このシリーズはレーシングヒストリーのあるアルファ・ロメオのコレクションのはずなのですが、前回のアルファ159に続いて今回もバリバリの現役車が採り上げられました。そしてそれは願ってもない8C Competizioneです。
これまた私なぞのグダグダした説明は全く不要なクルマですが、それでもこのクルマの成り立ちに関してはご説明したいと思います。
そもそもの発表は2003年で、コンセプトモデルとして発表された8C Cometizioneはそのノスタルジックな名前と同様に、過去のアルファ・ロメオの名車たちへのオマージュに満ちた魅力的なクーペでした。戦前のアルファ・ロメオがエンジンの気筒数を冠につけたコードで呼ばれていたことに倣って、8Cと名付けられたこのコンセプトモデルは、その名前の通りV型8気筒エンジンを搭載していました。もちろんアルファ・ロメオの独自開発によるエンジンではなく、それはマゼラーティの8気筒エンジンであったのですが、そんなことは瑣末なことに思えるほど、
このクーペはアルフィスタを魅了した のです。
コンセプトモデルはともすれば、デザインスタディとも呼ばれる将来のスタイリングに影響を与えるのみで終わってしまうことが多いのですが、この8C Competizioneは今すぐにでも生産できるほど煮詰まっており、また実現可能なコンセプトモデルであったために、Breraと同様に多くのアルフィスタはその生産を期待したのですが、一方で一向に生産される気配はありませんでした。
おりしも、2003年はアルファ・ロメオの変革期で、親会社であるFIATの業績低迷のあおりを受け、これからの経営方針が定まらない時期でした。FIATはと言えば、最悪の事態を招いており、トリノの町は閑古鳥が鳴き、ついにGMの資本参加を仰ぐという事態になっていました。
そんな中で、この8C Competizioneは発表はされたものの、アルファ・ロメオの経営陣は完全に出さないとも出すとも言わない状況が続きました。そしてようやく3年後の2007年に世界500台限定で発売されることになったのですが、コンセプト段階ではガルウイングドアを持ち、素晴らしいスタイリングだったにも関わらず、シャーシーが変更され、ガルウイングドアが通常のドアに変更されて発売されたBreraとは異なり、有難いことに
コンセプトの段階で煮詰まっていたボディデザインは殆ど変更されることなく、魅力的な姿のまま生産 されることになりました。
この名前であるCompetizioneは、このクルマを表現するには不適当で、どちらかというとアストン・マーチンなどのGrand Tourismoマーケットに属するクルマだと思います。
しかし、このマーケットには既にFIAT傘下のフェラーリ、マゼラーティがおり、そこにアルファ・ロメオが加わると、お互いに顧客を食い合うことになってしまうため、本来ならばコンセプトモデルで終わる運命であったにも係らず、限定で生産されることになったのは理由があるのです。
それは1989年に発表されたSZ/RZ(ES30)と同様の目的を持っていました。
当時のアルファ・ロメオはIRI(国営産業振興公社)の管理下からFIAT傘下になり、完全に独立した企業ではなくなってしまいました。多くのアルファ・ロメオファンはFIAT傘下になることにより経営が安定するであろうことよりも、エンジンやシャーシーを共用し、アルファ・ロメオでなくなってしまうことのほうを嘆き悲しんだのです。
そんな中で、突如発表されたSZ(ES30)はアルフィスタのど肝を抜きました。それはIl Mostro(モンスター)と呼ばれたように、グロテスクで過去のどんなクルマにも似ていないスタイリングだったのです。
多くのアルフィスタは、そのグロテスクな外観に眉を顰めながらも、
「こんなクルマを発表できるのだから、アルファ・ロメオは大丈夫」 と安心もしたものです。何故なら、そのスタイリングはやはり、
アルファ・ロメオでなければ世に出せない、アルファ・ロメオそのものであった からなのです。
ES30が全く新しいスタイリングであったことに対して、8C Competizoneは過去のアルファ・ロメオのスポーツ/レーシングカーへのオマージュに満ち溢れています。
エンリコ・フミアさんによると、
「過去へのリスペクトは感じられても、未来への提案がなにもない」 デザインかも知れませんが、美しいものは美しく、恐らく
人間の感性に訴える普遍的な美しさを持っている と思います。
アルファ・ロメオはこの過渡期にあって、過去と同様にこの8C Competizioneに
自分達は過去の歴史を忘れていないことをメッセージとして込めた のではないでしょうか。
日本への販売割り当てである70台はあっという間に完売したそうです。恐らくこれからもプレミア価格で取引されるであろうこの8C Competizioneを所有することは叶わないと思います。
しかし、もし街で見かけるようなことがあれば、私もかつてのヘンリー・フォードがしたように、
「帽子を取って最敬礼」 したいと思います。
付属するミニチュアモデルはイメージカラーであるメタリック・レッドに塗装され、このクルマの持つ美しさを良く表現していると思います。
一方で、ES30はMake Upという日本のミニチュアモデルショップのオリジナルブランドであるLook Smartより発売されたものです。お値段は少々張りますが、ハンドメイドモデルに肉薄する出来で、むしろ安いと思える出来上がりです。
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人並みにアルファ159の試乗に出かけたハナシは前回書きましたが、まず乗り出す前にチェックした居住性で、相当?マークがついてしまいました。
このアルファ159はボディサイズがアルファ164より大きいにもかかわらず、
室内の居住性にそのサイズが全く寄与していない のです。その原因はスタイリング重視でロングノーズ、ショートデッキにしたためで、リアのマルチリンクでそのスペースを取られながら、トランクスペースを確保するために、本来ならばキャビンに充てるべきスペースにトランクルームがせり出して来てしまい、結果として後席のシートバックを立てざるを得なかったのでしょう。
そう考えると、
このパッケージは真面目にBerlina(セダン)を作るために煮詰められたとは思えなくなってきました。 また、スタイリングを気にしすぎたために長くなったフロントラインもキャビンスペースを削り、さらにインテリアデザインに凝ったためにラウンドした助手席は、セダンとしては足も組みづらい窮屈なスペースとなってしまっています。
ここからは想像なのですが、この
アルファ159の基本デザインはもともとはアルファ156の後継モデルとしてもっと小さなサイズで企画されたのではないか と思います。
アルファ159が企画された当時は、アルファ166の後継モデルも同時に企画されていた時期です。ところが、途中からアルファ156とアルファ166の両方の後継モデルを兼ねるという決定を受けて、急遽サイズアップを図ったのではないでしょうか。もし、最初からこのサイズを前提としてパッケージデザインをしていたのなら、これほどまでにスペース効率の悪い設計にはならなかったのではと思います。
さて、いよいよ試乗と相成ったのですが、エンジンはキーをスロットに差込み、スターターボタンを押す・・・というギミックで始動します。しょーもない演出?とも思いますが、これは好みですから論評は控えましょう(苦笑)
下ろしたての新車ですし、明日からの本番を控えて、万が一のことがあったら・・・と遠慮もしたのですが、それでは試乗になりませんので、ここは「ココロを鬼にして」ガンガン回すことにしました。そして発進した途端に、スルスルとストレスなく回るエンジンと、ようやく聞こえ始めたエンジン音に、少し安心しました。かろうじてこれは
アルファ・ロメオのエンジンとして及第点 を与えても良いでしょう。
6速ミッションの恩恵からか、この
発進加速は素晴らしい ものがありました。しかし、2速で5000rpmまで引っ張り、3速にシフトアップしさらにアクセルを踏み込むとその問題は露見しました。加速がイッキに鈍ったのです。
つまり、
この加速はギア比によってもたらされたもので、エンジンの特性からではなかった のです。
後にカタログでエンジン緒元とギア比を確認してみました。排気量2,198ccの4気筒16Vエンジンは、「チェーン駆動!」によりバルブを動かし、185ps/6,500rpm、23.4kgm/4,500rpmを発生しています。2.2JTSの車重は1,570kgですから
必要にして充分と言えるパワーユニット です。
そして、問題のその6速ミッションのギア比は、1速:3.818、2速:2.353、3速:1.571、4速:1.146、5速:0.943、6速:0.861となっています。
この数字を見れば一目瞭然で、
3速から上のギアは完全に省エネモードと言って良いギア比 なのです。
発進加速のスルドさはギア比により演出されたもので、歴代のアルファ・ロメオのエンジンが絶賛されてきたそのエンジン特性によるものではありませんでした。
アルファ・ロメオの名誉のために付け加えておくなら、このエンジンそのものは素晴らしいエンジンだと思います。それはアクセルレスポンスやその回転の上がり方を見れば分かります。
しかし、アルファ・ロメオのエンジニアは「アルファ・ロメオらしさ」を演出するために、
小手先の誤魔化しをやった としか思えませんでした。
アルファ159はアルファ・ロメオの「迷い」が集約されている と思います。それは、ライバル車に劣る部分があったとしても、そのエンジンフィールとデザインにより購入してくれる、従来のアルファ・ロメオファンから決別し、全ての要素において及第点以上を採り、グローバルカーとして多くの顧客を獲得するためにアルファ159を設計しなければならない中で、どうやってアルファ・ロメオであり続けるかを模索しながら生み出されたのではないでしょうか。
思えば、アルファ156が爆発的なセールスを記録し、フィアットグループの中でお荷物であったアルファ・ロメオが一躍、「ドル箱」になってしまったがために、
「売れるクルマ」を作らなければならなくなったアルファ・ロメオの悲劇 なのかも知れません。
アルファ・ロメオはマーケットに媚びず、
自分達が作りたいクルマを作っているからアルファ・ロメオなのではないでしょうか。 私には、フィアットの大いなる誤算がこのアルファ159ではないかと思えます。
しかし、アルファ・ロメオはきっと復活すると信じています。何故ならこのGM製のエンジンですら、ちゃんとアルファ・ロメオのエンジンとして消化しているのですから、このエンジンを前提として、アルファ・ロメオがまた「好き勝手」にクルマを作ることができたなら、きっとアルフィスタが唸るクルマが生み出されるだろうと思うからです。
私たちが望んでいるのはそんなアルファ・ロメオなんですけどねぇ・・・。 クリック↓お願いします!
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このシリーズは、アルファ・ロメオのレーシングバージョンをミニチュアモデルとともに紹介するものだとばっかり思っていたのですが、突然登場したのがアルファ159でした。
まぁ、アルファ・ロメオの正式許可のもと制作されている企画ですので、最新のモデルを紹介するのが契約に入っていたのかも知れません(苦笑)
アルファ159は現行モデルですので、私なぞがゴチャゴチャとクルマの紹介をするより、ディーラーに行って現物を見ていただければと思います。
最近は周囲の方から、「新しいクルマには興味はないのですか?」と良く言われるのですが、私だって一応最新のアルファ・ロメオにも興味はあるのです。新型車が発表されれば、人並みに興味も湧きますし、試乗して見ようかとも思います。
アルファ159が日本で発表になった際にも、そ~っと出かけて来ました。試乗会の初日はきっと混むだろうと思い、その前日にすでに準備が整ったディーラーに出かけたのです。しかもアルファ・ロメオでは行かずに、会社の国産車で出かけたのにはワケがあります。
実はお陰さまで結構、「面が割れて」いるために、フツーの試乗ができなくなってしまっているのです。それは「絶対買わないだろう」と邪険にされてしまうこともあれば、イロイロと意見を求められたりで反応は様々なのですが、いずれにせよ最近は、
「身から出た錆」でフツーの客としては扱ってくれなくなってしまいました(泣) そこで、面が割れていないであろう新人と思しき若い営業マンを捕まえて、試乗ができるかどうか尋ねて見たところ、快くOKしてくれましたので、準備が出来るまでショールームで待つことにしました。
すると、たまたま奥から出てきた工場長に見つかってしまいました。
「どうしたんですか?えっ試乗?・・・。おいっ!この方はなぁ・・・」 工場長はひとしきり営業マンに私のことを話した挙句に、
試乗は急遽他のセールスマンも加わって、明日からのセールストークトレーニングになってしまいました(苦笑) 仕方なく、私を含めて4人乗車でいざ試乗と相成ったのですが、同乗者はメモとペンを握り締めています(苦笑)
試乗したモデルは最初に日本導入された2.2JTSで、
左ハンドル6MTという、果たして試乗車として成立するのであろうか?と心配になるモデル でしたが、恐らく新しいアルファ159の中核モデルでしょうから、私にとっては願ってもない対象です。
最大の興味は新しいGM製のエンジンは、アルファ・ロメオとしてアリなのか?という点だったのですが、乗り出す前にまずはスタイリングとパッケージングのチェックからです。
ジゥジアーロデザインのブレラのフロントイメージを踏襲したアルファ159は正面から見ると、結構獰猛で、6連の小さなフロントライトによりボンネットが薄く見えるようデザインされています。
このフェイスは間違いなくアルファ・ロメオ で、少なくともアルファ・ロメオを買おうと思っているユーザーにはアピールするでしょう。
ボディサイズはアルファ156と166の中間といったところでしょうか。実際のサイズよりコンパクトに見えるのですが、どうしてなかなか立派なサイズです。アルファ164のサイズと比べて見ても、アルファ164が全長×全幅×全高、4,665×1,760×1,400に対して、アルファ159は4,690×1,830×1,430と全長、全高はほぼ同格で、全幅は逆にグッと幅広くなっています。
しかし恒例の過酷なパッケージテストである、運転席を私のドライビングポジションで固定し、その後席に座ってみると、
その大きなボディの割りに窮屈 です。
窮屈に感じる原因は、足元の窮屈さではなく、直立気味のシートバックでした。何故?と思ってトランクを開けて見ると、そこには広大なトランクスペースがありました。そのことそのものは素晴らしいのですが、そのためにセダンの後席の居住性を妥協しているとすれば問題です。
セダンは少なくとも4人が快適に乗れてナンボ ではないでしょうか。どうもアルファ156からのデザインはスタイリング重視で、
アルファ・ロメオの伝統である室内居住性重視のセダンパッケージングの考え方が薄れて来たように思います。 さて、気を取り直して運転席を見回してみると、そこには
素晴らしい建てつけの内装 が仕込まれていました。アルファ147でも感激したのですが、アルファ159は確実にライバル車であるBMWやメルセデスと肩を並べるようになりました。これならばアルファ・ロメオですから・・・とセールスは言い訳をしなくても済みそうです。
ところが一方でデザインはユニバーサル化されてしまい、目隠しをして乗ってしまえばアルファ・ロメオだと気づかないかも知れません。そこでアルファ・ロメオですよ~とアピールするために、キーを差込みイグニッションをONにするとメーター正面に、アルファ・ロメオのエンブレムが浮かび上がるようになっています。
正直、アルファ・ロメオは乗った途端にそれと分かるもので、わざわざ教えてもらう必要はないのですが・・・、まぁこれも演出でしょう(苦笑)
一通り各スイッチ類を弄くってその操作感を確かめて見たのですが、アブなそうなトコロは微塵もありません。
工業製品として至極マトモなアルファ・ロメオ だと思いました。
そして、いよいよエンジンを始動してみたのですが、ここでアルファ159の真実が見えて来たのです。ということで続きは次回にしたいと思いますが、ミニチュアモデルの紹介をしなければなりません(笑)
付属するミニチュアモデルは、現時点での最上級グレードである3.2Q4をモデル化しています。もはやミニチュアモデルの出来をどーこういうクルマではないでしょう。
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かつてのアルファ164Q4と比べれば、ナニゴトもなく日常のアシとして活躍してくれている916Spiderですが、
それでも走っていれば消耗する部品は交換しなければなりません。 昨年末にラジエーターを交換し、そろそろ…と思っていたブレーキパッドを交換することにしました。交換の理由は磨耗したからもあるのですが、一番の理由はその純正パッドから出るダストの多さに辟易したからです。
ブレーキパッドはディスクと我が身を削りながらクルマを止めているのですが、パッドを固くするとディスクへの攻撃性が強くなり、反対に柔らかいパッドにすると磨耗を早めてしまいます。さらに耐熱性という要素が加わりますので、このブレーキパッドの選定は奥深いものがあります。
一般的には日本車のブレーキパッドはディスクへの攻撃性が弱く、ディスクの減りは遅いのですが、ヨーロッパ車は盛大にブレーキディスクとパッドを削って制動力を確保しているきらいがあります。
従って、パッドから発生するダストの量も多く、すぐにホイールが真っ黒になってしまうのですが、どうやらそんなことを気にするのは日本人くらいなのでしょうか、あまり改善はされていないように思います。
私の916Spiderはそのクルマの性格から、サーキット走行や峠を攻めたりはしないつもりですので(笑)、
限界制動力よりも日常でマイルドなブレーキフィールとダストの軽減を最重点において社外品のパッドを選ぶことにしました。 以前はDixcelというAPロッキード製のパッドを使っていたのですが、今回初めて
「EBC」 というメーカーのパッドを使ってみることにしました。このEBCはイギリスのメーカーで100年以上もブレーキ関連の部品を製造している老舗の一社です。
4種類あるパッドはその耐熱特性で分かれているのですが、より耐熱性の高いパッドが良いかというとそうでもありません。サーキット走行などで使用するハイグレードパッドは逆に温度が低いときに効きが悪くなってしまい、街乗りでは「止まらない」パッドだとも言えるのです。
ですので、今回は迷わずGreen Stuffという街乗り用のパッドをオーダーし、主治医に交換を依頼することにしました。
しかし、暫くして主治医から連絡が来ました。
「ディスクが磨耗し過ぎてるので研磨できません」 ブレーキパッドを交換する際にはディスクを研磨して面取りをするのですが、上記のようにヨーロッパ車はブレーキディスクも結構削ってしまいますので、薄くなってしまうのです。
仕方なく、追加でブレーキディスクも手配することになったのですが、こういった時に最近頼りにしているのが、
「東京パーツコミュニケーション」 です。こちらには以前から何度かお願いしていたのですが、対応が早いのがありがたい部品屋さんです。
早速、ムリをお願いして翌日には主治医の工場にブレーキディスクを届けていただいたのですが、今度はまたもや問題が発生しました。
EBCのフロントブレーキパッドの形状が違うのです…(泣)
実は前期型の916Spiderのフロントブレーキキャリパーは一種類ではありません。そもそも自動車部品が何故こんなことになってるのか…と思うのですが、そのキャリパーは車台番号によってATE製であったり、Lucus製であったりGarling製であったりするのです。
もちろん形状が同じであれば何の問題もないのですが、この3社のキャリパーは形状が異なるために、そのパッドも別々です。そして私のクルマはGarlingのキャリパーが装着されているのですが、ちゃんと車台番号を伝えてオーダーしたにも係らず、届いたパッドはGarlingには付かない形状でした。何かが間違っているとしか思えないのですが、文句を言っていてもはじまらないので、急遽別ルートでフロントのみ手配しなおすことにしました。
そしてやっと見つけたパッドは残念ながらGreen Stuffではなく、上級グレードのRed Stuffでしたが、そんな我侭も言っていられませんので、フロントはRed Stuff、リアはGreen Stuffで交換することにしました。
さて、交換後の感想ですが、やはりフロントは冷間時は若干食いつきが悪い気がします。
それでも一度温まると効きもリニアで、純正のパッドより随分感触が良くなり、気になっていたブレーキダストも殆ど出ませんので、
このEBCはオススメできるのではと思います。 併せて下がらなくなったオートアンテナを交換して一丁上がり!だったのですが、たかがブレーキパッドの交換でこんなに苦労するとは思いませんでした。
やはり、アルファ・ロメオは恐ろしいクルマです(笑) そして、「病気は病院で見つかる」という言葉の通り、主治医が新たな問題を発見してしまいました(泣)
どうやら再入院することになりそうです。
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ミラノ(ポルテッロ)で作ってないからアルファ・ロメオじゃない
FRじゃないからアルファ・ロメオじゃない
DOHCエンジンじゃないからアルファ・ロメオじゃない・・・
「マニアとは最も保守的で変革を嫌うユーザーである」 という言葉はいつの時代も当てはまるかのような評価であったALFA SUDでしたが、それでもクルマとしての「設計は」は優れており販売は好調でした。
確かに
ALFA SUDはそれまでのどのアルファ・ロメオの延長線上にもない、全く新しいモデル でした。
当初の1186cc水平対向4気筒エンジンは1286cc、1351ccと排気量を拡大され、最終的には市販車では1490ccで105hpまでUPされることになります。
ボディ形式も当初のノッチバック式の2/4ドアからワゴン(ジャルディネッタ)、Sprintを加え、後期モデルはリアをハッチバックとした3/5ドアに発展します。
その最強バージョンがこれまた伝統あるt.i.(Tourismo Internationale)と呼ばれたモデルだったのですが、更に特別仕様で加えられたのが"Quadrifoglio Verde”(四葉のクローバー)というバージョンでした。
アルファ・ロメオの幸運のシンボルであり第二のエンブレムと言って良い、このQuadrifoglio Verdeという名前を冠したバージョンはこのALFA SUDが初めてでした。もちろん販売政策上のネーミングであったのですが、それほどまで
アルファ・ロメオはこのALFA SUDに将来の可能性を見ていた のではないかと思います。
ALFA SUDはFF最強のハンドリングマシーン と呼ばれます。確かにその低重心と路面追随性の良いサスペンスション形式はハンドリングに寄与しています。フロントのマクファーソンストラットはストロークが長く、リアのリジッドアクスルはキャンバー角が変化しないという利点から採られた形式でした。開発責任者のルドルフ・フルシュカは水平対向エンジンの利点を良く知っていたのです。
私も一度だけ運転したことがあるのですが、フリクションを感じずに気持ちよく回るエンジンと、コーナーにアタマがスッと入っていく絶妙のハンドリングにとても感動したことを憶えています。
同じ乗り味のクルマを記憶の中で辿っていくと、ちょうどホンダ初代シビックのGFに行き当たりました。このモデルは排気ガス規制に対応したCVCCエンジンを搭載する前のモデルで、そのエンジンはバイクか?と思うほどに良く回るエンジンでした。確かにボディはペラペラであちこちからガタピシ音が聞こえ、ビ~ンとどこまでも回ろうとするエンジンとそのハンドリングには共通点があったのですが、それもそのはずで、当時FF車を開発した日本のメーカーのエンジニアは皆、このALF SUDに試乗して参考にしたと言われていますので、恐らく何らかの影響を与えたのでしょう。
ALFA SUDは日本にも当時のインポーターであった伊藤忠モータースを通じて輸入されましたので、正規輸入車として日本でも販売されました。そしてそのことが後のアルファ・ロメオに対する評価に大きな影響を与えてしまったのです。
もちろんプラスの影響はそのハンドリングとカタログスペックから読めないクルマの真価で、さすがアルファ・ロメオと絶賛されたことです。
一方でその製造品質は悲惨と言ってよく、特にボディに使用された鋼板は錆びやすく、新車でも日本に船で着いたときには錆びていたと言われるほどです。しかも錆びの進行が早く、腐ったボディはその薄い鋼板のせいもあり、すぐに孔が開いてしまうという状態でした。
かくして、助手席から地面に足が触れた・・・とか、コーナーでエンジンを落とした・・・などの真偽が定かでない「神話」を生み出し、
アルファ・ロメオは性能は良いがボロいという評価を定着させてしまった のです。
もちろん後になって鋼板は改善され、さすがにすぐには錆びなくなったのですが、一度定着したイメージはそう簡単には拭い去れず、日本におけるアルファ・ロメオはインポーターの撤退もあり、冬の時代となるのですが、その引導を渡したのがこのALFA SUDだったのです。
ALFA SUDは1972年から1984まで12年間生産されましたから、
錆びの大敵である高温多湿の環境でなければ、その素晴らしいパッケージングと性能からベスト・バイとも言えるFF車 でした。そしてこの水平対向エンジンは後継のアルファ33へと引き継がれ、最後はアルファ145に搭載され終焉を迎えます。
ALFA SUDはスポーツFF車という、現代では当たり前のコンセプトを初めて成立させたモデル だったと言えます。それはアルファ・ロメオであったために実現できたコンセプトであり、またアルファ・ロメオであったが故にグローバルカーとして失敗したとも言えるのではないでしょうか。
付属するミニチュアモデルは、前回のSUD Sprintのベースとなったt.iでワンメイクレース”Trofeo”出場車です。もともとの"Trofeo”はこのSUDがベースカーだったのですが、ドライブしたのは蒼々たる面々で、このクルマはあのメルツァリオがドライブしたクルマです。
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立て続けにご紹介していますが、それは偏に今回のモデルを早くご紹介したかったからかも知れません。
それはALFA SUD Sprintなのですが、自分自身そこそこアルファ・ロメオの歴代のモデルは知っているつもりでいたのですが、このSUD Sprintのレーシングバージョンの存在は知りませんでした。そしてそれがこれほどまで格好良いとは思いもしませんでした。
久しぶりに一目で「やられてしまった」アルファ・ロメオです。 ALFA SUDほど、歴代のアルファ・ロメオの中にあって正当な評価を受けていないモデルはないのではと思います。その不遇な悲運はそもそもの成り立ちに遡ります。
1968年、イタリアの南北の経済格差を解消する産業振興プロジェクトの一環として、アルファスッドS.p.A社は南部の産業空白地ナポリに設立されます。
ご存知の方も多いかと思いますが、イタリアの経済地図は北高南低で、北部にはトリノ、ミラノに代表されるように様々な産業が栄えている一方で、南部は主だった産業がなく、経済格差は深刻な問題でした。IRIと呼ばれた国営の産業復興公社は民間企業や銀行の持ち株機関として、経営危機に陥った企業を支援するとともに、地域の産業振興も役割としていたために、当時経営危機にあったアルファ・ロメオに資本注入をする代わりに、南部での自動車工場建設を命じたのです。
このことから、アルファ・ロメオは全く気の進まない新工場建設に着手することになるのですが、同時にそこで生産されるモデルも全く新しいものを開発することになります。理由は販売が低迷している従来車種を増産する必要がなかったからですが、それにも増して
アルファ・ロメオのエンジニア達が新しいモデルの開発という「にんじん」に食いついたからであろう ことは想像に難くありません。
しかし、一方で従来のイタリアの都市国家の伝統を保つアルファ・ロメオにとって、その出自であるミラノから離れるということは、企業のアイデンティティを損ないかねない行為でもありました。
アルファ・ロメオは断腸の思いで、以降のエンブレムから”MILANO”の文字を取り払うことになります。 また、熱烈なアルファ・ロメオファンはNORD(北)で製造されていないアルファ・ロメオをアルファ・ロメオと認めようとしませんでした。かくしてALFA SUD(南)は良くも悪くも従来のアルファ・ロメオとは全く異なるプロジェクトとして新型車の開発をスタートすることになるのです。
開発の総責任者はオーストリア出身のルドルフ・フルシュカで、VW、ポルシェに在籍したエンジニアでした。その経歴から彼が新たに開発することにしたパワートレインが、水平対向4気筒エンジンだったのは当然だったのかも知れません。
そして1971年の11月、トリノ・ショーに姿を現した新型車はフィアットの小型車マーケットに真っ向からブツかるアルファ・ロメオ初のFF車で、排気量1186ccの水平対向4気筒エンジンを搭載したファストバックスタイルのクルマでした。
しかし、それが例えミラノから出たものでなくても、アルファ・ロメオであるからには凡庸なクルマであるはずはなく、水平対向エンジンの持つ低い重心に加えて、フロントはマクファーソン・ストラット式のサスペンスションにリアはリジットアクスル。そして四輪ディスクブレーキを採用し、加えてフロントはインボードとするなど、厳しいコスト制限の中にも、走行性能を高める装備が盛り込まれたモデルでした。
スタイリングはベルトーネを離れ、イタル・デザインを設立したばかりの巨匠ジゥジアーロで、彼によると最も記憶に残るデザインの一つと言われるほどの力作でした。事実、後に初代VWゴルフやフィアットパンダに結実する、
彼の天才的な小型車デザインの魁となったのが、このALFA SUDだったのです。 当初は2/4ドアボデイで発売され、1973年にはワゴンボディを、さらに1974年にはこのSUD Sprintと呼ばれるクーペボディが発表されるのですが、そのSprintのデザインはAlfetta GTと同じコンセプトでありながら、より直線的で美しく、未だに色あせないデザインだと思います。
SUDにまつわる悲運に関しては、後にご紹介するSUD T.I.の項で更におハナシしたいと思いますが、その優れた走行性能はアルファ・ロメオのワンメイクレースである”Trofeo”のベース車両として1982年に採用されることになります。そのベース車両はアウトデルタによりチューニングされた排気量1490ccから140hpを発生する水平対向4気筒エンジンと、775kgという軽量な車重から、最高速度は190km/hに達する、ワンメイクレースには贅沢すぎる内容のクルマとなりました。
付属するミニチュアモデルは1983年のチャンピオンカーですが、オーバーフェンダーとスポイラーが格好良く、もともとはスリークなSUD Sprintをグラマラスで獰猛なイメージに変貌させています。後のアルファ75Evolutioneにも通じるモディファイなのですが、これほど印象が変わるとは・・・個人的には大好きなモディファイです(苦笑)
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アルファ・ロメオが好きな方の中で、Giulia Sprintが嫌い・・・という方は恐らくいないのではないでしょうか。ベルトーネ時代の巨匠ジゥジアーロがデザインしたこのスタイリッシュなクーペは
歴代のアルファ・ロメオの中にあって、いまだに代表作として人気を博しているモデル です。
今回ご紹介するのは、そのGiulia Sprintの中にあってそのポテンシャルの極限と呼べる2000GTAmです。
1970年にETC(ヨーロッパ・ツーリングカー選手権)のチャンピオンシップが比較的改造自由度の高いグループ2に懸けられるようになると、アルファ・ロメオも従来のGiulia Sprint GTAを大幅に改造することになります。
GTAmと名付けられたこのモデルは、GTAがアルミボディであったことに対して、ノーマルのスチールボディをベースにしていました。しかしそのエンジンは大幅にチューニングされており、狭角ヘッドにスピカ製インジェクションを与えられ、その最高出力は2000GTAmでは1985ccの排気量から240hp/7500rpmにまで高められました。
ボディにも大幅な改造が施され、FRP製のオーバーフェンダーによりトレッドはノーマルの前/後1324mm/1274mmから1385mm/1360mmにまで広げられました。
この改造は実に的確で、結果として1970年にデビューした1750GTAmはライバルのBMW2800CSなどの大排気量車を寄せ付けず、全9戦中6戦で優勝し、
ブッチギリでタイトルを獲得 します。
そして1971年にETCのクラス分けが1.3L以下と2.0L以下に分けられたことに伴い、1750GTAmはその排気量をUPされ2000GTAmとなるのですが、結果、1.3L以下のクラスに投入されたGTA Juniorは8戦中7戦でクラス優勝。そして2000GTAmも6勝し、2年連続でタイトルを獲得します。
1970年と71年のETCは当にアルファ・ロメオ一色であった と言えます。
しかし、1962年発表のGiulia Sprintを基本としたレーシングカーの戦闘力はいくらアウトデルタが渾身の改造を加えたとは言え、限界に達していました。
1972年にはタイトルをフォードエスコートRSに奪われてしまい、GTAmは次世代のAlfetta GTにそのレーシングベースを譲ることになるのですが、そのGiulia Sprintのレースヒストリーの最後を飾ったのがこの2000GTAmなのです。
いくら当時のレベルのレースとは言え、
基本設計から8年が経過したモデルがタイトルを獲得することができたということは驚くべきこと だと思います。それはGiulia Sprintの基本設計が優れていたこと、アウトデルタのチューニング技術が抜きん出ていたことに加えて、それをドライブしたドライバーの面々が最高であったことによるものです。
その中でも特に有名なのがトイネ・ヘイゼマンです。オランダ人の彼はアウトデルタと深い関係にあり、Giulia使いとして素晴らしい実績を残したドライバーだったのですが、彼の才能はそのドライビングテクニックだけでなく、レーシングカー製作そのものにも発揮されました。このGTAmの基本アイディアも彼によるもので、その実戦から得た改良の指摘はアウトデルタにとっても大変貴重だったと言われています。
付属するミニチュアモデルは、あまりに有名な1971年のスパ24時間にそのヘイゼマンのドライブで優勝したクルマそのものです。
マスタードイエローに塗られたボディと車番42の2000GTAmはメタルキットからダイキャストモデルまで数多くモデル化されていますが、このミニチュアはその中でも素晴らしい出来だと思います。
今尚、Giulia Sprintのオーナーがモディファイの理想とするGTAmですが、確かにこのGTAmがサーキットを走る姿は、明らかにアルファ・ロメオの黄金時代の象徴であったと思います。
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暫くお休みしていたALFA ROMEO Sport Collectionのご紹介ですが、今回ご紹介するモデルで60号となりました。
既に、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、この際限ない(苦笑)シリーズもやっと80号で終了することになるようです。現在、私の手許には79号までのミニチュアモデルがあるのですが、ようやくあと1台を残すのみとなってみると感慨もひとしおです。
当初は軽~い気持ちで集め始めたのですが、コレクションが増えるにつれてこのシリーズの意義というか意味が自分にとってどんどん深まって来ました。結果として結構な資金を投入してしまったのですが、それでも私自身にとっては余りある成果があったと思います。
このシリーズから見えてきたアルファ・ロメオの自動車造りの源流に関しては、いずれ考察したいと思いますので、ご期待ください。
さて、今回ご紹介するのはあまりに有名なGiulia T.I. Superです。
1962年に従来のGiuliettaと呼ばれた101系から発展させた、この105系と呼ばれるGiuliaは、当初はSprintボディとSpiderボディのみが発表されたのですが、それは偏にアルファ・ロメオの体力に起因する問題でした。量産車メーカーに転進したばかりのアルファ・ロメオはその知名度とは裏腹に、企業規模としては中堅メーカーでしかなく、一度に三車種の新規モデルを市場に投入できる資金力がなかったのです。
しかし、満を持して投入されたこのBerlinaはそのデザインから「醜いGiulia」と呼ばれたにもかかわらず、大ヒットとなり1967年の生産終了までに71000台が販売され、もちろんそれまでのアルファ・ロメオの中では最多量産車種となりました。
一時はアルファ・ロメオと言えばこのGiulia Berlinaと言われるほど有名で、そのボクシーなデザインと卓越した居住性、そしてアルファ・ロメオならではの高性能から、一般ユーザーのみならず、タクシー、パトカーと
イタリアの街中で見かけない日はないほどポピュラーなアルファ・ロメオ となりました。
そのGiuliaの中でも最も高性能なモデルがこのT.I. Superで、発表は1963年。そのチューンされたエンジンは、圧縮比を高めてウェーバーの45DCOEキャブレターを2基搭載し、出力を112hpとしました。さらにボディも軽量化され、サイドウインドーをアクリルに替えてボディの内装を簡素化し、車重910kgとノーマルに比べて100kgの軽量化を果たしていました。
外観上もフロントの4灯のライトの内側2灯が取り除かれ、ホイールもマグネシウム化されるなどレーシーなモディファイが加えられたこのT.I.Superは、それでも501台が生産され、この種のハイパフォーマンスモデルとしてはまずまずの販売だったと言えます。
Giulia T.I.のデザインそのものはカロッツェリアによるものではなく,アルファ・ロメオの社内デザインセンターによるものです。アルファ・ロメオは伝統的にBerlinaボディは自分達でデザインして来ました。例外はアルファ164のピニンファリーナとアルファ155のI.DE.Aなのですが、それ以外の歴代のBerlinaは現在のアルファ159に至るまで全てがチェントロ・スティーレ(デザイン・センター)から出たものです。
その特徴も、
アルファ75まではどちらかと言うと無骨で実用的なデザイン であったのですが、それもSprintやSpiderなどの珠玉と言って良いカロッツエリアの作品とコントラストを形成しており、メカニズムを共用したこのBerlinaはそのアンバランスの魅力を増していたと思います。
このようにアルファ・ロメオの伝統は美しいSprint/Spiderと無骨な実用的Berlinaの組み合わせであり、それがアルファ・ロメオのユーザー層を広げていたと思います。
そしてその根底にあるのがスポーティであり、Berlinaだからといって決してチューニングに手を抜かないアルファ・ロメオの姿勢は、ユーザーに評価されたのであろうと思います。
実際にレースシーンで活躍した、このGiulia T.I.Superは思いのほか格好良く、他社の「いかにも」速そうなクーペを蹴散らして走る「醜いGiulia」に声援を送ったアルフィスタは数多かったと言われています。
同様な事例としては後にETCで活躍したVolvoのセダンがありますが、「空飛ぶレンガ」と呼ばれ、他車を蹴散らして走るハコのVolvoはこのGiulia T.I.の再来と言われたものです。
付属するミニチュアモデルは1990年にアルゼンチンのブエノス・アイレスで開催されたレースに出場したモデルなのですが、このレースがヒストリックカーレースだったのかどうか良く知りません。しかしカラーリングは当時のシンプルなものですので、好事家のマニアの仕業だったのでしょう。
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異音がなかなか消えない115Spiderですが、リアアクスルのブッシュとハブベアリングを交換してもその異音は消えませんでした。
確かに、以前に比べると随分と良くはなったのですが、相変わらず暫く走行してエンジンが温まってくると、高速では聞こえないのですが、発進時や停止直前に、「カタカタカタ・・・」とリアから何かがボディを叩くような音がします。それはちょうど、昔の子供が遊んでいた木製の手押し車の前に取り付けられた羽車のように、速度に応じてカタカタ音が速なったり、遅くなったりします。そして全身の神経を集中させるとそのカタカタ音とともに、ボディが捩れます。ということは
どこか駆動系のトラブルに違いありません。 再び主治医のところに戻り、音を聞いてもらい再度リフトでクルマを上げて、今度は手で車輪を回してみました。そしてプロペラシャフトを仔細に観察したところ・・・やっと犯人を見つけました!
それは
ヒビの入ったプロペラシャフトのカップリング でした。115SpiderはFRですから、フロントに縦に置かれたエンジンの回転はトランスミッションを介して回転数を変換され、プロペラシャフトによりリアのデファレンシャルギアに伝達され、後輪を駆動しています。
FFと異なりその長いプロペラシャフトは途中にカップリングというゴム製のクッションにより振動を吸収され、二箇所のユニバーサルジョイントはシャフトの偏心を緩和し、リアアクスルの上下動に対応しています。そのカップリングが完全にひび割れており、振動を吸収し切れなくなってしまっていたのです。
初期化した赤スパは最初にこのカップリング関係を全て交換したのですが、彼女のSpiderはまだ大丈夫・・・とタカを括っていたのが仇になってしまいました。
確かに駆動系のカップリングは痛んでいたら交換する部品ではあるのですが、
千切れるとどうなるか・・・を体験したヒトはそうはいないのではないかと思います。 猛反省し、部品を手配して交換作業となったのすが、今回はそのカップリングとユニバーサルジョイント、そしてプロペラシャフトのサポートベアリングを併せて交換することにしました。
つまり駆動系の振動を吸収する部分を全て交換するという作業内容です。
いざプロペラシャフトを外して見ると、カップリングは敢え無く分解してしまいました。ということは全く役目を果たしていなかったということです。
そしてユニバーサルジョイントの交換となったのですが、このジョイントはちょっとやそっとでは抜けてくれません。どうやらコイツが元凶だったようです。
つまりユニバーサルジョイントが最初に固着したために、プロペラシャフトに加わるテンションが全てカップリングに伝わって、カップリングをこじるような動きをしていたのでしょう。
こういった一連の動きをする部品は一斉に交換が鉄則 です。どこか一箇所を新品にしたとしても、必ず次の部品に負荷がかかってしまい、結果として全体の寿命を縮めてしまうことになるのです。
サポートも同じく回転するシャフトを支える部分で、その振動がカップリングで吸収されていなかったとすると、サポートベアリングも痛んでいることが予想されたので交換することにしました。
そう思っていると、ミッションマウントの劣化も発見しました。エンジンマウントは前回の車検時に交換したのですが、ミッションマウントはそれほど重量がかかる箇所ではないために見送ったのですが、このマウントの劣化もエンジンの振動を吸収しきれず、カップリングの寿命を縮めてしまったのでしょう。このマウントも中のゴムがグズグズになっており、結局壊して抜くしかありませんでした。
毎度のことですが、こういった作業を行ってくれる主治医には本当にアタマが下がります。 ASSY交換に慣れたメカニックだとどうして良いか分からず、投げ出してしまうような作業ですが、あの手この手で交換作業をしてくれました。
そして良く考えてみると、最近のメカニックの方々はその扱うクルマの殆どがFF車ですから、リアに伸びるプロペラシャフトなんて見たこともないかも知れません。当然ユニバーサルジョイントの交換なんてことはやるはずもなく、仮にここが劣化したとすれば、プロペラシャフトそのものを交換してしまうのでしょう。
今回の異音はどうやら、
エンジンの振動がマウントと駆動系の各部分で吸収されなかったために起こったこと で、FR特有のトラブルであると言えます。まだ115Spiderは通常のレイアウトですからプロペラシャフトはトランスミッションの後ろですが、アルフェッタやアルファ75のようにトランスアクスルと呼ばれるトランスミッションがリアにあるタイプですと、エンジンの回転数がそのままこのプロペラシャフトに伝わることになります。つまり、エンジンが5000rpmで回っているとプロペラシャフトも同じに回転していることとなるのです。この形式の場合のカップリングの負担を考えると、定期的にチェックしておかなければ、単にカップリングだけの交換で済まなくなるでしょう。
ようやく原因が分かりました。しかもその対策も理路整然としており、これで異音は消えるでしょう。早速勇んで試運転を行ったのですが、残念ながらまだ例のカタカタ音は残っています。確かに、以前と比べると格段に良くはなっているのですが、どうやら影響はさらに別のところにも波及しているようです。
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ここ最近、115系Spiderのメンテナンスを初期化を含めて数多く経験するようになってしまいました。また、8年間に及ぶアルファ164Q4との付き合いから、クルマのメンテナンスについて考えさせることが多々あります。
自動車に限らず工業製品全てに言えることだと思うのですが、エンジニアが注力するのは新機能だけではなく、その品質と信頼性の向上ではないかと思います。
新型の製品の方がより品質が良く、信頼性が高くなければ商品として消費者からそっぽを向かれてしまいます。 特に最近の家電製品については、保証期間を過ぎて壊れるということは、即廃棄を意味するのではないでしょうか。実際にサービスセンターに電話して修理に関して訊ねて見ると、その手間と金額に愕然とします。
そうなると、仕方ナシに買い替え・・・という選択になるのですが、
結果として新製品が売れるのは皮肉なものです 。ということは、メーカーにとって自社の製品が「壊れる」というのも問題ならば、「壊れない」ということも問題なのです。
想定された耐用年数を過ぎても尚、壊れないという製品の過剰品質は、メーカーにとっては新製品を売れなくさせてしまう大問題 であると思います。
日本の製品のこの辺の品質管理は行き届いており、壊れる時期の匙加減も絶妙です。
そしてそれは自動車に関しても例外ではないのです。
最近の自動車は世界規模でメンテナンスフリーに向かいつつあります。それは部品の信頼性UPにより交換する必要がなくなったためでもあり、環境対策からの要求でもあるのですが、
設計段階から交換を前提としない設計をするようになりました。 また、部品のモジュール化も進み、もし交換をしなければならなくなったとしても、ユニット(ASSY)交換で済ませられるようになってきました。またカーエレクトロニクスの進歩によりイグザミナーにより殆どの故障が発見できてしまうために、永年の経験や高度な整備技術を必要としなくなり、このことから、最近のディーラーのサービス工場にはエンジニアならぬチェンジニアしかいない・・・と揶揄されるようになったのですが、一方でチェンジニアがいれば必要充分であるとも言えます。
アルファ・ロメオも例外ではなく、アルファ159以降のモデルはディーラーのイグザミナーが本国のコンピュータに繋がっており、全世界のトラブル情報が集積され、部品の改良に役立てられているそうです。
昔、アルファ75に乗っているときのことですが、台風の中を走行していると雨漏りがするため、コーンズに文句を言ったところ、他でも同様のクレームがあり、すでに本国に確認中とのことでした。そしてイタリアから来た返事にはこう書いてあったそうです。
「残念ながらイタリアにはそのような暴風雨は降らないため、確認ができない。従って対策は不可能である。」 この対応から比べると、現在のアルファ・ロメオには隔世の感があります。そしてこのことそのものには何も異論はないのですが、一方でメーカーが想定する耐用年数を過ぎて、そのクルマを維持し続けようとしたときに、これらの進歩は一気に牙をむいてユーザーに襲い掛かってくるのです。
ASSY交換で設計され、交換部品の点数をイッキに減らされた現在のクルマは、例え壊れた箇所がその一部分であったとしても、ASSY全体を交換しなければならず、その部品すらメーカーの責任在庫期限を過ぎると供給そのものが止まってしまいます。またASSYであるが故にアフターパーツとしてのOEM供給も困難です。
進歩したカーエレクトロニクスのせいで、専用のイグザミナーがなければ故障診断もエラーリセットもできません。ディーラーが販売から撤退したりすると、これらのイグザミナーは回収されたり廃棄されたりしてしまい、手も足も出なくなってしまうのです。
また、交換を前提とせずに設計された部品を交換しなければならない場合には、アクセスするために他の部分を外さなければならなかったりで、メカニックに難行を強いることになります。
そして、これらは
結果として部品代や工賃アップさせ、メンテナンスコストを押し上げ、最悪は修理不能と言われ、ユーザーにそのクルマの維持をアキラメさせてしまうのです。 それに比べると60年代に設計されたクルマは、当初から主要な部分がメンテナンスを前提として設計されているために、部品さえあれば交換そのものは通常のメンテナンスの範囲内です。カーエレクトロニクスに依存する部分も殆どないために、故障の発見もその対策もメカニカルなアプローチのみで可能です。また材質、構造からすると、現代の技術で再生産されれば当時のものより遥かに品質の良いものになります。
このことは、実際に60年代以前のクルマの生存率と、80年代のクルマの生存率を比べてみたときに、裏づけられると思います。
この30年でクルマの信頼性は格段に向上しました。もはやユーザーはクルマの構造について理解している必要は全くありませんし、場合によってはトラブルそのものにも気づかずに、クルマからトラブル信号がインターネットを通じてディーラーのサービスに送られ、ユーザーに「XXXが故障していますから修理に入庫してください」などと連絡が来ても不思議ではない時代です。
しかし、一方で
クルマを取り巻くシステム全体がユーザーの買い替え時期までも管理し、それから外れた行動を取れなくしてしまっているのも事実 ではないでしょうか。
クルマ好きにとって、気に入ったクルマに永く乗りたいというのも自然な行動ですが、その自由が奪われつつある現状は残念でなりません。
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主治医に入院した115Spiderですが、まずはリアアクスルのブッシュを交換することになりました。
実は、このブッシュは外すのが本当に大変で、前回の赤スパのときに難儀したため、次回は下の写真のアクスル全体で部品を取るようにと厳命されていた部分です。
しかし、アクスル毎となるとお値段も張る上に、海外からの送料もバカになりません。仕方なく今回も「泣きついて」、ブッシュのみを交換してもらうことになりました。
この両サイドの打ち込みブッシュが難儀で、経年劣化による固着で、簡単には抜けてくれないのです。
結局、ブッシュをこのようなカッターで切り、壊して外すという荒業で取り除くしかありませんでした。
新しいブッシュを取り付けて完成ですが、「もう勘弁!」と言われてしまいました。
おそらくこういった整備性の問題から、最近のクルマはASSY交換が多くなっているのでしょう。 しかし、ユーザーにしてみれば結局は高いASSYの部品代を負担するか、工賃で払うかというトレードオフでしかないような気がします。
次はリアのハブベアリングの交換ですが、それはドライブシャフトを抜くことから始まります。
ハブベアリングそのものは、その機能から交換を前提としている部分ですので、先ほどのブッシュと異なりスムーズに交換することができます。
このハブベアリングが劣化すると、ホイールの建てつけが悪くなりタイヤが偏磨耗したり、走行中に異音が出たりします。ジャッキアップした際に力一杯タイヤをゆすってみてガタガタと動くようであればハブベアリングを交換しなければなりません。
ハブベアリングの交換の際にはこのシールも一緒に交換となるのですが、この部品はたまたま北米でバックオーダーとなっており国内手配をしましたが、こういった通常の交換部品は、幾つかの入手ルートを持っておかないとイザというときに作業を止めてしまうことになり、主治医に迷惑をかけてしまいます。
そして、エンジンのハンチングの原因であった吸気系のエア漏れの対策ですが、今回は吸気インテークのジョイントが劣化していたので、交換することにしました。北米から取り寄せた部品はアルファ75用と書いてありましたが、同じ4気筒エンジンですので恐らく適合するのでしょう。
外したジョイント部分のゴムは劣化しており、ホースバンドで締め付けたとしても隙間からエアが混入する恐れがある状態でした。インジェクションの吸気系はエアフローメーターの部分で吸気量をコントロールしていますので、それ以外の部分から空気が入ると異常燃焼を起こしたりします。
現象はとしては、アイドリング時に回転数が安定しなくなったり、最悪はストールしてしまうのですが、こういった現象が出た場合の第一容疑者がこの吸気系のエア噛みです。 そして、エアフローメーターに繋がるスリーブを新品に交換して吸気系の手当ては完了なのですが、このエアフロースリーブと呼ばれるホースは、定期的に再生産されてはいるのですが、たまに在庫切れしてしまうことがあります。
常に1本は予備で持っておいてもよい部品 かも知れません。
かくして、当面の修理は終わり・・・と思ったのもつかの間で、インジェクションホースの劣化を見つけてしまいました。
この箇所は赤スパでも交換した箇所ですので、どうやら鬼門のようです。
115系のインジェクションSpiderのオーナーは是非チェックして見ることをオススメします。 これで吸気系と燃料系のリフレッシュはほぼ完了です。燃料ポンプも先日交換しましたから当分の間はこの辺りの心配はないでしょう。
そして、いよいよ試運転となったのですが例の異音は無事に消えたでしょうか・・・と思いきや、実は消えてはいませんでした。本当の原因は全く別のところにあったのです。
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2ヶ月ほど前に彼女と一緒に出かけた南伊豆の帰りにリアから異音がするようになった115Spiderですが、その後も異音は止まらず、だんだんと酷くなってしまいました。
最初は2名乗車時の時、発進時や停止直前にカタカタと異音がしたために、マフラーの振動でどこかボディに当たっているのだろうとタカを括っていたのですが、そのうちに異音とともにボディがネジれるようなヘンな挙動を示すようになってしまいました。
こうなると見過ごすワケにも行かず、何とかしなければと思っていた矢先に、出先の彼女から電話がかかってきました。
聞けば、ガソリンが漏れているということですが、どうも要領を得ません。たまりかねてそれを彼女に指摘してくれた方に電話を替わってもらい状況を聞くと、ガソリン漏れはエンジンルームではなく、リアからとのことです。しかもエンジンを切ると止まり、エンジンを始動すると漏ってくるとのことですので、どうやら燃料ポンプ付近からの漏れであることが想像できました。
確かに
フツーのドライバーが出先でガソリン漏れを教えられたら、パニックになってしまうのは無理からぬこと です。
早速、現場に駆けつけて見ると予想通り、リアの燃料ポンプからガソリンが漏れていました。結構な量が漏れていますがエンジンルームではありませんので、取り敢えず火災の心配はなさそうです。
本来ならばローダーで搬送が正しい判断 ですし、もし他のヒトから相談されたならばそう答えたのですが、自分のことでもありますし、もう日も暮れてしまいローダーの到着を待っていると遅くなりそうなので、自分の916Spiderを現地の駐車場に置いて、主治医のところまで自走で持っていくことにしました。そしてもしもの場合に備えて、916Spiderに常備している消火器を積み替えて恐る恐る出発したのですが、ガソリンを撒き散らしながらなんとか無事に主治医のところまでたどり着くことができました。
これは本当に他車に迷惑で危険な行為で、絶対にやってはいけないことです。 良い子の皆さんは決してマネをしないようにして下さいね(苦笑)
しかし、結果は簡単なガソリンポンプの交換で完治してしまいました。
115Spiderの燃料ポンプは現在では当たり前のインタンク式ではなく、燃料タンクとエンジンを結ぶライン上に取り付けられており、しかもムキ出しです。おかげで交換はあっと言う間の作業で済んだのですが、今回のように
シールが劣化するとガソリンが漏れ出す ことになってしまいます。
ちなみに現在の殆どのクルマは燃料ポンプはタンク内部に取り付けられており、仮に壊れても燃料が外に漏れ出すようなことはありません。一方でこの方式だと交換が厄介で、ヘタをすると燃料タンクそのものを外さなければならないほど大工事となってしまうのですが、確かに燃料ポンプはそうそう壊れるものではありませんから、この方式のほうが安全上は理にかなっているのでしょう。
さて、例のリアからの異音ですが主治医にもその音を聞いてもらい、あれこれとチェックしたのですが、どうも原因がはっきりしません。ただ、
リアホイールのハブベアリングのガタつきと、アームブッシュの劣化は明らかで、このせいでドライブシャフトかプロペラシャフトにボディが干渉して異音が出ているのかも・・・ということになり交換 することにしました。
併せて、気になっていたエア噛みによるアイドリング時のハンチング対策として、
エアフロースリーブとインテークのゴムジョイントも交換 することにし、主治医に作業をお願いしたのですが、例によって部品の調達は私の担当です(苦笑)。
早速、いつものAlfissimo Internationalに連絡し、必要な部品を揃えてもらったのですが、115Spiderは北米で販売されていたこともあり、その部品の全ては問題なく揃えることができました。
以前にも書きましたが、このオーナー側が部品を調達する方法は、メンテナンスガレージの考え方によって嫌がられる場合もあります。メンテナンス工場は文字通り修理によって利益を得ていますので、部品を調達するのも本来ならば仕事です。ですので、仕事と言うからにはそこに手数料を上乗せされることになっても、それは全くもって正当なことなのですが、
日本でスグに手に入らないような部品の場合には、その調達に手間ばかりがかかってしまい、「ちっとも儲からない」という結果になってしまいます。 例えば、交換が10分ですむ作業工賃があまり請求できない100円の部品でも、それがないためにずっと工場でクルマを預からなければならなかったり、あちこち探すのに手間がかかってしまうような場合です。
こういったクルマは得てして修理を断られたり、それ以外のあまり関係のない部分を交換したり、修理したりされてしまうものなのですが、主治医は「部品代と工賃は別」という考え方ですので、持ち込み部品でも快く応じてくれます。その代わり、
部品の責任はオーナー側が持たなければならない のは言うまでもないことなのですが、それで
面倒くさいクルマでも快く整備してもらえるのは本当に有難いこと だと思います。
実際に自分で部品調達をやってみると分かるのですが、海外とのメールのやり取りに加えて、部品が到着したときの検品作業なら何やらで、
こんなに部品調達に手間をかけていたら通常のメンテナンスガレージはその経営が成り立たないな… と実感できます。
ただ最近は部品商でもない私宛に、当たり前のように部品のリストが工場の正規伝票で発行される…というのはどうしたものでしょうか(苦笑)
ともかく部品は揃いましたので、いよいよ交換作業となったのですが、やはり主治医には難行を強いることになってしまいました。
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実質上は新春第一弾のブログとなります。
昨年達成した50,000アクセスと一周年の記念品として作成する予定だったものですが、その後多忙となってしまい、ようやく正月休みになって手を付けられるようになりました。
今回お約束した記念品は、もうお馴染みの1/64スケールのミニチュアモデルのセットで、材料に選んだものは、個人的に持っておこうと思った、LANCIA DELTA HF INTEGLARE 16V (1991 1000 Lakes Rally)、LANCIA DELTA S4 (1985 RAC Rally)、LANCIA BETA MONTECARLO (1981 Watkins Glen)の3台です。
奇しくもこの3台はLANCIAのワークスがMARTINIのスポンサードを受けていた時代のもので、そのMARTINIストライプを纏ったカラーリングで有名なものです。
この時代のLANCIAはモータースポーツに熱心で、特にWRC(World Rally Championship)に賭ける意気込みはハンパではなく、FulviaからStratosを経て、LANCIAはラリー王国として不動の地位を確立した時代でした。 さて、ベースの製作ですが今回は今まで使用したアガチス材ではなく、チーク材を使用して見ました。アガチス材はその素材が柔らかく木目も柾目で面白くないため、マホガニー色のニスで仕上げてきましたが、今回使用するチーク材は材質が硬く、油分を多く含んでいる木材です。また、木目も変化に富んでおりその木目を残すために、クリアーニスで仕上げて見ましたが、ナンだかフローリングの床を切り取ったようになってしまいました。
飾り台のベースとしてはチーク材はあまり向かない かも知れません。
気を取り直してネームプレートを作成しましたが、今回のタイトルは”LANCIA MARTINI HISTORY”としました。
そしてミニチュアモデルのディテールアップですが、定番のホイールのスミ入れと、アンテナ線の追加工作を行って見ました。
ホイールのスミ入れに関しては以前もご説明しましたが、エナメル系の塗料(フラットブラック)をシンナーで薄めて、面相筆で塗るのではなく置く様に流し込んで行きます。これは液体の毛細管現象を利用したもので、慣れてくると窪みに勝手に塗料が入っていくのです。
仮に失敗しても綿棒で拭けば修正できますので、
習うより慣れろで何度かチャレンジしていると塗料の薄め加減などコツが分かって来ますので、興味がある方は是非やってみてはいかがでしょうか。 次にアンテナ線ですが、これも何度か試してみましたが、1/64スケールには0.6mmの真鍮パイプに0.3mmの真鍮線の組み合わせがベストだと思います。
実際のアンテナのスケールダウンだともっと細くなるのでしょうが、それでは見えませんし、太くするとオモチャっぽくなってしまいます。 そのギリギリのところがこのサイズだと思うのですがいかがでしょうか。
そして出来上がった3台をディスプレイして見たのですが、
この3台には10年の開きがあるにも関わらず、全くその年月を感じさせられません。 それもそのハズで、1991年のDELTA INTEGRALEのベースとなったDELTAは1979年の発表です。一方のBETA MONTECARLOは1975年発表ですから、殆ど同年代と言って良い2台なのです。その2台が10年という年月を隔てて活躍したわけですから、面白いものです。
加えて、1985年のDELTA S4も随分と乱暴なクルマです。もともとは4WD勢の台頭によって戦闘力のなくなってきた037 RALLYの後継モデルとしてアバルトによって開発されたグループBカーなのですが、少しでも販売促進に寄与するようにと外観をDELTAに似せてデザインされたものです。しかし、実際にこの2台を並べて見ると
その姿は似ても似付かず、とても販売に寄与したとは思えない のです。
この時代のLANCIAワークスはその実態はアバルトであり、皮肉な見方をすればLANCIAの商売なぞどうでも良かったフシがあります。
レース屋としてのアバルトの面々がLANCIAのブランドを借りて徹底的に勝負に拘った というのが本当で、そのお陰でLANCIAは経営悪化を招いたと言えるのではないでしょうか。もちろんLANCIA自身も決して「嫌いではなかった」のでしょうが・・・(苦笑)
このように、
自分のお気に入りのミニチュアモデルを組み合わせて、そのストーリーを考えながらディスプレイするのは楽しいものです。 個人的には今回の組み合わせは、過去に製作したディスプレイの中での一番の組み合わせではないかと思っています。
大変永らくお待たせしてしまいましたが、kobuさんにこのディスプレイをお贈りしますので、是非お受け取りください。
さて、気が付けばあっという間に60,000アクセスは過ぎ去ってしまいました。次回は70,000アクセスとも思ったのですが、ゾロ目も面白いので77,777アクセスでまたアワードを考えたいと思いますので、どうぞご期待ください。
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明けましておめでとうございます。 毎年、クラブメンバーとお世話になった方々に年賀状をお送りしているのですが、その素材を何にしようか・・・と考えるのも楽しみの一つとなっています。
ただ、昨年は愛車アルファ164Q4と惜別してしまいましたので、喪中と言えなくもないのですが(苦笑)、健在だったころの遺影をお送りするのも供養か・・・と思い、富士山をバックに富士スピードウェイのストレートを爆走する写真を使用して見ました。
さて、このブログをご愛読いただいている皆様も、今年一年が皆様とその愛車にとって、良き年となりますようにお祈りしております。
私はと言えば、心機一転し、今年は何か新しい出会いがありそうな予感がしています(謎)
新しい地獄巡りを・・・という皆さんのご期待にそえるかどうかは分かりませんが、新しい出会いに踏み出してみようかと思っています。
それでは新年の計を・・・(笑)
1.更新頻度を上げる
さすがに毎日・・・とはいかずとも週2本くらいは書きたいなと思っています。是非ご声援をお願いします。
2.新コーナーを立ち上げる
従来のコンテンツに加えて、何か新しい連載をスタートしたいなと思っています。こんな取材を・・・などリクエストがありましたら是非お聞かせください…って、ネタを募集しちゃいました(苦笑)
3.ミーティング
全国(海外も)にいらっしゃる読者の皆さんですので、なかなか難しいかも知れませんが、どこかでお目にかかれればいいなと思っています。何か楽しい企画で楽しめればいいですね。
ともあれ、肩肘はらず自然体で行きたいと思っていますので、どうか今年もよろしくお願いします。
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