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走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

今も残る戦跡を訪ねて(特派員報告)

例の整備記録は心理的になかなか整理できないので(苦笑)、今日は以前のブログでご紹介した、私の勤務する会社の監査役殿の特派員報告をご紹介したいと思います。

この方は某超大手光学メーカー出身で、カメラに造詣が深いだけでなく、そのカメラを使って撮影かたがた自転車で散策が趣味…という、高尚な?方なのですが、その着眼点は素晴らしく、前回の「公園でプラモデルを作るオジサン」など、日常では見過ごしてしまうようなディープなネタを提供して下さいます。
今回はその特派員報告ということで、社内メールで頂いた(笑)文章もご紹介したいと思います。

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多摩川の是政橋を渡り、府中街道を一気に北上してから青梅街道を西へ向かうと、東大和市の南公園に戦争の痕跡が生々しく残されています。戦前から航空機エンジンを製作していた日立航空機(前身は東京瓦斯電気工業)の変電所が、大東亜戦争末期の昭和20年にグラマンF6F,P−51マスタングとB−29により三度にわたる銃撃と爆撃を受け、満身創痍になりました。その後も平成5年まで変電所として工場施設に配電していたというのですから実に驚きです(最後の工場は小松ゼノア)。窓越しにかすかに見える変電装置が何やら悲しげな面影を感じさせます。(資料によれば、東京瓦斯電気工業は「神風」(注1)エンジンを製作し、航研機(注2)の組立も担当したとのこと)

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工場跡地が公園化されるにあたって関係者の努力により建物が保存され、その周りは「畑」の趣きで整地され、そこには風趣ある「電線イモ」、「トランス大根」、「プロベラ人参」などの作物が実っています。広場には歯車や軸受などの機械部品が散らばっていましたので、ああこれが畑の作物の種(タネ)なのかと納得しました。それにしても奇妙な風景のなかに今も残る戦争の爪跡であります。

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ここを後にして、小金井公園近くの上水公園の管理棟がかつての陸軍技術研究所の跡との情報を得て現地に行きましたが、なんと昨年の4月に建替えのために解体されてしまったとのこと。またもや戦跡探索は時間との勝負であることを思い知らされました。

(注1)
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この方は私がヒコーキ好きだとご存知ですので、あえて説明は書かれていませんが、「神風」とは特攻機のことではなく、戦前に朝日新聞社が採用した報道用の高速連絡機のことです。当時の新聞社はその記事原稿や写真を輸送するために航空機を所有しており、他社を出し抜くためにはより高速な飛行機が求められたのです。
「神風」機は1937 年(昭和 12 年)に朝日新聞社の報道機として、東京(立川飛行場)~ロンドン(クロイドン飛行場)間を 94 時間 17 分 56 秒(実飛行時間 51 時間 19 分 23 秒)で飛行したのですが、当時としては驚異的な記録で、日本最初の国際記録( FAI/国際航空連盟が公認した日本初の国際記録)を樹立しました。純国産の傑作機として日本の飛行機が国際舞台にデビューを果たした、記念すべき名機です。

(注2)
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東京帝国大学(現東京大学)航空研究所が設計した長距離飛行記録用の飛行機で、その略称から「航研機」と呼ばれています。昭和13年に周回飛行により総飛行距離11,651.011Kmという世界記録を樹立しました。また同時に10,000Kmの速度記録186.192Km/hも世界記録としてFAIによって承認されました。なお、悪天候を理由に着陸せざるを得なかったのですが、燃料残が500リットルあり、天候さえ良ければ、更に1,200Kmの飛行が可能であったと言われています。

それにしても、良くもこんなディープなネタを提供してくれるものです。しかし、写真の建物の弾痕はモノ凄く、当時の攻撃の激しさを物語っています。

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