走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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遅すぎた梟(ふくろう)

前回の手のリハビリアイテムであった1/144スケールのF15Jの出来栄えに気を良くして、過去にコソコソと買っていたブラインドボックス形式の1/144スケールの飛行機モデルを漁ってみました。
その中で見つけたのがF-toys Confectという会社が企画した双発機コレクション2の一箱でした。このシリーズは双発夜戦がテーマで第二次世界大戦時の各国の夜間戦闘機をモデル化しています。そのラインアップは日本海軍の月光、陸軍の屠竜、米軍のF-82ツインムスタングに加えて、ドイツのハインケルHe219ウーフーです。そして私はその中から本命のこのHe219ウーフーをゲットしていました。

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そもそも第二次世界大戦における夜間戦闘機というジャンルは特殊で、現代では進歩したレーダーや赤外線センサーと航法設備により航空機は昼夜を問わず飛ぶことができるのに対して、当時は昼間の有視界飛行を大前提としており、殆どの作戦は昼間に行われていました。その常識を覆したのが英国空軍で、ドイツを爆撃する際に当初昼間爆撃を行ったものの迎撃戦闘機と高射砲によるあまりの犠牲の大きさのために、止むを得ず夜間爆撃に切り替えたのですが、もちろんその爆撃精度は昼間爆撃とは比べものにならず、その成果は多分に心理的な圧迫と火災による延焼効果しか期待できませんでした。

後に参戦した米国が夜間爆撃の爆撃精度と不慣れな土地の航法の問題からB-17による昼間爆撃を主張した際に、最後まで反対したのがこの英国空軍で、その理由は前記のようにあまりに犠牲が多いからというものでした。
その後に決定された作戦はご存知の通り、米国陸軍航空隊が重武装のB-17の大編隊による集団防御に加えて、後に護衛戦闘機を同行させることによりあくまで当初の主張どおり昼間爆撃を行い、夜間爆撃は引き続き英国空軍が担当するという昼夜分担作戦を行うことにより、結果としてそれは昼夜を問わずドイツを爆撃することとなりその継戦能力を削いでいったのですが、一方で爆撃されるほうのドイツも黙ってやられていたわけではありませんでした。
特に夜間爆撃に対してはそれがドイツにとって初めての経験だったこともあり、当初は地上からの強力なサーチライトにより爆撃機を照らし、それを戦闘機で迎撃するといった原始的なものでしたが、そもそもパイロットも戦闘機も夜間飛行には向いていなかったため、会敵するだけでも一苦労で事故による損害が多く、戦術的には効率的ではありませんでした。

勝手な印象ですが、第二次世界大戦におけるドイツは、レーダーの開発とその運用で英国に後れを取ったことからも、目的が明確な場合と要素技術の開発が先行した場合は、その目的に対してわき目もふらずに一直線に突き進むのですが、その技術的な先進性に固執しすぎるあまり、結果として革新的な技術開発を行いながら、その全てを無分別に実用化しようとするために選択と集中ができず、また何とか実用化に漕ぎ着けても今度はそれを適切に運用できず、戦局に生かしきれなかったのではないかと思います。
世界で初めてジェット機やロケットを実用化しながら戦局を逆転できなかったのは、当時のヒトラーを始めとするドイツ軍首脳部の技術ヲタクのせいであり、技術的に可能だと言われれば何でも開発させてしまったのは、それを主張した技術者の問題ではなく、合目的選択をせずに何でも許してしまった指導者の問題だったのでしょう。

ハナシを元に戻しましょう。英国空軍の夜間爆撃に悩まされたドイツは早速、その夜間迎撃法の開発に取り掛かります。遅ればせながらドイツ全土にレーダー網を張り巡らせ、進入してくる敵機の目標を早期に特定し、効果的に迎撃機を誘導し配置するようにしました。そしてさらにコンパクトで性能の良い機上レーダーを開発し、暗闇の中でも敵機を見つけられるようにしました。この現代では当たり前の電子装備でも当時は革新的で、ランカスターやハリファックスなど英国空軍の大型四発爆撃機を撃墜するための重武装と機上レーダーを装備するために、メッサーシュミットBf110やユンカースJu88といった双発機を改造し夜間戦闘機として運用を始めました。これらはもともとは昼間に運用されていた機体で敵戦闘機との空中戦には不向きでしたが、夜間に相手をするのは敵の爆撃機でしたから空戦性能など必要はなく、むしろスピード(上昇力)と飛行安定性に加えて重武装のほうが重要な要素でした。

ところが前記のように目的(夜間迎撃)と要素技術(レーダー)が明確になると技術者の悪い癖が出てしまい、それを専門とする機体を開発しようとしたのです。実は各国の当時の夜間戦闘機はその殆どが中型爆撃機からの改造機で、運用上で多少の不満はあったとしても基本的にはレーダーを装備するスペースがあれば良いワケで、各国は夜間戦闘機は改造機で必要にして充分と判断していました。
結果として夜間戦闘に特化した機体をわざわざ開発して運用するなどという贅沢なことをしたのは、米国(P-61ブラックウィドウ)とドイツだけであったことを見ると、いかにドイツが無謀であったかが分かります。

このハインケルHe219ウーフーは夜間戦闘機として当初から開発された機体で、その独特なフォルムは夜間飛行に特化したことによるものです。とにかく視界を確保するためにコクピットを極力機体の前面に置き、同じく離着陸時の視界を確保するために当時としては先進的な前輪式の降着装置とし、さらに被弾した際の脱出方法として世界初の射出座席まで開発し装備していたのです。装備するレーダーも最先端で機首にはFuG220リヒテンシュタインSN-2レーダー、機体上面にPeliG6圧縮方向探知アンテナ、そして機体後部にはFuG220リヒテンシュタインSN-2d後方警戒レーダーまで備えていたのです。この後方警戒レーダーはドイツの夜間戦闘機を撃墜するために爆撃機に随行してくる英国空軍のモスキート夜間戦闘機を発見するためで、敵機を振り切ることができるよう最高速度も585km/hと素晴らしい性能を持っていました。
しかし、その製造コストも膨大で、高価な機体と爆撃により疲弊したドイツの航空機製造能力の低下から、たった268機しか製造できず、パイロットから絶大な支持を受けたにも関わらず、このHe219ウーフーは夜間戦闘機パイロットの憧れの機体で終わってしまったのです。

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キットは塗装済みの各パーツを組み立てて最低限のデカールを貼れば完成するようになっています。その塗装も手が込んでおり、ちゃんと脚室内も機体内部色で塗装されています。
指示通り組み立てて完成!ではあんまりですので当初はレーダーアンテナを真鋳線で作り直して…とか考えていたのですが、その小ささと強度を考えるとメゲてしまい(苦笑)、例によって最低限のスミ入れのみに止めました。まぁ1/144スケールですし、リハビリですからそれで良しとしましょう。

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スミ入れはお気に入りのガンダムマーカーを使って組み立て前に行います。この機体はグレーを基調とした塗装ですのであまりスミ入れが目立たないようにリアルタッチグレー2というダークグレーのマーカーを使うことにしました。

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まずはシャープにモールドされた機体のパネルラインに沿ってマーカーで塗って行きます。この際にはきっちりと塗ろうとせずに大まかにラインの上にマーカーを走らせます。その後に綿棒を使って機体を擦ることにより余分な部分を拭き取るのですが、このマーカーはアルコール系ですのですぐに乾燥することはありません。しかしイッキに全部を塗るのではなく、少しずつ塗っては綿棒で拭くようにするとバランス良く仕上げることができます。
綿棒は機体の進行方向に沿って擦るのがコツで、そうすることによりスミ入れと全体の汚しを一度に行うことができます。

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スミ入れ前とスミ入れ後の主翼です。モールドが強調され精密感が増すと同時に、汚し効果により塗装が落ち着いた印象になったのがお分かりいただけるでしょうか。

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デカールを貼って各部のスミ入れが終わったら機体を組み立てます。レーダーアンテナも塗装されているのですが、できる限りバリを取ってアンテナを細く削ってから再度塗装して仕上げます。

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しかしそのまま元の塗装の通り黒く塗って終わりでは面白くありません。実はこのHe219ウーフーには決定版とも言えるタミヤ製の1/48スケールのキットが存在します。その説明書を見ると機首のレーダーの下を向いている左右4本のアンテナは白と赤に塗り分けられています。理由は定かではありませんが、良いアクセントになるのでこの1/144スケールでもそれを再現して見ました。

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1/144という小スケールながらHe219ウーフーの特徴あるフォルムが再現されています。またこうして少し手を加えることにより随分とその実感が増したのではないかと思います。

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ちなみにこのマーキングは第一夜間戦闘航空団第一飛行隊第一中隊の所属で、その部隊名が示すとおりHe219を配備されたのはエリート部隊であったからなのでしょう。

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このテの1/144スケールの塗装済キットは本格的な模型製作の前の手慣らしには最適ではないかと思います。コレクションをするにもそれほどスペースも取りませんし、何よりスプレー塗装で部屋中が臭くなることもありません(苦笑)。

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調子に乗っていつものアガチス材の飾り台を作成してディスプレイして見ました。総額にして1,000円程度ですが、とてもそうは見えないと思うのは自己満足でしょうか(笑)

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まだまだこのブラインドボックスの1/144スケールシリーズはストックがありますので、機会があればもう少し作ってみたいと思います。

(追補)
ディテールのアップをというご希望をいただきましたので写真を追加させていただきます。

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詳細なモールドとスミ入れの効果をお分かりいただけると思います。主翼付け根のリベットの細かさなどは感涙ものです。こんな上質な塗装済みキットが500円程度で売っているのですから幸せな時代です(笑)

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テーマ:模型・プラモデル・フィギュア製作日記 - ジャンル:趣味・実用

地獄クルマを訪ねて ~その拾~

リニューアル後も書き続けたいと思っているテーマがこの「地獄クルマを訪ねて」というシリーズです。
そもそもは自分のクルマに関するネタばかりでは…と思い、書き始めたのがきっかけだったのですが、取材して見ると世の中には私なぞが足許にも及ばないほどの変態M体質の方(失礼)がいらっしゃり、その方のクルマを通じて単に取材対象の地獄クルマの魅力だけでなく、その変態オーナーの方の魅力もご紹介できればと思っているのですが、続々と変態オーナーが現れるワケはなく、取材対象を探すだけでも一苦労となってしまいました。苦肉の策として次の変態オーナーを待つ地獄クルマの売り物もご紹介することにしたのですが、今回の地獄クルマも生半可な変態を寄せ付けない正真正銘の変態クルマ、
FIAT131 ABARTH RALLYです。

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おおよそ洋の東西を問わず、ハコ車好きの方はこの変態度が高いのではないかと思います。
スポーティな外観を持つクルマやスーパーカーと呼ばれるカテゴリーのクルマですとクルマ趣味として周囲の理解も得られやすく、その変態度もクルマ好きの微笑ましい趣向として受け入れられるのですが、外観がフツーのセダンやハッチバックの形状をしていると、単なる旧い実用車にしか見えなくなってしまい、それを必死に維持しているオーナーの姿は本来の「変態」として理解されず、単なる「変人」と切り捨てられてしまうのではないでしょうか(笑)
私見ですが、この「変態」と「変人」の間には大きな隔たりがあると思っています。
「変態」のもつ趣味性は周囲の一般人からの共感は得られなくともある程度は理解はされるのに対して、その一方で「変人」になると共感はおろか理解もされないために、ヘタをすれば新車を買えないビンボー人(その維持費を知るとますます理解されなくなるのですが…)と思われたり、単なるケチと思われたりと散々な目に遭うのです。

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そんな中で変態界の境界上に位置するクルマがこのFIAT131 ABARTH RALLYではないかと思います。
あまりに有名なクルマですので解説は簡単なものに止めますが、このモデルに関してはマニアの方が多いため突っ込みどころ満載かも知れません(汗)

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FIAT131は1974年のトリノショーで発表されたFIAT124の後継車です。その外観はFIATのデザインセンターでデザインされた何の変哲もないセダンで、大衆車メーカーであるFIATが量販を目論むドル箱として企画されました。ところがその大衆向量販セダンをそれだけで売らないのがFIATで、というかイタリア人がその量販車にさえもスポーティイメージを求めたからなのでしょうが、このFIAT131でWRCに打って出ることにします。
アルファ・ロメオと違ってFIATはちゃんとソロバンをはじいており(笑)、WRCの戦績を販売に結びつけることを目的としていたのですが、その目的からすると当時WRCに参戦していたFIAT124 ABARTHは1973年から1975年の3年間に亘ってメイクスタイトルを獲得していたものの、例のLANCIA STRATOSの参戦によりその戦闘力は低下していましたし、ボディがSpiderであったためにその戦績もあまり販売に寄与してはいませんでした。そんな中にあってFIAT124の販売が終了したのですから、このままFIAT124を使ってWRCに参戦しても何も良いことはないために新たなWRCマシーンを開発することにしました。しかしその開発に当たっては最大のライバルであろうSTRATOSに勝てる戦闘力を持っていなければならず、X1/9をベースにPrototipoを開発するなど幾つかの選択肢の中から最終的に「販売に寄与するから」と選ばれたのがこのFIAT131だったのです。

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この個体のエンジンはかなりチューンされており、通常の街中走行のためにはデチューンが必要とのことです。

開発に当たったのはもちろんABARTHで、実験車を経て最終的にはFIAT132用の4気筒1995ccエンジンにヘッドはFIAT124で実績のある16バルブDOHCヘッドを載せ、グループ4のホモロゲーションを得るためにまず400台が製造されました。しかしこのホモロゲーションモデルは大好評で最終的には1000台余りが製造され、結果としてグループ2のホモロゲーションも取得してしまいました。

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ボンネットはFRP製でエアインレットが開けられています。

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リアフェンダーには同じくブレーキ冷却用のエアインレットが装備されています。

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サイドウインドウはアクリル製に置き換えられています。

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マフラーはオリジナルのABARTH製のように見えますが定かではありません。

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ストラダーレは後席も標準装備ですが、この個体はロールケージを取り付けてあるために後席は取り払われています。

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このFIAT131 ABARTH RALLYは2ドアセダンをベースにし、オーバーフェンダー、ボンネット、トランクリッドをFRPに変更し、ドアパネルをアルミ製に変更することで軽量化するとともに、フロントやリアに様々なスポイラーを装備し(効果があったかどうかは定かではありませんが…)、後輪サスペンションを専用設計の独立式マクファーソン・ストラットに変更するという大改造を施し、エンジンもワークス仕様はクーゲルフィッシャー製の機械式燃料噴射でストック状態でも2151hp以上を発揮したのですが、さすがにホモロゲーションモデルのストラダーレはコンベンショナルなウェーバー製34ADFキャブレターを二基装備し、140hpにデチューンされていました。しかしその製造に当たっては、まずボディをBertoneで製造し、エンジンはABARTHで組み上げ、最終的なアッセンブリーはFIATで行うという実に複雑な工程となってしまい、予定よりも多く製造されることになったストラダーレの利益は殆どなかったと言われています。また多くのストラダーレもプライベーターの手により改造されRALLYに出場することが想定されていたために、各部のパーツは容易にコンペティション用に交換できるようになっており、現存する個体はノーマルのストラダーレ仕様であっても何らかのチューンが施されたものとなっています。

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クイック・トレーディングのショールームにあるこの個体もイタリアでコレクターの許にあったものを譲り受け、個人輸入により日本に持ち込まれたもので、その仕様はストラダーレモデルをベースに改造されたものだそうです。
FIAT131 ABARTH RALLYは懐の深いクルマで、ワークスカラーを再現しRALLY CHAMPを気取るもよし、ストラダーレ仕様をキープしてフツーのセダンとして乗るも良し、はたまたチューンして峠を攻めるも良しと様々な楽しみ方ができると思います。

ただし、何をやってもこのクルマの素性を知らない一般人からすると、旧いセダンを族仕様に改造する変人スレスレの変態であることには変わりありませんので(爆)、その覚悟がある方にこれらのプレイを楽しんで欲しいと思います。

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腐っても鯛

「腐っても鯛」というのは高級なものはどんな状態でも何らかの価値があるという意味ですが、もう一説には鯛は外観がちゃんとしていても内臓が痛んでいる場合があることから、外観だけで判断してはいけないという戒めの意味があるそうです。クルマ趣味の世界では「腐ってもベンツ」とか「腐ってもポルシェ」とか言われ、これらのクルマは例えその程度が悪くても価値があるという意味で使われていますが、クルマももう一つの説の戒めのほうが説得力があるのではないでしょうか(苦笑)。

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最初にこのクルマを見かけたときには本当にびっくりしました。それは幹線道路の路肩のジャンクヤードで反対車線を走っている際にナニゲなく目をやって見つけたのです。我ながらその動体視力にもびっくりしてしまったのですが、実際にその一瞬でもこのクルマから放たれるオーラを感じることができたのです。
後日、今度はじっくり見るために改めて訪れたのですが、やはりそれはマゼラーティカムシンでした。

カムシンは1972年のトリノショーでそのデザインスタディが発表され、翌1973年のパリショーで発表されたマゼラーティの4シーターGTです。発表当時のマゼラーティはその経営がオルシファミリーからシトロエンに移り、新たな時代を迎えようとしていましたが財政的には苦しく、ようやく初代キブリの後継モデルとしてこのカムシンを発表することができたのです。カムシンのデザインはBertoneのチーフデザイナーであったマルチェロ・ガンディーニで、彼の油の乗った時代のガンディーニ節?が炸裂しています。それはナイフで切り取ったようなシャープなボディラインとスリークな造形で、後のガンディーニデザインの特徴を備えたものでした。

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ボディは鋼管サブフレームにスチールパネルを組み合わせたもので量産性は決して良くはなかったのですが、もとよりカムシンのマーケットを考えたときにそれほど量販が望めるはずもなく、このクラスのクルマとしては至極マトモな?構造でした。エンジンはマゼラーティオリジナルの排気量4930ccV8エンジンで、このエンジンをフロントに搭載するコンベンショナルなFRレイアウトのために、同時期に販売されたメラクやボーラのようなミッドシップレイアウトのスーパーカーとは異なり、あまり脚光を浴びることはありませんでした。

最大の特徴は親会社シトロエンのハイドロシステムを採用したことで、この油圧システムでブレーキ、クラッチ、リトラクタブルヘッドライト、パワーステアリング、シート・ヘッドレストリクライニングを作動させていました。一見すると最先端のシステムとも言えるのですが、これらは全て機械式で充分で、サスペンスションのように油圧で制御する必然性はなく、このハイドロの油圧がなくなると全てダメになるために、著しく信頼性のないクルマになってしまいました。事実、新車でもハイドロのオイル漏れを起こしていたそうですので、ただでさえ売れないクルマが更に売れないという悲劇的な末路を辿ることになります。カムシンの設計段階で親会社であったシトロエンは早々に経営から撤退し、実際に製造販売していた時代にはその経営はデ・トマソに引き継がれていたのですが、デ・トマソこそ良い迷惑で、いくら売るタマがないとは言え、こんな厄介なモデルを押し付けられたのではたまったものではなかったでしょう。

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このようにカムシンはそのデザインは素晴らしかったにも関わらず、FRというレイアウト故にスーパーカーブームに乗れず、第一次オイルショックのためにそのマーケットは縮小してしまい、ハイドロシステム故にクルマとしての信頼性を保てないという、いかにもマゼラーティらしい悲劇が凝縮されたモデルなのですが、そのデザインは今でも全く色あせておらず、こうしてジャンクヤードにあってもオーラを放ち続けているのです。
この世に430台しか生を受けなかったカムシンの一台がどういった経緯で日本のジャンクヤードにこうして屍を晒すことになってしまったのかは定かではありませんが、そのボディフォルムは充分「腐ってもカムシン」と言って良いでしょう。

でも…こうなってしまうとやっぱり「腐ったら鉄屑」でしょうね(苦笑)

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宮ケ瀬ツーリング

永年オーナーズクラブの活動をしているとツーリングイベントは日常のイベントなのですが、オーナーズクラブに所属していない方からすると、仲間とのツーリングは非日常であり新鮮な体験なのではないかと思います。
そのイベントは日頃からお世話になっているクイック・トレーディングの寺島社長との何気ない会話の中から生まれました。
寺島社長は私たちが日常で使っているツーリングコースを全くといって良いほどご存知なかったのです。と言うことはクイック・トレーディングに出入りしている他のお客様もこのような経験はないに違いありません。それではとコーディネーションをかって出て、梅雨明けの7月24日に第一回クイック・ツーリングを行うこととなりました。

集合場所は定番の東名高速海老名SAです。この海老名SAと中央道の談合坂SAは都内から高速にのって最初のSAですので様々なツーリングイベントの集合場所となっています。休日ともなると朝のSAには一般のドライバーに混じってバイクからクルマまで様々な団体がSAのあちこちに集合しています。中には本当に高速道路を走って来たのかと疑いたくなるようなクラッシックカーや公道を走って良いのかと思うような(高級)希少車まで見ることができるのが休日朝の両SAです。

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私たちは上記のどちらでもありませんので一般車にまぎれて集合したのですが、それでもチラ見くらいはされましたから、多少なりとも珍しいクルマなのかも知れません。今回集まったのは、Lancia Delta、AlfaGT、Alfa159SWのゲストに加えて、寺島社長のAlfa156GTAと私のLancia Thema、そして今回のイベントの目玉?である新発売のFiat500 TwinAirを寺島社長の友人であるFiat Ikebukuroの高木店長が自ら運転して参加していただきました。

事前にコース地図をコピーして皆さんに渡すとともに簡単に曲がるポイントに関して説明していざ出発です。日常の仲間とのツーリングですと集団で走ることに慣れているためにあまり気を使わないのですが、今回の参加者の皆さんは殆ど集団でツーリングしたことがないとのことでしたので、バックミラーを常に見て最後尾の寺島社長の乗るAlfa156GTAを確認しながらの走行です。

しかし走り出してすぐにトラブルに見舞われてしまいました。予定していた厚木ICを降りて一般道に入るつもりが事故のためにその出口が封鎖されてしまっていたのです。出だしからこれでは先が思いやられますが、仕方なく小田原厚木道路側の出口を出てもとのコースに戻ることにしました。後続車も事情を察してちゃんとついてきてくれています。

何とか予定していたコースに戻り、一路宮ケ瀬ダムを目指し隊列は崩れることなく走って行きます。日曜ということもあり交通量もそこそこの県道ですが、国道を迂回するコースにしたのは正解で渋滞とは無縁のツーリングです。特にこの県道は道路の状態も良く、適度なワインディングに加えてそこそこの坂道で今回の参加車両の最大派閥?であるLancia Deltaにとっては気持ちよく走れるルートです。

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心配したトラブルもなく、ナニゴトもなく目指す第一目的地である宮ケ瀬ダムに到着したのですが、この宮ケ瀬ダム周辺の駐車場の殆どが有料であるにも関わらず、この鳥居原ふれあいの館駐車場だけは無料で、クルマの出入りも自由であるためにツーリングイベントには最適の場所です。もちろんそう思うのは私だけではなく、様々なツーリンググループがこの駐車場にやって来ています。それはバイクやクルマだけではなく、今流行の自転車ツーリングの集団もこの場所を目的地として集まっているために駐車場は大賑わいでした。

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それでも何とか空いているスペースにクルマを並べ、まずは定番の「まったりタイム」です。
実はこれも心配していたことなのですが、日常のオーナーズクラブのツーリングですと、この「まったりタイム」は時間をもてあますどころか仲間のクルマを試乗に出かけたり、折りたたみイスやテーブルを並べて歓談したりで、時間をもてあますどころか予定した時間になっても腰が上がらないことがままありました。しかし、今回の参加者の皆さんは初めてということもあり、この時間を楽しんでもらえるかどうかが心配で、寺島社長と相談して例の試乗車を手配してもらったのですが、それは全く杞憂で、到着するや否や皆さん自分のクルマからテーブルやイスを持ち出して思い思いに楽しんでくれています。

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もちろん用意した試乗車も大評判で、皆興味深々で試乗に出かけて行きます。このFiat500TwinAirは排気量がたったの875ccしかありません。しかも往年の二代目Fiat500チンクェチェントと同じ二気筒エンジンを搭載しているのです。しかしこのエンジンは単なる外観と並ぶ二代目チンクへのオマージュではなく、最新のテクノロジーで制御されるインタークーラーターボを装備して必要にして充分な85hp/5500rpmを発生するエンジンなのです。
二代目チンクはその非力なエンジンを限界までブン回し、パワーバンドを外さないようにギアを選びながら走るという頭脳運転?を強いられるのに対して、このTwinAirはデュアロジックと呼ばれるシーケンシャルATでイージードライブが可能であることに加え、わずか1900rpmで最大トルク14.8kgmを発生するエンジンチューンにより、その非力さを感じさせることはありません。
もちろんそのエンジンフィールは二気筒特有のバタバタとしたものですが、それがこのFiat500には妙に似合っており、どうせFiat500に乗るのであればABARTH仕様ではなくこちらを…と思わせてくれるクルマでした。
などと書いていますが、私自身は試乗するチャンスを逸してしまい、試乗した方の感想の受け売りなのですが…(苦笑)

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駐車場で歓談する中で、驚くべき事実が判明しました。最初に寺島社長から紹介されたときにどこかでお目にかかったことがあるような気がしていたのですが、このFiat500に乗ってきていただいた高木店長はその昔、私がAlfa164Q4を購入したアレーゼ・トレーディングに勤務していたことがあり、私のAlfa164Q4を登録したり整備の手配をしたりとお世話になったことのある方だったのです。
世の中の狭さにびっくりすると同時に当時の事情など懐かしくお話させていただきました。

一通り歓談と試乗を終え、昼食場所に予約しておいた童人夢農場(Dream Farm)へ移動です。このレストランは宮ケ瀬ダムから程近い場所にある一軒屋のピザハウスで、石窯で焼くピザが絶品のレストランです。このレストランも過去の宮ケ瀬ダムへのツーリングでお世話になったレストランで、こうしたイベントを通じて知ることができた場所です。
お願いしておいたテラス席からは駐車場に停めたクルマを眺めることができ、あらかじめお任せでお願いしておいたピザも絶品で大満足のランチでした。

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こうして無事に第一回のクイック・ツーリングを終えることができたのですが、その模様は寺島社長のブログにも書かれているとおり、参加された皆さんにはとても新鮮だったようです。
また機会があればこうしたイベントを企画してみたいと思っています。

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テーマ:イベント - ジャンル:車・バイク

継いで行くもの

2002車両集合

以前から考えていたことなのですが、アルファ164オーナーズクラブの事務局を卒業することにしました。

そもそも自分が設立したクラブでもないこのアルファ164オーナーズクラブの運営を何故引き受けることになったのかは過去のブログ記事で、「オーナーズクラブの罠」「私たちの選択」「オーナーズクラブへの誘い」の三回に亘って詳しく書かせていただきましたのでそちらをお読みいただければと思うのですが、気がつけば足掛け9年という長い期間、事務局としてクラブの運営に携わることになってしまいました。
このクラブの創立者である初代会長から引き継いだ当初から、クラブランという全国統一イベントと支部の寄り合いと呼ばれる夜の集会(笑)以外の運営に関わる事項は手探り状態で一から考えていかなければなりませんでした。

今から思えば、引き継いだ当初は気負いや責任感といった動機が原動力になっていたと思うのですが、元来の性格からか、「皆が楽しんでいるのを見るのが楽しい」ということが一番のモチベーションになるにつれ、クラブ活動の運営はそれほど負担とは思えなくなって行きました。実際、クラブランと呼ばれていた全国イベントでの企画から当日の仕切りまで数年は全て自ら行って来たのも、なるべく参加するメンバー全員に楽しんでもらおうと考えてのことでした。特に当日最大の目玉であるタイムラリーのコース設定を手伝っていただくと、その方はこのタイムラリーには参加できなくなってしまうため、私一人でコース設定を行うことが一番多くの参加者にタイムラリーを楽しんでもらう方法だったのです。
よく皆さんから大変ですね…と労っていただいたのですが、自分自身はそれほど大変なことだとは思っておらず、上記の動機のほうが強かったために、この方法が一番と合理的に判断することができたのではないかと思います。

またクラブ運営に関しても執行部と呼ばれたメンバーの有志の皆さんとともに、単にクラブ活動の企画に関する相談だけでなく、クラブ運営の根本に関する事項に至るまで一つ一つ丁寧に議論しながら進めて来たのは、私たちが創立者という立場ではなかったために、そもそもオーナーズクラブはどうあるべきかという根本的な考え方を共有する必要があったためで、時には激論になるような意見の対立も運営メンバーのオーナーズクラブに対する考え方を理解する一助となりました。

ところが一方でジレンマがあったことも確かです。創立者=会長というクラブですと良い意味で「唯我独尊」的にクラブ運営を進めることができますが、私たちのように「引き継いだ」運営スタッフはどうしてもメンバーの希望を気にしてしまい、おおよそ答えが一つではないであろうこの難題を気にかけるあまり、「自分たちがやりたいことをやる」という、少し強引かも知れませんが一方で企画にあたっては強力なモチベーションとなるコンセプトが欠けてしまっていました。

そのことに気づいた私は、「アルファ164生誕20周年パーティ」というクラブ創立以来最大のイベントを半ば強引に企画して行きました。すなわち企画にあたっては「自分自身がやりたいことをやる」というコンセプトを一番に考えて、「皆さんどうしたいですか?」という意見の集約を殆どやらなかったのです。その企画から当日に至るまでの詳細は同じく過去のブログ記事、「イベントの裏側」「難航する会場探し」「ドタバタのイベント準備」「想定外の台風」「展示車の選定」、でその詳細について記事にしましたのでよろしければ再度お読みいただければと思います。
後にこのことについて他の運営メンバーからお叱りをいただくこともありましたが、それは覚悟していたことで、私としては確信犯的にそのやり方を取ることにより、節目を迎えたこのオーナーズクラブの今後の運営について一つの実験を行ったつもりでした。

結果としてこのパーティは大成功だったと思うのですが、実験としては失敗だったと思います。
それはこの後に「次はこんなことをやりたい」と言い出す強力な企画推進者がメンバーの中から現れなかったことで、私としてはメンバーの中から、「こんなことをやりたい」という意見だけでなく、「だからオレがやる」と先頭に立ち、「賛同してくれるなら手伝ってくれ」と周囲を巻き込んでそれを実現して行くメンバーが現れて欲しかったのです。
もちろんこのクラブ運営のやり方はメンバーの最大公約数的な満足は得られないかも知れません。気に入らない方も出てくるでしょう。しかしメンバーの参加動機が多様化する中にあって、仮に一部のメンバーであったにせよそのメンバーの最大満足を引き出す方法は、クラブをリードするスタッフが「楽しんでやっている」イベントだから「参加して楽しむ」ことではないかと思ったのです。運営スタッフにとっても参加するメンバーにとっても、「マンネリ」と「継続力」との違いは、運営する側が「やらされ感」か「楽しいからまたやろう」のどちらを感じているかでその印象が決まるのではないかと思います。

こうしたイベントを企画したことのある方は皆同じだと思うのですが、自分が企画して実行したイベントの参加者が笑顔で帰っていくのを最後の一台まで見送るのが一番の至福のときで、誰から感謝されるのではなく、その笑顔を見送ることがそれまでの様々な苦労を吹き飛ばし、次回へのモチベーションとなるのです。

私はこのパーティを最後にクラブ運営から身を引こうと考えていましたが、結果として上記の企画推進者が見あたらなかったために、しばらく続投するしかありませんでした。
執行部メンバーの中には、入会受付やメンバーへの連絡、そして対外的なクラブの窓口といった私の事務作業の負担を心配してくれる方もいましたが、一方でそれを誰かが交代してやるのは無理というのも執行部メンバーの実感だったようで、結果としてその時の退任は許してはもらえませんでした。
私自身はこうした事務作業はさほど負担ではありませんでしたし、「案ずるより生むが易し」で実際にやってみるとそれが大した負担ではないことは分かっていましたが、皆さんがそういう実感を持つのは理解できましたし、自分自身がやり易いように工夫してきた事務処理手順が必ずしも新しくそれを担当する方にとってやり易いとは限らないことも想像することができました。

しかし、最大の問題はこうした定型的な事務作業の負担ではなく、それを苦にしないモチベーションとオーナーズクラブ運営に対する企画実行力でした。
どんなに些細な事務作業であったとしてもこのモチベーションがなければ苦になるのは当然ですし、「こんなことをやりたい」と考えてそれを実現することをモチベーションとすることができるスタッフがいなければ、営利団体ではないこうしたオーナーズクラブの前途は厳しいものがあると思います。

様々な実験を繰り返しながら行ってきたオーナーズクラブの運営は、それが次の世代に引き継がれなければこれからは弊害になるでしょう。私自身がアルファ164を降りてしまった今、これからも運営メンバーで居続けることが良いことだとは思えませんし、私のやってきたことが今後のスタンダードになることは決して望むところではありません。
すなわち、引き継ぐべきものはその具体的な「やり方」ではなく前記のモチベーションで、それさえあればまた新しく試行錯誤を繰り返しながら次の時代を作っていくことができると思います。

半ば強引に運営スタッフを卒業することにしたのは、そうすることにより新しい世代が自らの力でオーナーズクラブを運営して行って欲しいと考えたからで、私たちが初代会長から突然突きつけられたクラブ存続か否かの選択肢をもう一度突きつけることにより、今まで当たり前のように存在したオーナーズクラブという環境は、自分たちがそのキャスティングボートを握っていることに直面すれば、それが原動力となり新しい時代を切り拓いてもらえると信じたからなのです。

こうしてアルファ164オーナーズクラブは以前からの運営スタッフに加えて新しいスタッフが加わることにより、再出発することとなりました。おそらく暫くは手探り状態が続くでしょうし、試行錯誤から失敗もあることと思います。願わくばその失敗を恐れずに、自分たちがやりたいことを追求して行って欲しいと思います。
それこそがオーナーズクラブの原点であり、世代を超えて継続するための唯一の方法だと信じています。
そして彼らがアルファ164とそのアルファ164を通じて繋がった仲間を愛している限り、必ず次の時代を造って行くだろうと思います。

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ブログ改題

しばらくは今までのブログタイトルのまま書こうと思っていたのですがやはり思い切って改題することにしました。
永らくご愛読いだだいている皆さんと同様に、「アルファ・ロメオの天国と地獄」というタイトルに愛着があるのも事実なのですが、一方で書きたいことをUPするには制約になってしまうのも確かだと思います。加えて何となく心機一転したかったためにイロイロと考えた末に決めたタイトルは…、

走ってナンボ

です。ナンボとは関西弁で幾らという意味で、「これナンボ?」と聞けば、このお値段は幾らですか?という意味になります。さらにナンボという言葉には価値があるという意味もあり、「走ってナンボ」とは、走ることに価値があるという意味です。
考えて見れば、今まで所有したクルマは全て乗り倒して来ましたし、そのメンテナンスも外見のためではなく走るためのものが殆んどでした。
どんなに貴重なクルマであっても、不動状態で博物館に展示してあるものよりも、ちゃんと生きて稼動するものにそのクルマの命と言うか、そのクルマが持つ魅力を感じることができるのです。

人間も同じで、現状を維持しているよりもどんどん新しいことにチャンレンジして走り続けているほうがその人の魅力が増すのではと思います。

ヒトもクルマも「走ってナンボ」。

そんなテーマで引き続きブログを書いて行きたいと思っています。もちろん書く人間は同じですから、そうそうネタが変わるはずもなく、相変わらずオバカな地獄巡りと周囲に集まってくる地獄クルマのことが中心になるのは言うまでもありませんが、それに加えてクルマ以外の趣味のこと(すでに書いていますが…)や、たまにはクルマと関係ない社会問題なども書いていきたいと思っています。

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手のリハビリ

体調が思わしくない間はどうしても引きこもりがちになってしまいます。休みの日はカラダを休めることが第一でなるべく出かけずに疲れないようにしていましたが、かと言ってゴロゴロしているのもカラダもアタマもなまってしまいますので、大好きなプラモデルを作ることにしました。ところが、いざ作り始めて見ると暫くのブランクのせいか手が言うことを聞いてくれません(泣)。もちろん麻痺とかいうレベルの問題ではなく、手先を使って作業をする方には分かっていただけると思うのですが、しばらく手作業をやっていないと、手先の感覚と実際の作業がうまくリンクせずにこのくらい動かすとこうなるだろうと思っても、思った以上に手が動いてしまったりして微細な加工がうまく行かないのです。

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本格的なキットをそのために失敗してしまうのは勿体ないですし、精神衛生上もよろしくありませんので一旦製作を中断し、ここはリハビリを兼ねてお手軽モデル?でまずは手慣らしをすることにしました。
リハビリに使用したモデルは童友社が販売しているブラインドボックス(買うまで中身が分からない)の「制空の鷲」シリーズから1/144スケールのF-15J Eagleをチョイスしてみました。

童友社はプラモデル界の老舗の一社で、倒産した様々なメーカーの金型を引き継ぎ再販してくれる頼もしいメーカーです。相原模型の名城シリーズはあまりに有名ですが、オオタキ、日東科学、エーダイなど素晴らしいモデルを作りながら時代の波の中で倒産してしまったメーカーの金型を引き継いで、さらにメンテナンスしながら販売し続けているこの会社がなければ、こうした名作キットは埋もれてしまい陽の目を見ることがなかっただろうと思うと、これからも独自路線に加えてこうして旧作キットを販売し続けて欲しいと思います。

さて、ブラインドボックスと書きましたが、私はズルをして模型店で中身を開けて売られていたものを購入してしまいました(笑)。
しかしそもそも何故このモデルを購入したのかと言うと、1/144スケールという小さいものであるにも関わらず、機体は塗装済でその出来がなかなかのものだったからです。
ブラインドボックスであれば恐らく購入しなかったと思うのですが、中身が見える状態で販売されていたために、その造形と塗装の素晴らしさに加え、冗談かと思うようなお値段(笑)に納得した私はこれをベースにスミ入れや、脚部など最小限を塗装することによりリハビリができると考えたのです。

1/144スケールは最近はガンプラで一般的になりましたが、もともとは航空機モデルの一般的なスケールで旅客機などの大型機で良く採用されるサイズでした。しかしそれ以外のモデルに関して言えば、昔はこのスケールのものは明らかに子供向けのオモチャで、組み立ても簡単でディテールの再現などは望むべくもなかったのですが、近年の金型技術の進歩によりパネルラインの繊細なモールドなど素晴らしいディテールを持つキットも多く、逆に小スケールであるが故に完成させるには技術を必要とするスケールになりました。
これが通常のキット形式のものであればリハビリになぞなるはずはなく、むしろ持てるテクニックを総動員して仕上げなければならないのですが、このモデルは塗装済であるためにその苦労をせずに済むのです。

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製作しているときにはブログにUPすることを考えていませんでしたので、途中の写真がないのは申し訳ありませんが、現用機、特にF-15のような大型機は翼面がどうしてものっぺりしてしまいますので、パネルラインのスミ入れは極端なくらいがちょうど良いのではと思います。

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スミ入れには手軽にガンダムマーカーというガンプラの仕上げに使用するペン状のREAL TOUCH MARKERというアルコール系のマーカーを使用しました。これはアルコール系油性ペンで、塗ってすぐに綿棒で拭き取ることができるためにスミ入れしたいパネルラインにこのマーカーで線を描き、ハミ出た部分を綿棒で拭き取ることによりお手軽にスミ入れができるというスグレ物です。微妙なトーンの各色が用意されていますので、スミ入れだけでなくジェットエンジンのノズル部分の焼色の表現や汚し塗装にも利用できると思います。

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組み立てはこのテのモデルの定番で飛行状態と着陸状態の両方を選べるようになっており、機体は塗装済でさらにマーキングまで施されているのですが、機体下部の装備品とギアパネル、ランディングギアは通常のプラモデルのように無塗装で組み立て式になっています。

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リハビリですので(笑)、追加加工などということは考えず、ランディングギアとギアパネル内側を塗装するのみとし、塗装も筆塗りでパパッと仕上げることとしました。
フラットホワイトでギア全体とパネル内側を塗り、薄めたブラックでモールドを強調し、さらにアクセントにシリンダー部をクロームシルバーで塗装し、タイヤブラックでタイヤを塗って終了です。

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手慣らしのつもりで製作したのですが、思ったより格好良く仕上がりました。1/144というスケールと半完成品というお手軽キットであるために、少々の問題には目をつぶることができますし、何より自己満足の世界ですから、自分自身が気に入っていればOKです(笑)
気を良くしていつもの飾り台を作成してディスプレイしてみることにしました。誰かにプレゼントするために製作したことはあるのですが、こうして自分のために製作するのは初めてです。

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サイズを実感していただけるよう100円硬貨を置いて見ました。1/144スケールの大きさが分かっていただけるのではと思います。

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マーキングは航空自衛隊の石川県小松基地に展開する第306航空隊に所属する854号機です。第306航空隊は1981年にF-4EJ Phantomを装備する最後の部隊として編成され、1997年に現在のF-15J Eagleに機体改編された部隊です。シンボルマークは石川県の県鳥である「イヌワシ」をモチーフにしており、勇猛果敢な攻撃精神と電光石火の機動性を表現しているとのことです。

さてリハビリもある程度できたようですので、本格的に製作を再開することにします。その題材とは…(謎)

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テーマ:模型・プラモデル・フィギュア製作日記 - ジャンル:趣味・実用

ご無沙汰しています

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このブログの断筆宣言してからほぼ1年が経とうとしています。

断筆をした理由は体調不良が最大でしたが、それに起因して書き続ける気力が萎えてしまったためで、どうしても次に書きたいと思えるネタがなくなってしまったことによるものでした。もちろんネタになるような事柄がないのではなく、そのネタを自分自身で咀嚼してこうして文章にする気力がなくなったというのが実際で、休んでいる間はブログをUPしなくても良いという自由を満喫させていただきました。もともとブログは自分が好きで書くものですから、そんなプレッシャーなぞ感じる必要はないのですが、多くの皆さんにお読みいただいているということは喜びであると同時に、知らず知らずのうちにプレッシャーにもなってしまっていたようです。

ところがこの更新を止めてしまったブログを定期的にモニターをしていると、更新されない過去ログのみのブログにもかかわらず毎日多くの方にご覧いただいているのです。それは検索エンジンでヒットしたために偶然訪れていただいた方だけでなく、ご愛読いただいていた方までもが更新されていないのを知りながら、それでもお訪ねいただいているのを見ると、もう一度書いて見ようという気持ちが湧き上がって来ました。

この1年間の間は体調を整えることに専念して来ましたが、若いときのようにどんどん回復というワケには行かないことを思い知らされています。急性心筋梗塞により心臓の機能の約三分の一がダウンしており、それを服薬と運動により徐々に機能回復をさせて来たのですが、どうしても疲れやすいのと不整脈に起因すると思われる血圧の不安定に悩まされています。
それでも少しずつではありますが、日常生活を取り戻しつつあるのは主治医の親身のケアのおかげと感謝することしきりで、実際に私の性格や生活を理解し、それを前提に治療プランを考えてくれる主治医のN先生(私よりはるかに若い方なのですが・・・)がいなければここまで回復することはなかっただろうと思います。

さて、断筆していたこの1年間ですが、オーナーの健康状態に合わせるかのように、愛車のThemaも原因不明のエンジンストールに悩まされていました。このハナシはまたおいおいお知らせしようと思っていますが、それはそれは憂鬱になるトラブルでした。

ブログの再開にあたってタイトルをどうしようかと悩んでいます。アルファ・ロメオは降りてしまいましたので、天国と地獄は引き続くとしても(苦笑)、「アルファ・ロメオの」という冠はどうもしっくり来ません。かと言って何かしっくり来るタイトルを思いつくワケでもないため、しばらくは以前のタイトルのままにしておこうと思います。

また、以前のような頻度で記事の更新はできませんので、毎日更新などを期待されても困ってしまうのですが、リニューアル?後のブログはのんびりと、変なプレッシャーにならないように書きたいことをタイトルにとらわれずに書いていきたいと思っていますので、よろしければまたお付き合いいただければと思います。

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