走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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憧れのポケール

私の手許には、恐らく後の人生で全て作れるとは思えない程のプラモデルがあります。そしてそれらは一度は「組み立てた」ものなのですが、その組み立て方は殆どのモデラーが一度は罹患する「積んどく病」という病気によるものです。

この病気は別名「未完成病」とも呼ばれ、プラスチックモデルを買うと、箱を開けてパーツを検分し、組み立て説明書を見ながら、あそこをあーして、こーして・・・とアタマの中で組み立ててしまうというもので、それをひとしきりやった後は、「とりあえず」満足してしまい、キットそのものは積んで置かれてしまうこととなります。かくして、どんどん実際には組み立てていないキットばかりが溜まっていくという副作用を生むことになるのです。

そして、そのアタマの中でのシュミレーションで、恐らく二度と箱を開けることのないものと、ひょっとしたら本当に作るかもしれないものに分類されるのですが、二度と箱を開けることのないものとは、あまりにパーツ割やバリが酷かったり、自分のスタンダードレベルで完成させるためには相当の改造を要すると判断されたものなのですが、じゃぁ何故そんなキットを買ったのか・・・と言うと、これまた悲しい性で、以前の記事でご説明した「一期一会」の法則に従ったまでのことなのです。

それらは圧倒的に輸入キットに多く、店頭で一度手にしてしまうと、「これを逃したら二度と手に入らない・・・」という脅迫観念に襲われ、気がつくと買ってしまったものなのですが、そんな中にあって、永年そのどちらにも分類できずにいたキットがポケール社のFerrari Testarossaです。

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サイズが分かるようにタバコの箱を一緒に写してみました。1/8スケールを実感していただけるかと思います。

ポケール(Pocher)社はイタリアの精密模型メーカーで、その1/8スケールという大型模型はワンオフで作られるハンドメイドのモデルと競合するほどの出来栄えでした。素材はプラスチックをメインにしていながら、ボディはダイキャスト製の焼付け塗装済みで、併せてその個々の部品に様々な素材を組み合わせて作られたキットはマニアの垂涎の的となっていました。
設立当初はごく普通のプラスチックモデルを製造していたポケール社ですが、その精密射出成型の技術に目を付けた、同じくイタリアのリバロッシという鉄道模型のメーカーの傘下に入ります。
リバロッシは精密な金属製の鉄道模型を製造しており、これからの素材としてのプラスチックに着目していたからなのですが、奇しくもポケール社はこのリバロッシの傘下に入ったことにより、一方で精密な金属部品の製造が可能となり、勇躍1/8スケールという前代未聞の組み立てキットを開発することになります。
当初、選ばれた題材はクラッシックカーのラインアップでした。大スケールのこれらの自動車模型のマーケットは完全にオトナのもので、実際のクルマが買えるほどの大金を投じてハンドメイドの模型を購入する顧客層があったため、その高価な値段でも充分販売が可能だと考えてのことでした。
特筆すべきはリバロッシ社の金属加工技術を導入したワイヤースポークホイールで、その素晴らしい出来栄えがなければ1/8スケールという大スケールでのクラッシックカーは成立しなかったでしょう。

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ずっしりと重い箱を開けると整然とパーツが詰まっています。

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ダイキャストパーツは焼付け塗装されています。ボディシェルは強度も充分で経年変形もありません。

ロールス・ロイス、ブガッティ、アルファ・ロメオ、メルセデス・ベンツなどの戦前のモデルが続々と開発され、その精密な出来栄えにマーケットは目を見張りました。もちろんそのお値段も超弩級で、発売当時は為替の問題もあったとは思いますが、優に5万円~10万円近くしたと記憶しています。
後に、クラッシックカーのラインアップから手を広げ、今回ご紹介するFerrari TestarossaやF40、さらにポルシェ911など現代のクルマも手がけるようになったのですが、従来と同じコンセプトで作られた1/8スケールのこれらのキットはどれもが決定版と呼べるもので、モデラーなら一度は作ってみたいと思わせるものでした。

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プラスチックパーツです。パーツ割りや部品点数は標準的だと思いますが。やはり1/8スケールだと全てが大きいです。

しかし、その後のポケール社は様々な問題を抱えることになります。一番の問題が版権で、ロールス・ロイスやフェラーリのモデルを新規に開発したり販売できなくなってしまいました。また親会社であるリバロッシが倒産してしまったこともあり、現在は活動を完全に休止しており、ポケール社そのものが倒産したのかどうか定かではありませんが、結果としてポケール社の全てのモデルは絶版となってしまいました。確かに再販を願う声は世界中にあるのですが、版権の問題に加えて金型の権利、製造技術などの点から、他社においてもおいそれと再販はできないと思われます。

日本に輸入されたポケール社の製品は少なく、このTestarossaも苦労して入手したのですが、さすがにこれだけのキットとなるとアタマの中でシュミレーションするのも困難で、買ったは良いけど放置してあったというのが実情です。
内容はご覧のとおりで、組み立て説明書を見るだけで、実車の構造が分かる優れものです。ただし、組み立てることを前提に良く見ると、この説明書は結構不親切なところもあり、田宮模型の組み立て説明書のように、そこに書いてある通り組めば出来上がる・・・というシロモノではありません。

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例えばエンジンパーツだけでもこれだけの部品が用意されており、パイピング程度で特に追加加工をせずとも精密な水平対抗12気筒エンジンが組みあがります。と書きましたが、このキットの組み立てには結構な組み立てスペースと、それなりの技術が必要ですので、初めてモデルを組み立てる・・・というヒトには向かないと思います。また、前述したように組み立て説明書の不親切な部分は、作り手がある程度自動車の構造を理解しているという前提でのもののようですので、それらの知識も多少は必要かと思います。

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オークションなどを見ていると完成済みのものはたまに出品されていますが、全くの未組立品は殆ど見ませんので、どうやらこれは貴重品のようです(苦笑)
しかし、このまま持っていても一生組み上がるとは思えませんので、どなたかちゃんと組み上げてくださる方にお譲りしようと思います。
オークションに出品していますので、欲しいという方は是非入札をお願いしますね(笑)

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バブルの功績~アルファ・ロメオの広報誌~その弐

前回ご紹介したアルファ・ロメオの広報誌の日本語版「Quadrifoglio」に関しては、予想外に多くの反響をいただきました。それらは「懐かしい・・・」というものから、「初めて見た・・・」というものまで様々なのですが、懐かしいと感想をお寄せいただいた方の中にもどこかに失くしてしまった・・・という方もおり、今回ネタにさせていただいたことで、改めて残念がっていらっしゃるようです。

こうしてブログを書いていて思うのですが、文章を世の中に残すというのは結構難しいことで、単行本として世に出たものであれば、例え売り切れたとしても再版されれば、半永久にその文章は世の中に出続けることとなります。一方で雑誌などは一度印刷されると追加されることはありませんので、その記事は基本的には読み捨てられてしまうのが運命で、一度発行された雑誌の記事はそのダイジェスト版(最近の流行のようですが)などが出版されない限り、ヒトの目に触れ続けることはありません。さらにご紹介している広報誌などはもっと悲惨で、それを発行した企業ですら保管していないケースが多々あるのです。

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そんな儚い雑誌や広報誌の記事の中にも、読み捨ててしまうのはあまりに勿体無い力作が多々あり、今回ご紹介しているアルファ・ロメオの広報誌もその中の一つだと思います。
手許に送られてきた当時は、創刊号の内容の濃さに驚いたものですが、こうしてご紹介するために改めて全体を読み返してみても、その驚きは色あせることがありません。
本日ご紹介する第2号は創刊号から半年後の1992年6月に発行されたもので、創刊号に負けず劣らずの内容です。

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巻頭特集は創刊号と同様にイタリアの文化を紹介したもので、「ベネチアと肩を並べるもうひとつの水の都トレヴィーゾ」と題して、日本人には殆ど知られていないもう一つのイタリアの水の都を紹介しています。

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ベネチアが海水の都であることに対して、トレヴィーゾはアルプス山脈の伏流水が流れ込む真水の都で、中世にベネチアを外敵から守るための要塞都市として築かれ独特の文化を持つ街・・・だそうです(苦笑)

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他の広報誌と一線を画すのがこの「Quadrifoglio」で、新型車であるアルファ155の紹介記事がなんと見開き1ページしかないのです(笑)
本来ならば大々的に採り上げるべき題材も、そんなものをこの広報誌の読者が望んではいないことを良く知っているのか、自分たちがどーでも良いと思っているのか・・・不思議な広報誌です。

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そして遥かに多くのページを使って特集しているのが、「アンティーク時計の歴史にその名を記した逸品の輝き」と題した、機械式のアンティーク腕時計の紹介ですから恐れ入ります。

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そして続けて特集されているのが、「ハリウッド黄金時代のスターが愛した名車たち」と題して、パリのバガテル公園で開かれたエレガンス&レストレーション・コンクールの模様を紹介しています。

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ここで採り上げられているのは往年のハリウッドスターが所有していた名車たちで、その中にちゃんとアルファ・ロメオも含まれています。
戦前から富の象徴はロールス・ロイスではありましたが、それだけでなく、ブガッティ、イスパノ・スイザ、デューセンバーグなどと並んで、アルファ・ロメオもそのスポーティさからハリウッドスターに愛されたモデルであったことが分かります。

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そして、「サーキットを駆ける百戦錬磨マシンと若き精鋭」と題して、イタリア国内レースで活躍する新進ドライバーとそのマシンを紹介しているのですが、日本では殆ど知られることのないイタリア国内レースの事情が分かり興味深い内容となっています。

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紹介されている写真はどれも美しくも、珍しいものばかりで、やはり日本語で読めることがありがたいその記事の内容とともに楽しませてくれます。

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最後は創刊号からのシリーズ企画で、「レースに勝てるファミリーカーづくりに燃えた男たちの栄光と挫折」と題して、カロッツェリアの歴史を紹介しています。

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その栄光側はスタビリメンティ・ファリーナで、その創設者であるジョヴァンニ・ファリーナとその弟であるピニン・ファリーナの存在により、現在までもカロッツェリアの代表的会社として有名であるのに対して、挫折側はファルコで、あの有名なアルファ・ロメオのワークスドライバーであったアントニオ・アスカリの兄であるヴィットリオ・アスカリによって設立されたファルコ社は、後にその営業譲渡によりツーリング社にその業務は引き継がれ、社名は消滅してしまうという運命を持つ会社です。

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それにしても何という広報誌でしょうか。確かに新型車の紹介は他の自動車雑誌などに多く特集されていますし、広告も出していますので、わざわざ広報誌で採り上げる必要はないのかも知れませんが、社運をかけてFIAT Tipoとシャーシーを共有し、FF化した新型ベルリーナであるアルファ155よりも、昔のカロッツェリアの紹介に遥かに多くのページを割くような編集方針は、本気で広報誌を営業ツールとして考えているとは思えません。

それがアルファ・ロメオの良いところと言えばその通りなのですが・・・(笑)

次回は第三号の内容をご紹介したいと思います。

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バブルの功績~アルファ・ロメオの広報誌~その壱

ようやく底を打ったと言われているこの不景気ですが、生活者としてはあまり景気が上向いているという実感はありません。
それでも、大型電気量販店に行くと、品定めをする客でごった返していますので、実際に買うかどうかはともかく、消費者の購買意欲は戻りつつあるのかも知れません。

そんな中で、最近何かと引き合いに出されるのがバブル景気の時代のことで、あの狂乱の高景気の中で、個人も企業も投資/消費に明け暮れていた時代は、現在の不景気な時代からすると、その後のバブル崩壊の悲劇より、楽しかったことのほうが取り上げられることが多いような気がします。

企業も潤沢な経費予算を使って、税金を払うよりは・・・と随分無駄なこともしましたが、その中でこのときとばかりにそれまで経費予算がつかず、作ることの出来なかった社史や広報誌などが続々と発行されたことは意外と忘れ去られてしまっているようです。
当時は、制作会社や出版社などから多くの企画が寄せられ、本当に立派な装丁の社史が作られたものです。こういった企画を実現するには調査や編集に膨大な経費がかかり、また出来上がった本も売るためのものではなく、社員や関係者に配ってしまうので、100%企業の持ち出しになるのですが、バブル景気の追い風を受けて制作されたこれらの社史は、今尚、企業にとってはかけがえのない財産となっていることを思えば、あの狂乱も決して悪いことばかりではなかったと思えます。

広報誌も同様で、おおよそ直接的な販売に結びつくとは思えない広報誌が続々と制作されました。当時は「企業メセナ」(文化活動)という名のもとに企業の製品やサービスのPR活動だけでなく、直接的には関係のない題材も取り上げられ、中には学術的にも価値のある研究論文などもあったのですが、もちろんバブル崩壊とともに真っ先に予算が削られ、これまた泡のように消えてしまいました。
しかし、これらの社史や広報誌はその企業の製品の変遷を記した歴史的な資料としても価値があり、その多くが非売品であったこともあり、現存するものは少なく、古書店ではコレクターズアイテムとして高値で取引されたりしているそうです。

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私の手許に3冊の広報誌があります。それはアルファ・ロメオのインポーターであったフィアット アンド アルファ ロメオ ジャパン株式会社が発行した広報誌「Quadrifoglio」で、バブル景気の最中である1991年のクリスマスにその第一号が発行されたものです。
定価1500円で販売されていたこの広報誌は、当時の新車オーナーには無償で配布されており、私のところにも定期的にコーンズ・モータースより送られてきていたのですが、第三号が1993年の4月に発行されて手許に送られてきたのを最後に途絶えてしまいました。

その広報誌の内容は、他の自動車メーカーがクルマを販売するために制作した広報誌とは一線を隔しており、広報誌という目的を超えてイタリアとアルファ・ロメオの文化を紹介したものでした。
本国ではすでに定期的に発行されていたのですが、その広報誌の日本語翻訳版が発行されたということは、当時のアルファ・ロメオが日本の市場に注目していたことを窺わせます。
その、巻頭言にはこのように書かれています。

(前略)
「発行の目的は、日本の多くのアルファ・オーナー、あるいはアルファを愛してやまない方々に、その歴史と伝統についてはもちろん、イタリアの生活の様式、文化、気候風土などをご紹介するためにあります。アルファ・ロメオの神話は、イタリアの価値観と、伝統ある文化や歴史が礎になっていることを読者のみなさんに少しでも実感していただければ幸いです。」
(後略)

当時のアルファ・ロメオは日本人に単にクルマを売るのではなく、イタリアの伝統ある文化を代表するものとしてアルファ・ロメオを紹介しようとしていたことが良く分かります。
それがこの広報誌によって成功したかどうかはともかくとして、まだ1991年当時には、アルファ・ロメオを買うということは、それを数あるクルマの選択肢の中から選ぶのではなく、オーナー自身がアルファ・ロメオでなければならない理由を持っていたと思います。

そんな気合の入った時代のアルファ・ロメオの広報誌の内容を第一号から少しご紹介しましょう。

第一号は4つの特集から構成されています。

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まず最初は「歴史の中から姿を消したエトルリア人の謎」と題して、ローマ時代より前に近代的な文明を確立していながら、消え去ってしまったエトルリアの遺跡を紹介し、近年の考古学によるその検証を紹介しています。これを創刊号の巻頭特集に持ってくるあたりが、イタリアの文化を紹介することも目的としたこの広報誌の高い意識を感じます。

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次の特集は「マニアを驚嘆させた5+1リラの切手」と題した記事で、世界各国で発行されたアルファ・ロメオを図案とした切手を紹介しています。
これまたマニアックな記事で唸らせてくれます。

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ようやく本来の広報誌らしい?記事が「世界で最も速く走る車をつくった男、ウーゴ・ザガート」で、ZAGATOの歴史を紹介しています。この記事は14Pにも亘っているのですが、実に良くまとめられており、私もブログの参考にさせてもらっています。

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そして、最後が「つねに貪欲な挑戦者であり続ける職人たち、カロッツェリアの歴史」と題した戦前から戦後の中小カロッツェリアを紹介した記事は素晴らしいもので、名前すら知らない零細なカロッツェリアを丁寧に紹介しています。
Allemano、Balbo、Boano、Boneschi、Borsani、Brianza、Campari&Sorniotti、Casaro、Colli、Dvx、Ellena。
さて、皆さんはこの特集で紹介されている上記のカロッツェリアのうち幾つご存知でしょうか?

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この広報誌が発行された当時、私は広報業務も担当しており、制作会社からサンプルとして様々な会社の広報誌をいただき、目を通していたのですが、それらと比較してもこれほど読み応えのある広報誌を私は知りません。
このまま続けて発行されていれば・・・と思いますが、予算的にはムリなことだったでしょう。
有料でも良いので再開してくれないでしょうか・・・。

次回は第二号をご紹介しましょう。

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イベントでの掘り出し物

ALFAROMEO DAYなどのイベントでの楽しみの一つは、会場に出店しているブースを見て廻ることだと思います。
日本全国から集まってくる業者の出店は、以前から雑誌の広告などで知っていても遠方で行けなかったり、通販ではなく直接現物を見て買いたいものなどを一度に見ることができるため、考えようによっては通常の値段より少々高くても良いような気がするのですが、こうしたイベントではそれがさらに安くなっている場合が多いのです。しかも、アルファ・ロメオのイベントだと、それに関連するものだけを出品されていますので、通常の店内で探す手間も省けるという利点すらあります。
また、慣れてくると目指す商品が売れてしまわないように祈りながら、イベントの終了間際までじっと我慢して、そろそろ店じまいを始めようかという時に、「持って帰るくらいなら安くしてでも売ったほうが・・・」と店主を説得して、目指す「お宝」を捨て値でゲットすることだってできるのです(苦笑)。

というワケで、毎回イベントに参加するとこうした出店を見て掘り出し物を探すのが常ではあるのですが、最近は掘り出し物に出会うことがめっきり少なくなってしまいました。理由は簡単で、以前なら苦労して見つけて感動した商品も、今やインターネットで検索すれば簡単に見つけることができるようになったために、そもそも「掘り出す」必要がなくなってしまったからなのですが、便利になったことと引き換えに楽しみも少なくなってしまったような気がします。

それでも出店巡りをやめられないのは「ひょっとしたら」と思うからなのですが、以前にお邪魔したカフェ・ド・ジュリアでその「ひょっとしたら」に巡りあうことができました。

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それはずっと探していたプラスチックモデルで、イタリアのPROTAR社製のGiulietta Spiderの1/24スケールのものだったのですが、このPROTAR社は残念ながら倒産してしまったために、その製品は今や絶版となってしまい、こうした機会でなければ入手ができないのです。

PROTAR社はイタリアの会社で、オートバイレーサーでイタリアの国民的英雄であるタルクィニオ・プロヴィーニ氏によって設立された会社です。1950年から1960年代に大活躍した彼は、1966年のマン島のTTレース後の練習中に時速200kmの速度で壁に激突する大事故を起こしてしまいます。幸い一命は取りとめたものの、ライダーとしての生命を絶たれてしまい、自分がそれまでに乗ったオートバイを模型化して販売する会社を作ったのがこのPROTAR社の始まりです。
社名のPROTARは彼の名前であるPROvini TARquinioから取ったもので、そのユニークなモデルラインアップは決して、「売れるから・・・」といった動機で選ばれたものではなく、自分の選手時代の思い出のバイクを模型化するという極めて「私的」な動機でした。

おそらく数ある模型メーカーの中で、このような会社はないでしょう。商売で模型を作るのであれば、客の好みを考えるのは当然で、日本であれば戦艦大和に零戦、スカイラインGTにタイガー戦車と、とにかく何が売れるのか・・・を必死に考えて商品企画をするものです。田宮模型もモノグラム社も、おおよそ世界中のどの模型メーカーも皆、創業以来そうして模型を作ってきたのです。
ところがPROTAR社は「ボクが乗ってた思い出のバイク」を次々と製品化して行きます。おそらくオートバイレーサーとして財を成したからできたことだとは思いますが、プラスチックモデルの金型は高価で、ある程度でも売れなければ大赤字となってしまうのです。
さすがに後には、競技用自転車やクルマなどもモデル化するようになりましたが、それでも飛行機や戦車などには一切手を出さず、自分が作りたいものだけをモデル化するという羨ましい経営を貫き通したのですが、その結果はやはり倒産となってしまい、2003年に同じイタリアの模型メーカーであるイタレリ社に吸収されてしまいました。
一部の製品はその後、イタレリ社やさらにOEMで金型の供給を受けたドイツレベル社から販売されていますが、残念ながら商業ベースのこれらの会社が生産するのは、PROTAR社のラインアップの中でも「売れ線」のモデルのみですから、アグスタだのモトグッチだの往年のレーサーバイクやツール・ド・フランスで使用された自転車のモデルなどは今や絶版となっています。

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そんなコダワリのPROTAR社のモデルの中にあってまだ「売れ線」がクルマのモデルで、このGiulietta Spiderは他に競合するモデルがないために、今尚唯一のモデルです。当初はエンジンレスでボンネットのみをルーバー付きにして、Giulia Spiderとしても販売されていました。更にMille Migliaに出場したモノポストスタイルのものも販売されていたのですが、その中で限定でエンジンパーツとクローズドにできるよう幌が追加されたモデルがありました。私は残念ながらこれらを買い逃してしまい、過去に買えたのはエンジンレスのGiulia Spiderのモデルだけでした。
以前にも書きましたが、こうした輸入モデルは「一期一会」で、見つけたときに買っておかないと必ず後悔するものです。

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そして、ずっと探していたのがその限定のエンジンパーツが付属したGiulietta Spiderのモデルだったのですが、何気なく覗いたカフェ・ド・ジュリアの会場の中の、とある出店にこのモデルが積んであったのです。
骨董品屋での振舞いも同様ですが、まだ値段が分からない時点で決して興奮してはいけません。さりげなさを装いながら、「ふ~ん」といった感じで、まずは手にとって検分します。するとナンと、その限定版とエンジンレスの通常版の2種類の箱があります。そこで、初めて冷静に「これ幾ら?」と聞くと、驚いたことに当時の販売価格より安く、しかもどちらも同じ値段だという答えが返って来たのです。

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こうなると冷静さを保つのは困難です(笑)。考えているフリをしながら、しばし時間を稼ぎ、「じゃあこっち・・・」ともちろん限定版を選んで、お金を払ってからガマンできずに種明かしをすることにしました。箱に貼ってある"Limited Version"というシールにどれ程の意味があるのかを説明したところ、店主はちょっと残念そうな顔をしていました(苦笑)。
そしてさらにその理由が分かったのですが、彼はサービスで自らが部品から型を取って作ったというシルバー製のライトリムやドアハンドルなどを「おまけ」で付けてくれていたのです。
同じ値段で売るのであれば、通常版のほうに付けるべき「おまけ」を、より価値のある限定版に付けてくれたのですから、私にしてみれば笑いが止まらなかったのですが、おかげでこうして永らく探していたGiulietta Spiderをゲットすることができました。
残るはモノポストバージョンですが、これも気長に探せば掘り出せるような気がしてきました(笑)

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プラスチックモデルとしての出来栄えは、残念ながら良いとは言えません。限定で付属するエンジンも実際に組んで見せる価値があるか・・・というと微妙です。
しかし、PROTARの社長がコダワリ抜いて作ったモデルですから、それは出来の良し悪しだけで評価してはいけないものだと思います。
多少、パーツの組み合わせが悪くても、モールドがボッテリしていても、その情熱に応えるためには同じく情熱をもって組み上げるのがモデラーというものでしょう(苦笑)

それにしても・・・一体いつ作るのでしょうか(爆)
例のDUCATI 900 MHRを仕上げなければ・・・(汗)

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瓢箪から独楽

身近に115Spiderがあると、どういうワケか手許にミニチュアも集まって来てしまいます。
それはもちろん自分自身が2台も乗り継いだせいでもありますが、最近は緑のSpiderを見るとつい買ってしまうようになってしまいました(笑)

以前にも書きましたが、115Spiderのミニチュアモデルは偏っており、初期のDuetto、Sr.2のモデルは各スケールで揃うのですが、Sr.3以降のモデルになると極端に少なくなってしまいます。
先日、MinichampsからSr.3のSpiderが発売されたのですが、残念ながら買い逃してしまいました。
しかし、今後はこの「穴」のSr.3以降のSpiderが続々と?ミニチュア化される予感がしますので、気長に待つことにしましょう。

そう思っていたら、先日こんなものを見つけてしまい、即買いしてしまいました。

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それはあのAlfaromeo Sport Collectionを企画した悪魔の(笑)出版社であるFABBRI EDITORI社が企画した、"Quatroruote Collection"というシリーズで、今度は、イタリアの自動車雑誌Quatroruote誌と提携し、毎号特定の車種を取り上げ、雑誌の過去の記事と広報写真などから再編集した立派なハードカバーのリーフレットになんと!1/24のミニチュアモデルを付けて発行するものなのです。
その付属のミニチュアが緑のSpiderだったのですが、残念ながらそれはSr.4ではなくSr.2でした。
それでも色に惹かれて買ってしまったのですが、付属のリーフレットが予想に反して(笑)、優れもので気に入ってしまいました。

その内容を少しご紹介しましょう。

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このリーフレットが優れているのは、題材となったクルマが発表された年代をまず説明しているところです。今回のSpiderは1971年ですので、冒頭に1971年とはどんな年であったのかを紹介しています。

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そしていよいよSpiderの変遷を美しい広報写真を使って紹介するページが続きます。

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以前にも書きましたが、このようにアルファ・ロメオはSpiderをスポーツモデルではなく、小粋なラグジュアリーカーとして企画していたことが、これらの広報写真を見ても良く分かると思います。

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一方でSr.3以降になるとクルマそのものを紹介する写真が中心となり、そのライフスタイルを描写した写真は少なくなります。おそらく広報写真のトレンドもあるかと思いますが、60年代、70年代はまだクルマが贅沢品で憧れであったことが窺えます。

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Spiderの紹介は115系に留まらず、ちゃんとそれ以降のSpiderも紹介されています。

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残念ながらイタリア語を読めませんので、その詳細な内容までは分かりませんが、英語と共通であろう単語を飛ばし読みをしているだけでも、意味は何となく理解できるから不思議です。

そして後半は、Quatroruote誌の記事を紹介しているページに続きます。

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そして付属のミニチュアですが、1/24スケールというところが最大のウリなのですが、残念ながらあまり出来はよろしくありません。

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全体のシルエットは合格なのですが、塗装の質が悪く、1/24ということもあってボンネット、ドア、トランクが可動となっており、その弊害が出ています。

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その折角の可動部も、そこまでして見せる価値があるか・・・と言うと。

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微妙です(笑)

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室内はまあこんなもんでしょう。

やはり1/24のダイキャストミニチュアは雰囲気を楽しむもので、プラスチックモデルのような精密感を求めてはいけないものだと思います。
あまり目くじら立てずに素直に楽しもうと思っていますが、ミニチュアに惹かれて買ったにもかかわらず、瓢箪から独楽で、付属のリーフレットのほうが遥かに貴重で気に入ってしまいました。

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Drive & Lunch~鎌倉~

もう少し近場でDrive & Lunchを楽しめるお店をご紹介しましょう。
最近は随分とメジャーになり、贈答品などでも使われるようになったので、ご存知の方も多いかと思いますが、鎌倉山にローストビーフを食べに行ってきました。

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何を隠そう(笑)、私の大好物がローストビーフで、牛肉を食べるのであれば焼肉やステーキよりもローストビーフのほうが好ましいのですが、このローストビーフは肉質がモロに出るゴマカシの効かない料理だと思います。確かに海外でオーダーすると立派なローストビーフに出会うことができますし、あの硬い肉も随分と柔らかく仕上がっているのですが、やはり和牛のローストビーフには敵いません。
その和牛のローストビーフの中でも一二を争うのがこの鎌倉山のローストビーフではないかと思います。
私も過去には接待でアメリカ人を連れて都内の店に行ったことはあったのですが、本店に行く機会がなく、今回は誕生日ということで(笑)、特別に出かけることにしました。

そして、その途中でとんでもないものを見てしまいました。

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首都高を走っていると後ろから尋常でない音が近づいて来ました。マフラーがちょっと破れたV8エンジンのようなそのエグゾースト音は全く聞いたことのない音だったのですが、その正体は・・・、なんとポインター号ではありませんかっ!
私と同年代の方は「おおっ!」となるのでしょうが、ポインター号とはウルトラセブンに登場する劇中車で、ウルトラシリーズの中で登場するクルマの中でも最も手が込んで改造されたクルマです。ベースになった車両は1957年式のクライスラー・インペリアルクラウンということなのですが、残念ながら元の車両の形も良く知りません(汗)
しかし、そのポインター号が家族を乗せて首都高を平然と走っているのです。
このクルマがオリジナルなのか、コピーなのかすら定かではありませんが、そのナンバーからいずれにせよ旧い個体であることは分かりました。
その筋では有名なのかも知れませんが、私は初めて目撃しました。ポインター号に抜かれる・・・という経験はそうそうできるものではありません。これも誕生日プレゼントでしょうか(笑)

気を取り直して鎌倉山に出かけましょう。
鎌倉界隈をご存知の方にとっては有名だと思いますが、鎌倉山は昔からの高級住宅地で、そこには東京の政治家や富豪の別邸が立ち並んでいる由緒正しい場所です。
立ち並んでいる・・・と書きましたが、それらは木々で囲まれていますので、決して建物が並んでいるようなことはありません。その鎌倉山の中腹の路地をさらに入った場所にお店はあります。

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駐車場にはあまりヤル気のない?警備の方がいますが、正面の駐車場とさらに奥に駐車場がありますので、クルマで行っても駐車できないということはないでしょう。

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玄関を入るとそこは別世界です。恐らく個人の邸宅を改装したのでしょう。建物まではさらに小道が続いています。

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鎌倉山というだけあって、木々の間からは絶景を楽しむことができます。

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その道中も楽しみながら、ようやく建物に辿りつきました。

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やはりそこは民家の玄関といった風情なのですが、中に入るとそこにはさらに素晴らしい景色が広がっていました。

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広々とした芝生の中庭を囲むように食事をする室内スペースがあり、開け放たれたガラス扉から涼しい風が吹き抜けて行きます。
窓際の席に案内してもらい、いよいよランチをいただくこととしましょう。

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まずは前菜ですが、季節柄、紫陽花をあしらったプレートには、鯛、白ミル貝の刺身に定番の生ハムとメロンが並びます。季節によって変わるのだそうですが、今回は白ミル貝が絶品でした。

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スープはジャガイモの冷製ビシソワーズでしたが、その滑らかな舌触りは素材がジャガイモであることを忘れるほどです。

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いよいよ本命の?ローストビーフですが、ちゃんと席まで来て切り分けてくれます。

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一人前がこのボリュームです。ソースは和風ガーリックソースとコンソメベースのグレービーソースが選べますが、私は肉の味を味わいたかったのでグレービーソースをチョイスしました。
味は・・・最早私ごときの舌では何も言うことはありません(苦笑)

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デザートはこの素晴らしい中庭でいただくこともできます。

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数種類のデザートから二種をチョイスできるのですが、やはり甘過ぎずどれも上品な味でした。

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ここは器も素晴らしく、庭の紫陽花の青とマッチして目でも楽しませてくれます。

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確かにお値段もそれなりで贅沢ではあるのですが、記念日や誕生日などで奮発するには良いのではと思います。料理は目と舌で味わうものと言われますが、加えて言うならその環境も味わいたいものです。確かに都内で鎌倉山のローストビーフを味わうこともできるのですが、五感で味わうのであればやはりこの本店でしょう。

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Drive & Lunch~真鶴~

私のブログはタイトルどおり、アルファ・ロメオを中心としたイタリア車の「天国と地獄」をご紹介しているのですが、最近はめっきり地獄が少なくなり、徒然なことを書き連ねているエッセイブログと化してしまっています。
それはそれで幸せなことですし、そのテーマも初期の地獄ネタから多岐に亘るようになったことは、ブログの広がりが出て良いことだと「個人的には」思っているのですが、読者の皆さんにはやはりテーマにより好評、不評があるようです。
先日のアルファ164オーナーズクラブの都筑ミーティングの折に、ブログのテーマのハナシになり、あるメンバーの方から、「グルメネタだけは欠かさず読んでいる」と聞き、正直驚いてしまいました。

世の中のブログで多いのがこの「食べ歩き」をテーマにしたものだと思いますが、それは決してイタリア車のブログに馴染むとは思えず、このネタはあくまで自分自身の記憶(記録)のためのようなものなのですが、確かに電車に乗って歩いて行くようなお店は紹介していませんので、(と言うか行かないので)、ドライブガイドとしては少しはお役に立っているのかも知れません。

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今回もドライブを楽しみながらランチができるお店をご紹介したいと思います。
まずは、伊豆の手前の真鶴半島を目指して出発です。

都内から真鶴を目指すのであれば、断然、横浜横須賀道路→逗葉新道→国道134号線→西湘バイパスというルートがオススメです。最短かつ最速で目的地に行くのはDrive & Lunchの主旨ではありません(笑)
あくまでドライブを楽しむことが重要で、なおかつ美味しい食事を楽しんで「来て良かった~」と同乗者にも満足してもらうのが真髄ですので、この海岸沿いのドライブを充分楽しんでください。ただし、これからの季節は渋滞情報に充分注意する必要がありますが・・・。

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西湘バイパスではこの西湘PAに立ち寄ることをオススメします。とにかく天気の良い日は目の前に広がる海が楽しめます。
真鶴トンネルの手前の岩ICで降りて真鶴半島を南下すると、目指す地元で有名な「うに清」があります。
途中の道も適度なワインディングでドライブが楽しめますが、交通量が結構多く、観光バスも通りますのであまりトバすことはできません。

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到着した「うに清」はお客さんで一杯でした。それも不思議なことに周囲の店はガラガラであるにも係わらず、ここだけ順番待ちの行列ができているのです。

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名前を書いて順番を待つ・・・というのはいずこも同じスタイルではありますが、ここは親切にもだいたいの時間を教えてくれますので、それまでは特に並んで待っている必要はありません。
その間の時間は・・・、

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目の前の海で磯遊びができるのです(苦笑)。
私も最初は、まぁ降りてみようか・・・程度の気持ちだったのですが、引き潮でできた"タイドプール"にウミウシやらヤドカリやらが沢山いたために、つい夢中になってしまいました。子供連れで出かけるには最高の場所ではないでしょうか。

さて、そろそろ案内された時間になったのでお店に戻ることにしましょう。案内されたのは大広間で、見かけはどこにでもある海沿いの料理屋ですが、そのメニューはすさまじく周囲は舟盛りをガンガン食べています。
どう考えても食べきれないと思った私たちは一番安い定食をオーダーしたのですが、それでも・・・、

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この状態です(苦笑)
とにかくオーダーしてから料理が出てくるまでのスピードが速いのも特徴ですが、それは恐らくお客の回転が速いからでしょう。

ここの正しい攻め方は大勢で行って舟盛りを頼むか、定食はアキラメて好きな魚を刺身単品で頼むかだと思います。
こんな料理を前にしては飲まずにはいられないのですが、昨今の常識?でちゃんとノンアルコールビールもありますのでご安心を。

これからの季節はさらに混雑することが予想されますので、夏の終わり頃に出かけてみてはいかがでしょうか。

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イタリア自動車雑貨店

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その店は昭和の香りを色濃く残す、昔ながらの料亭や飲み屋がひっそりと佇む路地裏にありました。
周囲の店構えからはおおよそ馴染まないとも思えましたし、ご時勢からワンルームマンションなどか建ち始めた周囲の新旧合い混ざった混沌とした街並みに溶け込んでいるとも思えました。

私がこの店を初めて知ったのはNAVI誌の広告でした。
「イタリア自動車雑貨店」
店の名前を見ただけでは扱っているものが分かりそうで分からないところは、その店の場所の混沌としたところにどこか似ていたのを懐かしく思い出します。

案の定、道に迷ってしまいすぐには辿りつけなかったのですが、ようやく見つけたその店は3人も客が入れば一杯になってしまうほどの小さな店でした。そして天井近くまでディスプレイされた様々な商品は初めて見るものばかりで、一日居ても飽きなかったことを覚えています。
私はこの店が大好きになってしまいました。それは小さな頃に通い詰めた近所の駄菓子屋や商店街の中の模型屋と同じ臭いがしていたのです。

そこに置いてあるものは、それがなければ生活ができない・・・という商品は何一つとしてありません。
加えて言うなら、それがなければクルマが走らない・・・というものでもありません。
ただ、ニヤリとしたり、エッ?という「心が欲しがる」商品ばかりでした。
このようにこの店の商品は一枚のステッカーから、そこには何かしらの思い入れが感じられる商品ばかりでしたが、それでも自動車雑貨という商品カテゴリーは理解するのが難しく、果たしてどれほどのマーケットが存在するのかすら分かりませんでした。

暫く通っているうちにだんだんお店の方ともハナシをする間柄になり、太田社長をはじめスタッフの皆さんがクルマが好きで、イタリアが好きで・・・という気持ちを理解するにつれ、益々この店が好きになって行きました。陰ながら、「どうか潰れませんように・・・」と祈りながら通っていたのを思い出します。
おりしも、インターネットが普及し始め、通販での販売が伸び始めた時期でした。しかし残念ながら、この店には梱包をする場所すらありませんでした。雨が降らないことを祈りながら、店先でダンボールを切り、上手に梱包をする手際に見とれながら、それでもあまりの量に見かねてお手伝いをしたこともありました。

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そしてバブルが弾け、この小さな店には大きな岐路が訪れます。それは店舗の移転計画で、ちょうど新宿通り沿いの銀行が入っていた場所が格安で新しいテナントを募集していたのです。
家賃がいくら安くなったとは言え、今までの裏路地の小さな店から広々とした表通りの一等地の店舗に移るというのは家賃総額では圧倒的に負担が増えるため経営的には大決断で、一歩間違うと後戻りのできない事態にもなりかねません。スタッフの間でも賛否両論がありました。
そして太田社長が下した決断により、現在の場所に店舗を移すことになったのですが、そのリスクも考えた上での決断の理由は・・・、

「もっと多くのお客様に来てもらい、直接手にとって商品を見てもらいたい」

というものでした。確かにインターネットでの販売は好調でしたが、太田社長はイタリア自動車雑貨店をネットショップにするつもりはありませんでした。やはりヒトが好きで始めた商売ですから、直接お客様と接することができることが重要だと考えたのです。また、商品の点数が増えるに従い、当時の店舗ではその全てを手にとって見てもらうことも適わなくなっていました。

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結果としてこの店舗移転は大成功でした。最初はどうやってスペースを埋めようかとアタマを抱えるほどの広々とした店舗は、あっと言う間に商品で埋め尽くされてしまいました。それでも、訪れるお客様がゆったりと商品を見て廻れるスペースと、雨の日でも安心して梱包作業ができるバックヤードが整いました。さらに、以前の店舗からの夢であった、お客様が一休みできるバールも設置されました。
しかし、表通りに店舗を移した利点は単に店舗が広くなったことだけではありませんでした。
以前の場所では考えられなかったことですが、通りを歩く全くクルマに興味の無いお客様が訪れてくれるようになったのです。イタリア自動車雑貨店と言いながらも、取り扱う商品もイタリアのアパレルやカバンなどが増えて来ました。そしてそれらは日本のどこにでも売っているものではないのです。

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この店の商品は太田社長以下のスタッフが直接見て、触れて、納得して仕入れたものばかりです。
それはどんなに商品点数が増えても開店当時から変わることがありません。だからこそ、その一品一品に愛情と誇りが持てるのだろうと思います。通常の仕入れルートでは絶対に手に入れることはできないであろう一品モノや、コレクターのもとで大切にされていたであろうレア物など、それは恐らく金銭という対価だけでなく、情熱がなければ譲ってはもらえなかったであろう品物です。
そうやって足と情熱で探し出した商品を簡単にコピーされたり、オークションで高値で転売されたりするのを見ると、自分のことのように腹が立つのは、その行為にイタリア自動車雑貨店の皆さんが最も大切にしている商品に対する愛情を踏みにじられたと感じるからでしょう。

路地裏の雑貨店から現在の立派な店構えに変わっても、この店には全く変わらないものがあります。
それは、社長を始めとするスタッフの皆さんのこの「気持ち」だと思います。
自分達の取り扱う商品を愛し、それを買っていくお客様を愛する心が太田社長以下、アルバイトの皆さんにまで共通して浸透しているの見るにつれ、大企業がどんなに高いコンサルティング料を払い、社員を教育訓練してもなかなか達成できないことを、このイタリア自動車雑貨店では空気のように自然に感じることができるのです。

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地方の方で通販でしかイタリア自動車雑貨店を利用したことのない方は、このバックヤードで一生懸命一品一品を丁寧に梱包している彼らを想像してみてください。
そして、実際にこの店を訪れたことのある方は、イタリアから届いたいい加減な梱包の商品を全て確認し、汚れているものは丁寧に拭き上げ、しわになっているものはアイロンまであてて、その商品を慈しむように店頭に並べている彼らを想像してみてください。

外から見ていると合理化できるところは沢山ありますが、それでも彼らがその手間を厭わないのは、合理化することにより失うものがあることを知っているからではないかと思います。
イタリア自動車雑貨店はこれからも、
「変わらないでいるために変わっていく」
でしょう。
それを見続けていけることは幸せなことだと思います。

(追記)
ずっとこの店のことを書こうと思い、下書きを書いては直し、書き足しては消し・・・を繰り返し、なかなか今まで書き上げることができなかったのは、その思い入れが強すぎたのかも知れません。ヨイショをするつもりも美化するつもりもなく、一顧客としてこの店を見続けてきた素直な感想です。
自分自身の40代最後の誕生日にこの1年以上かかった原稿を書き上げようと以前から決めていました。
えっ?誕生日プレゼント?値引き?そんな気を遣わないでくださいね(笑)

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最後の155V6TI

最近はめっぽうミニチュアモデルを買うことが少なくなってしまいました。
理由の一番は例の悪夢とも言えるAlfaromeo Sport Collectionで疲弊してしまったためですが、どうも食指の動くミニチュアが見つからないせいでもあります。

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そんな中にあってhpi-racingから発売された155V6TIは主治医のクイック・トレーディングが所有する実物がモデル化されたこともあり、その今後のラインアップに注目していたのですが、どうやらフルラインアップを目指しているようで、その後も続々と各年度、各チームのモデルが発売されています。

流石に全モデルをコレクションするワケにも行きませんので、以前から所有しているMinichamps製やONYX製のものと被らないものを買おうと思っていたのですが、ようやくにオッ!というモデルに出会いました。それは日本で企画されたからこそのモデル化で、ITC最後のレースとなった1996年の鈴鹿に出場し、しかもゲストドライバーとして参戦した服部尚貴選手がドライブしたモデルでした。

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FIAは人気を博していたDTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)に目をつけ、1995年からは国際格式のレースとして開催することにしました。ITC(インターナショナル・ツーリングカー選手権)と名づけられたこのレースはFIAの例によって(笑)、その決定が急だったこともあり、初年度は完全移行することができず、DTMも並行して開催されるという二重構造のレースとなったのですが、翌1996年からITC一本で開催されることとなりました。
ワークスとしてエントリーしていたのは、DTMからの流れでメルセデス、オペルに加えてアルファ・ロメオの3社で、実質はDTMと変わることはありませんでした。

ツーリングカーによるレースは各国で国内レースとして開催されていたのですが、国際規格でのツーリングカーレースは1988年に終了したETC(ヨーロッパ・ツーリングカー選手権)以来のことで、世界中を転戦し開催することにより盛り上げを狙ったFIA側に対して、一方のエントラント側は当時のF-1に勝るとも劣らないハイテクデバイスの装着により、かつてのシルエットフォーミュラやプロトタイプ並みに高騰した車両コストに耐え切れず、オペルとアルファ・ロメオは1996年限りで撤退を表明してしまいました。残ったAMGメルセデスだけではレースにならないため、結果として1996年限りで幕を閉じることとなってしまいました。

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その1996年のシリーズの中で、アジアで唯一の開催国として名乗りをあげたのが日本で、第15戦、第16戦(ツーヒート制)が8月4日に岡山の英田TIサーキットで開催されることとなったのですが、日本のメーカーが参戦しないこととその地理的な事情からチケットが売れず、日本側の主催者は開催をキャンセルしてしまいます。
それでも、FIAはアジアでの開催にコダワり、結果としてF-1開催地である鈴鹿サーキットに圧力をかけ、日程を大幅に変更して開催することとなったのです。
シリーズ戦そのものは10月27日のブラジルで終了の予定が、このような経緯から11月10日の鈴鹿が急遽追加となり、本当のITC最終レースは奇しくも日本で行われることとなりました。

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国際レースと言いながら、世界各国のメーカーが参戦していないために、FIAでは開催国のドライバーをスポットで参戦させることにより「盛り上げ」を狙っており、日本でも日本人ドライバーがゲストドライバーとして参戦することになりました。
誰がその割り振りを決めたのかは定かではありませんが、鈴木亜久里選手が「#11」AMGメルセデス・Cクラス、関谷正徳選手が「#25」オペル・カリブラ、そして服部尚貴選手が「#19」アルファ155V6TIに乗ることになり、日本人ドライバーがあの過激なDTMの流れを汲むITCカーをどう操るか。また、ツーリングカー遣いという点では世界のトップクラスのドライバー達とどう戦うかは興味を引くところでした。

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さて、その日本人選手の活躍ですが、フタを開けてみれば、第1レースでは、服部選手19位、鈴木選手11位、関谷選手20位と一応完走したのですが、第2レースでは服部選手のみが16位でチェッカーを受け、鈴木、関谷両選手はスターティンググリッドにクルマを並べることすらできない・・・という結果に終わりました。
理由は様々ですが、背景にあるのはマシンの整備の問題で、日本人選手はスペアカーに乗らざるを得ないという状況が大きかったと思います。もちろん加えてクルマへの習熟度の問題もあったようで、後に各選手は共に、当時の先進デバイスであったレーシングカー用のABSやTCS(トラクションコントロールシステム)の操作が難しかったと述懐していました。ただ、そうは言っても鈴鹿サーキットの経験は他の選手に比べて圧倒的に豊富だったはずですから、もう少し善戦して欲しかったと思います。

レースそのものは、一戦目にスタートからTOPを走っていたアルファ・ロメオのダナーが最後に抜かれてしまい2位になったために、この時点でドライバーズチャンピオンはオペルのロイターに決定しました。そして二戦目も今期不調だったAMGメルセデスに抜かれてしまい、コンストラクターズチャンピオンもオペルとなり、アルファ・ロメオは惜しくも9ポイント差で、コンストラクターズチャンピオンを逃してしまいました。
それにしても、当時のアルファ・ロメオのドライバーは蒼々たる面々で、ワークスのニコラ・ラリーニとアレサンドロ・ナ二ーニに加えて、セミワークスからステファノ・モデナ、ミハエル・バーテルズ、ジャン・カルロ・フィジケラ、クリスチャン・ダナー、ガブリエーレ・タルキーニと、この面々が鈴鹿を155V6TIで走っただけでもそれは凄いことだったと思います。

かくしてDTMで圧倒的な活躍をしたアルファ155V6TIの実戦は日本で終わりを迎えました。
しかし、その活躍は記憶に鮮明に焼きついており、アルファ・ロメオファンならずとも現在も人気があるのは、絶版のMinichampsのミニチュアモデルか高値で取引されたり、hpi-racingのような新興メーカーがミニチュア化したことからも良く分かります。
それはアルファ155V6TIの活躍だけでなく、このツーリングカーレースがとにかく面白かったからだろうと思います。
FIAには小手先の演出ではなく、もう一度こんな面白いレースを企画して欲しいものです。
もちろんそのレースにはアルファ・ロメオが出場できなければ意味がないのですが・・・(笑)

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懲りないアルファ・ロメオ

ようやくイベントが一段落し、こういった日常のネタ?を書くことができます。
発売当初に周囲のブログネタとして取り上げられたために遅きに失した感は否めないのですが、私もちゃんと買いました(笑)

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通好みの車種をモデル化することで最近注目株のSpark-Modelですが、最初にこの164V10 Pro-Carがモデル化されると聞いても俄かには信じられませんでした。
良く言えば稀少車、悪く言えば「ゲテモノ」と言って良いこのPro-Carですが、実車の解説に関しては
IKEAさんのブログ記事をお読みいただき、私はサボらせていただこうと思います(笑)

IKEAさんも書かれていますが、個人的な解釈ではこれは立派なゲテモノで、F-1用に開発したV10エンジンの始末に困ったアルファ・ロメオが、おりしもFIAから発表されたこの新しいレースカテゴリーに飛びついただけのことで、ただでさえ開発費が嵩んだ行き場の無いV10エンジンを何とかするために、わざわざブラバムにシャーシーまで開発させ、さらに傷口を広げる結果となったのです。

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もし、仮にこのレースが開催されていたならば、一体どんなチームが参加したのでしょうか?
F-1コンストラクターは市販車を売っているワケではありませんから、このカテゴリーには魅力はなかったでしょう。とすると、量産車メーカーでF-1に打って出るほどの資金力がない、若しくはこのカテゴリーで勝ってダイレクトに販売に結び付けたいと考えているメーカーということになるのでしょうが、そんなメーカーが、「車体がベースとするロードバージョンのモデルと同一の形状なら、重量が750kg以上で、搭載エンジンが3500cc12気筒以下ならナンデモアリ」などという、一体開発費が幾らになるかも分からないようなレースカテゴリーに参戦できるはずもなく、当然の結果として「企画倒れ」に終わるのですが、仮にメルセデス、BMWやルノーが参戦していたならば、後のDTMよりも遥かに迫力あるレースになり、場合によってはF-1の前座として企画されていたこのPro-Car選手権のほうが、メインレースのF-1よりも面白くなっていたかも知れません。

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机上で考える「こんなレースがあったら面白い・・・」という企画も、参戦する側の経済的事情と販売促進の費用対効果を考えなければ実現しないという好例がこのPro-Car選手権なのですが、それ以前も、それ以降も、FIAの「机上の空論」は後を絶たず、度重なるF-1のレギュレーション変更もその机上の空論の繰り返しだと思います。
レースを興行と捕らえるかスポーツと捕らえるかは、その立場と目的によって異なるとは思いますが、そのどちらの立場にとっても最悪なのが「デキレース」で、競争するからには「速いヤツが勝つ」のが基本だと思います。
その原点に立てば、このPro-Car選手権は「アリ」だったと思いますが、残念なことに参戦するチームがなければどうしようもありません。

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アルファ・ロメオにとってこのPro-Car選手権は「渡りに船」だっただけのことで、その参戦に至る経緯は、アルファ・ロメオのかつての精神構造である「出られるレースには何でも出る」という勝負師の行動原理が見え隠れしています。アルファ・ロメオにとってレースに出る・・・ということはクルマを売る・・・ことと同じくらい重要で、販売促進や技術開発などは後から取ってつけた理由でしかなかったのではないでしょうか。
ところがそんな精神構造を持ったメーカーはそうそうあるハズもなかったために、レースそのものがキャンセルとなったのは皮肉なもので、いかにアルファ・ロメオと言えども戦う相手がいなければレースは成立しなかったというお粗末でした。

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Museo Alfaromeoに展示されている実車は、アルファ・ロメオにとって「反省材料」なのか「不幸な生い立ちの名車」なのかは分かりませんが、FIAT傘下になった現在からすると、これからの将来においては二度と生まれないであろうクルマであることには違いありません。

ミニチュアモデルそのものについては皆さんが書かれている通り、Spark-Modelのスタンダードからすると少し残念な出来栄えで、特にフロントの形状が角ばりすぎており、随分とイメージを損ねています。
しかし、それ以前にレジンモデルしか存在しなかったこのクルマがミニチュア化され、フツーに市販されただけでもそれは凄いことで、私たちは感謝すべきでしょう。

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