走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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ALFA ROMEO Sport Collection 71

連休中ですので調べものをしながらブログを書くことができます(苦笑)
本日ご紹介するのは戦後のアルファ・ロメオ転進のきっかけとなった1900シリーズの中からSprintと呼ばれるクーペモデルです。

1900S.jpg

アルファ・ロメオに乗り始めてもう随分経ちますが、当時の最新モデルを新車で購入したり、中古で過去のモデルに乗ってみて感じるのは、このアルファ・ロメオというメーカーの独自性というか個性です。
クルマという工業製品として見たときに、また販売やサービスも含め、トータルで商品として考えたときにも、アルファ・ロメオというブランドは決して上位にランクされるメーカーではありません。

故障せずに燃費が良く、使い勝手の良いクルマを作るメーカーはトヨタを筆頭に世界中にあまたあると思います。輸入車に限っても、販売やサービスでもっと優れたネットワークを持ち、信用を得ているディーラーはこれまた多くあるのではないでしょうか。

私個人だけかも知れませんが、クルマを買うという事は、家を買う次に失敗の許されない重要な買い物だと思っています。ですので、どのブランドのどのモデル、そしてどんなグレードを買うか・・・という決断は慎重かつ綿密に熟考を重ねて決定するべきものなのですが、そうやって理性的に考えれば考えるほど、アルファ・ロメオというブランドは候補車リストの下へ下へと追いやられてしまうのです(笑)

では、そんなブランドが何故、今まで生き残っているのでしょう。イギリスでは多くのブランドが消滅し、生き残っているブランドもジャガーを始めとし、その全てが他国の資本傘下に組み入れられてしまっています。フランスでもタルボ、マトラ、アルピーヌ、ファセルとやはり多くのブランドが消えて行きました。
アルファ・ロメオも現在はフィアット傘下にある一ブランドでしかありませんが、そのブランドを残す価値のある何かがあるのではないでしょうか。
私が考えるその理由とは、アルファ・ロメオの歴史において、経営戦略の転換がいつもギリギリ間に合って来たことと、アルファ・ロメオのブランドアイデンティティである、スポーティという軸がブレなかったためではないかと思うのです。

皮肉なもので、ブランドアイデンティティを捨てて経営を立て直そうとしたメーカーは、失敗すれば倒産してしまい、他社が救済しようにももはや残す価値のないブランドとなってしまい、アルファ・ロメオのように会社が傾いてでも、そのアイデンティティにコダワリ続けたメーカーは、例え経営が破綻してしまっても、引き続き価値のあるブランドとして生き残るのです。

商品において最も重要なのが、品質でも性能でも価格でもなくブランドであるというのは今や常識ですが、それはアパレルやラグジュアリー市場だけでなく、自動車においても当てはまるのは、昨今の自動車業界の動向を見れば納得できます。
そんなアルファ・ロメオが自らの意志で積極的に経営方針を転換したのが、戦後の量産車メーカーへの転進ではなかったでしょうか。

1900シリーズについては、過去にもご紹介してきましたので重複は避けますが、戦後の復興がようやく始まったに過ぎない1951年当時はクルマとは実用に供するものであり、加えて言うならばトラックや商用車といった運搬の道具としての需要が主で、ギリギリでセダンのようなファミリーカー、しかも小型車しか販売は見込めない時代でした。同じ敗戦国ドイツでもVWのTYPE1と呼ばれるビートルがようやく販売を開始したのが1949年でしたし、NUOVA500と呼ばれたFIATのチンクェチェントが発売されるのはさらに遅れること1957年でした。一方の日本では1947年にトヨタが完全自力設計のSA型と呼ばれた小型自動車(4気筒995cc)を発売しましたが、ドイツやイタリアに比べても経済状態はさらに劣悪で、全く売れなかったのです。

その時代背景から1951年に発表されたこの1900 Sprintを見ると、これが如何に量産車メーカーの経営判断としては馬鹿げていたかが分かります。トゥーリング製の流麗なボディを身に纏い、ツインキャブのDOHCエンジン(1884cc)から100hpという高出力を発生し、最高速度180km/hを出すクルマはおおよそ実用車とは程遠く、販売も見込めないクルマであったろうと想像できます。
それでもアルファ・ロメオはこのクルマを世に出したのです。それは戦前から現在に至るまでのアルファ・ロメオのアイデンティティの証であり、そしてこんなクルマを作ることのできるアルファ・ロメオを消費者は支持し、いつかは・・・という夢を与えたのではないでしょうか。
もちろんアルファ・ロメオは現在のマーケティング理論に基づくブランディングなどということは考えてはいなかったろうと思います。むしろ湧き上がるパッションに突き動かされてデザインし、世に出すことのみを考えて製造したのでしょう。敗戦後のまだ荒廃した国土と、疲弊しきった国民の前にこのクルマを見せることで、自分達イタリア人のプライドを呼び覚ましたかったに違いありません。
本来のブランドとはそうやって作られるものではないでしょうか。

付属するミニチュアモデルは1954年のモンツアに出走したモデルですが、そのワイヤースポークの再現といい、このシリーズの中でも良く出来たミニチュアだと思います。

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テーマ:ミニカー - ジャンル:車・バイク

コメント

歴代スカイラインGT-Rにはプリンスの精神が生きていたと思うのですが、そのブランドが残らなかったのは日本人としては残念でなりません。
だからこそ、アルファ・ロメオを守ったFIATってすごいなと思います。

  • 2008/05/05(月) 15:39:10 |
  • URL |
  • きゃつお #-
  • [ 編集]

きゃつおさん
ブランドって永年かけて築き上げるものだと思います。日産が残したかったのはGTRというブランドでスカイラインのトップグレードじゃなかったのでしょう。ある意味、スカイラインファンとの決別をして新たにGTRを一人歩きさせるのが方針なのでしょうね。それでもサーフィンラインだの丸テールランプなど、過去に縛られているデザインなのがちょっと腰砕けですね。

  • 2008/05/06(火) 03:11:06 |
  • URL |
  • 510190 #-
  • [ 編集]

1900スプリントですか。今では
小型車のカテゴリーになって
しまいますが、当時は上級車の
部類だったのでしょうね。
アルファというブランドはその
キャラクターで成り立っている
ところが面白いですし、いつの
時代でも人を惹き付けるのだと
思います。
昨年のアルファデーで二台参加
していたのを見ていたく感動
したのを思い出しました。

  • 2008/05/07(水) 08:16:53 |
  • URL |
  • chifurinn #hSWcRhrM
  • [ 編集]

>chifurinnさん
私も昨年のアルファディで仔細に見る機会があったのですが、その微妙な曲線は繊細で、プレスで製造するのはタイヘンだったろうと思いました。でも、こうして調べてみるとハンドメイドだったのかも知れませんね。

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