
初めてお目にかかったY氏は、私の中で勝手にイメージされていた長期に亘って連載した、あの「悲劇のDelta」のオーナー像とは全くと言って良いほどかけ離れていました。
私の周囲にいる「変態」は、クルマに乗っていないときにもその変態オーラを発散しているのですが(笑)、Y氏は良く言えば「普通の人」、悪く言えば「どこにでもいそうな人」?で、第一印象は物静かな「紳士」でした。
正直に言って、この「普通の人」がLANCIA Delta Collezioneを新車で購入し、さらにその中古車が買える程の金額をかけてリセットをするほどの「変態」だとは俄かには信じられませんでした。

Y氏は仙台でクリニックを開いている開業医です。こう書けばお金持ちなのね・・・と思われる方が殆どではないかと思いますが、Y氏の家系はお医者様ではなく、Y氏自身は自力で開業した「個人事業主」で、お話をお伺いしていると個人で経営している医院は他の個人事業主と同様に、患者(客)が来なければ開店休業となってしまうことや、設備投資やスタッフの人件費などの経営に関する問題に加えて、自由に休むことができなかったり、体調を崩して休診しても何の保障もないなど、一般的なサラリーマンからすると労働条件も過酷で心労も多い仕事であることが分かります。

それではY氏はなぜここまでDeltaに入れ込むこととなったのでしょうか。
それはY氏の冷静な自己分析癖とその一途さにあります。
初めて免許を取って乗ったクルマは親が所有するカローラⅡであったことからもY氏が「庶民」であったことが窺われる(笑)のですが、そのカローラⅡをY氏は乗り倒します。
それはドレスアップやチューニングといったクルマ弄りではなく、自らのドライビングテクニックを磨くために乗り倒したそうなのですが、えてして免許を取ってすぐの若者はクルマの外見に拘ったり、雑誌や周囲からの情報で耳年増となってしまい、自らの運転能力以上のチューニングに走ってしまったりするものでしょう。
しかし、Y氏はそれらのチューニングはこのカローラⅡをノーマルの状態で乗りこなしてから次のステップだと考えていたそうです。
そしてFFのカローラⅡをチューニングすることなしに卒業することにし、次の選択は二代目MR2(SW20)でした。
これはY氏にとっては更なる自己研鑽を必要とするクルマ選びで、それまでのカローラⅡで培ったドライビングテクニックを新たにミッドシップでやり直さなければならないことを意味しています。恐らくこれもY氏の探究心からのチョイスであっただろうと思うのですが、Y氏はこのMR2もむやみに弄ることなく、自らのドライビングテクニックを研鑽することのために使い倒されることになります。
Y氏は、仙台ハイランドサーキットや菅生のサーキットのボランティアでコースマーシャルなども経験されていますので、サーキットでのレースやダートラといったモータースポーツ志向があったのかと言うとそうではなく、練習の舞台はあくまでストリートだったそうです。それは環境要因も大きく、Y氏は実家である埼玉を離れて東北大学に進学していましたので、少し走れば練習場所には事欠かない環境にあったのです。実際に凍結した駐車場でターンの練習をしていた・・・とのことですので、余程クルマの挙動に興味があったのでしょう。しかし、このFFからMRと続くクルマの「挙動ヲタク」の嗜好からすると、次に来るのはFRか4WDか・・・というのは容易に想像することができます。

そして、やはり・・・Y氏は4WDのLANCIA Deltaに魅入られてしまいます。
東京であればともかく仙台ではまだDeltaは珍しく、殆ど見かけることはなかったそうですが、Y氏はデイーラーを訪ねてその最終モデルであるDelta Collezioneの購入に踏み切ります。その時のY氏の年齢は27歳で、訪ねられたディーラーのセールスも最初は本当に買うのか(買えるのか)半信半疑だったそうです。もちろん即金で購入できるはずもなく、Y氏によれば「大ローン」を組んだとのことですが、それほどまでにDeltaがY氏の心を捉えたのはWRCでの活躍だけでなく、LANCIAがWRCに勝利するために連綿と改良を重ねて熟成させてきたDeltaの最終モデルであるということが、Y氏自らのそれまでのクルマへの関わり方と相通じるものがあったのかも知れません。
そして、弱冠27歳でY氏はイタリア車、しかもLANCIA Deltaのオーナーとなります。
それまでのY氏の行動からすると当然のことながら、まずは「吊るし」のDeltaを操ることからこのDeltaとの付き合いは始まりました。そしてY氏はコレクターではありませんので、DeltaはY氏の日常のアシとして使い倒されることとなります。
Y氏にとってはこの日常のドライビングも重要な練習?場所で、この日常のスピードであってもドライビングプレジャーを提供してくれるDeltaにY氏はどんどんと惹き込まれて行きます。
Y氏にとってはそのクルマの挙動を含めて完全に「手中に収める」ことが重要で、その先に初めてそのクルマが自分にとって楽しいか否かの判断があると考えているフシがあるのですが、Y氏がこのDeltaを「手中に収めた」かどうかはともかく、それから17年間も乗り続けているのですから、少なくともY氏にとってこのDeltaは唯一無二のクルマであることは確かでしょう。
東京に住む私たちのようなクルマ好きにとってクルマは日常の移動のための道具ではなく、週末の「お楽しみ」であることが多いのですが、地方の場合は日常のアシとして使えなければ、例えそれが趣味クルマであったとしても、クルマの価値は半減してしまうものです。
少なくともY氏にとってこのDeltaは日常の通勤のアシであると同時に、その通勤ルートでドライビングも楽しむことができるのですから当に一石二鳥で、さらに通勤ルートを「ちょっと外れる」こともあるそうですので、冒頭に書いた個人事業主としての重圧からくるストレスもそれで発散できるのであれば、一石三鳥と言って良いかも知れません。
長年に亘って同じクルマを所有されているオーナーも多いと思います。しかし、Y氏のDeltaとの17年間は決して週末やイベントのためのお楽しみであったワケでも、大切にガレージに保管されていたワケでもなく、毎日のアシとして使い倒されてきた17年間だったのです。
私自身もアルファ164Q4という変態クルマを8年間15万キロ乗り倒したので良く分かるのですが、それは並大抵ではないエネルギーだったと思います。
しかし、Y氏は
「他に乗りたいクルマがないから」
とさらりと言ってのけます。
Y氏は結婚を機に、もう一台のアシクルマを購入します。これはもっぱら奥様のアシとして活躍しているのですが、そのクルマももはや12年目!に突入しています。
そのアシクルマとはアルファ156V6 2.5で、奥様もMTを駆使してこのアルファ156を乗りこなしていらっしゃいます。

Y氏は「洗脳した」と言っていますが、奥様は必ずしも洗脳されたのではなく、おそらく奥様自身も「変態」とまではいかずとも相当な「好きモノ」ではないかと思います。
ここまでお話をお伺いすると、Y氏がなぜもっと程度の良いDeltaに乗り換えずに、自身の愛車をリセットに出したのかが良く分かりました。
Y氏にとって愛車は大量生産された数ある同型車の中からたまたま自分の許にやってきた一台ではなく、自らが乗り倒すことによってどんどん自分の分身となった文字通りの愛車なのだと思います。
そのリセットの効果ですが、Y氏によるとボディ剛性が劇的に回復し、ボディからの異音がしなくなり、エンジンの吹けあがりも良くなり、エンジンからの振動もなくなったとのことです。

Deltaをこれから新たに購入するに際して、リセットDeltaを選ぶことは極めて合理的な判断だと思いますが、新車で購入して乗り倒した末の愛車のDeltaを、もう一度これだけの費用をかけてリセットするという行為は必ずしも合理的とは言えません。もっと程度の良い中古車はあるでしょうし、その中古車をリセットせずにそのまま乗ったとしても現状の愛車よりも程度が良い場合もあるでしょう。
しかし、そこが変態の変態たる所以で、自分の身体に替えがないのと同様に、自分の分身にも替えがないからこそのリセットで、Y氏はまさにその一途さにおいて半端ない「変態」だと思います。
LANCIA Deltaにただ乗っているオーナーはまだ「変態」という域には達していないと思いますが、それにY氏の一途さが加わると素晴らしい「変態」が出来上がります。そしてこの変態は「聞いて見なければ分からない」変態で、「常人の皮を被った変態」として人知れず存在しているのです。
ひょっとしたらご商売に差し障るかも知れませんので、世間に対しては変態の中でもこの「一途類」の特徴である「モノを大切に使う人」という擬態をとり続けて欲しいと思います。
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