走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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ALFA ROMEO Sport Collection 62

立て続けにご紹介していますが、それは偏に今回のモデルを早くご紹介したかったからかも知れません。
それはALFA SUD Sprintなのですが、自分自身そこそこアルファ・ロメオの歴代のモデルは知っているつもりでいたのですが、このSUD Sprintのレーシングバージョンの存在は知りませんでした。そしてそれがこれほどまで格好良いとは思いもしませんでした。
久しぶりに一目で「やられてしまった」アルファ・ロメオです。

SudSprint.jpg

ALFA SUDほど、歴代のアルファ・ロメオの中にあって正当な評価を受けていないモデルはないのではと思います。その不遇な悲運はそもそもの成り立ちに遡ります。
1968年、イタリアの南北の経済格差を解消する産業振興プロジェクトの一環として、アルファスッドS.p.A社は南部の産業空白地ナポリに設立されます。
ご存知の方も多いかと思いますが、イタリアの経済地図は北高南低で、北部にはトリノ、ミラノに代表されるように様々な産業が栄えている一方で、南部は主だった産業がなく、経済格差は深刻な問題でした。IRIと呼ばれた国営の産業復興公社は民間企業や銀行の持ち株機関として、経営危機に陥った企業を支援するとともに、地域の産業振興も役割としていたために、当時経営危機にあったアルファ・ロメオに資本注入をする代わりに、南部での自動車工場建設を命じたのです。
このことから、アルファ・ロメオは全く気の進まない新工場建設に着手することになるのですが、同時にそこで生産されるモデルも全く新しいものを開発することになります。理由は販売が低迷している従来車種を増産する必要がなかったからですが、それにも増してアルファ・ロメオのエンジニア達が新しいモデルの開発という「にんじん」に食いついたからであろうことは想像に難くありません。

しかし、一方で従来のイタリアの都市国家の伝統を保つアルファ・ロメオにとって、その出自であるミラノから離れるということは、企業のアイデンティティを損ないかねない行為でもありました。アルファ・ロメオは断腸の思いで、以降のエンブレムから”MILANO”の文字を取り払うことになります。
また、熱烈なアルファ・ロメオファンはNORD(北)で製造されていないアルファ・ロメオをアルファ・ロメオと認めようとしませんでした。かくしてALFA SUD(南)は良くも悪くも従来のアルファ・ロメオとは全く異なるプロジェクトとして新型車の開発をスタートすることになるのです。

開発の総責任者はオーストリア出身のルドルフ・フルシュカで、VW、ポルシェに在籍したエンジニアでした。その経歴から彼が新たに開発することにしたパワートレインが、水平対向4気筒エンジンだったのは当然だったのかも知れません。
そして1971年の11月、トリノ・ショーに姿を現した新型車はフィアットの小型車マーケットに真っ向からブツかるアルファ・ロメオ初のFF車で、排気量1186ccの水平対向4気筒エンジンを搭載したファストバックスタイルのクルマでした。
しかし、それが例えミラノから出たものでなくても、アルファ・ロメオであるからには凡庸なクルマであるはずはなく、水平対向エンジンの持つ低い重心に加えて、フロントはマクファーソン・ストラット式のサスペンスションにリアはリジットアクスル。そして四輪ディスクブレーキを採用し、加えてフロントはインボードとするなど、厳しいコスト制限の中にも、走行性能を高める装備が盛り込まれたモデルでした。

スタイリングはベルトーネを離れ、イタル・デザインを設立したばかりの巨匠ジゥジアーロで、彼によると最も記憶に残るデザインの一つと言われるほどの力作でした。事実、後に初代VWゴルフやフィアットパンダに結実する、彼の天才的な小型車デザインの魁となったのが、このALFA SUDだったのです。
当初は2/4ドアボデイで発売され、1973年にはワゴンボディを、さらに1974年にはこのSUD Sprintと呼ばれるクーペボディが発表されるのですが、そのSprintのデザインはAlfetta GTと同じコンセプトでありながら、より直線的で美しく、未だに色あせないデザインだと思います。

SUDにまつわる悲運に関しては、後にご紹介するSUD T.I.の項で更におハナシしたいと思いますが、その優れた走行性能はアルファ・ロメオのワンメイクレースである”Trofeo”のベース車両として1982年に採用されることになります。そのベース車両はアウトデルタによりチューニングされた排気量1490ccから140hpを発生する水平対向4気筒エンジンと、775kgという軽量な車重から、最高速度は190km/hに達する、ワンメイクレースには贅沢すぎる内容のクルマとなりました。
付属するミニチュアモデルは1983年のチャンピオンカーですが、オーバーフェンダーとスポイラーが格好良く、もともとはスリークなSUD Sprintをグラマラスで獰猛なイメージに変貌させています。後のアルファ75Evolutioneにも通じるモディファイなのですが、これほど印象が変わるとは・・・個人的には大好きなモディファイです(苦笑)

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テーマ:ミニカー - ジャンル:車・バイク

コメント

なんとなく71レビンみたいですね

  • 2008/01/18(金) 13:14:47 |
  • URL |
  • もりおか #-
  • [ 編集]

>もりおかさん
懐かし過ぎます(苦笑)
でも、ハッチバックって流行りましたよね。セリカリフトバックとかシルビアとかランサーセレステとか好きでしたぁ。

え~と

1枚目の写真の青い車両なんかは”310サニー”っぽいですよね。
○産がパクッたのかな(笑)

おお、懐かしい。今から15年位前に乗ってました。アルファロメオ・アルファスッド・スプリント1.5・グリーン・クローバーリーフという長い名前でした。イギリス仕様の右ハンドルの赤いやつ。他に持っていたスパイダーと比べて運転しにくいというか、バランスが悪いという印象がありましたね。単に僕がヘタクソだっただけですが。ある日オイルをモチュールに換えたら、水平対抗のレイアウトが幸いしたのか、あのモチュール特有の粘膜系ニュルニュル感がてんこ盛りでヨカッタです。右足の記憶として残っております。

>こ~んずさん
なかなかスルドイですね。実はパルサーにスッドのエンジンを載せたALNAというモデルがあったんですよ。

>ただすけさん
このサイズのFFだと右ハンドル化するとペダルがオフセットしてしまい、イッキに乗り難いクルマになってしまうんですね。145も左は最高だったんですが・・・(苦笑)

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