走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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その後のザガート

1970年代以降はカロッツェリアにとっては厳しい時代でした。

イタリアの自動車メーカーも従来の手法であった、デザインを外部のカロッツェリアに委託する方法から、自社のデザインセンター(チェントロ・スティーレ)を持ち、社内でデザインを行うようになってきました。それに伴い、歴史あるカロッツェリアはどんどん無くなってしまい、現在ではピニンファリーナ、ベルトーネ、ザガートが三大カロッツェリアとして生き残っています。これらのカロッツェリアの最大の特徴は、単にデザインのみを行うのではなく、試作やある程度の量産機能を持っていることで、自動車メーカーからの少量生産車の製造委託を受ける能力を持っている(いた)ことです。

昨日のブログでご紹介したように、ザガートは航空機設計のノウハウをベースにした軽量化技術と、空力抵抗を重視したボディデザインにより、コンペティション・シーンにおいて抜群の優位性を保っていたのですが、それも1960年代までで、自動車メーカー各社がザガートの持っていた軽量化技術を会得したことと、風洞実験やコンピュータ解析により自動車の空力設計を行うようになると、ザガートの優位性は失われていきます。

1970年以降のザガートは、コンペティションモデルの製作からカスタマイズされた限定生産車のデザインや量産へとその業務内容をシフトして行くのです。
当時のザガートは、持株会社のザガートSpAと、デザイン部門のザガート・インダストリアル・デザイン(ZID)、そして工場部門のザガート・カーsrlとに分かれていました。
1980年前半のザガートでは、ザガート・カーsrlがメーカーとの契約により、マゼラーティのビトゥルボ・スパイダーとランチア・ベータ・モンテカルロ・スパイダーの組立を行い、一方でZIDはメーカーに対するスタディ・モデルなどの制作に携わっていたのですが、バブル景気に乗ってアストン・マーチン社のバンティッジ・ザガートの開発と生産を行う事となります。

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しかし、アストン・マーチン社との契約が終了したとき、ザガートは深刻な経営危機に陥ります。そして、それを救ったのが日本のオーテック(日産)だったのです。
1986年に、日産自動車は自社の100%出資による少量生産車及び特装車の製造・販売を目的とした子会社として「オーテック・ジャパン」を神奈川県茅ヶ崎に設立し、元プリンスでのスカイラインの開発で名を成した、桜井眞一郎氏を社長に据えて操業を始めます。
オーテック・ジャパンは設立当初から、自社ブランドの確立のために日産自動車をベースとした手作りの少量生産高級車を製造・販売するプロジェクトを進行していたが、ザガートとの提携が起業家でありカー・エンスージャストである藤田尚三氏が代表である「ザガート・ジャパン」の仲介によって現実のものとなり、「オーテック・ザガート」プロジェクトが本格的に開始される事になったのです。
これによってシャーシーは日産自動車が、車両のパワートレイン及びチューニングはオーテック・ジャパンが行い、エクステリア及びインテリアはザガート・カーsrlで作られる事となったのですが、いくらバブル景気とは言え、2000万円近い車両価格とオーダーしてから納車まで1年近くかかった納期のために、予定生産台数200台の半分しか生産されませんでした。

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ステルビオとほぼ同時に進行していたもう一つのプロジェクトが、アルファ・ロメオとの共同開発(デザイン・コンサルティング)のアルファ・ロメオSZ/RZでした。1989年に発表されたこの限定モデルもザガート・カーsrlが生産を受託して作られたモデルです。
実際にザガートの製造現場を見たという方によると、FRPで作られたボデイの造りも雑なら、その取り付け方も結構雑で、製造現場も量産工場というより手作業の工房といった状態だったそうです。

SZ(ES30)

ZagatoSZ852interior-1.jpg

しかしご存知のように、その後は製造委託案件に恵まれず、ザガートはカー・デザイン部門を強化すると共に、自動車製造部門を廃止することになります。
こうして、製造部門を持たないデザイン会社としてのザガートはデザイン案件を得るべく、積極的に日本のメーカーにも営業しますが、そんな中で登場したのがトヨタが企画した(正確にはトヨタ自動車九州)ハリヤー・ザガートという限定モデルでした。
写真は250台限定で製造される、現行ハリヤーをベースにザガートがデザインしたモデルですが、もともとは1998年に初代ハリヤーで企画されたものですから、これで二代続けてハリヤー・ザガートは生産されることになります。
ザガートは製造部門を廃止してしまっていましたので、このハリヤー・ザガートは、あくまでトヨタが生産する限定車です。

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ところが、人間と同じで、企業にも得手不得手があり、初代ハリヤー・ザガートではトヨタも相当苦労したそうです。
この限定モデルに関しては、量産ラインから車体を抜き取り、別ラインでFRPパーツを「人間が」取り付けるという製造法だったそうですが、トヨタの製造基準で見たときには、FRPパーツの反りやら、合わせ目のチリやらが我慢できず、その調整作業に相当の手間がかかってしまったため、当初の予定コストを大オーバーしてしまい、早々に受注を切り上げたそうです。

さしものトヨタも手作りの少量生産のノウハウはなく、結果として大赤字とは言わないまでも、現場はもう「見るのもイヤ」という初代ハリヤー・ザガートだったのですが、皮肉なものでその生産数の少なさから、中古車市場ではプレミアがつくほどの高値安定で取引され、
「こんなに高く売れるんだったら、頑張ってもっと作っとくんだった…」
と当時この企画に携わった関係者を悔しがらせたそうです。
トヨタの現場の人たちにしてみれば、その出来は自分達の品質基準からすると決して満足できるものではなく、事実ザガートって何?という人たちも多く、
「なんでこんなものが売れるの?」
だったらしいですが、恐らく、経験に多くを学び、日夜改善を続けるトヨタのことですから、この二代目ハリヤー・ザガートではそんなことはないと思います(苦笑)

そして最近はザガートに復活の兆しが見えてきました。
これは、マゼラーティGSザガートと呼ばれるマゼラーティ・スパイダーをベースに、ボディデザインをザガートが手がけた2シータークーペです。

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最近のヨーロッパは好景気で、スペシャル・オーダー、すなわちワンオフで1台のみ作られるモデルが増えてきたようです。このGSザガートもイタリアの家具会社社長がオーダーして特別に作られたモデルなのですが、メーカーが衝突安全や環境対策など、様々な問題の解決に汲々とする反面、真の富裕層は・・・、
「そんなんどうでもいいから特別なんもってこい」
と、昔ながらのカロッツェリア的手法に、注目が集まっているようです。事実、ミラノやトリノ周辺のデザイン会社も潤い始めているそうです。

自分が買えるワケはないのですが、ザガートを始めとする伝統あるカロッツェリアの復活を心から願っています。

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