走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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633 Squadron

愛車の916Spiderは相変わらずナニゴトもなく、緑スパもエアコンガスを補充した程度で、夏休みなのかトラブルもお休みのようなので、またヲタクと言われるのを承知で、好きな飛行機について書かせていただきたいと思います。

初めて自分で塗装をして作ったプラスチックモデルは飛行機のモデルでした。それはアメリカのレベル社のもので1/72スケールの第二次大戦のイタリア戦闘機フィアットCR42ファルコというマニアックな機種で、今もって何故これを買ったのかは記憶にないのですが、周囲のヒコーキ好きの友人達がこぞって買い求めていた零戦やマスタングなどを自身で作ったのはもっと後年で、「ちょっと変わった子供」であった私は、ポーランドのPZL-P11戦闘機やらオランダのフォッカーD-21戦闘機やら本当にマニアックな機種ばかり作っていました。

そんな私でしたが、意外に日本の飛行機には淡白で、イギリスのこれまたマニアックな機種がお気に入りでした。最初に作ったイギリス機はもちろんスピットファイアなんて有名機であるはずもなく、AIRFIX社のボールトンポール・デファイアント戦闘機という殆ど周囲の友人達の知らない機種でした。しかも夜間戦闘機という真っ黒な塗装の機体でしたから、もはやヒコーキの世界でも充分な変態と言って良いでしょう(苦笑)

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そんな私がメジャーなイギリス機の中で大好きだったのがデ・ハビランド・モスキートという双発機で、そのきっかけとなった映画が本日ご紹介する"633 Squadron(邦題 633爆撃隊)"です。
最初にこの映画を見たのはもちろんテレビの映画番組だったのですが、その映画を見た後は興奮して眠れないほどでした。
当時の私は、主演のクリフ・ロバートソンや脇役で出ていたウエストサイド・ストーリーで有名なジョージ・チャキリスなどはどーでもよく、私にとってこの映画の主演は人間ではなくモスキートで、この映画がきっかけでモスキートが大好きになってしまったのです。

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モスキートの開発が始まった1930年代当時のイギリスのデ・ハビランド社は木製の軽量という利点を生かした高速機の製造を得意としている航空機メーカーで、イギリス航空省の新型爆撃機開発の要請に得意の木製機でそれに応えようとします。当時は鉄やアルミニウムが不足しており、また戦争で仕事の減った家具職人などの木工技術を持った工員を使えば、この木製機は他の軍需産業への影響を最小限に抑えながら製造することができると考えられました。

当初は防御武装を持った一般的な爆撃機として設計されたモスキートでしたが、それでは速度が足りず、凡庸な性能しか発揮できなかったために、更に軽量化のために防御武装を取り払ってみると、引き締まった伸びやかなフォルムの高速爆撃機となり、その高速故に充分敵戦闘機から逃げ切れる性能を有していました。
しかし、計画を一瞥すると時代遅れの木製機で防御武装を持たない爆撃機なぞ全く相手にされず、イギリス航空省はこの計画を却下してしまいます。アキラメきれないデ・ハビランド社は独自で開発を続行し、その試作機が当時の最新鋭戦闘機であったスピットファイアでも追いつけない速度を出すのを見て、イギリス航空省はビックリ仰天し、すぐさま試作量産機のオーダーを出したと言われています。
しかも、実験機が事故で機体を壊した際に、接着剤と当て木を使ってその場で修理を完了したのを見たことにより、この木製機が戦時の軍用機として限りない可能性を秘めていることをも実証したのです。
かくして"Wooden Wonder"と呼ばれたモスキートは当初の計画であった爆撃機だけでなく、偵察機、夜間戦闘機、戦闘爆撃機といったバリエーションが製造され、その高速を生かした任務に多用され、航空史に残る名機に名を連ねることになります。

それにしてもイギリス人の機名の名づけ方のセンスは秀逸で、高速爆撃機にモスキート(蚊)とは恐れ入ります。日本であれば飛龍、呑龍などと勇ましい名前を付けるのが一般的なのですが、昼夜を問わず敵地を飛び回ったことから、結果としてモスキートという名前は当に「言いえて妙」でした。
事実、モスキートは高高度を高速で敵地に侵入し、目標に近づくと今度は超低空を障害物を避けながら高速で飛行し、ピンポイントで標的を爆撃若しくは銃撃した後は、迎撃してくる敵の戦闘機を振り切って帰還するというヒット・エンド・ラン戦法を得意とし、実際に第二次世界大戦末期にようやく登場したドイツのジェット戦闘機Me262以外ではその追撃は不可能であったと言われています。

モスキートを高速機たらしめたのは、その木製故の軽量に加えて金属製の機体のようにビスを使わないため、機体表面を滑らかにすることができ、その結果空気抵抗が低減し速度が速くなったことなどが挙げられますが、何と言ってもそのエンジンが素晴らしく、これまた第二次世界大戦における航空エンジンの中でも最高と言われる、ロールス・ロイス社の水冷V型12気筒”マーリン”エンジンを2基搭載していました。このエンジンの最高出力は1710hpで、モスキートの最高速度は667.9 km/hと双発機の速度としては飛び抜けており、当時のドイツ防空戦闘機であったメッサーシュミットBf-109Fの最高速度624km/hでは追いつくことができませんでした。

日本にも木製機の構想はあり、当時のイギリスと同様に物資不足を背景にした計画でしたが、モスキートの成功と全く異なるのは、その設計思想がなっておらず、単に金属に代わって木を利用しただけで、木製であるメリットを活かし切れていなかったことにあります。高出力のエンジンがなかったせいもありますが、いかに金属を使わなくて済む木製機であっても、速度が遅ければ、燃えやすいただの標的になるだけで、そんな機体に搭乗させられたパイロットは堪ったものではなかったでしょう。

映画はそのモスキートの活躍する場面を良く描いており、ノルウエーのフィヨルドの最深部にある燃料工場を攻撃するために、その入り口の上にある巨大な岩をピンポイントで爆撃し、その岩を崩すことにより破壊する・・・という作戦がクライマックスです。
この作戦は荒唐無稽ではなく、実際にモスキートが投入された作戦の成功事例に基づいています。
最も有名なものはジェリコー作戦 (Operation Jericho) で、フランスのアミアン刑務所の壁と警備員の宿舎を爆撃し、レジスタンスのメンバーの脱出を助けたものです。

また、映画の途中で囚われたレジスタンスのリーダー役のジョージ・チャキリスが拷問により作戦を自白するのを防ぐために、モスキートで爆撃するというシーンがあるのですが、それは実際にノルウェーのベルゲンにあったゲシュタポの司令部空襲がベースになっており、その作戦では低高度からの非常に精密な爆撃により囚われていたレジスタンスを解放し、記録資料を焼き払うことに成功したものです。

実際のこれらの作戦も、そしてこの映画もモスキートという飛行機がなければ成立しないのですが、この映画とモスキートは後の映画に大きな影響を与えていることは意外に知られていないのではと思います。
それは、あのスターウォーズで、監督のジョージ・ルーカスはこのスターウォーズの様々なシーンで過去の映画へのオマージュとしてそれらの象徴的なシーンを取り込んでいるのですが、第1作目にルーク・スカイウォーカーがX-wingに乗ってデス・スターを攻撃する場面は、この633爆撃隊の設定がヒントとなっているのです。

興味を持たれた方は是非ご覧ください。

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テーマ:おすすめお気に入り映画 - ジャンル:映画

コメント

双発戦闘機

自分もこの映画は小学生の頃テレビで拝見しました。
それいらい、忘れかけておりましたが、数年前にDVDで手に入れました。

映画で使用されたのは偵察仕様だったようです。

もしかして岡部いさく氏に興味がおありですか?

自分は「駄っ作機」のファンです。

  • 2009/08/09(日) 00:44:18 |
  • URL |
  • ジャンニ #90LdKUd6
  • [ 編集]

>ジャンニさん
ヒコーキ好きの方にはこの映画は保存版でしょうね。
>岡部いさく氏
私は佐貫亦男氏の「飛べヒコーキ」シリーズを愛読してました(笑)

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