昭和10年生まれですので戦後の混乱期はまだ子供で、物心ついた時は日本が高度経済成長の入り口に差し掛かった時期でした。彼が20歳になった昭和30年に彼はアルバイトでビュイックを大阪まで陸送する仕事をすることになります。昭和30年といえば未だ東名も名神も開通しておらず、その一部は舗装もされていない国道1号線をただひたすら走るという、日本のモータリゼーションが本格的に始まる夜明け前の時代でした。当時の国産自動車が箱根の山越えに四苦八苦していたのに対して、彼の運転するビュイックはナニゴトもなく大阪に到着し、彼我の技術の差を思い知るのですが、もっと驚いたことは大阪でのクルマの売値が仕入値の倍であったことでした。
「外車の販売は儲かる」と考えた彼でしたが、当時は国産車保護のために厳しい輸入規制がひかれていた時代で、おいそれと外車を輸入することなぞできませんでした。そこで彼が思いついたのが外車の国内調達で、帰国する進駐軍の軍人から国内でクルマを仕入れることだったのです。

こうして最初は無店舗のブローカーから始めた外車の販売は思いのほか好調で、それから5年後の昭和35年には横浜で店を構えることになります。これがシーサイドモーターの始まりです。
そしてさらに10年後、貿易自由化により何ら規制を受けることなく輸入ができるようになり、シーサイドモーターは急成長をすることになります。
シーサイドモーターはイタリアのランボルギーニとマゼラーティの代理権を取得することにより、それまでのちょっとアヤシゲなクルマ屋から正規代理店として勇躍自社ビルの建設に着手します。この自社ビル建設が後に経営悪化の引き金になるのですが、当時の勢いはその経営判断も当然という雰囲気でした。松沢氏の経営目標は当時のメルセデス・ベンツの代理店であったウェスタン自動車(現YANASE)のように社会的信用もある、事業としての外車ディーラーだったのではないでしょうか。そのためにも自社ビルを持つことにより経営基盤を安定させたかったのではないかと思います。

しかし、当時のランボルギーニもマゼラーティも右から左にどんどん売れるというクルマではありませんでした。当時の価格はランボルギーニ カウンタックが1750万円、マゼラーティ カムシンが1460万円だったそうですから、現在の物価からすると約2.5倍の価値だと思います。
それでも、現在と同様に金はあるところにはあるもので、シーサイドモーターの顧客は実業家からちょっとアブナイ職業の方まで様々でしたが、現在よりも純粋なクルマ好きの方が多かったと言われています。

そしていよいよ例のスーパーカーブームがやって来ます。連日ショールームに詰め掛けるおおよそクルマを買うことはおろか、まだ運転すらできない子供達に加えて、それに目をつけたイベンターやら企業やらを前にして、商才に長けた松沢社長はクルマそのものが売れなくても、その在庫を「見せる」ことにより利益を得ることを思いつきます。スーパーカーブームに群がるありとあらゆる企業から車両貸し出し料やらロイヤリティーやらで利益を得るのですが、その利益構造は芸能プロダクションと同様で、本来であればクルマを販売するのが代理店の正業であるにも係わらず、このどこか無理のある商売はブームの終焉と共に破綻することになります。
確かに、スーパーカーブームによりこうしたクルマの知名度は上がったのですが、オイルショックの影響もありこれらのクルマはさっぱり売れず、自社ビル建設の借金が経営に重くのしかかるようになってきました。
資金繰りに行き詰ったシーサイドモーターは1980年についにその幕を下ろすことになるのですが、その社名とスーパーカーショーで展示されたクルマに誇らしげに貼られていた"Sea Side Sports Association"の頭文字を取った"SSSA"というステッカーは、現在見ることができないからこそ、当時の子供達の脳裏に鮮明に焼きついて、今尚語り継がれているのです。

考えて見れば、"YANASE"や"CORNES"といったブランドとしてのステッカーとは少し異なる"SSSA"は、スーパーカーブームがなければ記憶に残ることのないものだと思いますが、スーパーカーと"SSSA"ステッカーを必死で追いかけた子供達がオトナになり、しかもようやくこれらのクルマを手に入れることができる経済力を持つ年代になったこともあり、記憶の奥底のシーサイドモーターが再び脚光を浴びるようになったのではないでしょうか。
ちなみに現在、シーサイドモーターという社名は故松沢氏のご親族の手により神奈川の平塚でメルセデス・ベンツを中心とした自動車販売業として引き継がれています。
また、シーサイドモーターの歴史を調べるに当たり、同社のご出身で今尚、当時のスーパーカーの販売を手がけておられるキャステルオートの鞍社長の書かれた「シーサイド物語」は大変参考になりました。もし興味があればあればご一読されることをオススメします。

さて、本題のステッカーですが冒頭の写真のように何とか似た字体を使って再現することができました。これにマゼラーティのエンブレムを加えて展示プレートを作成することにしましょう。

MASERATI EMBLEM1

まずは手持ちのステッカーをスキャナで読み込みます。
このエンブレムと自作した"SSSA"のステッカーデザインを組み合わせて、例によって展示プレートを作るのですが、私の場合はこの画像をPowerPoint上でサイズを変更したり文字を加えたりして編集加工をしています。そして出来上がったら一度普通の紙に印刷し、大きさを確認した上で調整し、シルバーラベルに印刷します。

Mase-017.jpg

やっと出来上がりです。この展示プレートをカットしてベースに貼り付けて完成です。

Mase-016.jpg

マゼラーティが最もマゼラーティだった時代の三モデルを違ったカラーでこんなにお手軽に並べてディスプレイできるというのは、ミニチュアカーコレクターにとっては夢のような時代です。

先日の250,000アクセスアワードの記念品として製作したFerrari DAYTONAと併せて笹本さんにお渡ししてようやくお役御免です。
これでようやく自分のためのモデル製作ができるというものです。

クリック↓お願いします!
b_01.gif

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テーマ:ミニカー - ジャンル:車・バイク

コメント

SSSA

懐かしい名前ですね~
未だにその名前が出てくるって凄い事だと思います。
SSSAのステッカー自体は復刻版がヤフオクで売られていますね。

  • 2009/09/22(火) 06:39:01 |
  • URL |
  • こ~んず #JalddpaA
  • [ 編集]

>こ~んずさん
復刻版が売られているとは知りませんでしたが、確かにそれ自体がスゴいことだと思いますね。
こ~んずさんの年代だとスーパーカーブームの洗礼をモロに受けたでしょうから感慨深いのではないでしょうか。

そういえば

キャステルの話に出てくる
~LP500、この車は、実は千葉のヤクザの親分に売っていた車~
コレ知ってます、私の先輩がそこの娘さんと結婚しましたから(笑)

  • 2009/09/22(火) 19:01:13 |
  • URL |
  • こ~んず #JalddpaA
  • [ 編集]

>こ~んずさん
壮絶な人間関係ですな(笑)
ランボルギーニって反社会的な匂いがするクルマだと思います。
脚色された作り話だという説が有力ですが、フェラーリに対する愛憎からクルマ造りを始めたという説も、フェラーリ=正統、ランボルギーニ=異端という図式を際立たせるためにはいかにもなエピソードだと思います。
また、実際にオーナー層も同様で、ランボルギーニに魅力を感じるオーナーは独立独歩でご自身の実力で財を築かれた方が多いような気がしますね。

あーわかるわかる

以前あるテレビの企画で、フェラーリオーナー対ランボオーナー対決というのをやっていましたが、フェラーリオーナーは長期ローン組んだサラリーマンばっかり、ランボオーナーは土建屋さんみたいな人ばっかりで大笑いでした。
でもそこに出てた人の知識自慢は浅かったなぁ・・。ちゃんとしたオーナーが見たら激怒するくらい(笑)

  • 2009/09/23(水) 02:27:05 |
  • URL |
  • もりおか #-
  • [ 編集]

フェラーリをローンで買えるのは日本だけでしょうね。日本以外ではロールスと同じく階級社会の象徴のようなクルマですから、そこまでして買うヒトはいないでしょう。
一方、現在は別として以前はランボルギーニはローンが利かなかったと言われています。すなわち、購入する場合は即金!で、胴巻きに現ナマを入れてきた御仁もいたそうです。
ランボルギーニを買うということはマニアックなウンチクを凌駕した、「格好ええやんかぁ」の一言で充分なような気がします。
そういった意味では最近のランボルギーニは随分とカタギになってしまったと思います。

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