走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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自衛隊という軍隊

最近自衛隊に関するニュースが増えているように思います。海上自衛隊によるインド洋での給油活動の終了とともに、今度はハイチの地震復興支援に陸上自衛隊が派遣されることとなりました。
自衛隊の災害派遣が一般的となり、その活動を国民が当たり前のように受け入れられるようになったのは阪神淡路大震災以降ではないかと思います。それまでは最も緊急時での即応能力に優れていても、自衛隊アレルギーから出動要請はなかなか出されず、ようやく要請が出されても情報の不足や警察や消防との縄張り争いなど、おおよそ緊急時では有り得ないような原因から効果的な自衛隊の利用がなされませんでした。
何故自衛隊が…と思われるのですが、災害地で現地のインフラに頼ることなく自力で活動することのできる装備を持っているのは自衛隊を含めた軍隊しかありませんし、その装備は災害時に被災者にも有用であることが証明されるにつれ、それまで災害に際して出動要請をためらっていた自治体も積極的に自衛隊を頼るようになったのではないでしょうか。そして蓄積されたこうした災害援助の経験と自衛隊の持つ装備が、災害対応能力を持つ世界で有数の集団となり、国際的にも期待される存在になりました。

しかしどんなに災害時の対応能力で期待されるようになったとしても、自衛隊は災害救助隊ではなく戦争をするための装備を持ったれっきとした軍隊であることには変わりなく、ハイチに派遣されるのも施設部隊と呼ばれている工兵隊で、その本来の任務は戦場での補給路を確保したり、自分たちの宿営地を整備したり、戦闘で破壊された建物を排除したりすることなのです。

自衛隊が軍隊として日本の防衛を担うのがその主たる任務であることを思い出させてくれたのが、最近問題となった自衛官の発言です。そのニュースとは…

「陸上自衛隊の第44普通科連隊長中沢剛1等陸佐が日米共同訓練の開始式で「同盟関係は『信頼してくれ』などという言葉で維持されるものではない」と発言したことについて、北沢俊美防衛相は12日の閣議後会見で「現場の指揮官が政治や外交という高度な国家意思に言及している。その規律の問題をシビリアンコントロール(文民統制)の観点から整理する必要がある」と述べ、発言は不適切だったとの認識を示した。
北沢防衛相は同日、中沢1佐を内規に基づく注意処分とした。中沢1佐の発言が、政治や外交を軽視しているととられかねないと判断した。」
(朝日新聞より、ただし下線は筆者)



というものでした。私自身は中沢1等陸佐の発言は何も間違っているとは思えず、なぜこの発言により処分されるのかが分かりませんでした。
個人的な見解ですが、日米安保条約が軍事同盟である以上、その日米共同訓練の目的は有事の際に米軍と自衛隊が一つの軍隊として機能するための訓練であることは自明で、同盟とはこうした訓練の積み重ねによりお互いの実力を認め、信頼し合うことにより生まれるもので、その同盟関係の究極は兵士がお互いの命を預けるのですから、その訓練の現場責任者として訓練の開始式で行った上記の訓示は、全く正当だと思います。

自衛隊が違憲であるかどうかはともかく、余程の純粋平和主義者でない限り、自衛隊が不要だと考える人はいないでしょう。そして軍隊である以上、同盟国であろうと仮想敵国であろうと相手にナメられてはいけないのも当然で、日本の紛争抑止力は米軍の緊急展開能力と、専守防衛を原理原則としそのための装備と高度に訓練された自衛隊とセットで初めて成り立っているのです。
すなわちどんなに奇麗事を言おうが、現在の自衛隊の能力では極東米軍の存在なくして日本周辺の軍事的安全を保つことは不可能で、台湾がどんなに望んでもその導入が適わない、もはや旧式と言ってよいF-16戦闘機を、技術供与によりとっとと国産でライセンス生産できるのが日米安全保障条約であることをマスコミも文化人もなかなか認めようとしないのは私には理解できません。
だからこそ、自衛のための軍隊と標榜し、海外展開力を持たず、ハイチに派遣される際にはその同盟国である米軍のC-5ではなく、民間のチャーター機、しかも旧ソ連のAn-225を「堂々と」チャーターして派遣される自衛隊を日本は誇りに思うべきでしょう。あれこそ日本の軍隊が海外を侵略する能力なぞなく、日米軍事同盟が何でもアリではなく一定の制約の中でのみ機能していることの立派な証明ではないでしょうか。
普天間基地問題も政治問題である前に、極東の安全保障という軍事問題であることをもっと真剣に考えるべきでしょう。

しかし一方で私たちは自衛官という軍人のことをあまりに知りません。これほどまで日陰者扱いされ、職業として尊敬されず、自分たちを否定する憲法を誰よりも遵守することを求められながら、戦わない軍隊として過酷な訓練を続ける彼らは一体どんな人間なのだろうと思っていたのですが、この本を読んで彼らが決して兵器ヲタクでも国粋主義者でもなく、私たちと同様にそれぞれ違う「顔」を持つ個人であることが分かりました。

著者の杉山隆男氏は新聞社の社会部記者を経て作家になられた方ですので、その緻密な取材とイデオロギーにとらわれない中立であろうとする姿勢から自衛隊と自衛官の姿を冷静に捉えていると思います。
杉山氏はご自身でも書かれていますが、決して兵器のこともあまり詳しくありませんし、軍隊としての作戦や用兵に関して強い興味を持たれているわけではありません。
ですので、この作品ではそれらの側面に囚われずに一人一人の自衛官に取材で肉薄しています。

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いまだかつてこれほどまで長期に亘り、詳細に自衛隊と自衛官の姿を取材した文献はないでしょう。
自衛隊に興味もなければ兵器にも何の興味もない方でも、人間に興味がある方ならば一読する価値はあると思います。

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916 Spiderのカタログ

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先日、916Spiderの誕生について大胆な?私説を展開したのですが、一方で当時のカタログを見るとアルファ・ロメオがこの新型Spiderをどう売りたかったのかが良く分かります。
特にこの日本版のカタログはそのコピーが独特で、本来のカタログに求められるクルマの機能や性能、装備といったハード面についての説明をベースにするものではなく、情緒的というか感覚に訴えようとする実にエモーショナルなコピーが採用されています。

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個人的にはあまり好きではない切り口なのですが、この新しいSpiderを「買う理由」をどこに求めるのかを一生懸命考えた末のコピーが最初のページに置かれています。

躊躇いはあった。
それは不謹慎なほどに美しく、孤独だった。
似合うだろうか。
忍び込むようにシートに座る。

1000年も昔の話じゃない。
スパイダーに乗る自分。隣に座る見知らぬ誰か。
そんな想像に陶然としたことがある。
現実は肥大する欲望をあざ笑いながら、幾つもの歳を加えた。
映画のようにはいかない。
意気地のない主役。噛み合わないワキ役…。
だが、あの想像は勝手に住み着いたままだった。

ALFAROMEO Spider。
いま、ここに至る。
深呼吸ひとつ。キーを回した。


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それは若い昔にSpiderに憧れたながら歳を重ねたオーナーが、ようやくSpiderを買えるだけの経済力を持つに至ったにも関わらず、一方でSpiderが似合わないと考える自分とどう向き合ってその決断をするのか?
というアルファ・ロメオが想定するオーナー像に対するメッセージが込められています。
そして、その若かった昔に憧れたSpiderとは115Spiderであり、その憧れを新しい916Spiderがどう受け止めることができるかを問いかけてもいるのがこのカタログのコンセプトなのです。

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115Spiderを意識したコピーは各ページのそこここに見て取れます。

懐かしさと驚きがサンドイッチになって顔を出す。

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評論はいやおうなく置き去りにされる。

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通訳も解説もいらないSpiderの美。

それにしてもカタログの前半分もの紙面を使いながら、クルマそのものの説明を何もしないカタログも凄いものだと思いますが、Spiderをこれから買おうとする顧客にとって重要なのはその性能や機能ではなく、Spiderとの生活をどう思い描くことができるか…であることを思うと、能書きより先に伝えたかったのがこれらのコピーに表されているのかも知れません。

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後半部はこの時代のアルファ・ロメオのカタログに共通したレイアウトなのですが、その各項目では先代の115Spiderから何が変わって何が変わらないのかに重点をおいて説明しています。

発表当時に新車でこのSpiderを買ったオーナーの皆さんは、このカタログを穴は開くほどご覧になったのではないでしょうか。
アルファ・ロメオの歴史の中で改めてこの916Spiderの意義を考えたときに、これからもアルファ・ロメオであり続けるために、何を変えて何を残さなければならないかを考え抜いて開発されたモデルがこのSpiderであったと思います。

1987年にデザインを見た当時のFiat社長ヴィットリオ・ギデッラは、

「この美しいクルマを他の誰にも渡さないように」

と賛辞を送ったと言われていますが、エンリコ・フミアさんはこのSpiderの完成を指揮することなく、1991年にはピニンファリーナを去ることとなります。
フミアさんがピニンファリーナを去った年である1991年にアルファ・ロメオのスタイリングセンター(Centro Stille)はそのコンセプトカー "Proteo”を発表し、翌年にはトリノ-ピエモンテ・カーデザイン賞を獲得するのですが、この”Proteo”こそ、フミアさんが1987年にデザインしたSpider/GTVにインスピレーションを受けたデザインスタディであったのです。そしてそれは、後に発売予定のSpider/GTVの成功を予測させるものだったのですが、一方でこのProteoの存在がSpiderのデザインの出自を曖昧なものにしてしまい、当初はピニンファリーナとCentro Stilleの共同作業によるものと言われることとなってしまいました。
それは誰もがこのSpiderがまさか1987年にデザインされていたとは思いもしなかったからなのですが、また発表当初ピニンファリーナもそのオリジナルデザインがエンリコ・フミアさんのものであることを明確にしませんでした。
ピニンファリーナが意図的にエンリコ・フミアさんの名前を出さなかったのか、単なるミスであったのかを今となっては知る由はありませんが、彼のオリジナルデザインのまま8年後に発表されたSpiderは、アルファ・ロメオが残したかったものがちゃんと残されながら、決して後ろ向きのノスタルジアではなく、新しい時代に向かって前を向いたデザインとなっています。
だからこそ、そのデザインから20年以上が過ぎた現在でも決して色褪せることなく、見る人に新鮮な感動を与え続けることができるのでしょう。

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私説Spiderの時代 ~916誕生~

ユーノス・ロードスターに触発されたヨーロッパの各メーカーは慌ててオープンモデルの開発をスタートします。
メルセデスベンツはSLKプロジェクトを急遽スタートさせ、BMWはZ3を、そしてポルシェはボクスターを開発します。
はるか昔にこのマーケットから撤退したイギリスのローバーもMGブランドを復活させMG-Fを開発し、マーケットに残る過去の伝説に少しでも肖ろうとし、Fiatも124Spider以来のオープンモデルとしてバルケッタを開発します。
市場はポストバブルで作れば売れる時代ではなく、こうしたニッチマーケットにも各メーカーが群がらざるを得ない状態だったのです。

このように他社のオープンモデルがその開発の経緯から、何らかの形でユーノス・ロードスターをベンチマークにしていることに対して、アルファ・ロメオにとってSpiderはユーノス・ロードスターがあろうとなかろうと開発されるべきモデルでした。アルファ・ロメオにとって新型Spiderの最大のライバルは旧型のSpiderであり、27年間という未曾有の販売期間の後の新型Spiderは絶対に失敗が許されないモデルでした。

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ユーノス・ロードスターが市場に発表された1989年の2年前に新型Spiderはピニンファリーナのチーフデザイナーであったエンリコ・フミアさんの手によりそのスタイリングデザインは完成していました。
しかし、問題はどのプラットフォームをベースにこのSpiderを開発するのかという点で、当時のアルファ・ロメオが持つシャーシーはアルファ・スッドの後継モデルである水平対抗4気筒エンジンを搭載したアルファ33、トランスアクスルが特徴のアルフェッタの末裔であるアルファ75に加えて、ようやくSAAB、Fiat、Lanciaとの共同開発であったTipo4プロジェクトの最後に開発が完了したアルファ164の3種類で、そのどれもが新型Spiderにはマッチしていませんでした。
ここでの疑問は、一体アルファ・ロメオは新型Spiderをどのプラットフォームをベースに開発しようとしていたのかという点です。
Fiatがアルファ・ロメオを買収したのが1986年で、Fiat Tipoの発表は1988年ですから、Spiderの企画当初からTipoシャーシーを使用することは決定されていたのかも知れません。事実、エンリコ・フミアさんもデザインする上での制約はTipoシャーシーのサイズだったと述懐しています。

しかし、そうであれば何故Berlinaである155より早くこのプロジェクトを進行させたのでしょう。同じシャーシーやエンジンをベースにしたBerlina、Sprint、Spiderという3種のボディラインアップはアルファ・ロメオにとって鉄板で、Giulietta、Giuliaと続いたこのバリエーションは久しく途切れていたのですが、開発の順番はやはりBerlinaが最初で、続いてSprintやSpiderといったスペシャルモデルが続くのが一般的ではないでしょうか。
いくら脳天気なアルファ・ロメオの経営陣でも、その当時の自分たちにBerlinaとSpiderを一度に開発することなぞできないことは分かっていたのではないかと思います。
これからの私の仮説を裏付ける事実は、1992年に発表されたアルファ155のデザインがそれまでのアルファ・ロメオのデザインに全く実績のないトリノのI.DE.Aだったことです。このI.DE.Aという会社はむしろFiat御用達で、Fiat Tipoをデザインしたことで有名になった会社です。
アルファ・ロメオは何故、一番重要なアルファ75の後継セダンであるアルファ155のデザインを自社のデザインセンターでもなければ、今まで関係の深いピニンファリーナでもベルトーネでもないI.DE.Aに任せたのでしょうか。この決定はFiatにとってもリスキーであったに違いありません。

アルファ・ロメオはFiat傘下になったときに、合併効率を高めるためにFiatとシャーシーやエンジンの共通化をしなければならないことを予測していたのですが、その可能性が一番高いTipoシャーシーはアルファ・ロメオにとってどうしても気に入らない点があったのです。それはリアがトレーリングアームであることで、アルファ・ロメオはFFであろうとも自分たちが納得できるドライビングフィールを追求すべきと考えていました。事実、アルファ・ロメオ独自のFFモデルであったアルファ・スッドやその後継モデルのアルファ33でリアサスペンスションに採用した形式はワッツ・リンクとパナール・ロッドの組み合わせだったのです。Fiat Tipoのトレーリングアームはスペース効率とコストの面で優れてはいましたが、クルマの運動性という面ではアルファ・ロメオにとってはとても許容できないものだったのではないでしょうか。

アルファ・ロメオは自分たちが納得できるドライビングフィールを確保するためにTipoシャーシーのリアを改造してマルチ・リンク形式にすることを考え付きます。マルチ・リンクであれば仮にFiat Tipoのシャーシーであってもアルファ・ロメオのスポーツアイデンティティは守られると考えたからなのですが、改造設計に時間がかかり、コスト面でも割高となるマルチ・リンクは、Berlinaに最初から使うにはFiatの抵抗が大きいだろうと考えたアルファ・ロメオは、その実現のための方法として、Spiderと続くSprint(GTV)の計画をわざと先行させたのではないでしょうか。これらのスポーツモデルであれば、マルチリンク化するコストアップにも価格的に対応可能ですし、そこで開発費を吸収してしまえば、続くBerlinaにも使用可能だと考えたのです。しかもこの順番はGiuliettaの発表のときと同じで、先にSprintを発表しアルファ・ロメオのスポーツイメージを先行させ、後にBerlinaを発表することにより販売を伸ばした実績もあり、Fiatを説得できるのではないかと考えたのです。
実際、Fiatに買収されたことによりアルファ・ロメオはどうなるのかという市場の不安に対して、アルファ・ロメオが守るべきはその伝統であるスポーツイメージでした。
そう考えるとアルファ・ロメオがピニンファリーナに1987年の段階でSpiderのデザインを発注していた理由になります。

ところがFiatはその計画に納得せず、やはりBerlinaの計画を先行させるよう指示します。実際に当時の販売モデルであったアルファ75はエンジンをツインスパークにすることにより多少のリフレッシュ効果を上げたものの、アルフェッタ以来のシャーシは旧態化しており、Fiatにとってまず何とかしなければならないのは量販車種であるBerlinaであると考えたのです。
この決定はアルファ・ロメオにとっては予想していたことでしたが、それでもマルチ・リンク化を推進したいアルファ・ロメオが意地を張ったために、結果としてFiatはアルファ155の計画をFiatサイドで推進せざるを得なくなり、そのことがI.DE.Aというアルファ・ロメオにとって実績のないデザイン会社に任せることになったのではないでしょうか。そして一方で、アルファ・ロメオはアルファ155の計画を先行させるという譲歩と引き換えにSpider/GTVのサスペンスションにはリアをマルチ・リンクに改造して使用する許可を取り付けることに成功します。と言うか、アルファ・ロメオにとってこの結果も想定内の落としどころではなかったでしょうか。
しかし、あれほど嫌っていたTipoシャーシをベースにすることにより、アルファ・ロメオの原点とも言える、Berlina、Sprint(GTV)、Spiderという三種のボディバリエーションを復活させることができたのは皮肉なハナシです。

いずれにせよこのストーリーはあくまで私の推論ですので誤解なきように願います。

かくして当初のデザインから7年も経った1994年に発表された916Spiderは、アルファ155と同じFiat Tipoのシャーシーでありながらその兄弟車と異なり、アルファ・ロメオ独自のマルチ・リンク式のリアサスペンスションを持つスポーティなモデルとしてアルファ・ロメオが堂々と世に出せるクルマとなりました。
しかし、結果として発表時期がライバル車と奇しくも同時期になってしまったのは、ひとえにアルファ・ロメオのこの開発スケジュールの遅れによるもので、私の推論のように仮に社内の交渉に勝利した結果ではあっても、販売的には916Spiderの不運であったと言えます。
もし当初の予定通りのスケジュールでSpiderを開発し、しかもATモデルを加えて北米でも販売していれば、ライバル車より早く発売することができ、ユーノス・ロードスターとその市場を分け合い、アルファ・ロメオは北米から撤退せずに済んだかも知れませんし、続くアルファ155はリアをマルチリンクとしたスポーツセダンとして後のアルファ156に匹敵する販売実績を上げたかも知れません。
しかし、残念ながらその恩恵に与ったのはアルファ・ロメオではなく、メルセデス・ベンツのSLKやBMW Z3といったドイツ車勢で、彼らは後発のメリットからユーノス・ロードスターを研究し差別化を図り、ユーノスが確信的に取りこぼしたオープン2シーターのアッパーマーケットを狙って販売を伸ばしたのです。

これほどまで苦労して開発されたシャーシですが、916Spiderの最大の魅力はそのスタイリングであることに異論を唱える人はいないでしょう。
そのデザインは一見すると奇抜に見えるかも知れませんが、エンリコ・フミアさんによるとSpiderの下方にスロープしたボディラインはGiulietta Spiderをモチーフにした1950年代~60年代の典型的なフォルムで、フロントマスクの左右のエア・スクープも同じくGiulietta Spiderのフロントマスクをモチーフにしたそうです。
そしてそのボディデザインは20年が経った現在でも新鮮であり続けています。

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115Spiderから916Spiderへの過渡期は、一つの車種の単なるモデルチェンジではなく、アルファ・ロメオにとっては歴史的な転換期でもありました。そこには様々なストーリーがあったに違いないのですが、私たちがそれを関係者の口から聞くことができるのはもっと後のことでしょう。

いずれその時がきたら私のこの仮説の真偽を確かめて見たいものです。

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私説Spiderの時代 ~115の終焉~

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身近にある115Spiderと916Spiderという2台のSpiderは、名前こそ同じでも技術的には全く共通点のないクルマです。
それは方や1966年に発表されたSpider Duettoから連綿と作られ続けた最後のモデルである115Spider Sr.4と、Fiat Tipoのシャーシーをベースにエンジンまでもが新設計され、横置きFFとして今までのアルファ・ロメオから完全に決別した916Spiderの初期型2.0TSなのですが、この限りなく製造年が近い2台を見たときに、この新旧Spiderの過渡期のことを思い出してしまいました。

当時の私はボロい、旧い、高いと言われながらそれでも製造され続けた115SpiderのSr.4がようやく製造を終了し、新たにTipoシャーシーをベースにした新型SpiderがFFで発売されると聞いたとき、これでいよいよアルファ・ロメオは全車種がFFとなることに何とも言えない寂寥感を覚えたことを記憶しています。

そもそも115Spiderはシーラカンスのようなクルマで、北米の衝突安全規制や排気ガス規制の強化に伴いライバルであるイギリス製のオープン2シーター車が絶滅し、この車種のマーケットそのものが縮小される中にあって、結果として選択肢がないために生き残ったモデルであると言えます。
もちろん後になってエバーグリーンなピニンファリーナデザインやらアルファ伝統のDOHCエンジンにFRレイアウトといった魅力が多く語られますが、当時のマーケットでの評価は「もういいんじゃない?」というもので、マツダ・ミアータ(ユーノス・ロードスター)の登場により、にわかに脚光を浴びたこのマーケットではとても同列で比較されるようなクルマではなかったと思います。
もちろんだからダメクルマかと言うと全然そんなことはなく、オープン2シーターなどという実用性とは対極にあるクルマのカテゴリーにあっては、単に性能や装備だけで比較されるのではなく、そのクルマが持つ「味」というのも重要な要素で、だからこそユーノス・ロードスターにはないその「味」を持つSpiderも同様に評価が上がったのは面白い現象だったと思います。

さて、もはや死滅したと思われていたオープン2シーターのマーケットに新型車として投入されたユーノス・ロードスターはユーザーに大歓迎されただけではなく、同様のクルマをもともと製造していたユーロッパの各メーカーを驚愕させました。なぜなら彼らがマーケティングリサーチにより、「ない」と考えていたマーケットがユーノス・ロードスターの出現により掘り起こされ、しかもその刺激により需要が喚起され、もはや死にかけていたSpiderのような既存のモデルの販売までもが息を吹き返したのです。

ヨーロッパのメーカーが「どうせそんなニーズはない」と思い込んでいたマーケットに実はこれほどまで潜在需要があり、自動車という成熟商品にもまだプロダクト・アウトという手法に可能性があることの証明が、このユーノス・ロードスターの成功だったのですが、一方でアルファ・ロメオにとってこの115Spiderを製造し続けたのは別に企業戦略でも何でもなく、単に製造を止める理由がなかったからと、アルファ・ロメオにとってSpiderというモデルが常にラインアップの中にあるのは「当たり前」であったからに他なりませんでした。

もちろんそれはユーノス・ロードスターとは異なり、伝統的に専用シャーシではなく、中型のベルリーナやスプリント用のシャーシを流用したものであったため、これらがモデルチェンジされなければ当然Spiderも新型になれなかったのは言うまでもないでしょう。
従って、1989年に発表されたユーノス・ロードスターの大反響に対して、アルファ・ロメオにできたことはデザイン的に不評だったSr.3をフェイスリフトすることしかなく、アルファ75の後継モデルであるアルファ155の開発に注力せざるを得ない経営環境では、新型Spiderの開発スケジュールは後回しにせざるを得なかったのです。
当時のピニンファリーナのチーフデザイナーであったエンリコ・フミアさんは早くにこの新型Spiderのプロジェクトに係わり、デザイン段階は既に終了していたにも関わらず、新型Spiderのプロジェクトは延期されてしまいます。
そしてその代わりに依頼されたのが、現行の115Spiderのフェイスリフトだったのです。

エンリコ・フミアさんは不評であったSr.3の空力パーツを全て取り除き、発表当時のDuettoをモチーフにフロントフェイスとリアをデザインし直します。そしてそれは厳しいコスト制約の中でのリデザインで、当時のアルファ・ロメオには明らかにモデル末期の115Spiderのために注ぎ込む資金はありませんでした。

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しかし、エンリコ・フミアさんは最低限のパネル変更のみで115Spiderを蘇らせることに成功します。そのスタイリングは最初からのデザインであるかのように全く違和感がなく、特にリアのデザインはアルファ164のデザインで成功した一本のライン上にライトをまとめることにより、アルファ164、33と共に当時のアルファ・ロメオの共通したデザインアイコンを形成していました。

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そして北米のディーラーからの強い要望に答え、ようやくパワーステアリングとATミッションを搭載し、衝突安全対策のためにエアバッグまで装備したSr.4と呼ばれるモデルは、その24年という長寿の末に画期的な販売台数を記録することとなります。

ここからは想像なのですが、これらの経緯を見る限り、アルファ・ロメオにはもともとSr.4という企画はなかったのではと思うのです。アルファ・ロメオは本来の計画では1991年から1992年頃に新型Spiderの発表をするつもりだったのではないでしょうか。ピニンファリーナに依頼された新型Spiderのデザイン案は1987年に完成していたことからも、このスケジュールは現実的です。
ところがこのプロジェクトは延期されてしまいます。そもそもの計画がFiat傘下への経営統合とは無関係で進められていたために、実際にFiat主導により進められた新型ベルリーナの155プロジェクトによって、アルファ・ロメオの既存のプロジェクトは全て白紙となってしまったのですから、この延期は仕方なかったと思いますが、一方で延期されたピニンファリーナはたまったものではなく、「じゃあ何か仕事をくれ」ということになり、急遽発注されたのがこのSr.4ではなかったでしょうか。
1990年というSr.4の発表時期を考えると、アルファ・ロメオがユーノス・ロードスターの発表に刺激されて計画したとは思えず、むしろピニンファリーナを宥めるための臨時プロジェクトであったと考えると得心ができます。それに、アルファ・ロメオはそもそも他社の動向を気にするような状態ではなかったでしょう(笑)

ところが結果としてユーノス・ロードスターに対抗するタマとして、世の中にはこのSpiderしかありませんでした。しかも相手は5MTの設定しかなく、「ATだったら」という潜在顧客にAT仕様のSr.4Spiderはアピールし、北米での販売だけでなく、日本を始めとする販売国全てにおいて販売台数が急上昇することとなります。とは言ってもそれはあくまで「ある程度」といったレベルであることには変わりなく、115Spiderの歴史の最後の花道を飾ることにはなっても、さらなる延命とはなりませんでした。
結果として115Spiderは1966年の誕生から1993年まで27年間に亘り製造されました。その全ての時代において必ずしもトップセールスを記録したわけではありませんが、いつの時代でもアルファ・ロメオがアルファ・ロメオであり続けるためにSpiderは必要で、アルファ・ロメオからSpiderが販売されているだけでファンは安心したことも確かです。

クルマとして見たときに115Spiderはその欠点ばかりが目に付きます。NAのDOHCエンジンを縦向きにフロントに置き、リアを駆動するというコンベンショナルなレイアウトはユーノス・ロードスターと共通であっても、ボディ剛性はオープンであることを割り引いても劣悪ですし、内装のクオリティはとても新車とは思えないレベルでした。後付のエアコンもマニュアルエアコンで効きは悪く、ライバルにない頼みのATも原始的な3ATと時代遅れの感は否めないものでした。
しかし、このクルマは間違いなく1990年代に新車として生産され、ユーノス・ロードスターと同じ時期に販売されていたのです。そして同じく製造から20年が経過しようとする現在、中古車価格は完全に逆転し、115Spiderの価値は下がることはありません。
クルマとしての価値は20年オチの中古車は限りなくゼロで、どちらも敢えてそれを買うような価値はないにも関わらず、それでも115Spiderが高値で流通しているのは、新車のときからボロかった115Spiderがその新車当時から現在に至るまで、比較対照してクルマを選択するという尺度では測られなかったからなのかも知れません。

しかし、一方でユーノス・ロードスターをベンチマークにしたオープン2シーターのマーケットは厳しい比較対照の時代に突入して行くことになります。

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開かずの扉

雪国にお住まいの方にとっては常識かも知れませんが、東京の場合はクルマに対する降雪対策も凍結対策も不十分で、突然の降雪では備えがないために困った経験がある方も多いのではないかと思います。
東京は例年最低でも一度は雪が積もるのですが、今年もちゃんと雪が降りました。さすがに雪下ろしをしなければクルマを出せないほどではありませんが、それでもそれなりの雪や凍結対策をしなければクルマを傷めてしまうことがあります。

青空駐車を前提にお話をさせていただくと、まずはワイパーです。通常、ワイパーはフロントガラスに密着しているものですが、フロントガラスに積もった雪が凍結した状態でワイパーを動かすとゴムを傷めてしまいます。またワイパーモーターにも負担をかけてしまいますので、とにかく凍ってしまったらワイパーを動かしてはいけないのですが、都会の人はついやってしまうようです。
また、雪国ではフロントガラスの凍結防止に古毛布を被せておいたり、ワイパーアームを上げておいたりするようですが、東京ではまず見かけたことはありません。しかも916Spiderのようにコンシールドタイプのワイパーアームは上げることができないのです(泣)

かくして、暖機運転をしながら積もった雪を取り除き、デフロスターを全開にしてフロントガラスの氷を溶かすことになるのですが、当然時間がかかってしまいます。
しかし、まだエンジンをかけることができるのは良いほうで、鍵穴が凍り付いてしまうとクルマの中に入ることすらできません(苦笑)
今回の私がまさにそれで、ドアノブと一体となった鍵穴が凍りついてしまったために、鍵を鍵穴に差し込むこともできなければドアノブも押し込むことができないため、全くドアを開けることができませんでした。これを防止する方法は事前に鍵穴にCRC5-56などの潤滑油をたっぷりと吹き付けておくことなのですが、毎日のことならともかく、急な冷え込みの場合にはつい怠ってしまいます。
こうなると仕方ないので、薬缶でお湯を沸かし鍵穴の上からたっぷりと熱湯をかけて氷を溶かしてやっとのことでドアを開けることができるのです。

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しかし、今回私は不精をしてしまいもっと悲惨な目に遭ってしまいました。
それは同じく明け方に急激に冷え込んだ朝のことです。見た目には雪も何も積もってはいなかったのですが、前の日に降った雨が乾く間もなく夜間に気温が下がったためにやはり鍵穴が凍り付いてしまいました。
ところが助手席のドアは何とか開いたために助手席から乗り込み、運転席側のドアを内側から開けようとしたときのことです。凍りついたロッドをドアオープナーで無理やり動かそうとしたために、バキッという音とともにドアオープナーが利かなくなってしまいました。
どうやらドアの内側で何かが壊れてしまったようです(泣)
幸いなことに窓は開けることができましたので、腕をドアの外に出し、ようやく溶けた外側のノブを押すことによりドアを開けることができました。ということはドアの開閉機構ではなく、内側のドアオープナーを壊してしまったようです。お湯を用意するのをサボったツケは結構面倒な結果になってしまいました。

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早速、主治医にドアをバラしてチェックしてもらったのですが、案の定ドアオープナーとロッドを繋ぐ部品が折れてしまっていました。日常ではそれほどテンションがかかる部分ではないために、その材料はプラスチック製なのですが、凍ってしまったドアノブと連動しているロッドを無理やり動かそうとしたためにその強いテンションに耐えかねたのでしょう。構造を少し考えれば分かりそうな結末なのですが、急いでいたためについやってしまった失敗でした。

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何とか応急修理で割れたクリップを修復してドアオープナーを使えるようにしてくれたのですが、強度はますますなくなってしまいましたので、早急に部品を交換しなければなりません。

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早速ePERで部品図をチェックして見ると、何とか単品での部品設定があるようです。もしASSY交換であれば財布も悲惨な目に遭っていたでしょう(苦笑)

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916Spider/GTVのドアノブはその構造がデザイン優先であるために、ボタン上のノブの中心に鍵穴があり、そのボタンを押し込むことでロックを外す構造となっています。一見すると鍵穴だけでドアノブがないように見えるのですが、実用性を考えると決して褒められたものではなく、マニキュアをした女性にとっては実に操作しにくい構造です。
実際にデザイナーのエンリコ・フミアさんにその点を指摘したところ、

「女性にドアを開けさせてはいけない…」

とやり返されてしまいました(笑)。

「女性がオーナーの場合はどーするんだ?」

とさらに食い下がったところ、単に肩をすくめて終わりとなってしまったのですが、その操作性の問題に加えて今回は凍結時の問題もあることが分かりました。

イタリアも雪は降るはずですし、今度フミアさんに会ったときにさらに突っ込んで見たいと思っています(苦笑)

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病気の再発

最近の健康状態からこのタイトルで記事を書くとびっくりされてしまうかも知れませんが、カラダの病気とは異なるもう一つの慢性疾患ですのでご安心ください(苦笑)

毎度毎度ではありませんが、サンクスに行く機会があればつい例のブツがあるコーナーをチェックしてしまいます。
もちろん積極的に京商のサイトをチェックしたりまではしていないのですが、コンビニに行ったついでに…という軽~い感じでサラっと横目で見て、仮にマズいものを見つけてしまったとしても、そこは上手くやり過ごして来たのですが、どうしても無理な場合もあるものです(笑)

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今回もヤラレてしまったのが、Ferrari Mincar Collection VⅡというヤツで、最初はやり過ごそうと思ったのですが、つい手に取ったのが運のツキで、その車種のラインアップにそそられてついつい買うハメになってしまいました。
しかも、気がついたのが遅く、店頭では既に販売が終了しかかっていたために、いざその気になってもブツそのものがなく、結局買えたのは6箱どまりでした。しかし全く車種がカブらずに6車種をゲットできたのは日頃の善行の賜物でしょう(爆)

さて、このサークルK/サンクスで販売されてきた京商の1/64ミニカーですが、当初はミニカーの新しい販路を模索することを目的とした試験的なものであったと聞いています。確かにそのラインアップは当初は子供も意識したメジャーな路線だったのですが、コンビニで売るという流通形態が定着するようになるにつれ、もはや大人の中でもその筋のマニアしか見向きもしないのではないかという車種までモデル化されるようになりました。
このシリーズの魅力はまさにそのラインアップの魅力と、ブラインドボックスという買って見なければ分からない仕掛けに加えて、ミニチュアカーそのものの魅力で、京商のたゆまぬ改良の努力の成果がシリーズ毎に見ることができることです。

今回のシリーズではサイドミラーのモールドが随分とシャープになりました。1/64スケールでしかも組み立て式だと、こうした突起物は破損する可能性に加えて、子供にケガをさせる可能性もあるために、最初からモールドしないか、さもなければわざと大きくモールドしておくものですが、今回のシリーズではそれを極限まで追求しています。

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その例をご覧に入れましょう。これは288GTOですが、実車のサイドミラーは無骨で高くそそり立っているのが特徴です。

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いかがでしょう。とても1/64スケールとは思えない再現度です。

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一方、こちらは512BBですが、288GTOとは正反対でコンパクトなビタローニ製のサイドミラーを装着しています。

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そのビタローニ製のミラーもここまで再現されています。

比較対照のためにこのシリーズの初期モデルであるアルファ・ロメオコレクションの第一作の中からES30をご紹介しましょう。

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そのスタイリングに関しては何の文句もありません。1/64スケールであることと加えてそのお値段を考えると、当時はこれが限界だと思っていました。

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しかし、サイドミラーを始めとするディテールの再現度は明らかに最新のモデルと比べると劣っています。ウインカー部分も塗装で再現されていますが、最新のモデルであればここもクリアパーツとされているでしょう。

このようについ買ってしまうこのシリーズですが、一体今までどのくらいのミニチュアモデルが発売されたのか…と思っていたら、その全てを見ることのできる場所がありました。

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それはフェラーリ美術館跡に出来たミュゼオ御殿場の中にある京商ギャラリーに展示されているのです。
仮に全てのシリーズをフルコンプで集めるとこれだけの量になることに驚いてしまいました。

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記念すべきFerrariの最初のシリーズです。

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そしてこちらは第4集となります。こうして連続して見るとその改良の足跡が良く分かります。

既にミニチュアモデルとして確固たる地位を築いた感のあるこのブラインドボックスですが、これからもオトナのマニアにコンビニ通いをさせてくれるような企画を心より願っています。

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CAR DISC

自分で直接メンテナンスを行わなくても、愛車の構造がどうなっているのかや部品の調達のためにメンテナンスマニュアルは持っていて重宝するものだと思います。
以前にも書きましたが、スペシャルショップがない地域であってもこうしたマニュアルや交換部品とともにクルマを持ち込むことによって、ある程度の重整備も可能になるのですから機会があれば入手しておいて損はないと思います。
しかし、メンテナンスマニュアルは本来正規ディーラーの整備部門のために編集され配布されたものですから、一般に出回るようなものではありませんし、自動車関係の書籍の専門店などでたまに見かけても、おいそれと手が出るようなお値段ではないのです。

そんな中にあって心強いのがCar DiscというCDで、これには英語版ですが旧いアルファ・ロメオのサービスマニュアルが納められています。このCDにはパーツリストも含まれているために、ePERで検索できないアルファ33以前のアルファ・ロメオのパーツNo.を調べることも可能です。

今回私が入手したのはSr.4のSpiderのものなのですが、部品に関してはePERで対応できるために、マニュアルについては後回しにしていました。
さて、その内容ですが…まずはワークショップマニュアルです。

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これはメンテナンスメカニックのためのマニュアルで、そのクルマの整備手順や注意事項から使用する工具に加えてセッティングデータなどが詳細に記載されています。
もちろん記載はあくまでプロの整備士用ではありますが、整備士の資格にグローバルスタンダードはありませんので、その内容はかなり丁寧に書かれています。中には「馬鹿にしてるのか?」と思われるような記述もあるのですが、それでもあるベテランメカの方は、サービスマニュアルが手許にあれば必ず目を通すそうです。その理由は気がつけば我流でやっているようなところもあるし、自分の経験と知識のおさらいが出来るからとのことでした。

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ワークショップマニュアルは482ページからなり、それがPDFファイルで収録されています。確かにこれをハードコピーで持つとなると嵩張りますし汚損の可能性もありますから、電子データになっているのは有難いものです。
しかし、このデータのソースはあくまで紙のマニュアルで、それをスキャナで読んでいるのですが、どうやら中古品を基にしているようで、ところどころにメカニックの落書きがあるのがご愛嬌です。
参考までに一部その内容をご紹介しましょう。どの部分にしようかと思ったのですが、やはり思い出深い(笑)プロペラシャフト部分にしました。

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続いては電気ユニットの説明ですが、何のことはない単にリレーやら制御ユニットがクルマのどこにあるかを説明しただけのものです(笑)。しかし、知らないといざと言う時に探し回るのも確かですから、こうした説明は結構有難いものです。

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さらに収録されているのは2.0Lエンジンのオーバーホールマニュアルです。仔細に観察するとどうやらこれは北米のアルファ・ロメオが独自に制作したもののようで、その記述は実に細かく丁寧に説明してあります。

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うがった見方をすると、北米のアルファ・ロメオのディーラーメカニックの技術レベルはイタリア本国で制作されたワークショップマニュアルの記述だけでは難し過ぎたのかも知れません(苦笑)
この想像は同じく北米で制作されたソフトトップのマニュアルを見たときに確信に変わりました。

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エンジンオーバーホールマニュアルと同様に、このソフトトップマニュアルはDIYでソフトトップを張り替えるユーザー向けかと思われるほどの懇切丁寧なマニュアルだったのです。

このCDには更にメンテナンスビデオが収録されており、それはエアバッグの脱着及びリセットの方法と、雨漏りのチェック及び対策の2編なのですが、雨漏りのチェック偏は大真面目なだけに結構笑えます。
このビデオは同じく北米のアルファ・ロメオがディーラー向けに制作したものなのですが、前述したマニュアルと同様に実に細かいと言うかクドいと言うか、まるで深夜の通販番組を見ているようなのです(笑)。
北米のアルファ・ロメオが自主?制作したこれらのマニュアルやビデオは、英語であることは言うまでもないのですが、その言葉の問題を補って余りあるほどの内容で、中途半端に書かれた日本語のマニュアルよりはるかにシロートには分かりやすい内容です。

興味がある方は購入してみてはいかがでしょうか。

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心筋梗塞って何??

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おおよそブログのテーマとはマッチしないのですが、やはりこれは記事にしてお知らせしておかねば…と思ったのは、私の人生において初めての入院であったからではなく、この原因となった病気が一般的には知られていても、いざ自分に起こったときに意外に分かりにくい病気であるからです。すなわち、自分の身に起こったときにその可能性を疑わなければ処置が遅れてしまい、最悪の事態を招く結果になるやも知れないのです。

「心筋梗塞」という病気は身近で良く聞く機会が多いと思います。また身近で心筋梗塞を経験された方をご存知の方もいらっしゃるでしょう。死亡の原因として語られることの多いこの病名ですが、決して心筋梗塞=死亡という病気ではなく、むしろ常態化している病気で悪化した場合に最悪、死に至る…というのが適切な表現なのかも知れません。

さて、そもそも心筋梗塞とはどんな病気なのかと言いますと、一言で言えば、心臓を動かすための血流を供給する血管(冠状動脈)が詰まることにより、十分な血液が供給されなくなり心臓の活動を阻害する病気ということになります。
私たちの趣味で言えば、インジェクター若しくはキャブレターにガソリンを供給するフューエルラインが詰まったことにより、燃料の供給が減りシリンダー内の混合気が薄くなってしまいエンジンが息継ぎを起こしてしまうことに例えられるでしょう(笑)
この例えで言えば、最悪はエンジンストールとなるのですが、クルマの場合は簡単に再始動を試みることができても、人間の場合は心臓が停止してしまえば仮に再始動することができたとしても、その影響は深刻であることは言うまでもありません。

次にその症状ですが、これが結構重要です。クルマと同じで私たちは症状からそのトラブル原因を推測することしかできませんから、それが重大なトラブルなのか何かのついでに工場で診てもらえばよいのかを最初に判断するのはオーナーです。
実は困ったことに心筋梗塞の場合はその症状が心臓系のトラブルだと分かりづらいのです。
私の場合は最初、胸に何かが痞えたような鈍痛から始まりました。ちょうど餅か何かが咽喉に痞えたような…という表現が適当でしょう。そして次に発汗で、冷や汗がどんどん出てきてポタポタと滴り落ちるほどになりました。そうしていると今度は手が痺れてきてカバンを持てないほどになったのですが、ここまで来てようやくこれはタダゴトではないと考えるようになりました。
もし私が前日に深酒でもしていたら酷い二日酔いと考えたかも知れません。また運動中にこの症状が出たら単に「バテただけ」と考えたかも知れません。とにかく心臓が直接痛んだりするワケではないために予備知識がないと、症状が心筋梗塞と結びつかないのです。
他にも心筋梗塞と疑われる症状には、顎や後頭部、左上腕が痛くなったり吐き気がしたりする場合もあるそうです。また無痛性心筋梗塞と呼ばれる症状だとさらにタチが悪く、名前の通り無痛ですから症状のサインが分かりません。心不全や不整脈が出て初めて心筋梗塞と診断される例もあるようです。
とにかく上記の自覚症状から心筋梗塞と自己判断するには予備知識が必要だと思います。心筋梗塞を起こしたらその治療は時間が勝負ですので、どれだけ早く専門医の治療が受けられるかが鍵となります。自分の身にこれらの症状が起こったら、第一優先で心筋梗塞を可能性として考えることをオススメします。また周囲の人がこれらの症状を訴えたなら同じく心筋梗塞の可能性を指摘し、少しでも思い当たるフシがあれば即治療することを勧めてください。

仮に心筋梗塞と診断された場合は、その治療法を選択することとなります。もちろん緊急の場合は「お任せ」となるのは言うまでもありませんが(苦笑)、それでもその治療の選択肢を知っておくことは必要だと思います。
心筋梗塞の初期治療は大別すると2種類あり、古くからある手法がバイパス手術と呼ばれるものです。これは閉塞した血管部分を避けて新しい血流ルートを作ってやるというもので、クルマに例えると新しいフューエルパイプに交換してやると考えれば良いでしょう。その手術方法も二種類あり心臓(エンジン)を止めて手術する方法と心臓を止めずに手術する方法があるようです。クルマの場合はエンジンをかけたまま修理というのは有り得ませんが、心臓の場合は止めるわけには行きませんので、人工心臓に切り替えて血管を修復するという方法は必須で、こうすれば大規模な動脈の引きなおしが可能です。
ただ、この場合は開胸手術となりますし、人工心臓からオリジナルの心臓に切り替え、再始動させるときにそれなりのリスクもあるようです。そして術後の回復期間も長くなるので仕事を持っている方にはこれも重大な問題でしょう。
しかし、問題となる血管を使用しないという点で、再発リスクを極小化できるため、バイパス手術は重症の場合には決定的と言えます。

次の方法がカテーテルと呼ばれる方法で、そもそもは検査のために開発された手法です。それは動脈の中に造影剤を入れることにより閉塞している部分を観察するというものだったのですが、それをさらに進歩させ、バルーンカテーテルと呼ばれる方法に進化しました。それは造影剤を注入する管(カテーテル)の先端部分を膨らませ閉塞している血管を内側から広げることにより血流を良くするというもので、検査と治療を一度に行うという画期的な方法です。
しかし、バルーンを使って血管を広げてもカテーテルを抜くと再度塞がってしまうこともあるため、さらにステントと呼ばれるメッシュ状の筒を血管の中に留置することにより再狭窄を防ぐという方法が開発され現在に至っています。
カテーテルを用いた治療の最大の利点は開胸手術をしないで済むことで、それは術後の回復期間に直結します。
ただし、決して万能であるワケはなく、閉塞している部位によってはカテーテルによる血管の拡張が難しかったり、基本的には現在の血管を使用するために、動脈硬化が酷かったりすると拡張することにより血管が破れてしまったりと前述のバイパス手術とを状況によって使い分けているのが現状です。
ただ日進月歩なのがこのカテーテル法で、以前はバイパス手術が選択されていた場合でもカテーテルで治療できるようになって来ましたので、今後はこの方法がどんどん採用されて行くであろうと思います。
事実、私の場合は三本ある冠状動脈の全てが狭窄していたのですが、今回はその内2本をカテーテルにより広げ、血流を確保すると同時に、薬物により血流を促進し、経過を観察しながら3本目をどうするか決めようということになりました。

カテーテルは最新の設備に支えられていることは間違いありませんが、その作業そのものは職人技を必要としており、多くの実施例を持つ病院で行うことが重要となります。今回私が入院した病院は紹介されて行ったとは言え、結果としては最良の選択でその設備もスタッフも充実した都内でも屈指の病院でした。

さてトラブルの症状と修理方法をご紹介しましたので、最後はその原因と再発防止策なのですが(笑)、これまたクルマも同様で新車のうちならば血管に例えたこうしたゴム類もまだまだ元気なのですが、旧車ともなるとゴム類の硬化と不純物による詰まりが出てくるものです。
クルマの場合は劣化したゴムは交換すれば良いことなのですが、人間の場合はそうそう交換するワケにも行きません。
そこで原因を分析することにより、その発生を予防することとなるのですが、クルマと異なり人間のエンジンは使用しないワケには行きませんので、以下の原因のなかから排除できるものは排除し、コントロールできるものは減らすようコントロールするしかありません。
当然ながら、心筋梗塞が発症する原因は複数あり、複数の原因が共に重複する事で心筋梗塞発症の危険性も高くなります。

1.喫煙
タバコの煙には活性酸素が含まれており、血管内皮細胞を刺激する事により、様々な悪影響を引き起します。喫煙により、心筋梗塞の発症率は格段に上昇し、動脈硬化を促すのはもちろん、心筋梗塞や狭心症、動脈瘤、脳血栓 、脳塞栓などの発症リスクが高まります。
私は30年以上の喫煙者ですが流石に今回ばかりは禁煙をせざるを得ないと思っています。アルファ・ロメオのV6エンジンのような名機ではありませんが、私にとっては唯一無二のエンジン(心臓)です。しかも50年落ちのエンジンですのでそろそろ労わってやらねばなりません(苦笑)

2.高LDLコレステロール血症
これは心血管疾患に対し唯一悪影響を及ぼすもので、コレステロール検査の検査値の中でも重要視されています。いわゆる血液ドロドロ…というヤツです。小理屈をこね回す必要はなく、明らかに血管や心臓に悪いでしょう。
最近はTVで芸能人が血液サラサラ度を競い合っていますが(笑)、食生活を改善することにより少しでも粘度を低くしておく必要があります。旧いクルマの場合はオイル漏れを防ぐために粘度が高めの鉱物油が好まれますが、人間の場合は粘度の低い化学合成油と同様の性能が血液にも求められます。

3.糖尿病
糖尿病は大血管合併症を発症させ、心筋梗塞や狭心症といった虚血性心疾患、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症の原因となり、大血管合併症では一番に心筋梗塞が多いとされます。
私の場合は血糖値が高めでしたので、やはり…というか当然の結果だったのかも知れません。
血糖値をコントロールすることはリスクコントロールとしては重要で、どうやら今後の生活の基本となるようです。

4.高血圧
高血圧は動脈硬化の原因となるのですが、心臓に酸素を供給するこの冠動脈が動脈硬化を起こすと、血管の内側を狭めるために心筋梗塞や狭心症が起こりやすくなります。また、高血圧で心臓に負担がかかると、血液を送り出す左室の筋肉壁が厚くなる「左室肥大」を起こします。 心臓が肥大すると心臓へ血液をより多く供給する必要が出てくるのですが、この時点ではすでに血管が狭まっていますので、血液供給量は減少する一方です。この悪循環のまま肥大した心臓に負荷をかけ続けると、最終的には心不全に陥ることになります。

5.ストレス
日々の生活や仕事などの日常生活でのストレスも心筋梗塞の発症率を高める要因になっています。このようなストレスは、血圧や心拍数、心拍出量、呼吸数、気管支拡張にも深く関係しており、血糖値やホルモンの分泌にも影響を及ぼす事も知られていますが、現実にストレスを回避する生活は難しいと思います。むしろストレスを溜めないように日常生活の中で解消する方法を見つけるのが現実的でしょう。幸いなことにアルファ・ロメオやそれを取り巻く仲間たちの存在は私にとって何物にも換え難いストレス解消の方法となっていますので、これからもこの趣味に邁進したいと思っています(笑)

6.肥満
肥満により体内の体脂肪が増加蓄積すると心筋梗塞のリスクを高めると言われています。
肥満には主に内臓脂肪型肥満と皮下脂肪型肥満の2タイプがあり、メタボリック・シンドロームと診断された人は、心筋梗塞の発症リスクは通常の3倍だそうです。
肥満の影響は、睡眠時無呼吸症候群や貧血にも及び、高血圧や高脂血症、不整脈、虚血性心疾患、脳血管障害などの血管疾患や、糖尿病との合併症により危険性が増大します。このように肥満は改善せずに放って置くと、合併症が心筋梗塞のリスクを高めてしまいます。
だから痩せなければ…と自分を追い込むとストレスになりますし(爆)、楽しみながらウェイトコントロールをするのが一番だと思います。

こう考えると人間の身体はいかにフクザツに出来ているかが良く分かります。メカニズムという観点で見れば人間の身体に比べればクルマなんてシンプルなものだとも思いますが、一方で容易に悪い部品を交換することができるクルマがちょっと羨ましいのも確かです(笑)

また決して強がりを言う気はないのですが、上記のような身体に良いこと全てに気をつける生活なぞ現実的にはできないことも確かだと思います。また仮に注意をしていたとしても病気にならない保証なぞはありません。
それでも、さして名機ではないエンジンを搭載した50年落ちのクルマ(身体)をドライブするわが身は、これからは少しでもクルマを労わりながら、トコトコと走り続けることができれば良しとして行こうと思っています。

皆さん自身、若しくは身近な方に心筋梗塞が起こったときに、この記事を読んでいたことが少しでもお役に立てれば、それは不幸中の幸いだと思います。

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