走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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地獄クルマを訪ねて ~その拾壱~

各方面から絶大な支持?をいただいているこの企画ですが、クルマを取り上げることはもちろん、そのオーナー像を勝手に(笑)想像して描写することも大切なテーマと考え連載して来ましたが、ようやく久々に正真正銘の変態オーナー?が所有する大変態車!に出会うことができました。それもかねてより取材したいと狙っていた地獄クルマです。
そのクルマとは…

MASERATI QUATTROPORTE Ⅲ

です。

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今でこそ、マゼラーティは日本でもメジャーなブランドとなりました。特に東京の都心部ではマゼラーティを見ない日はありませんし、現行の5代目となるクアトロポルテはスタイリッシュかつスポーティな高級セダンとして独自の地位を築いており、コダワリのセレブ?が多く所有しているようです。
しかし、マゼラーティというブランドは少し前までは殆ど知られることはなく、知っていたとしてもそれは声をひそめて、しかめ面をしながら囁くように語るブランドで(笑)、イタ車オーナーに対しては、より悲惨な例として引き合いに出すことにより、現状を慰めるためのブランドでした。
例えばアルファ・ロメオが壊れた際には…、

「まだアルファ・ロメオだからこんなもんで済んだけど、これがマゼラーティだったらなぁ…」

という使い方です。

マゼラーティオーナー以外は一度は聞いたことのあるであろうこの表現ですが、私たちはどれほどこの表現によって慰められ、心の平安を得てきたことでしょう(笑)

すなわちマゼラーティというブランドは、イタ車の変態界の頂点にありながら別格であり、それは一種の魔界と言えるほどミステリアスな世界だったのです。

しかし昨今はこの魔界の底が抜け、随分と一般社会に溶け込んでいますので、トライデント(三つ槍)をこうして身近に見ることができるようになったのですが、ビトゥルボ系以前のマゼラーティは工場で整備を受けているところを見ることはあっても、元気に走っているところを見ることは稀で、その姿を見ただけでも感涙に咽ぶ…クルマでした。

マゼラーティほど悲劇と皮肉に満ちたブランドはそうはないと思います。そもそもマゼラーティ社は1914年にイタリアのボローニャでアルフィエーリ・マゼラーティにより設立された長い歴史を持つ自動車メーカーです。その後に兄弟も経営に参加し家族経営で発展したのですが、1937年には経営難から会社はモデナの実業家であったアドルフォ・オルシに譲渡されることになります。そしてオルシは買収に当たって10年間は創業者であるマゼラーティ兄弟が会社に残ることを条件とします。
これには諸説あり、オルシがマゼラーティ兄弟に対して温情を施したという説と、マゼラーティというブランドの価値を維持するために創業者兄弟を拘束したという両説なのですが、実際はその両方であったのかも知れません。マゼラーティ兄弟はその約束を守りましたが、きっちり10年後にマゼラーティ社を離れ、O.S.C.A.社を設立します。約束の10年が経ってすぐに会社を離れたことからも、マゼラーティはやはり自分たちで思うようにクルマを造りたかったのでしょう。この時点で、マゼラーティはその社名こそ残ったものの、創業者の許を離れ独自の道を歩むこととなります。

しかしオルシによる経営も長くは続かず、1965年にはシトロエンに売却されてしまいます。さらにシトロエンがプジョー傘下に入り、プジョーも経営難のマゼラーティを手放してしまうこととなります。次に新しく名乗りを上げたのがデ・トマソで1975年から1993年まで何とか会社を存続させたのですが、やはりここでギブアップし、最終的にはフィアットが面倒を見るという他のイタリアの自動車メーカーと同じ末路(ランボルギーニは別)を辿ることとなります。しかし、皮肉なことにフィアット傘下に入ったマゼラーティはそのブランド力からフェラーリのグループに組み入れられ、さらに製造品質も劇的に改善されて、高級GTカーのブランドとして復活を果たすこととなります。その後の経営回復は皆さんもご存知の通りで、今やフェラーリとマゼラーティはうまく市場の中で棲み分けをしながらフィアットグループの中で唯一好調な経営を続けています。

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そんなマゼラーティの歴代のラインアップの中で、さらに別格なのがこのQuattroporteです。
まずはその名前です(笑)。
日本語に訳すと…「四枚ドア」。こんなベタな、「まんま」の名前を平気でつける神経も相当なものです(爆)。
トヨタ「4ドア」なんて名前のクルマがあったらひっくり返るでしょう(笑)
しかし、初代のQuattroporteが発表された1963年当時のマゼラーティは3500GT、5000GT、ミストラルの三種のGTしか販売しておらず、マゼラーティが4ドアのセダンを発表することがいかに画期的であったかが良く分かります。すなわち、「4ドア」という名前を敢えて付けるほどそれは特別なことで、ショーファードリブン(運転手付き)のサルーンであってもハイパフォーマンスを求めるユーザーに対して、それがマゼラーティによってもたらされたクルマであることをアピールする必要があったモデルだったのです。

現在のQuattroporteは五代目となるのですが、面白いことに全てのQuattroporteはそのデザイナーが異なります。
初代はピエトロ・フルア、二代目はベルトーネ、この三代目は巨匠ジゥジアーロ。そして皆さんも良くご存じであろう四代目は天才ガンディーニ、現行の五代目はピニンファリーナ時代の奥山氏です。

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ハナシを三代目のQuattroporteに戻しましょう。マゼラーティを買収したデ・トマソによって1976年に発表されたQuattroporte(販売は1979年より)はデ・トマソの4ドアサルーンであったドーヴィルのシャーシーをベースにすることにより開発費を節約することに成功したのですが、エンジンはマゼラーティ伝統の4カムのV8エンジンを搭載し、サスペンスションは前後独立のダブルウッシュボーンというスーパーサルーンに仕立て上げられていました。
前述したように、デザインは巨匠ジゥジアーロで、アメリカ市場を意識したのかスクエアなボディにプレスラインを効果的に配置することにより、そのサイズからともすればボディ全体が冗長に見えてしまうことを防いでいます。
そして特徴的なのがアンバランスとも思えるリアガラスの角度と、リアのホイールアーチの形状です。このホイールアーチは四代目のガンディーニデザインでより強調されていますが、どうやらオリジナルはこの三代目であることが見て取れます。
このQuattroporteはメルセデスのSEL6.9くらいしかライバルがいなかったこともあり、マゼラーティの生産規模からするとスマッシュヒットとなりました。最終的には1984年の販売終了までに、マゼラーティとしては大量生産と言える1,876台が生産され、さらに販売終了後も後継モデルがなかったこともあり、引き続き受注生産で車名をマゼラーティ・ロイヤルと変更し、1990年まで265台が生産されました。

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今回主治医のクイック・トレーディングに入庫したこの個体は1985年が初年度登録ということですので、Quattroporte時代の最終モデルということになるのでしょう。オーナーは青森の方で、エンジンの片バンクの不調で整備を受けにやってきたのですが、ナンと!自走で東京まで来たとのことでした。
さらにこの個体の希少なところがそのエンジンで、標準で搭載された4.2L/255hpのエンジンではなく、オプションであった4.9L/300hpのエンジンを搭載しているのです。そしてメーカー公表値ながらこの4.9Lエンジン搭載モデルは最高速度230kmと言われたモンスターサルーンだったのです。

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助手席で少し走行体験もさせていただいたのですが、さすがに車重が2,375kgですので、スタートは矢のような加速ではありませんでしたが、明らかに最高速近くのクルージングでも極楽を味わえるであろうと思いました。それはエンジンの性格とサスセッティングによるもので、エンジンが温まるまでは少しガサついた印象のあるV8エンジンも、温まってくるとどんどんなめらかになり、大排気量V8エンジン特有のドロドロとした心地よい振動がフロントから伝わって来ます。
ダブルウイッシュボーンというスポーティなサスペンスション形式であるにも関わらず、そのサスの動きは運動性能のためというより路面追随性のために採用されたようで、実になめらかに路面をトレースしてくれます。

この乗り味は何かに似てる…とドライバーズシートのI工場長と話していたのですが、二人の結論は…

「上等なモータークルーザー」の乗り味でした。

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ロールスに代表される高級車がパッセンジャーに対して、「クルマに乗っていることを意識させない」静けさとフラットな乗り心地を提供しているのに対して、マゼラーティの提供する高級サルーンは明らかにロールスのそれとは異なっており、エンジン音を消すのではなく、心地よい音と振動をドライバーにだけでなく、後席のパッセンジャーにも適度に届けることにより、自分たちが単なる移動の道具に乗っているのではなく、世の中で最高のクルマに乗っていることを実感させるという独自の美学に基づいて設計されています。

その美学に加えて、このクルマには古き良き時代のヨーロッパ車特有の上質と高級が詰まっています。

だからこそ、クルマ全体の信頼性はメルセデスには遠く及ばなかったものの、これだけの台数が販売されたのだと思いますし、一方で日本への輸入台数の少なさからその本質は日本人にはまだまだ理解し難かったのだろうと思います。

長くなってしまいましたので、次回はこのQuattroporteの内装を中心に本当の上質とは何かを考察して見たいと思います。

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LANCIA Storatos HF 製作記1

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このブログでもお馴染みの親友である笹本氏より無理やり押し付けられたDUCATI900をやっと完成させ、ようやく自分のモデルを…とFERRARI250GTOを造り始めたのですが、これまた途中で頓挫してしまい、そうこうしているうちに体調を崩してしまったために、プラモデル製作は長期のお休みとなってしまいました。
そしてようやく気持ちも新たに造り始めたものの、あまりに手が動かないために製作を中断し、1/144スケールの塗装済半完成品の飛行機モデルでリハビリを行ってきたことはこのブログでご紹介したとおりなのですが、では改めて何を造ろうか…とストックしてあるキットを漁って見つけたのが、この長谷川製作所の1/24スケール LANCIA STORATOS HFのモデルでした。それは1975年のSANREMO RALLYの優勝車のカラーリングで、そのカルトグラフ製のデカールをかつてのブログでご紹介したのですが、残念ながらこのモデルは現在は製造休止となっており入手が難しいモデルとなっています。
私自身は絶版キットのコレクターでも何でもないのですが、こうして造らずにストックしているうちに「結果的に」絶版キットとなってしまい、そのせいでまた造るのが勿体無くなってしまうという悪循環に陥ってしまっています。
このカラーリングは、奇しくも先日の奥多摩タイムラリーに参加していただいたS氏のC.A.E.Storatosの仕様でもあります。個人的には数あるStoratosのカラーリングの中で一番好きなものは1978年のワークス仕様なのですが、購入した当時はたまたま在庫がなく、次に好きなこの1975年のワークス仕様を購入した記憶があるのですが、改めてS氏のStoratosを見たことにより製作意欲が湧いてきました(笑)

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ブログのタイトルではありませんが、プラモデルもやはり「造ってナンボ」ですから、絶版であろうと入手難であろうと造り倒して見たいと思います。

まずはキットの中味の検品です。昔の輸入キットと違って国産のキットで欠品という事態はまず有り得ないのですが、それでも箱の中で部品がランナーから千切れていたりすることはありますので、こうしたチェックは必要です。またこの検品時に説明書と部品を照らし合わせながら塗装や仮組みの手順を考えておくとその後の作業がスムーズに進みます。

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概ねモールドはシャープに仕上がっていると思いますが、金型の問題か成型時の注入圧力の問題か、一部にバリが見受けられます。古いキットであれば仕方ないのですが、購入したときは発売直後の初期プレス物ですので、このバリは金型の経年劣化ではないと思います。残念ながらこういった製造技術は田宮模型が世界一でしょう。
このキットはエンジンレスですので部品点数もさほど多くなく、組み立てそのものは楽にできそうです。エンジンの再現をしたければ、フジミの1/24 Dinoからエンジンをコンバートして…などと妄想してしまいますが、そんなことを始めると永遠に完成しなくなってしまいますので(苦笑)、今回は完成を第一目標にすることにしましょう。

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同じ1/24スケールのカーモデルでもメーカーによってその持ち味は大きく異なります。ハセガワは飛行機のモデルで有名なメーカーなのですが、カーモデルにも飛行機のモデリングが影響していると思います。それはあまりデフォルメをせずに実物を忠実に縮小し、さらにラインをシャープに造形することにより、飛行機と同様にクルマの機能美を表現しているように見受けられるのです。ですので、グラマラスなボディのクルマはそのデフォルメの少なさから、実物よりこじんまりとして見えてしまうのですが、事実このモデルが発売されたときには「グラマーさが足りない」と批判されました。しかし、このLANCIA Storatosはストラダーレ仕様とは異なり、ラリーカーのカラーリングのために、そのマイナス面があまり目立たなくなるのではと思います。

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特に物議をかもしたのはこのリア部分で、スリーク過ぎると言われました。しかし、実際に見るStoratosはアタマの中でイメージするより遥かに小さいクルマです。恐らく、Group4仕様のワイドなオーバーフェンダーを付けたグラマラスなリアの印象が強く、これらの先入観も多少はこの批判に影響しているのではないかと思います。

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ラリーカーなどの特徴の一つがこのスリットだと思います。しかしこのスリットはどうしてもバリが出てしまう部分でもあります。ここをシャープに仕上げることがモデル全体を引き締める効果もありますので、追加作業が必要でしょう。

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写真のようにボディを留めるキャッチピンはモールドによる表現となっています。ここもアクセントになりますので、削り落としてエッチングパーツに置き換えたいと思います。

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プラモデルの宿命とも言えるのがこのパーティングラインです。パーティングラインとは、成型の際に金型の雄と雌の繋ぎ目に入るラインのことで、どんなに精密な金型でもこのラインは出てしまいます。金型の設計段階で目立たないところに入るように工夫がされていますが、それでもこの写真のように実物にはない場所に入ってしまう場合があります。これらをチェックして下地処理の際に削り落としてしまうことから製作をスタートしたいと思います。

さらにキットを漁っているときにこんなものも見つけてしまいました…。

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困ったものです(笑)

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塗装ブースの自作 ~製作編~

ダンボール箱は隙間がないようにガムテープで密閉しておきます。スプレーのミストはちょっとした隙間から漏れ出ますので、念入りに箱の合わせ目を塞いでおかねばなりません。

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次にファンユニットを取り付ける穴を開けてやります。私が購入した内部ファンの直径は100mmのものでした。ファンの外側にはスタンドが付いています。最初は取り外してしまおうかと思ったのですが、このスタンドをうまく利用してダンボールにファンユニットを嵌め込むことができそうなので、わざと残すことにしました。

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スタンド部分がうまくダンボールに嵌るように寸法を測ってサークルカッターでダンボールを切り抜いてやります。しかし、よく考えて見るとこのスタンドを利用するのであれば穴は丸で開ける必要はありませんでした(苦笑)

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まあ初志貫徹ということで丸く穴を開けてみました。

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取り付けて見ると大きさもバッチリでうまくスタンドがダンボールで押さえられ固定することができました。
電源ケーブルは目立たないように背面から出ています。しかし今回は背面(空気を吸う面)が塗装ブースの内側になりますので、それが逆効果でケーブルを箱の外に出してやらねばなりません。しかも、最終的にはこのファンユニットはフレキシブルダクトの中に入ってしまいますので、そのダクトの直径の外側にケーブルの出る穴を別に開けてやります。

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さらにファンユニットを固定するために同じくダンボールでステーを取り付けてやります。適当なダンボール箱の角面をうまく利用してL字ステーを切り出します。

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4面はちょっとクドいかなと思いましたので2面をこのダンボール製L字ステーで固定することにしました。

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この塗装ブースはダンボール箱を消耗品と考えて、将来的にはダンボール箱を取り替えられるように考えていますので、取り外しができるように両面テープでの固定としました。使って見てこの設計でうまく機能することができるのであればマジックテープに変更しても良いかも知れません。

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こんな感じです。ファンユニットには強弱2段階のスイッチがついていますが、USBケーブルの抜き差しで動かしますので、スイッチは「強」で固定です。

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続いてフィルターの取り付けです。フィルターは2種類で一次フィルターは塗料を面で吸着するダンボール製のもので、二次フィルターは家庭用の換気扇フィルターを利用します。フィルターは消耗品ですので汚れて目詰まりしたら交換することを前提としています。
購入した換気扇フィルターは表面に弱い糊がついており、換気扇カバーに貼り付けるようになっていました。

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最初はこれを四分割してファンユニットに貼り付けようと考えていたのですが、電源ケーブルの取り付け部にも塗料ミストが付着しないようにと、全面を覆うようにしてみました。結構、雑に取り付けていますが、ファンが動くとフィルターを吸い付けるので密着するのではと思います。

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一次フィルターは販売されている塗装ブースの消耗品を利用します。ハニカム構造のダンボールで、表面積を多くすることにより余分な塗装ミストをファンで吸い出す前に吸着させる目的なのですが、これだけでも効果抜群のフィルターです。

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ダンボール箱の横幅に合わせて少し大きめに切り出してうまく嵌るように押し込みます。切り出した後で残ったフィルターは捨てずに必ず取っておいてください。細かな部品を塗装する際のスタンドとして利用できます。

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最後に部屋の外に排気するためのフレキシブルダクトの取り付けです。ダクトの端を写真のように切って「ツバ」を作ります。

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その「ツバ」を利用してガムテープで固定してやります。ここは丁寧に箱に密着するように取り付けないとダクトと箱の隙間から排気が漏れ出してしまいます。二種類のフィルターでミストは殆ど除去されますが、折角の外部排気が不充分となり臭いが部屋に残ってしまいます。

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本格的な試用はこれからですが、試しにサーフェイサーを吹いてみたところ、吹き返しもなくうまく排気してくれました。実際に使って見て問題があれば改良して行きたいと思いますが、塗装ブースとしては充分使えそうです。

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これからの季節は湿度、気温共に塗装には最適な季節ですので、この塗装ブースを利用して再びプラモデルを造ってみようと思います。

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塗装ブースの自作 ~材料編~

プラモデルをエアブラシや缶スプレーで塗装する際の一番の悩みはそのニオイとミストではないでしょうか。
特にスプレー塗装をする場合は部屋の中に有機溶剤のニオイがこもり、空気中に飛散したミストで部屋を汚してしまうために、止むを得ずに屋外で塗装をしたりしている方もいらっしゃるのではと思います。
以前のブログでダンボール箱を使った塗装ブースをご紹介しましたが、模型製作ツールとしてミストを外部に排出するファンとダクトを装備した専用の塗装ブースが各種販売されています。しかし、それらはどれも1万円~2万円と結構なお値段がするのです。構造は箱状になったブース部分の奥にフィルターとファンが取り付けられており、そのファンからの排気を室外に導くダクトが付属しているものですので、お値段の違いはファンの強さやブースの材質などの材料コストと見栄えで構造そのものは各社同じと言えます。
ならば自作できるのでは…と考え作って見ました。今回は材料費とその作り方をご説明しますので、塗装ブースが欲しいけどそのお値段に二の足を踏んでいた方は是非チャレンジして見てください。

それでは材料と製作に必要な工具をご紹介しましょう。

1.ダンボール箱
今回は書類保管箱を利用しましたが、しっかりした厚手のダンボールのものが良いと思います。箱の大きさはどのくらいの大きさのものを塗装するかによりますが、1/24スケールの自動車や1/48スケールの単発機くらいまでであればこの大きさで充分かと思います。お値段はDIYセンターなどで約200円程度で販売されています。さらに耐久性を求めるのであれば、衣装保管箱として売られているプラスチック製の組み立て式のものも良いかも知れません。

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2.排気ファン
節電対策で今年は多く販売されている卓上扇風機を利用します。普通の小さな扇風機ではなくPCの冷却ファンを使った四角いものが適しています。この扇風機を反対向けに取り付けることにより排気ファンとして利用しますので、モーター部が突出していない形状のものを選んでください。排気能力を考えるともう少し大きなものの方が良かったかも知れませんが写真のものはPC DEPOTで1,670円でした。

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3.フィルター1
スプレーミストを一次吸着するハニカムフィルターです。今回は市販の塗装ブースの消耗品として販売されているものを使用しました。要は表面積を多くしてファンから排気するまでの間に塗料のミストを吸着させるものですから、同様の形状をした梱包材があればそれで代用する手もあります。お値段は模型専門店で367円でした。

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排気ファンの前に取り付ける二次フィルターです。換気扇に取り付けるフィルターを使用しますが枠がついているものではなく、フィルターのみで売られているものを用意します。写真のものはDIYセンターで228円でした。

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5.排気ダクト
アルミ製のフレキシブルダクトと呼ばれているもので各サイズが販売されています。使用するファンの大きさに合わせて手配してください。熱排気ではありませんから手に入るのであればプラスチック製のものでも構いません。今回はファンユニットの直径が14cmでしたので内径15cmのダクトを1m切ってもらいました。お値段はDIYセンターで1,980円でした。

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6.USB延長ケーブル
今回使用した排気ファンはPC用のものでしたので電源がUSB接続のタイプでした。必要に応じてPCからの延長ケーブルを用意します。データを転送するワケではありませんので100円ショップで売られているもので充分でしょう。
私が購入したのは3mの延長ケーブルでお値段は315円でした。

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次に工具ですが、ブースのダンボール箱はある程度消耗品ですので取り替えることを想定し、ファンやダクトの取り付けには簡単に解体できる両面テープやガムテープを利用することにします。後はダンボールを切り抜いたりするのにカッターナイフやサークルカッターなどがあればOKです。

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工具を除けばここまでで材料費は4,560円ですので市販の塗装ブースの半値から1/3程度で納まりました。これでうまく排気してくれればコストパフォーマンスに優れた塗装ブースとなるでしょう。

それではいよいよ製作です。

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模型ヲタクの祭典

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幕張メッセで開催された全日本模型ホビーショーに行ってきました。
幕張メッセと言えばモーターショーの会場で有名ですが、私自身は以前の勤務先で出展者としてその準備から撤収まで通い詰めたことがあるのですが、こうして一般来場者として訪れることは滅多に無く、とても新鮮な気持ちで見物することができました。

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この全日本模型ホビーショーは今年で51回目となる伝統の見本市で、日本の主な模型メーカーが出展しています。
会場に入って最初に感じたことは…、

「子供がいない!!!」

というもので、模型という趣味がもはや子供の趣味ではなく、大人の趣味としてしか存在していないのでは?と思わせる光景でした。プラモデルは私たちの年代にとっては男の子の遊びとしてメジャーで、草野球で遊ぶと同時にプラモデルを造るという文武両道?は当たり前でした。ところが昨今は、ミニ四駆やガンプラは別にして子供が実物をベースにしたスケールモデルを造るという遊びは全く廃れてしまい、今や私と同年代のオヤジばかりが会場を埋め尽くしているという事態になってしまいました。模型メーカーもそのことは良く分かっており、もはやどうやって子供にもう一度模型という趣味をアピールしようかという努力よりも、大人のモデラーに如何にアピールするかという製品企画の方に力を入れているようでした。
確かに、こうした大人のほうが単価の高いキットを買うことができるでしょうし、工具や材料にもお金を使ってくれるでしょう。しかし、いつの日かこの大人達はもっと年をとり、目も薄くなり、手も動かなくなり、模型趣味を引退することは必至で、模型メーカーが生き残るためには次世代の顧客層をどうやって形成するかが大命題ではないかと思います。

難しいハナシとは別に残念なことに私もそのオヤジの一人であり、琴線に触れる製品が数多く出展されていましたので、それらを独断と偏見でご紹介して行きたいと思います。

まずは京商のブースです。京商はプラモデルというよりRCとミニチュアカーのメーカーですが、京商もご多分に漏れずオトナを狙い撃ち?にした新製品を出展していました。

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定期的にブームが訪れるのがこのスロットレーシングではないでしょうか?私の子供の頃は第一次のスロットレーシングブームで、街中にはスロットレーシング場が多くあり、子供にはとても遊べないお値段のクルマが信じられないスピードでコース上を疾走する姿を「指を咥えて」見ているしかありませんでした(苦笑)

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この新しい京商のスロットレーシングカーは1/43スケールで、コースのクオリティも素晴らしいものでした。そして何より重要なのがそのコースを走るクルマですが、明らかにオトナをターゲットにしており、しかもそのクオリティは見ての通りとてもスロットレーシングカーではなく、普通にディスプレイにも耐えるクオリティでした。京商のことですからある程度販売が見込めるとなれば、今後は車種のバリエーションも増えるでしょうし、Giulia Sprint GTA対BMW2002tiiなんてバトルをコース上で再現することもできるかも知れません。

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そして度肝を抜かれたのがRCの飛行機でした。正直言って今までそれほど気にしていなかったのですが、こんなコトになっているとは思いもしませんでした。今までのRC飛行機は実機をモデル化していたとしても、「飛ぶ」ことが最優先で、その制約からスケールモデルとしては見られたものではなかったのですが、この再現度の機体が本当に飛ぶなんて恐ろしい世の中になってしまったものです。

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まずは田宮模型のブースに直行したのですが、田宮模型のブースは人だかりでなかなかゆっくりと見ることができません。田宮模型も模型産業の将来を考えて女の子向きの手芸工作セットなど様々な試みがされていましたが、もちろん従来のモデラー向きの新製品が主流であることは当然で、伝統の1/35スケールの新製品戦車などの展示にオジサンたちは老眼のために眼鏡を上げて(笑)、食い入るように見入っていました。
実はあまりの人だかりで写真が撮れないほどだったのですが、各社の「イチ押し」は艦船模型で、特に従来の1/700スケールのウォーターラインシリーズと呼ばれる洋上に浮かんだ姿を再現したモデルに加えて、より大スケールの1/350スケールの艦船模型が数多く出展されていました。そのラインアップはやはり帝国海軍の軍艦がメインで、その考証も行き届いており、加えて別売りのエッチングパーツにより手すりやマストなどが精密に再現できるように工夫されています。しかし、それらの別売りのエッチングパーツまで全て用意すると価格は軽く1万円を超えてしまいますし、そのエッチングパーツの加工は子供には手に余るだろうと思われ、明らかにオトナをターゲットにした製品です。

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そんな中で思わず欲しいと思ったのが、この1/48スケールのハリケーンでした。これは田宮模型が提携しているイタリアのイタレリ社の製品で、おそらく1/48スケールのハリケーンの中では決定版となるであろうと思われます。
理由が良く分からないのですが、最近人気急上昇のフィンランド空軍のデカールもセットされ、田宮模型版ではオリジナルのフィギュアも付属するようですが、キモとなる機体表面の羽布の表現が素晴らしく、発売された暁には必ず購入しようと思いました。

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続いては飛行機模型の老舗であるハセガワのブースです。まずはハセガワらしい新製品である1/48スケールのEA-18G Growlerです。これはお馴染みのF/A-18 Hornetの電子戦改装版で、現行のA-6 Intruderを改造したEA-6B Prowlerの後継機となります。
電子戦機とは敵の対空ミサイルのレーダー波を探知し、妨害電波を発信してミサイルの照準を狂わせるための機種で、その外観上の特徴はもちろんその電子戦用の各種アンテナと妨害電波発信用ポッドです。それらの装備に加えて、このEA-18Gは自機防衛用の対空ミサイルなども装備可能となっており、主翼下は賑やかな装備で一杯でモデラーの製作意欲を掻き立ててくれます。

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田宮模型がイタレリ社と提携しているのに対して、ハセガワはレベル/モノグラム社と提携しています。レベル/モノグラム社はアメリカのプラモデルの老舗であるレベル社とモノグラム社が合併した会社で、アメリカとドイツで別々に製品開発をしています。そのアメリカレベルの新製品がこの1/48のヘルダイバーでした。コクピットの再現と穴が無数に開けられたダイブブレーキの表現が素晴らしいモデルでした。

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もう一方のドイツレベル社の新製品はこの1/32スケール!のハインケル He111で、とにかくデカかったです。

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同じく1/32スケールのアラド Ar.196です。Ar.196はドイツの誇る第二次大戦中の傑作水上機ですが、さすがドイツレベル社の製品だけあってその細部の再現度は素晴らしいものがありました。

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カーモデルではマニアックなラインナップを誇ったフジミ模型ですが、最近はあまり新製品がなく寂しい思いをしていましたが、そのブースで見つけたテストモデルがこのパンテーラでした。

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テストショットながらそのフォルムは素晴らしく、是非とも発売してもらいたいモデルです。

続いて訪れたのがPlatz(エフトイズ)というメーカーのブースです。昔からのモデラーには馴染みのないメーカーかも知れませんが、精密な1/144スケールの塗装済みブラインドボックスを販売しているユニークなメーカーです。その展示物の中で注目すべきは1/144スケールのウイングキットコレクションで、次回作のシリーズでは大好きなFw190-Dがモデル化されていました。このシリーズにはP-51Bも予定されており、マスタングの中でも一般的なD型より初期のB型のほうが好きなので大歓迎です。詳しい方であれば気が付くと思うのですが、ちゃんとRAF仕様はキャノピーがバブルタイプに変更されています!

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1/144スケールというのはコレクションするにも場所を取らず、工作技術に自信のあるモデラーであれば超精密な追加加工もできるスケールなのですが、一般的なモデラーにとってはあまりに小さすぎ、塗装するにも大変なサイズなのですが、そんな悩みを解消するモデルがこのトミーテック社の販売している「技MIX」という1/144スケールの塗装済組立てキットです。まずは能書きを置いてこの写真をご覧ください。

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これが1/144スケールです。組み立てはともかく私にはこのサイズにこのレベルの塗装は絶対にできません(汗)。機体表面に再現されたコーションマークは圧巻でした。

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オトナをターゲットにしていることは明らかで、別売りのアクセサリーには塗装済みの各種兵装が用意されています。しかも自衛隊らしくちゃんとカラフルな演習用の模擬ミサイルまで用意されており、その中でもこの射撃練習用の吹流しターゲットには感激してしまいました。

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身近になってきた自衛隊の装備類ですが、過去には陸上自衛隊の装備は国民の世論もあり、ニーズはそれなりにあるものの、戦車以外の精密なスケールモデルは殆どありませんでした。航空自衛隊と異なり、陸上自衛隊の装備はその殆どが純国産で独自のものですから、モデル化するのは日本のメーカー以外には考えにくく、ある種日本のメーカーの責任といっても良いのですが、最近ようやく戦車以外のものもモデル化されるようになって来ました。写真は路上でも見かけることの多い、パジェロをベースにした自衛隊の1/2トン小型トラックです。1/43スケールのハンドメイドモデルですが、その精密さには目を見張るものがありました。

完成済みのモデルの代表格がミニチュアカーですが、最近は飛行機のモデルも一般的になってきました。旅客機の完成済モデルは昔から一般的だったのに対して軍用機のモデルは圧倒的に組み立てるものが中心でした。その理由はマニアの鑑賞に耐えるレベルの完成品はハンドメイドのものが中心で、そのお値段たるやとてもコレクションできるレベルではなかったためですが、ようやく最近になって手の届く値段でそのクオリティのものが発売されるようになりました。この辺りの状況はミニチュアカーと同様で、今後は完成済みの精密モデルが多く販売されるであろうと思いました。

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写真はホビーマスター製の1/72スケールF-1支援戦闘機です。スケールモデルでは一般的な1/72スケールで組み立てキットの完成品に迫るクオリティながらリーズナブルなお値段のものでした。

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初めて行ってみた模型ホビーショーですが、この業界の現状と将来の課題を垣間見ることができました。各社は少子高齢化と組み立てキット離れという課題に対して独自のアプローチで挑んでおり、その工夫の積み重ねこそがこの業界を生き残らせることに繋がるのではないかと思います。
人間である限り、いつの時代でも手を使って何かを創造するという欲求は不変だと思いますし、その欲求をどのように満足させるかが模型メーカーのビジネスチャンスだろうと思いますが、一過性の大ブームを狙うのではなく、むしろ堅実に小さいニーズを拾って行くことが生き残りの秘訣ではないかと思いました。

旧帝国陸軍のトラックという、どう考えても爆発的に売れるとは思えないキットを展示しているブースで、背広姿の管理職社員と思しき年齢の人物と、明らかに20代のちょっとヲタクっぽい服装の来場者とが、「旧帝国陸軍の車両の開発コンセプトがいかに欧米のそれと異なるか」について熱く語り合っている姿を見たときに、日本の模型業界の将来はまだまだ明るい…?かも知れないと思いました。

さあ、私も造らなければ…(苦笑)

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上げ膳据え膳のイベント~その参~

お気軽な緩~い幹事さんですが、ちゃんと昼食場所の予約と共に駐車スペースも確保してくれていました(笑)。
そこは素晴らしいロケーションで、国道に面した店舗の前に広がる駐車場の中でも遠く富士山をも望むことができる海岸に面した一番奥のスペースでした。

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最初は普通に白線で仕切られた駐車スペースにクルマを並べて駐めたのですが、

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どうせなら…と好きなようにクルマを配置してみることにしました。イベントなどで良くやるのですが、出来上がりのイメージをしながら配置するクルマを選び、ちゃんと意図した場所にクルマを誘導して駐めるのは結構なエネルギーを使います。上げ膳据え膳のお任せ状態で参加したイベントでしたが、先ほどのマザー牧場のパシリに引き続き、その配置監督?をすることになってしまいました。

最初のイメージはES30三態で、RZを中心にSZを扇状に並べてもらいました。

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これだけで自動車雑誌の巻頭グラビアに使えそうなショットです。さらにBreraとスパイダーを並べて見ました。

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こんな絵図もそうそうないでしょう。さらにロッソのアルファ166、147を並べて行きますが、いつの間にかMitoもいます(笑)。これは幻でも幽霊でもなく、実は偶然居合わせたMitoのオーナーを「ナンパ」して仲間に引きずり込んだのですが、きっと予定もあったでしょうが快く加わっていただきました。アルファ・ロメオに乗っているとこういう機会も自然に訪れるのが実に素敵なところです。

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なるべく他の一般車が視界に入らないように工夫しながら、まずはロッソなクルマ達を配置し終わりました。続いてはJuniorZを中心にアルファ164と156を配置して完成です。

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この複数の扇を組み合わせる配置は、各自が自分の愛車を中心にして撮影したときに様々なクルマが角度を変えてフレームに入る配置なのですが、それでもこれだけの台数だと全体を俯瞰で撮影したくなるのは人情で、つい非常階段に登って写真を撮ってしまいました(汗)

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そうすると止まらなくなってしまい、皆さんが非常階段からの撮影に夢中になってしまいました。

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確かにこの景色はそうそう見られるものではありません。実際に私たちが食事中でクルマの傍を離れている時でも居合わせた観光客やカップルが記念撮影をしていましたので、クルマに興味のない方にもアピールしたのでしょう。

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案内されたのは貸切の個室広間で、お刺身や天ぷらなどの海の幸に加えてメインは海鮮どんぶりという豪華な昼食でした。

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食事をしながら皆さんの自己紹介代わりに過去の車歴の懺悔会?となってしまいましたが、聞けば聞くほど皆さんの過去の悪行(笑)は相当なもので、現在の愛車に出会うまでには紆余曲折に満ちた人生ドラマが繰り広げられていたことが良く分かりました。それにしても…凄かったです(謎)

昼食後は素晴らしい眺望の露天風呂を楽しみ、ようやく帰路につくことになったのですが、最後は往路と同じ君津PAで解散式となりました。

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ここからは皆さん思い思いのルートで帰路についたのですが、私は笹本氏の自宅まで戻らなければなりません。アクアラインからベイブリッジを渡り、保土ヶ谷バイパスを経由して戻ったのですが、殆ど渋滞らしいものはなくスムーズに戻ることができました。

きっちりと計画されたイベントも楽しいのですが、こうしたお気楽な緩いイベントは「その参加メンバーが素晴らしければ」こんなに楽しいものはないことを実感することができました。
誤解の無いように付け加えておきたいのですが、イベントを運営する側の経験からすると、「計画された」行き当たりばったりと、単なる行き当たりばったりは全く異なります。
参加者の雰囲気やその場の気分をベースに臨機応変にスケジュールを決める「行き当たりばったり」は、幹事さんの人間力を必要とする高度なイベント運営の手法で、結果として参加者には素晴らしい思い出となるのです。
誘っていただいたZAGATORさんと青ガエルさんに感謝です。加えて、参加された皆さんの素晴らしいジェントル・アルフィスタ振りに本当に感激しました。

こうして思い出しながら記事を書いていると、もう次の機会を心待ちにしている自分がいます。

(追記)
参加された方限定でプリントサービスを賜ります(笑)。ご希望の方はブログ記事欄横の直メールでお知らせください。A4サイズまでは可能です。

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上げ膳据え膳のイベント~その弐~

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気持ちの良い隊列走行で一路次の集合地点である君津PAを目指します。ES30のSZ/RZは走行しているときが一番生き生きして見えるクルマです。その一番魅力的な姿をドライバー自身は見ることができないのが皮肉ですが(苦笑)、路上で出会ってこのクルマが20年以上前にデザインされたクルマだと信じるヒトはいないでしょう。

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追い抜かれて気持ちの良いクルマはそうそうあるものではありませんが、その数少ないクルマがこのES30ではないかと思います。買ってから後のことはともかく、随分とお値段もこなれて来ました。今後二度と似たようなクルマが世の中に出ることはないでしょうから一生に一度は…(笑)

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こうして君津PAに到着してまたまたオハナシで時間が過ぎ(苦笑)、次の目的地であるマザー牧場に出発することになったのですが、ここで笹本氏が私にキーを渡します。もう疲れてしまったのかと思いきや、青ガエルさんのJuniorZ 1600を運転すると言うのです。本当に疲れるからという理由で私を多摩まで呼び出したのかと疑問が出てきましたが(笑)、いたって元気なのは良いことです。

さて、私はと言えば自分の164Q4と別れて以来の久々の運転です。
製造から20年近く、走行も10万キロを超えたクルマは、例えそれが同じモデルであっても個体差のほうが遥かに大きいものです。気持ちとしてはかつて15万キロを共にした自分のクルマとは別モノという気持ちで、純粋なインプレッションが出来るようにと乗り込みます。しかしドライバーズシートからの眺めはかつての愛車と同じで、唯一の違いは日本仕様で標準であったRECARO製のシートだけです。私の164Q4はドイツからの中古並行輸入車だったので、純正のMoMo製のシートでした。ホールド感が違うのは当然なのですが、MoMo製のシートの方が座面が低かったため、こちらは座ったときに若干アップライトな景色になってしまうのがMoMo製のシートとの違いです。

それでもシフトを1速に入れた途端に自分の愛車の記憶が蘇って来ます。特にこの個体の素晴らしいのはそのシフトの剛性感で、ゲトラグ製の6速MT特有のしっかりしたリンケージを感じることができます。アルファ・ロメオのシフトはどちらかと言うと少し緩いのが特徴なのですが、アルファ・ロメオの歴代モデルの中で唯一、ゲトラグ製のMTを搭載したこのアルファ164Q4だけはそのシフトフィールは別物です。私の愛車はそのリンケージが緩かったためにここまでの剛性感は損なわれていましたので、コクッコクッと入るギアはこの個体が新車の味わいを残す「上物」であることを感じさせてくれます。

エンジンは笹本氏が最近施したフラッシングの効果か、回転フィールが素晴らしく、しっとりと滑らかに回ってくれます。アルファ・ロメオのオーナーの方でエンジンオイルを交換してエンジンが滑らかに回るようになった実感を持たれる方は多いと思います。実はこれも今や珍しい体験で、今どきの国産車ではエンジンオイルを交換しても何も変らないのが当たり前なのです。ところがこのフラッシング処理は、単にエンジン内部のカーボン除去によりフリクションが減ったというだけではなくインジェクターも洗浄することになるために、エンジン全体がスムーズに回るように感じられます。しかもそれは粘度の低い化学合成油を入れたときの、シャーンと上まで回るけどトルクがスカスカといった演出的な体感ではなく、ちゃんとエンジンが仕事をしているスムーズな回転フィールでした。

安心して一段低いギアを選び、エンジン回転を高めにキープしながら君津PAからマザー牧場までのワインディングを軽く走って見たのですが、唯一の問題がステアリングフィールで、パワステポンプの不調かステアリングのフィードバックが途中で変化します。つまり同じ力でステアリングを切って行くと途中で重くなったり軽くなったりするのです。その差は僅かですし、おそらくオーナーの笹本氏は慣れてしまっているのでしょうが、最近の彼のブログで触れられている4WDのアクチュエーターの不調が影響しているのかも知れません。

実はその後の復路は私がずっと運転をしたのですが、かつて自動車評論家の森慶太氏がこのアルファ164Q4を評して書いた「なんだか分からないけどありがたいクルマ」というフレーズが蘇って来ました。その何ものにも換え難いビスコマチックによる4WDは、緩い下りの高速ワインディングでその魅力を発揮します。本来ならばアクセルを抜いてスピードを緩めるカーブを逆にアクセル・オンで走ると、後ろから押されるような弱いプッシングアンダーを感じながら、あくまでもオン・ザ・レールでコーナーを抜けることができるのです。この瞬間がアルファ164Q4の最大の魅力で、このままどこまでも走って行けそうな気持ちにさせてくれます。

さて、マザー牧場に到着したのですが、ここで事件?が起こりました。駐車場料金を取られるのは仕方ないとしても、目指す売店でソフトクリームを食べようとすると入場料を払って中に入らなければならないのです。

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それでも何とかソフトクリームを食べたい私たちは一計を案じました。誰か一人が入場し全員のソフトクリームを買って入場口の外で待っている皆に渡せば良いのです。つまり誰かにパシリになってもらえば良いということで、それではとジャンケンで最後に負けた二人の内の一人が入場料を払い、もう一人が買いに行くこととなりました。
大のオトナがマザー牧場の入場口前で真顔でジャンケンをする図も凄いものがありますが、こうした勝負事に滅法弱い私は案の定、ソフトクリームを買いに行くこととなってしまいました(泣)。
驚いたのが売店でアルバイトしていた女の子達で、客が一人で「ソフトクリーム11個下さい。」とやって来たのですから、早速ソフトクリームの大量輸送手段を皆で相談し始めました。二つづつ手で持ってピストン輸送するしかないですね…という結論になりかけた時、一人の女の子が、「これ…使えませんかね」と出してきたのが何かの梱包材でダンボールに4つ穴が開いている板でした。早速、コーンを差し込んで見ると使えそうです。かくしてピストン輸送は2往復で終わり(笑)、パシリの大役?も無事に完了することができました。

こうして念願の?ソフトクリームも食べ終わり、ようやく昼食場所に出発することになったのですが、緩~い幹事さんであるが故にキビキビと道順を案内するのではなく、電話番号を基に皆のナビで調べる…という現地作業となってしまいました(笑)。
だんだんこの緩さに慣れてきた私は、こうして次の行き先を調べるのも楽しくなってきました。しかし、地図が古いのか、はたまた店がマイナーなのか(苦笑)、なかなか出てきません。それでも何とか場所を見つけ、いざ出発することになったのですが、今度は青ガエルさんのご好意でJuniorZ 1600を試乗させていただくことになりました。

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試乗したコースはマザー牧場から昼食場所までの短いワインディングでしたが、105系Giuliaの懐の深さを改めて再確認させてくれた試乗でした。
JuniorZについては過去のブログで紹介していますので、詳しくはそちらをお読みいただければと思いますが、実際の試乗ではアルファ164以上に個体差があるのは当然で、今回のインプレッションがJuniorZに共通したものではないことをお含みおき頂ければと思います。

JuniorZのシャーシーとエンジンはGiulia Sprintと共通ですのでJuniorZのエンジンバリエーションである1300と1600の違いもGiulia Sprintのその違いと同様です。すなわちトルクの細い1300ccエンジンのパワーバンドを維持しながら絶対的なスピードではなくそのドライビングを楽しむか、トルクに余裕のある1600ccエンジンでクルージングも楽しむかの違いで、青ガエルさんもその違いからこの希少な1600を選んだとのことでした。

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ドライバーズシートに乗り込むとGiulia Sprintとの違いを感じることができます。インパネは楕円を基調とした随分と近代的なデザインとなっています。そして視界の広さはGiulia Sprintと比べて歴然としており、デザイナーであるエルコーレ・スパーダの意図したボンネットの低さの恩恵を感じることができます。
一方でGiulia Sprintと共通なのはシフトポジションで、その独特な斜めに伸びたシフトは初めて運転するドライバーは戸惑うかも知れませんが、リンケージは至って普通で、この個体は古いアルファ・ロメオ特有の2速をなめてから1速に入れるという儀式も必要ありませんでした。

走り出してすぐ1600ccエンジンの恩恵を感じることができます。低速でも粘りのあるエンジンは、よく言われる高回転を維持しなければ…という制約がないのですが、2基のウェーバー40DCOEのおかげで中低速から盛り上がるトルクカーブは充分ヤル気にさせてくれます。特に3000rpmから上では豪快なエクゾーストノートと天井知らず?と思わせるようなトルクの盛り上がりで、踏まずにはいられないエンジンでした。
トルクの太さはシフトチェンジの際にも良い影響を及ぼしており、加えてきちんとメンテナンスされた個体ではダブルクラッチも必要なく、ゆっくりとシフトチェンジさえしてやればスムーズなギアダウンが可能です。

ステアリングは当たり前ですがノンアシストで、低速での取り回しには力が必要ですが、走り出してしまえば特に力は必要なくスムーズな操舵が可能です。ただボール&ナット式のステアリングギアは現在では一般的なラック&ピニオン式のギアと異なり、センター付近がダルなことに加えて切り始めにちょっと応答が遅れる傾向があるのですが、それも慣れてしまえば予測して切り始めることができる範囲で、むしろクルマの性格に合ったものでした。

総じて言えば、Giulia SprintであろうがJuniorZであろうが、この年代のアルファ・ロメオはそのメンテナンスが重要で、きちんと初期化して適切なメンテナンスを行った個体であれば、世間で言われる儀式とお約束のドライブテクニックは必要ないと思います。そんなところでマニアを気取り、「運転にコツがいるんだよね」と自慢するくらいであれば、きちんとメンテナンスを行い、青ガエルさんのように気軽にステアリングを預けて、「古いアルファも素敵でしょ?」と布教活動をするほうが、ずっとスマートで格好良いと思います。

昼食前の前菜で桃源郷を味わいながら、昼食場所の漁師料理かなやに到着です。

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上げ膳据え膳のイベント~その壱~

私が所属するアルファ164オーナーズクラブでは永年に亘り全国イベントである「クラブラン」を仕切ってきました。そして、「アルファ164生誕20周年記念パーティ」という大それたイベントもやりました。また毎年のALFAROMEO DAYではラウンジを開設し、参加するメンバーのランチを用意して来ました。そして最近ではQuick Touringの裏方してイベントの企画から実施までのお手伝いもさせていただきました。これらのモチベーションは…、

イベントは運営する側が一番楽しいっ!

というもので、これが私のかねてよりの持論でしたが、今回一本の電話から急遽参加させていただいた「第二回房総ツーリング」で、この持論は脆くも崩れ去ってしまいました。

イベントは上げ膳、据え膳も楽しいっ!

このトシになって持論を変えざるを得なくなるようなこのイベントは一体どういうものだったのでしょうか?
それは隅々まで行き届いた企画と、充分な下見に基づく完璧なツーリングルートに加えて、コストパフォーマンスに優れた最高の食事といった、クルマのイベントを企画する上での構成要因が高度にバランスされた完璧なイベントで、最早、私ごときがそのアラを探そうにも手も足も出ず、「参りましたっ!」という究極のホスピタリィティに満ちたイベント…

の対極にある、良く言えば、「緩い」。悪く言えば、「行き当たりばったり」のお気楽ツーリングイベントだったのです(笑)

このお気楽ツーリングの仕掛け人は、「二匹の蛇の抜け殻~ アルファ・ロメオ綴り方日記」というアルファロメオ部門のアクセス数トップのブログの作者であるZAGATORさんとALFAROMEO DAYの事務局を永年やられているアルファ164オーナーズクラブのメンバーでもあり、「アルファのある生活」というブログの作者である青ガエルさんの2名で、そのブログ記事でこのツーリングイベントのことは知っていたのですが、私の現在の愛車はLANCIA Themaであることからアルファ・ロメオのイベントに参加するには若干の遠慮もあり(笑)、傍観していました。

ところが、開催直前に友人の青ガエルさんから電話がかかってきました。

「今、ZAGATORさんと飲んでるんだけどさぁ。ツーリング来ない? ちょっとZAGATORさんと電話替わるね」

こうなれば参加しない訳には行きません。聞けば友人の「イタ車と共に暮らす喜怒哀楽」の作者である笹本氏と、私のブログのネタを提供してくれる赤スパのR君も同様に直前になって呼び出された(笑)ようです。こうして直前になって参加者を呼び集めるのもいつもの青ガエルさんの緩~いパターンです(爆)

しかし、いざ参加するとなると今度は笹本氏から電話がかかってきました。

「あのさぁ。この前エンジンフラッシングやって(笹本氏のブログ記事を参照してください)さぁ。エンジンが凄くいいんだよね。それでさぁ。アルファ164Q4を運転するの久しぶりでしょ?ボクは滅多に他人に運転させないんだけど、今回特別に運転させてあ・げ・よ・うかなぁと思ってるんだけどどうかなぁ。」

「たまには男同士でじっくりと積もるハナシもしたいじゃない?」

様々な「殺し文句」とこれが素晴らしく稀有で特別なチャンスであるという申し出に加えて、嫌味を付け加えることも忘れません。

「アルファ・ロメオのツーリングでしょ?ランチアだとマズいんじゃないかなぁ…」

素直に運転してくれないかと頼めないのも笹本氏の常で(笑)、まるで訪問販売員のような見事な論理と交渉術で真綿で首を絞めるように?たんだんとそうすることが一番だと思えるように誘導して来ます。

聞けば往路はともかく復路の運転が辛いので一台で一緒に行こうというお誘い(お願い)だったのですが、私の自宅は東京都の板橋区という東京の北側。笹本氏の自宅は東京都多摩市という西側。そして集合場所は大黒PAという横浜の南側で東京近郊の地図を目一杯使って三角形を描いた各々の頂点に位置しているのです。それをどうやって一台に乗って集合場所に行こうと言うのでしょう?しかも疲れるからという理由で一台で行こうと言っている人間に、私の自宅まで来いとも言えません(泣)。
かくして、私が早朝に多摩の笹本氏の自宅に赴くことになりました(泣)。

それにしても笹本氏のこの交渉術にはいつも惚れ惚れさせられます。
かつて彼がオークションで購入したFIAT PANDAが静岡から乗って帰る途中の御殿場でエンコしてしまい、夜に電話がかかってきたときにも、最初に助けに来てくれとは言いませんでした。

「今、御殿場ICを出たところにいるんだけど、最寄の駅にはどうやって行けばいいか教えてくれない?」

こんな電話が突然かかって来たら、事情を聞かないワケには行かないでしょう。そして次には、

「電車ってどうやって乗ればいいの?切符ってどこで買うの?」

と、芸能人のようなことを聞いてきます。

「ところで、今何してるの?アルファ164で高速をちょっと走りたい気分じゃない?」

暫く会話に付き合っているとようやく核心に迫ってきました。

「で、一体何時に御殿場に来れるんだよっ!」

そろそろ本性を現してきました。

「御殿場ICを降りたところに○○っていうファミレスがあるだろ。そこで待ってるからな。疲れてるから早く来いよっ。じゃあなっ!」

もはや恥も外聞もなく一方的に電話を切ろうとします(笑)

仕方なく夕食も食べずに御殿場に向かい、指定されたファミレスに到着したときには、しっかりファミレスで夕食を済ませ、デザートも平らげ、ドリンクバーで相当お代わりを重ねていた笹本氏とスッド君(彼も愛すべき友人で彼についてはまたそのうちにネタにしようと思います)は開口一番に、

「遅いよっ。もう夜中になっちゃったから早く帰ろう。仕方ないからドリングだけは飲ませてやるよ。」

と、私のせいで御殿場のファミレスで夜中まで過ごすハメになったと言わんばかりの口調で言い放ったのです(笑)。

ずいぶんハナシが逸れてしまいました(苦笑)。

笹本氏の自宅に到着し、Alfa164Q4とLANCIA Themaを並べて駐めてしばし観察してみます。

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ご存知のようにAlfa164とLANCIA Themaはシャーシーを共有する兄弟車です。Tipo4プロジェクトと呼ばれた、自動車メーカーの垣根を越えてシャーシーを共同で開発するいう世界初の試みの中から生まれたのがこの2台ですが、LANCIA Themaは巨匠ジゥジアーロがそのデザインを担当し、Alfa164はエンリコ・フミア氏がそのデザインを行いました。同じシャーシーということはホイールベースと全幅が同じであるということで、その共通点(食材)で二人のデザイナー(シェフ)がデザイン(料理)をするとクルマはこれほど変るという例が目の前にありました。

最初は笹本氏の運転で集合場所の大黒PAに向かいます。

集合時間にはすいぶん早く到着した大黒PAですが、すでに2台が到着していました。その2台とは青ガエルさんのJuniorZ 1600とES30 SZという凄い組み合わせでした。

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そうこうしているウチに参加する車両が続々と集まって来ます。休日早朝の大黒PAは様々な趣味クルマが集まっていてその見学だけでも楽しめるのですが、生憎の雨模様のために駐車場はガラガラで、このアメ車のお仲間とTVRのツーリング?集合程度で、私たちが最大グループでした。真ん中のオレンジのクルマは1970年 DUDGE Challengerですが、実は大好きなクルマです(苦笑)

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初対面の方々が多いイベントの常で、どうしてもハナシが弾んでしまいなかなか腰が上がりません(苦笑)が、不思議なもので、そのクルマは様々なイベントで見かけたことがあり、一旦クルマとオーナーを一致させることができればまるで旧知の友人のように打ち解けてしまうのも、皆さんが永年アルファ・ロメオを乗り継いで来られた猛者?であるからでしょう。

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お気楽ツーリングということで、出発してから次の集合時点もその場で相談して「適当に」決めてしまいます。どうやら昼食場所の予約はしてあるものの、そこまでのコースは適当で、何時にどこに着いていなければならないといった制約は一切無いようです。私たちにとっては有難いことに、天気のせいか海ほたるSAは空いているようでしたので、まずは海ほたるを目指して一路湾岸線で出発することとなりました。

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ドライバーは笹本氏で、なんと彼はアクアラインを走るのが初めて!とのことで興味津々でハンドルを握っています。私はといえば助手席でカメラを構えて隊列を撮ることにしたのですが、皆さん結構なペースで走行するためになかなか良いショットが撮れません。しかし、しばらく走行しているうちにあることに気がつきました。それは皆さんの走り方で、阿吽の呼吸で走行車線と追い越し車線を上手に使い分けながら、付かず離れずの隊列を維持しながらも決して無理やりではなくスムーズに走行しているのです。仲間とツーリングする経験のない方にはなかなか分かって頂けないかも知れませんが、決して暴走族のような走り方ではなくスムーズにかつジェントルに隊列走行をするためには、各自のドライビングセンスと隊列全体を俯瞰的な視点で見る想像力が必要で、これを自然に持ち合わせている仲間と走行することはそれだけで素晴らしく楽しいのです。これぞツーリングの醍醐味で、今回は自分でハンドルを握っていなくてもそれを体感させていただきました。

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海ほたるに到着してもまたまた皆さんオハナシに夢中でなかなか腰が上がりません(笑)。しかし考えて見れば特に予定があるワケでもありませんから、のんびりと目的地に向かえばよいのです。この程度の参加台数だとそれが可能で、まさに「行き当たりばったり」の妙味だと思います。

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あるようでないのがアルファ164/166のツーショットです。この2台にはアルファ・ロメオのフラッグシップサルーンであるという共通点があるのですが、アルファ164はピニンファリーナのエンリコ・フミア、そしてアルファ166はチェントロ・スティーレ(アルファ・ロメオの社内デザイン部門)のウォルター・ダ・シルバという別々のデザイナーの手によるもので、そのデザインされた年代も20年という隔たりがあります。ダ・シルバはデザインに際してアルファ164を意識したのは歴然としており、フロントのアルファスクデットに至るボンネットのプレスラインはアルファ164へのオマージュと見て取れます。

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時代の隔たりと言えばこの2台です。左はBreraTIで19inchのホイールを履いています。そして右はアルファ・スパイダーSr.4で14inchのホイールです。同じ普通乗用車でトラックと軽自動車ほどの差がありますが、これも技術という視点での時代の隔たりを表しています。

これまた適当に決めた次の目的地はマザー牧場で、その手前の君津PAを目指します。

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極東の1000マイル~2011~ その四

いよいよ後半の参加車です。もはやお腹一杯だと思いますが(苦笑)、現場ではキャブレター特有の濃いガソリン臭とエキゾーストノートに包まれた桃源郷でした。こればっかりは写真ではお伝えできませんので、機会があれば是非足を運んで見ることをオススメします。

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1960年 ALFAROMEO GIULIETTA SSです。これほどの参加車の中でも美しいフォルムは埋没してはいませんでした。

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1957年 MERCEDES BENZ 300SLSです。独特のガルイングドアを開けているのは観客へのアピールではなく、そうしないとスタンプを押してもらうために外へ手を出すこともできないためでした。

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1959年 JAGUAR XK150です。これぞJAGUARという正統派な?スタイルでした。

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1953年 JAGUAR XK120 ROADSTERです。一転してレーシーなモディファイが施されたXK120ですが、これがなかなか格好良かったです。

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1953年 MORASSUTTI SPORTです。このテのオープンでツーリングする場合は、こうしてインカムを装着しなければ助手席のナビとも会話できません。

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1954年 AUSTIN HEALEY 100です。今年は例年に比べてHEALEYの参加が多かったような気がします。

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1954年 JAGUAR XK120です。このカニンガムカラーは素敵でした。

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1954年 AUSTIN HEALEY 100/4 BN1です。このクルマもレーシングスクリーンに変更されていましたが、高速走行は相当キツいだろうと思います。

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1955年 AUSTIN HEALEY 100 BN1です。こちらはノーマルスクリーンで、ドライバーとナビの表情にも心なしか余裕が感じられました。

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1955年 PORSCHE 356 PRE A SPEEDSTERです。

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1956年 AUSTIN HEALEY 100です。こちらはバンパーレスにレーシングスクリーンというヤル気仕様でした。HEALEYはこうしたちょいワル仕様もサマになります。

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1956年 BANDINI 750 SPORTです。

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1956年 PORSCHE 356 A CABRIOLETです。SPEEDSTERに比べて対候性のあるソフトトップを装着しているのがこのカブリオレで、トップを閉めた状態でも室内の天井高が「ある程度」確保されています。

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1957年 ALFAROMEO GIULIETTA SPIDERです。GIULIETTAもバンパーとフロントのメッキモールを外し、ドライビングフォグを装着すればレーシーな雰囲気に仕上がりますが、さらにフロントスクリーンをアクリル製の小さいものに変更すれば完璧です。軽量化という意味ではあまり貢献度は低いかもしれませんが、ドライバーのモチベーションへの貢献度は大きいものがあるでしょう(笑)

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1956年 PORSCHE 356 SPEEDSTERです。下の356同様にPORSCHEにはこういう中間色が良く似合います。

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1957年 PORSCHE 356A COUPEです。SPEEDSTERはこのCOUPEの屋根を落としたバージョンで、生産台数は遥かにこのCOUPEの方が多いのですが、このイベントの参加車ではSPEEDSTERのほうが遥かに多いという逆転現象が起きていました。

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1961年 MERCEDES BENZ 190 SLです。300SLの廉価版という位置づけがこの190SLですが、これだけやる気満々なもディファイですと、こちらの方が速いのでは?と思わせてくれます。

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1959年 FIAT ABARTH 750 RECORD MONZAです。今年はアバルトの参加車が少なく、少し寂しい思いをしましたが、実際に当時のレースの状況の再現であれば、こうしたイベントではABARTHだらけ…でもちっとも違和感はありません。

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1959年 ALFAROMEO GIULIETTA SPRINT VELOCEです。多くの参加車がレーシングモディファイを施して参加しているので、こうしたノーマルの佇まいはかえって新鮮でした。

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1959年 MG MGA FHCです。MGAは元来オープンで設計されていますが、そのモデルをクローズドにしたのがこのFixed Head Coupeで略してFHCと呼ばれています。ちなみにそれに対するDHCは化粧品ではなく(笑)、Drop Head Coupeの略です。

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1959年 LOTUS 17です。今回はLOTISも参加車が少なかったです。

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1960年 PORSCHE 356B CABRIOLETです。上の356A CABRIOLETと比較すると随分と近代的になりました。

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エントリーリストには記載がなかったのですが、同じくFIAT ABARTH 750 RECORD MONZAだと思われます。今回のABARTH参加車はこの2台だけでした。

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1960年 PORSCHE 356B CABRIOLETです。

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1961年 ALFAROMEO GIULIETTA SPIDERです。こちらもレーシングスクリーンに換装していました。当たり前ですが雨が降ればソフトトップは装着できなくなってしまいます。今回は全日程が晴天で良かったですね。

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1962年 TRIUMPH TR3Bです。こちらはノーマルのスタイルで、クラシックな雰囲気でした。

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1963年 MERCEDES BENZ 190SLです。こちらもバンパーレスでしたが、それだけで随分とイメージが変るものです。

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1964年 FERRARI 330GT 2+2です。これが最後の参加車なのですが、トリを飾るに相応しいクルマでした。そして恐らく参加車の中で一番ロングツーリングが得意なクルマではなかったでしょうか(笑)

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このイベントの用意周到なところは、ちゃんとスイーパーの車両に加えてローダーが2台!も最後尾を伴走しているところです。こうしたサポートがあるからこそ安心して古いクルマを走らせることができるので、このイベントが参加者の支持を得て永年続いていることが良く分かります。

一部撮りもらした車両もありますが、今回は参加車の殆どをご紹介しました。繰り返しになりますが機会があれば是非実物を見に行かれてはいかがでしょうか。
スタートやゴール地点の華やかなセレモニーも素敵ですが、こうした中間のポイントでは、遠くから近づいてくるエクゾーストノート。シフトダウンの際のフォンフォンという音。そしてガソリンやオイルの臭いに加えて、無事に到着した安堵感の漂うエントラントの表情など、一台一台のドラマを感じることができますよ。

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極東の1000マイル~2011~ その参

La Festa Autunno 2011の出走規則では、

A:Vintageクラス 1919年1月1日~1929年12月31日に製造された車輌
B:Post-Vintageクラス 1930年1月1日~1939年12月31日に製造された車輌
C:Post War-Iクラス 1940年1月1日~1949年12月31日に製造された車輌
D:Post War-IIクラス 1950年1月1日~1957年12月31日に製造された車輌
E:Closed List クラス 1958年1月1日~1967年12月31日に製造された車輌
※ミッレミリア参加資格車を最優先する。
※レプリカモデルは参加を認めない。
※参加車両はFIVA ID-CARDかFIA Historic Regularity Car Pass取得車に限られる。
※特に組織委員会の認めた車輌。

と定められています。このレギュレーションはかなり厳しいもので、どうしても1950年代以降のクルマが多く出場することになります。

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1958年 ALFAROMEO GIULIETTA SPRINT VELOCE LIGHTWEIGHTです。お馴染みの車両ですが、単なるSprnt VeloceではなくLightweightというのが希少で、外見から判別は難しいのですが、サイドとリアのガラスがプレクシグラス(アクリル)製に変更されており、チューンアップしたエンジンが搭載されています。

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1950年 MASERATI A6 PININFARINAです。今でこそMASERATIは日本でも高級スポーティモデルのメーカーとしての地位を得ましたが、その路線の最初のモデルがこのA6でした。往年のMASERATIはむしろグランプリ(現在のF-1)に出場するほどのレースヲタクのメーカーでした。

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1950年 JAGUAR XK120 ROADSTERです。この時代のJAGUARはレーシングモディファイを施すと途端に獰猛な猛獣に変身するのですが、こうしてノーマルの佇まいでは大人しい飼猫といった風情です。

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1951年 FERRARI 340 AMERICAです。フェラーリが独自のモデルを製造し始めたのは戦後ですのでようやく登場できることになります。Mille Migliaのような戦前からのレースのヒストリーを見たときにフェラーリは新参メーカーであることが良く分かります。

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1957年 ALFAROMEO 750 GIULIETTA SPIDERです。後付のロードフォグランプがなかなか格好良く決まっていました。

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1953年 JAGUAR XK120です。リアのタイヤハウスにカバーが装着された正統な?ルックスでXK120の持つ流麗なラインが強調されています。とにかく美しいクルマです。

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1953年 BANDINI 750 SPORT SILUROです。グラマラスなラインは大径のタイヤをフェンダー内に収納するためで、それだけボディがコンパクトであると言えます。事実、ドライバーとナビゲーターの2名乗車だと結構窮屈そうです。

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1953年 B.M.C. MG です。外観は少しモダンになりましたが、メカニズムとしては殆ど変らないのがMG Tシリーズの魅力でもあります。

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1955年 ALFAROMEO 1900 C SUPER SPRINTです。戦後のアルファ・ロメオの量産車第一号がこの1900シリーズで、この成功でアルファ・ロメオは量産車メーカーへ転進することができました。

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1954年 PORSCHE 356 SPEEDSTERです。911を経て現在に至るポルシェのスポーツモデルの始まりがこのモデルです。

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1954年 AUSTIN HEALEY 100/4 BN1です。HEALEYは経営の悪化からAUSTINの傘下に入ることになりますが、このHEALEY100シリーズは北米に輸出され好評を博しました。

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1955年 TRIUMPH TR2です。TRIUMPHも今は自動車製造から撤退してしまったイギリスのメーカーです。ナンバープレートにご注目ください!

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1955年 AUSTIN HEALEY 100/4 BN2です。フロントスクリーンをカットし、レーシングモディファイが施されており格好良く仕上がっていました。

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1962年 MG MGAです。珍しいカラーリングにレーシングモディファイが効果的で全体的にうまく纏まった仕上がりでした。

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1959年 MG MGAです。こちらも正統派のレーシングモディファイです。ドライバーはパンツェッタ ジローラモ氏で、とにかく格好良かったのですが、何故にイギリス車でのエントリーだったのでしょう?

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1957年 ALFAROMEO GIULIETTA SPIDERです。個人的な好みですが、GIULIETTA SPIDERは赤よりも白や青といったボディカラーが似合うと思います。

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1956年 ALFAROMEO GIULIETTA SPIDERです。最初は堺正章氏の所有でこのレースに出場していたのですが、現在は近藤真彦氏のもとにあります。この時近藤さんは中抜けで鈴鹿にF-1中継のために出かけていたようで、代替ドライバーが運転していました。

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1957年 MERCEDES BENZ 300SLSです。今回のドライバーは鈴木亜久里氏で、ナビゲーターは元横浜市長の中田宏氏という豪華なコンビでした。終始ニコニコ顔でスタンプポイントを通過して行きましたが鈴鹿は大丈夫だったのでしょうか。

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極東の1000マイル~2011~ その弐

前回に引き続き、La Festa Autunno 2011に出走した参加車をご紹介して行きましょう。
第二回は戦後から1950年前後のクルマ達です。

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1947年 STANGUELLINI S1100です。何度も書いていますが敗戦から2年後のイタリアでこのクルマが造られたことが自動車文化の日本との違いを表しています。

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1948年 CISITALIA 204です。今回はイタリア車の参加が少なかったように思いますが、その愛嬌のあるスタイリングは特に子供に大好評で、盛大な声援を受けていました。

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1948年 ERMINI 1100 SPORTです。ERMINIはマゼラーティ、ブガッティといったレーシングチームに所属したドライバーで、その後に自らのレーシングモデルを作るべくフィレンツェに会社を造りました。最初のクルマはFIAT1100のシャーシーにアルファ・ロメオの2500ccエンジンを搭載するという過激なモデルで、その後に自社のエンジンを開発まで始めたメーカーです。今は知る人も少なく残念ですが、このモデルの搭載する1094ccのDOHCエンジンは当時としてはトップクラスの性能を有していました。

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1947年 FIAT FARINA MMです。この年代のイタリアの「小さな虫」達は魅力的なモデルが多く見ていて飽きません。

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1948年 MASERATI A6 GCS Sr.1です。ドライバーは皆さんご存知の堺 正章さんで新婚の奥様をナビゲーターに参加されていました。ワイドショーでも報道されていましたが、本当に綺麗な方でした。

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1955年 AUSTIN HEALEY 100/4 BN2です。年代的にはもっと後ろのはずですが、初参加であるクレイジーケンバンドの横山 剣さんがドライバーということで、誘った堺さんの後ろを走ることになったのでしょう。さすが横山さんでコスチュームも決まっていました。

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1949年 OSCA MT4です。あまりに有名ですので何も書くことはありません(笑)

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1949年 HEALEY SILVERSTONEです。ドライバーは三菱のワークスドライバーだった篠塚健次郎さんです。

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1951年 PANHARD DYNA X85です。これは珍しいモデルでパナールも今は無きフランスのメーカーです。

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1949年 MG TC MIDGETです。戦後のMGも基本的には戦前と基本的には変らないメカニズムで、こうしたイギリス人の保守性が自動車の進歩のスピードからだんだん遅れを取っていくことになります。

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1949年 FIAT SIGHINOLFI 1100 SPORTです。

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1948年 ROSELLI FIAT BIPOST SPORTです。

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1954年 MORETTI 750 SPORTです。この3台はイベントの常連で何度か紹介したことがありますので説明を省きますが、どれもが魅力的なフォルムを持っています。

それでは次回も引き続いて1950年代の出場車をご紹介して行きましょう。

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極東の1000マイル~2011~ その壱

大小を問わず数多くのクルマのイベントが今年はその開催を自粛しています。震災に遭われた地域と皆さんのことを思うと、「遊んでる場合じゃない」という考え方と、「こういうときこそ遊ぼう」という考え方が交錯する中にあって、主催者による開催続行と自粛の両方の判断は止むを得ないことだと思います。
そんな中にあってなんとか開催することができたのがこのLa Festa Autunnoで、去年まではLa Festa Mille Migliaと呼ばれていた伝統のイベントです。日本でこれほどの規模で、さらに長距離を走るクラッシックカーのイベントがなかった時代からすると、現在のように様々なイベントが行われるのは夢のような話なのですが、それでもスポンサーのサポートに始まり、走行する地域での理解など開催には毎年数多くの課題があることでしょう。特に今年は大震災という問題だけでなく、日本の景気の低迷という経済環境の問題もあり、こうして開催に漕ぎ着けるまでには、スタッフの皆さんには並大抵ではないご苦労があったことと思います。

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ブログでこのイベントをご紹介するには3回目になるのですが、初回は明治神宮のスタート地点で、そして二回目はゴール間近の海ほたるで取材しましたので、今回はスタートして最初のスタンプポイントである関越自動車道の上里SAで取材をすることにしました。
連休初日ということもあり、関越道は早朝から始まる行楽に向かう車の渋滞が一部残っており、到着したときの上里SAはクルマを駐める場所を探すのが大変なくらいの大混雑でした。それでもお昼時を過ぎるとSAのクルマも減り始め、駐車スペースにも余裕が出てきました。

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今年のサポートカーはFIAT500でしたが、不思議なことにこれほどサポートカーが似合うクルマもないのでは?と思えるほどこのステッカーが似合っていました。
スタッフの方に到着時間を確認し、時間に余裕があったので昼御飯を食べながらのんびり待つことにしたのですが、集まってくるギャラリーも少なく、撮影ポイントとしては絶好の場所を確保することができました。しかし、予定より1時間も早く先頭車が到着してしまい、撮影準備途中での取材スタートとなってしまいました。

今年の参加車は例年の常連が中心となっていましたので、繰り返しになるクルマの解説は控えめにしてなるべく多くのクルマをご紹介したいと思います。また実際にスタンプポイントに入ってきたクルマの順番ではなく、分かりやすいようゼッケン順(年代順)にご紹介することをご了解ください。

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あまりに有名な1927年 BUGATTI T35Cです。様々なクラッシックカーイベントの常連ですが、それだけコンディションの維持が行き届いているということで、当日も元気に走り去って行きました。

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1926年 BUGGATI T37Aです。ナビゲーターは女優の水野みどりさんでご主人は日本のBUGGATISTAとして有名な方です。

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1925年 BUGGATI BRESCIA T22/T13です。撮影準備もままならないうちに連なって飛び込んできたために無様なカットになってしまいました(泣)

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1927年BUGATTI T35Bです。CGTVのオープニングシーンを思い浮かべる方も多いのではと思います。

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1923年 BUGGATI BRESCIA T22です。ほぼスタート順で入ってきた先頭集団のBUGATTI達でしたが、考えて見れば戦前のBUGATTIが連なって高速道路を走行して1時間も早く到着できるのは凄いことで、どのクルマもメンテナンスが行き届いている証拠です。

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1923年 FIAT 501Sです。第一次大戦後にFIATから始めて発表されたのがこの501ですが、そのスポーティバージョンであるSやSSを含めて47,600台が生産されたと言われています。

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1927年 BNC 527 MONZAです。カラーリングのせいもあるでしょうが、BUGGATIにも似た美しいフォルムのクルマでした。この年代のスポーツモデル共通の悩みがラゲージスペースで、各車とも様々な工夫をしてロングツーリングのための荷物を搭載していました。

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1926年 BENTLEY 3L SPEED MODEL FITTED WITH 4 1/2Lで、エントリーリストの名前の通り、エンジンを4.5Lに換装しています。

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1926年 ROLLS ROYCE 20HPです。イベントの常連ですが、80年以上前のクルマでもこうしてきちんとメンテナンスすれば現在の道路をパレードランではなく普通に走ることができるのです。

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1931年 RALLY N.C.P.です。BUGGATI Blueとは異なる水色のボディが美しく、かつスポーティなクルマです。

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1931年 ASTON MARTIN INTERNATIONAL LE MANSです。このクルマも御馴染みですが、こうして再会するとちゃんと日本にあることに安心します。

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1933年 MG MAGNA Kです。今は無きMGですが、戦前のMGはイギリスのスポーツカーメーカーとして有名でした。是非復活して欲しいブランドです。

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1933年 MG J2です。個人的には戦前のMGのこのフロントからボンネットのちょっと角張ったスタイリングが好きです。

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1934年 RILEY 12/4 SPORTS SPECIALです。MGと並び戦前のイギリスのスポーツカーメーカーがこのRILEYです。ASTON MARTINやBENTLEYに比較して、MGやRILEYは中小排気量のスポーツカーを得意としており、AUSTIN SEVENに乗るレーサーにとって、「次に手の届く」ターゲットでした。

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1934年 ALFAROMEO 6C 2300です。個人的に今回の目玉がこのクルマだったのですが、じっくり観察する機会のないまま走り抜けて行ってしまいました。現代のアルファ・ロメオと異なり、この時代のアルファ・ロメオは超がつく高級車で、一般庶民からすると所有することはおろか見ることもなかなか叶わなかったクルマです。

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1934年 BENTLEY 3.5Lです。上のALFAROMEOと同じくBENTLEYも高級車で、このスポーツモデルを所有するのは貴族か大金持ちくらいのもので、ましてやそれでレースをするなど現代で言えば個人でF1マシーンを買ってレースに出るようなものだったのです。

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1935年 FIAT 508Sです。MGやRILEYと同様にイタリアでの小排気量スポーツと言えばこの508をベースにしたものが殆どで、実際に様々なコーチビルダーがこの508をベースにスポーツモデルを製作しています。今回のエントリーはこの1台だけだったのが残念なモデルです。

まず第一回目は戦前のモデルをご紹介しましたが、このブログがUPされる11日がゴールとなります。お時間がある方は4日間を走りぬいたクルマ達を見に行かれてはいかがでしょうか?

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奥多摩タイムラリー ~本番編2~

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アルファ164オーナーズクラブではタイムラリーは定番となっているために、ドライバーズミーティングは「あっさりと」済ませるのですが、実際に聞いて見るとタイムラリーを走ったことがあるのはこのアルファ164オーナーズクラブのメンバーであるFIAT131のオーナーのO氏と、同じくメンバーでクイック・トレーディングを主治医とする赤スパのオーナーであるR君の2名だけでした。ですので、ドライバーズミーティングではタイムラリーのルールと出走時の注意事項などフルメニューで説明することにしました。
今回は中間に設定するチェックポイントにスタッフを配置しない替わりに、そこに行かなければ分からないクイズを出題してゴール時に答えてもらうようにしたのですが、それもプレッシャーになったようで、あちこちで配布したコマ地図を見ながら、すでに「分からないよぅ~」とか「ここってあそこの曲がり角だよね」とか話し合いが始まっています(笑)。

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ドライバーズミーティングで質問を受けたのですが、最近の殆どのクルマに装備されているGPSナビはタイムラリーには役に立ちません。理由は簡単で、ナビゲーションシステムは目的地を入力して道案内をするシステムですが、タイムラリーの目的地はスタート地点ですので、そのコースは結局コマ地図しか頼りにならないのです。これも永年コース設定をしてきた経験からなのですが、コマ地図にコース上の目標となる場所が分かるような表示をすると、そこをナビゲーションシステムに設定することができてしまい、興醒めとなってしまいますのでコマ地図を作成する際には工夫が必要なのです。
もちろん迷ってしまいリタイアして戻ってくる際にはこれほど便利なものはないのですが…(笑)

計時はストップウォッチ1個で行います。最初の1台がスタートする際に計時を始めます。今回は1分間隔でスタートしてもらったのですが、あらかじめ配布したゼッケンステッカーや名札などにこの出走番号を表示しておきます。計時のキモは出走番号順に正確な間隔でスタートしてもらうことで、これが狂うと後の集計がとても面倒になってしまいます。
集計にはあらかじめExcelなどの表計算ソフトに先頭車両のスタート時間を「0:00:00」と入力しておき、以降スタート時間を「0:01:00」、「0:02:00」というように入力しておきます。こうすることによって先頭車両がスタートしてからの累計時間のみをスプリットタイムとして計時して入力すれば、各車両の走行時間が計算できるというワケです。同じく各車両の走行時間と基準タイムとの差を計算する関数を入れておけば自動的に基準タイムとの差が計算され、それを並び替えることにより簡単に順位が集計できるのですが、会場にPCを持ち込むことができなかった時代ではこの集計作業は本当に大変でした。

さてドライバーズミーティグも終わりいよいよスタートです。皆さんにストラトスとFIAT131のランデブー走行を見ていただこうと、1番スタートをC.A.E.ストラトスに、そして2番スタートをFIAT131にしたのですが、他のドライバーはコマ地図に夢中でそれどころではなかったようです(苦笑)。むしろ大興奮だったのは周囲のギャラリーで、スタート地点はアイドルの撮影会のような様相を呈していました。
指を使ってファイブカウントでスタートしていただくのも少しでもラリーの雰囲気を味わっていただこうという演出でしたが、さすがに某クラブメンバーのようにそれに応えてロケットスタートをするような方はいらっしゃらず(苦笑)、皆さん静かなスタートとなりました。
また前記したスタート時のトラブルもちゃんと起こりました。一台がスタート前の整列の順番を間違えてしまったのですが、うまくスタート時間を調整し、そこだけ2分間隔でのスタートとすることにより混乱を最小限にすることができました。

全車がスタートしてもスタッフの仕事はなくなるワケではありません。先ほどのようなスタート時間の変更や出走順の変更があれば集計ソフトも変更しておかなければなりません。また、今回は寺島社長にお願いしたのですが、スイーパーと呼ばれる迷子になったクルマや万が一のトラブル車両を救援するための車両を様子を見ながらスタートさせなければなりません。
さらに今回はオマケがありました。こうして全車をスタートさせた後にギャラリーの方からの質問攻めに遭ってしまったのです。余程感激したようで、どういう集まりなのか?という質問には簡単に答えて済ませてしまえたのですが、ある方は自分たちもやりたいのでルールを教えて欲しいという質問で、運営方法など根掘り葉掘り聞かれてしまいました(苦笑)。

今回は基準タイムが約1時間のラリーですのでそれほどのんびりとはできなかったのですが、スタートから40分ほど経過するとミスコースをした参加車から連絡が入り始めます。コマ地図には番号が振ってありますので、何番までを通過したかを聞けばある程度の道案内をすることができ、リタイアせずにコースに復帰していただけるのですが、中には思い込みで連絡をせずに突っ走る方もいて(笑)、思ったより全車のゴールに時間がかかってしまいました。

今回は皆さんが初めてということもあり簡単なコース設定にしたのですが、それでもやはりミスコースする方が出てしまいました。まあそれも思い出で、本格的なラリーではありませんからミスコースも含めて楽しんでいただければと思っているのですが、実際にゴールしてからの話題はテストの答え合わせのように、出場者同士で「そこはまっすぐだったのかぁ」などと話に花が咲いていました。

当初は殆どの方が早着で、順位は熾烈な争いとなるだろうと予想していたのですが、実際は基準タイムより早くゴールした方は2名のみでその他の方は皆さん遅れてのゴールとなりました。
このゴールにもルールがあって、必ずしもゴール地点に到着した時間がゴールとはなりません。クルマを駐めて本部に申告に来たときに初めてストップウォッチを止めてゴール時間を計時するのですが、早着した方は自分の前後にスタートした車両のゴール状態から基準タイムを推理し、このゴール申告時間を調節することができます。
タイムラリーに慣れたドライバーはこうしてまずはミスコースせずに早着を目指し、ゴール地点で基準タイムを予想しながらゴール申告を行うのが上位入賞のための秘策?なのですが、それが必ずしも成功するとは限らないのもタイムラリーの面白いところです。
また、ゴール申告時にチェックポイントでのクイズの答えもお聞きしたのですが、皆さん正解でした。今回のクイズはチェックポイントに設定した道の駅での名物を答えるというものだったのですが、道の駅にはあちこちにこの名物の「のぼり」が出ているにも関わらず、売店の方にその由来まで聞いてきたドライバーもいて驚かされました。

今回、この「策に溺れた」のがタイムラリーのベテランであるR君で、実際にゴール地点に戻ってきたときにはかなり基準タイムに近い早着状態だったのですが、あまりに他のクルマが遅かったために様子見のため駐車場でたっぷりと時間をつぶし過ぎて、実際に申告したときには大幅に順位を落としてしまい折角の入賞を逃してしまいました。
もう一方のベテランであるFIAT131のO氏は痛恨のミスコースをしてしまい、大幅なタイムロスとなってしまったのですが、どうやらコースとは別のワインディングを楽しまれていたようで、ご本人は満足だったようです(笑)。
最終的に優勝されたドライバーは基準タイムの30秒差という素晴らしい成績で、これは策に溺れず自然体で走った無欲の勝利と呼べるでしょう。

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ゴールした後になってようやく皆さん余裕が出たようで、目玉車両?をたっぷりと見学されていましたが、スケジュールの都合上、ゴール後にあまり時間が取れなかったのが残念でした。私にとって一番の痛恨事はストラトス、FIAT131、LANCIA Deltaの三台を並べて記念写真を撮れなかったことで、もともとは撮影会をしようと考えていたのですが、残念ながらスケジュールの都合上叶いませんでした。

そしてお腹も空いたので昼食会場へ移動です。実は奥多摩の最大の問題は昼食場所で、私たちのようにまとまった台数のクルマが駐車できる場所が限られてしまうのです。そこで目をつけたのが周辺のキャンプ場で、そこのバーベキュー場を借りて昼食をいただくことにしました。これも下見が必要でキャンプ場の駐車場は荒れた場所が多いため、クルマによっては入ることができないケースもあるのです。
少し入場の際に混乱してしまいましたが、無事に用意していただいたバーベキューを楽しみ、表彰式を行って今回の第二回Quick Touring「秋の大運動会」は事故も無く終了することができました。

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Quick Touringでは初めての試みのタイムラリーでしたが、コース設定、基準タイムに加えて、参加車両も重要な要素であることはお分かりいただけたのではないかと思います。そして何より皆さんに楽しんでいただくことが最重要で、皆さんのご協力で事故も無く無事に終了できたことが何よりも有難いことだと思います。
タイムラリーのルールは奥が深く、さらに上級者向けの設定も可能ですので、皆さんの希望があればまた企画して見たいと思っています。

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奥多摩タイムラリー ~本番編1~

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一気に季節が秋に変わってしまった先週の日曜日に、かねてより準備をしていた第二回Quick Touring「秋の大運動会」と題した奥多摩タイムラリーを無事に開催することができました。
当日の模様は正式?リポートであるクイック・トレーディングのHPでご覧いただければと思いますが、裏方として企画させていただいた立場から、インサイドレポートを書いて見たいと思います。

参加された殆どの皆さんにとって初めての経験であろう今回のタイムラリーという企画は、当初は果たして皆さんに受け入れていただけるのだろうか…という不安があったのですが、一般のドライバーにはなかなか経験できないからと寺島社長にも後押しされ、結果として14台ものエントリーをしていただき開催することができました。
そして告知してから徐々に参加申し込みが増えるにつれ、私にはあるアイディアが芽生えてきました。それは参加車両の最大派閥?であるLANCIA Deltaのオーナーに対するメッセージで、自分の愛車の歴史を感じてもらおうというものでした。

おおよそLANCIA Deltaのオーナーの中で、その購入動機としてWRCでの活躍を挙げない方はいらっしゃらないでしょう。特にIntegraleはWRCのホモロゲーション取得のために製造され、WRCで勝つために進化して来たのですから、そのオーナーにとってWRCでの活躍は、Deltaを購入し維持するモチベーションになっているのではと思います。
アルファ・ロメオに限らず、イタリア車の歴史はモータースポーツの歴史と密接に関係しています。そしてそれは単にそのモデルだけの活躍だけではなく、過去の歴史の延長線上にあるのです。
そして実際にこれらの歴史的モデルと一緒に走ってもらうことにより、文献や映像からではなく実際にLANCIA Deltaも過去の歴史の上に成り立っていることを実感してもらいたいと考えたのです。こうして永年イタリア車に拘り、実際に様々な海外レースにも参戦して来たクイック・トレーディング主催であるからこそ実現できる、この歴史絵巻というアイディアは芽生えました。

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そして、まずはクイック・トレーディングの顧客であるC.A.E.ストラトスのオーナーに参加を打診してもらうこととなりました。過去のブログ記事でご紹介したのですが、このC.A.E.ストラトスはワークス仕様のレプリカであり、いずれ記事にして皆さんにもご紹介したいと思いますが、あわや廃車という大事故から復活した不死鳥のようなクルマです。オーナーのS氏に参加を快諾いただいたら次はその後継マシーンであるFIAT131 ABARTH RALLYです。希少なモデルですのでストラダーレでも充分なのですが、折角ストラトスがワークスレプリカなのですから、このFIAT131もワークス仕様で揃えたくなり、アルファ164オーナーズクラブのメンバーであるオーナーのO氏にお願いして、彼の貴重なワークスレプリカであるFIAT131で参加していただけるようお願いすることにしました。

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こうして私の頭の中にはストラトスからFIAT131を経てDeltaに至るWRCマシーンが連なって走行するという歴史絵巻が出来上がりました。

これらがお遊びとはいえ、奥多摩を舞台にして実際に公道を走るのですから参加される皆さんには貴重な経験になるだろうと思ったのですが、実は一番興奮していたのは私自身でした。
更にFIAT124 ABARTHを加えて、Group B時代のLANCIA037 RallyにS4 Deltaが加われば完璧なのですが、さすがに当日までにこれらをワークス仕様で揃えるのは不可能でした(苦笑)
しかし、アキラメたワケではありませんので、いつかイタリアのWRCマシーンが一同に会して一緒に遊ぶことができればと思っています。

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しかし、直前までこの歴史絵巻は実現が危ぶまれていました。それはFIAT131の不調で、ギア欠けのためミッションの載せ換えという重整備を必要としていたのです。本当にO氏には無理をお願いしたのですが、急遽予備のミッションに交換していただくこととなりました。そもそも予備のミッションをちゃんと持っていること事体が驚きなのですが、このミッションは恐ろしくギアレシオがクロースしており、5速でも120km/h程度しか出ないというシロモノで、とても街乗りには使えないものだったのですが、走れないよりは…とお願いしてしまいました。当日の走行はさぞ大変だっただろうと思いますが、本当にO氏には感謝に耐えません。

週間天気予報ではあまり晴天が期待できなかったのですが、当日の現地は時折晴れ間も出る曇天でした。一足先に現地入りした私には、コースの最終試走と受付の設営という役割がありました。
参加車はタイムラリーのコースを初めて走ることになりますので、この直前の試走は重要で、工事などでコース設定時とコンディションが異なっていないかをチェックし、走行前のドライバーズミーティングの際に追加でお知らせしておかなければなりません。また、この奥多摩の駐車場は様々なグループが集まる場所ですので、分かりやすい受付スペースの確保も必要です。

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早朝に到着した駐車場はガラガラ状態で、バイクツーリングの仲間であろう集団と、駐車場で夜を過ごしたのであろうキャンピングカーが駐車している程度でした。時折、数台のクルマが入場して来ますがトイレ休憩のためのようで居座る気配はありません。どうやらイベントを開催するのは私たちだけのようです。
とり急ぎコースの試走を済ませたのですが、やはり工事のための対面通行の箇所がありました。しかし幸いなことにコマ地図に記載した案内板などは変化が無く、コマ地図の修正は必要なさそうです。かつて出場したタイムラリーではコマ地図に記載されたバス停がレース当日は廃線のため撤去されており、私を含めてミスコース続出でゴールしてからブーイングの嵐であったことから、コース設定時の目印は撤去されそうもない安全なものを選ぶようにしているのですが、それでも直前のチェックは欠かせません。

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そうこうしているウチに早々に参加者の一台が到着しました。集合時間には遥かに早く到着したのでびっくりしたのですが、聞けば渋滞を回避しようと早めに出たら着いてしまった…とのことでした。素晴らしい心がけ?に感動してしまいました(笑)
のんびりと世間話をしながら他の参加者を待っていると続々と皆さんが集まってきます。殆どの皆さんはイタリア車のオーナーだけあってイタリア時間?と思いきや時間厳守で到着しています。それでも道に迷ったりで遅れてくる方もいてタイムラリーの前からラリー状態?なのは微笑ましい限りです。

続々と参加車が到着するのですが、心配していた駐車スペースも充分で並べて停めることができました。私たちにとっては見慣れたLANCIA Deltaでも一般の方からすると希少車で、バイクツーリングのライダーが見物のために集まってきます。しかしよく考えて見ると最近のライダーは高年齢化?しており、LANCIA Deltaは彼らにとっても青春時代の憧れだったようで、良く知らない仲間にクルマの解説をする光景があちこちで見られました。

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予定の時間から30分遅れで集合を完了し、いよいよタイムラリーの始まりです。

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奥多摩タイムラリー ~準備編~

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お世話になっている主治医のクイック・トレーディングが新しい試みとしてスタートしたQuick Touringという企画ですが、先日の第一回は宮ケ瀬ダムへドライブに行き、地元の美味しいピザを頂くという企画でした。
次回は…と相談した結果、今度はクルマでの遊びの要素を加えたいということで、オーナースクラブのイベントではお馴染みのタイムラリーを企画することにしました。確かにタイムラリーは日常のドライブでは経験することができないイベントで、恐らく参加される皆さんには初めての経験ではないかと思います。

ラリーと聞けばWRCのような時間を競う競技ラリーを連想する方が多いと思いますが、もともとの「Rally」という意味は「元に戻る」という意味で、テニスのラリーと同じ語源です。つまりスタート地点から設定されたコースを走り、またスタート地点に戻ってくるのがRallyの基本で、そのコースの中にリエゾンと呼ばれる移動区間と、SS(スペシャル・ステージ)と呼ばれる競技区間が設けられているのが現在の競技ラリーの形態なのです。競技ラリーの場合はこのコースが総て事前に公開されており、参加チームは予めそのコースを練習走行(レッキと呼ばれています)を行います。ナビゲーターはこのレッキ時にコース上の目印に加えてカーブの曲率や路面の状態などを詳細に調べ、ペースノートと呼ばれるレース用の資料を作成します。レース本番ではナビゲーターはこのペースノートを読み上げ、ドライバーはその指示に従って走るのですが、今回企画したタイムラリーは名前こそラリーと読んでいますが、そのルールは競技ラリーとは随分異なっています。

まずコースですが、走行するドライバーは事前に知ることができません。ラリー当日の出走前に配布する、コース上の曲がる箇所とその目標物を記してあるコマ地図と呼ばれるコースガイドに従ってミスコースをせずに走れば、ちゃんとスタート地点に戻ってくることができるようになっています。
また、お遊びながら順位がつくのですが、公道を走るのですから早く戻ってきたら優勝!という訳ではありません。事前に同じコースを走って測定した基準タイムに一番近い時間でゴールしたクルマが優勝となるのですが、この基準タイムはゴールするまでは非公開ですので、結局勝負は運次第ということになります。
しかし、ミスコースをしたりして大幅に時間がかかってしまうと、あっという間に基準タイムを大きく外れてしまうことになりますし、仮に基準タイムとの差が同じで早着のクルマと遅着のクルマがいたとすれば、遅着を優先するというルールから、ホンキで優勝を狙うのであれば基準タイムの推理という頭脳戦の要素も加わります。

ですので、このタイムラリーを楽しんでいただくにはコース設定と基準タイムがとても重要なのです。

永年、蓼科を舞台にしてタイムラリーのコース設定を行ってきたのですが、私にとっても今回の奥多摩でのコース設定は初めての経験でした。
まずは地図を睨みながらコースの概略を考えます。ラリーですからスタート地点に戻ってくるコースにしなければならないのは大前提ですが、さらに周囲の景色やドライブも楽めるコースでなければなりません。蓼科でのコース設計の経験の中で、大体の所要時間は地図を見れば分かるようになって来たのですが、もちろん最終的には現地を走ってみなければ分かりませんので、地図で目星をつけたらいよいよ現地調査に出発です。

ところが元来の雨男?のせいで、最初の現地調査は大雨でした。雨と言ってもたかが知れているだろうとタカを括っていたのですが、その日の奥多摩地域は大雨洪水警報が発令されており、ダムも緊急放水の真っ最中でした。何回も来たことのある奥多摩ですが、こんな放水は初めて見ました。

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気を取り直してコース試走を…と走り始めたのですが、結局豪雨のために道路が閉鎖されており、この日は早々に退散することにし、改めて後日訪れることにしました。

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そんな中で見つけたのがこのクルマですが、どう見てもカウンタックにしか見えません(笑)
誰が何のためにこのハリボテを作ったのかは分かりませんが、晴れていれば確実にクルマを停めて観察しただろうと思います。文化祭の展示物レベルと言っては失礼ですが、その努力は脱帽モノです。大雨で破損しないよう願うばかりです。

さて、後日再訪した奥多摩ですが、今回はスムーズにコース試走をすることができました。このブログはイベント当日にアップするようにしますので、その内容をご紹介できるのですが、奥多摩湖を眺めながら湖畔をのんびりと走るルートから一転して登りのトリッキーなワインディングを攻める?コースに替わり、さらに下りは緩やかなワインディングコースでスタート地点に戻ってくるという我ながら素晴らしいコース設定になったと思っています。
実は逆周りのコースも試走してみたのですが、そうするとトリッキーなワインディングの殆どを下りで走ることになり、ちょっと危険かなと判断しました。こうした安全への配慮もコース設計には必要で、事故を起こしてしまうと折角の楽しいイベントが台無しになってしまいます。

さらにイベント後のお楽しみも下見を…と目をつけていた日帰り温泉にも行って見ることにしました。私は江戸っ子ではありませんので、あまり熱い湯は苦手なのですが、ここの温泉の湯加減は最高で、これなら何時間でも入っていられる温度でした。設備もなかなか良く、私が今まで訪れた日帰り温泉の中でもBest3に入ると思います。

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こうしてコマ地図を作り、準備万端と思っていたのですが、ゼッケンを作りたいよね…というハナシになりました。確かにタイム計測をしますので出走順は決めなければならないのですが、あくまでプライベートイベントですのでゼッケンは大げさかなと思っていたのですが、クイックトレーディングのシンボルステッカーである1988年のSWEDISH RALLYのゼッケンを加工して作ることにしました。

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クイックトレーディングはこの1988年のWRC SWEDISH RALLYにLANCIA DeltaでGroup Nクラスに参戦し、クラス6位という素晴らしい結果であったことから、それを記念するためにシンボルステッカーをデザインしているのですが、このステッカーはクイックで販売されたLANCIA車にのみ貼られているために、ある種のステータスにもなっている由緒正しい?ステッカーです。

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そのステッカーのデザインをパクる(笑)というのも気が引けたのですが、寺島社長も大乗り気ですので安心してモディファイすることができました。
変更する内容は車番の121を今回の出走車番号に変更し、SWEDISH RALLY 1988 をOKUTAMA RALLY 2011に変更するというもので、更にお遊びステッカーですので、耐久性は度外視してマグネットシートで作成し簡単に貼れるように作ってみました。

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さて、この記事がアップされる時間がタイムラリーのスタートとなります。
結果はともかく、皆さんが楽しんでいただけることを願っています。

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