走ってナンボ

アルファ・ロメオを始めとする「ちょっと旧いイタ車」を一生懸命維持する中での天国と地獄をご紹介します。

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お詫び

更新記事を楽しみにお待ちいただいている皆さん。

実は引越しをしたのですが、工事が混み合っておりネット環境がなかなか整いません。

今しばらくお待ちいただけますようお願いいたします。

管理者敬白
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人生の転機

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すでにフェイスブックで私と繋がっていただいている皆さんには発表させていただいたのですが、このブログをご愛読いただいている皆さんにもお知らせしたいと思い、内容的には重複しますが記事として書かせていただくこととしました。

私と親しくしていただいている方は、私が企業人事として永年仕事をしてきたことをご存知かと思います。またこのブログでも何度か記事でそのときの経験を書かせていただきました。

思えば、大学を卒業する際に人事職を希望して就職活動を行い、関西の半導体メーカーに人事として就職して以来、米系化学メーカーでグローバル人事を、またコンサルティング会社で人事コンサルティングを、そして精密装置ベンチャー企業での経営企画を経て、香港資本のアパレル商社で人事を・・・と、会社員としてのキャリアの殆どを人事という仕事で過ごして来ました。「人が好き」というシンプルな理由で望んだ仕事ではありましたが、だんだん人事という仕事をやっていると、「人が嫌い」になって行く自分がいました。

また、2年前に急性心筋梗塞を患ったことも、今から思えばこれからの人生をいかに生きるかを考え直すきっかけになったと思います。
そして、永年の趣味であったイタリア車に関わる仕事をしようと決断しました。

実は、この結論に至るまでには自分自身の中に逡巡がありました。それは趣味を仕事とすることに対する抵抗です。
私自身は今まで仕事と趣味は分けて考えて来ました。私のような管理系の仕事は技術系の仕事と異なり、自分自身の趣味趣向とは相容れないものです。経理をやられている方で、決算が趣味という方はいらっしゃらないでしょうし、人事をやられている方で人事考課が趣味という方はいらっしゃらないでしょう。

仕事そのものの達成感や充実感といった楽しみとは別に、それを得るための個々のプロセスは決して楽しいものではないと考えていましたが、永年の趣味であるクルマに関わることはその個々の作業の全てが楽しんでできることでした。楽しんでいたからこそ、どんなに大変なことも苦になりませんでしたし、それから得た知識や経験は全て自分の血肉となったと思います。そんな楽しい趣味を仕事にした途端、それらがちっとも楽しくなくなってしまうのではないか・・・という不安があったのです。
しかし、ある人から趣味を仕事にすると考えずに、趣味が仕事になると考えたら・・・とアドバイスをいただき、それまでの逡巡が消えていきました。

これまで通り、自分自身の趣味でもあるからこそ、ユーザーの視点を忘れず、微力ながら愛車と楽しく過ごすためのお手伝いをできることに意義を感じ、それを生涯の仕事とすることに迷いがなくなって行きました。

そして、本日よりこれまで自分の愛車の主治医としてお世話になってきたクイックトレーディングのフロントスタッフとして、皆様のカーライフをサポートさせていただくこととなりました。

これまでこのブログの記事としてご紹介してきましたクルマの初期化や海外からの部品調達など、今後はもっと広く皆さんのお手伝いができるかと思いますし、そして何よりもクルマを通じて皆さんが人生を豊かに過ごすことができるよう、微力ながらお手伝いできることが何よりも嬉しく、今からワクワクしています。

このブログも新しい視点と強力な?取材ソースを基に、書いていきたいと思っていますので、引き続きご愛読いただけるようお願いいたします。

フロントスタッフとしては未熟者ですが、どうぞお気軽に、また何なりとご相談いただければと思います。

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天国の雑貨店

どんな業界や製品であってもそれを初めて世に出した人の苦労は並々ならぬものがあると思います。

このブログをお読みいただいている皆さんは「イタリア自動車雑貨店」というお店をご存知の方が多いのではないかと思います。
実際に店舗を訪れる機会がない方であっても、そのWebサイトに所狭しと掲載されている様々な商品に思わず、「ポチっと」された方も多いのではないかと思うのですが、この「自動車雑貨」という商品ジャンルを初めて世に知らしめたのは、このイタリア自動車雑貨店の社長である太田一義氏ではなかったかと思います。

それまではディーラーの店先の片隅に置かれていたノベルティグッズであったり、みやげ物屋に無造作に並べられているような自動車に関連した雑貨を一同に集めて販売するという業態を考えたときに、それが果たして商売として成立するのか、また商品として継続して仕入れができるのか・・・といった様々な不安の中でイタリア自動車雑貨店は走り始めました。そして、当初の路地裏の駄菓子屋のような店舗から、四谷の表通りに面したひときわ人目を惹く現在の店舗に至るまで、多くのイタリア車を愛する人々にその夢とささやかな癒しを届け続けて来ました。

新しいクルマを買って真っ先に訪れるのはこの雑貨店で、キーホルダーを新しく購入し、レアもののステッカーを似合うかどうか悩みながら購入したり、自分の愛車と同じミニチュアカーを一生懸命探したり・・・と単にクルマをドライブするだけでなく、そのクルマと「一緒に暮らす」ためのモチベーションをこの店からもらいました。

様々な事情から、クルマを手放さざるを得なくなったときにも、いつかまた・・・と手許に残したのは、この店で買ったお気に入りのキーホルダーだった方もいらっしゃるでしょう。

新車に浮気しそうになったときに拗ねてしまった愛車のご機嫌を取るために、フロアマットを新調したり、シフトノブを交換したりした方もいらっしゃるでしょう。

仕事帰りに、また出張で上京した際に、特に何を買うでもなく、この店を覗いた方もいらっしゃるでしょう。

今では当たり前のようにあるイタリア自動車雑貨店がこうして続いて来れたのは、イタリア中を探し回り、時には警察の尋問を受けながら、日本とはかけ離れた商習慣に、ときには怒り、ときには肩をすくめながらも私たちがニヤリとするような掘り出し物を探し続けて来た太田社長と、その商品を慈しむように手入れをして店に並べてきたスタッフの皆さんの努力と苦労があったからだろうと思います。


その太田社長が天国に召されました。


享年60歳とそれはあまりに早すぎることで、店先でタバコをくゆらせ、ニコニコと笑いながら話をしたことを昨日のことのように思い出します。

きっと天国にはイタリア自動車雑貨店のような店がなかったのでしょう。すでに鬼籍に入ったイタリア車を愛する先達の皆さんが、

「太田社長。こっちでも店を開いてよ」

とラブコールを送ってきたに違いありません。

どうやらイタリア自動車雑貨店はこの世だけでなく、天国にも新しく支店ができたようです。

きっと今頃は太田社長は、かつて私にそうしてくれたように、満面の笑みをたたえながら、
「こんな珍しいものを見つけたんだよね~」とちょっと自慢そうに、天国の皆さんに見せびらかしているのでしょう。

イタリア自動車雑貨店と太田社長のことをもっとお知らせしたいと思ったのですが、まだ私がかつて書いた記事以上の文章を書くことができません。
よろしければ今一度お読みいただければと思います。
この記事を書いたときに、太田社長はとても喜んでくださったことを思い出しています。






太田さん。お疲れ様でした。そしてありがとうございました。
でも天国でまた新しいお店を開店するのですから、私が行ったときにもまた面白い掘り出し物を見せてくださいね。


(追記)

本日、10月30日、しめやかに告別式が行われました。焼香台には愛車のポルシェの写真、そして棺には太田社長が愛用していた帽子が添えられ、太田社長と一緒に旅立ちました。
太田社長のご冥福をお祈りいたします。

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国民の民度

最近になって日本の領土に関する周辺国との問題が噴出しています。現在の日本にある領土問題は、中国との間の尖閣諸島、韓国との間の竹島、そしてロシアとの間の北方領土なのはご存知の通りですが、これらは領土問題と一口で括ることはできず、その起源と原因は個々に異なっています。

残念なことに日本は国境問題にはあまりにリアリズムを持たずに過ごして来ました。それは島国で四方を海に囲まれて来たからだと思うのですが、一方の大陸にある国家にとって国境警備は日常の問題で、領土というものは常に隣国からの侵略の脅威に晒されており、過去の経験から守らない領土は手放したも同然という文化を持っています。
一方で私たちは小さい頃から「人のものを欲しがるのは恥ずかしいこと」と教わって来ました。確かに太平洋戦争は侵略戦争という意味合いがあったと思いますが、それでも大義としては人のものを欲しがったのではなく、大東亜共栄圏という大義名分を持ち、実際に戦った兵士はアジアを欧米から解放するという崇高な目的をもって戦場に出征したのです。
しかし、世界には「人のものでも手に入るのであれば手に入れないのは馬鹿」と考える国が多いのが事実で、その現実を踏まえて私達は国際社会の中で行動しなければなりません。

私が登録しているフェイスブックというSNSは実名での登録であることからこれらのニュースとその反応は冷静かつ論理的なものが多く、多くの証拠資料が記事として書かれています。

竹島の領有問題が発生したのは太平洋戦争の日本の敗戦時に遡ります。言い換えればそれまでは竹島が日本の領土であることを韓国(朝鮮)も全く問題視していなかったのです。竹島問題のこれまでの経緯が良く分からないという方のためにこのフェイスブックに実に分かりやすく説明したものが載っていましたので転載させていただきます。

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このように竹島の領有権争いは日本の敗戦により韓国にによって「思いつかれて」スタートした問題なのですが、一方の韓国は永年の教育により国民の殆どがそのこじつけによる論理を信じてしまっています。
しかし、韓国の政治家や歴史家は竹島が歴史的な領土争いではなく、戦後の日韓両国の力関係から自分達が「仕掛けた」争いであることを知っていると思います。だからこそ、頑なに日本が提案している国際司法裁判所への提訴を受け付けないので、実際に裁判で判決が出ると、これまでの竹島の実効支配が無に帰してしまう可能性を良く知っているからだと思います。

ここで他山の石として考えるべきは、最近よく言葉として出てくる「国益」という問題です。韓国にとって近視眼的な国益は竹島の実効支配だと思いますが、この「実効支配」とはそもそも領土問題が解決していない状態であり、その論理と行動に無理があるとすれば長期的に見れば国際社会でその国家の見識と行動が疑われることになり、結果として著しく国益を損なうことになってしまいます。
私は竹島の問題はこの官民の理解が異なるという二重構造にあると思っています。韓国の国民はその間違ったストーリーを教育されて来たために、純粋に竹島は韓国の領土だと思っています。以前の日韓関係であればそれでも良かったかも知れませんが、現在のように文化交流が盛んになり、インターネットを通じて多様な情報が入手でき、多くの韓国人が日本を訪れる現在では、早晩、韓国国民が自分達の論理には無理があるのでは・・・と思うでしょう。そしてその間違った論理で竹島領有を主張し続けてきた歴代の韓国政府に対して不信感を持つのではないかと思います。
韓国政府は日本の国際司法裁判所への提訴を「一顧だにしない」という姿勢をとり続けていますが、竹島が自国の領土であると信じ切っている韓国国民の中には、なぜ国際司法裁判所で白黒つけないのか?と訝る世論も出てきているのです。

これまでの日韓両国はこの問題に「目を瞑り」、「先送りし」、ある意味「放置」して来ました。それは日韓両国が連携して発展していくために必要だったのかも知れませんが、両国の将来のためには目を瞑ったままで良いはずはないでしょう。

私は日本国内だけでなく、韓国の国民に日本の立場と論理を理解してもらった上で、自国の主張がそれでも正当かどうかを判断してもらうべきだと思います。
日本の立場とは竹島が日本の領土であるということですから、韓国大統領を始めとする政治家から今回泳いで竹島に渡った芸能人や観光で訪れた一般人に至るまで、竹島に上陸した韓国人全てを日本への不法入国者として取り扱うべきだと思います。従って日本国に不法入国歴(犯罪歴)がある韓国人は断固として今後は入国拒否すべきです。
また、今回竹島に上陸した芸能人に関しては、その出演作品も日本では上映禁止とするべきだと思います。日本の芸能人がそれが例え軽犯罪であったとしも、TV番組が放映中止となったり芸能活動を一定期間自粛させられているのですから、同様の措置を韓国の芸能人に対して行うことはむしろ両国の芸能人にとってフェアな取り扱いだと言えるでしょう。
入国管理官が全ての韓国からの一般人の入国希望者に竹島への渡航歴を確認すれば、それでも入国しようとする韓国人はウソをつかなければ入国できないことになります。
こうすることにより韓国国民も竹島問題を韓国のマスコミにより報道されている問題ではなく、より身近な自分の問題として理解でき、反対に韓国政府に対して「早く白黒つけてくれ」という世論を喚起することができると思っています。
通貨スワップなどの互恵条約を見直すことも必要ですが、今一番重要なのは韓国国内で国際司法裁判所への提訴を受けるように世論を高めることではないかと思います。

一方で中国との尖閣諸島問題はある意味もっと単純だと言えます。それは中国のご都合主義による主張で、韓国と異なり中国国内の様々な資料から、尖閣諸島の領有が突然に主張され始めたことが分かります。

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これは週間ポストに掲載されていた1960年に中国国内で発行された地図ですが、中国は歴史的事実により尖閣諸島の領有権を主張し続けてきたのではなく、日本の領土であることを前提として、それでも欲しがっていることが分かります。
そして韓国よりも単純なのは中国国民の感情で、一部の知識階層は別にして、多面的に物事を検証するという行動経験のない国民にとって、反日デモは「反日本」ではなく「反日常」であり、広がる貧富の格差や中国共産党の独裁政権の矛盾に対する欲求不満の捌け口になっていることです。
中国政府はこれまでもこうして反日感情を利用してガス抜きを行ってきました。日本にとっては良い迷惑であったのですが、これからも反日で国民の目をそらし続けるには限界が来るでしょう。

日本は尖閣諸島をいたずらに実効支配などしようとせずに、「粛々と」不法入国者に対処し続けるのが良いと思います。もし、中国が南沙諸島のように国家として実効支配しようとするならば、領土侵犯として断固たる処置を取る必要があると思いますが、それが表面的であれ一部の民間人の過激な行動であれば、成熟したオトナの国家はあくまで国内法により不法入国者としてこれらに対処するべきだと思います。

そして、竹島や尖閣と大きく異なるのが北方領土です。日本人は敗戦により戦争が終わったという理解をしており、国土が焦土となり、多くの民間人が犠牲になったことで自分達の敗戦処理が終わったと思っています。
しかし、戦勝国にとっては兵士を始めとする自国民の流した血の対価が何であるかを明確にすることは当然のことで、これまでの戦争では負けた国は膨大な賠償金を支払ったり、自国の領土を手放すことにより敗戦処理を行ってきたのです。
実際に日露戦争で勝利した日本はシベリア半島を領土としましたし、それを太平洋戦争の敗戦により手放しました。歴史の常識として戦勝国が戦利品を得るのは当たり前のことであり、ロシアの対日参戦がいかに火事場泥棒的なものであり、北方四島が敗戦後に不法に占領されたものであるとしても、ロシアにとって北方四島は戦利品であり、それを返還することは戦死したロシアの兵士に対する冒涜であると考えるのは無理からぬことだと思います。
そうであるならば、単に返してくれ・・・と言い続けてもそれが実現しないのは当たり前で、ロシアにとって北方四島を手放すための合理的なストーリーを提示しなければ交渉にはならないと思います。

敗戦によりアメリカの領土となった沖縄が日本に返還されたのは、両国にとってそのストーリーが合理的であったからで、その前提としての日米安保であり、沖縄の米軍基地であることを考えると、この北方領土の返還は日ロの相互利益となるようなストーリーをいかに描くかにかかっていることは明白です。そしてそれを提示する責任は日本側にあると思います。

私はこれらの領土問題は日本にとっての国難ではなく、むしろ国際社会に日本人の民度を示すチャンスだと思っています。
世界において日本がかつて経験してきたことの特殊性は群を抜いています。
アメリカ人の友人と真剣に話したことがあるのですが、彼は生粋のアメリカ人で、その先祖はメイフラワー号に乗り、イギリスから初めてアメリカ大陸に上陸したという家系です。またコロンビア大学を卒業し、シカゴ大学のMBAを取得した素晴らしい学歴と見識を持っているのですが、彼は太平洋戦争についても実に面白い見識を話してくれました。その話は別の機会にしたいと思いますが、彼によるとこれからの国際社会の秩序をリードするのは、自国の国益をベースにした経済力と軍事力がある大国ではなく、小国であっても民度が高く、リベラルな見識を持つ少数の国家グループによるべきだと考えており、その国家として一番適しているのが日本だと考えているのです。
彼によると日本ほど国際社会にリベラルに発言できる国家はないそうで、日本は・・・、

・特定の宗教を持たない(宗教対立に中立でいることができる)
・有色人種の国家で初めて白人と対等に戦った経験がある(白人にとって初めて真剣に戦った非白人の国家である)
・天然資源がないにも関わらず焦土から復興し、これだけの経済成長を成し遂げた(発展途上国に成長モデルを提示できる)
・人類で唯一の被爆国であり核武装をしていない(核軍縮に対して仲裁的な発言力がある)
・地震を始めとする殆どの自然災害を経験している(自然災害について洞察力があり復興経験がある)
・領土的な野心がなく紛争に介入しても合理的な解決策を提示できる(自国の国益をベースにしない)
・一部の政治家だけでなく国民全体の民度が高く、国際貢献ができる潜在要員が豊富である

などの他国にはない優れた点があるそうです。これらが全てその通りかというと日本人としては面映い部分があることは確かですが、事実としてこれらの独自性があるのはその通りで、私達はこれからこれらの独自性をどのように生かして行くかを考える必要があると思います。

日本は現在の領土問題を世界に発信すると共に、これまで様々な国家間で争われてきた領土問題と異なった解決方法を国際社会に示すチャンスだと思います。それは「粛々とした」「法治国家として」の対処で、エモーショナルなナショナリズムではなく、民度の高い国家として世界から紛争解決のお手本と言われる解決をすることだと思います。

日本国民の民度の高さは国際的に認知されています。
東日本大震災において災害救援物資をヘリコプターで届けたアメリカ海兵隊員が述懐していたのですが、ある避難場所に降下して物資を下ろしていたら被災した人から、「私達はもう充分なので、他の避難場所に届けて欲しい」と言われ驚いたそうです。このパイロットは他の国でも災害救援を経験しており、これまでは物資を届けると奪い合いが起こるのは当たり前だったそうです。
過去の記事でも書きましたが、災害時に自衛隊(軍隊)が治安維持のために出動する必要がなく、武装せずに丸腰で救援活動に専念できる国は日本くらいのものでしょう。
一部の不心得者がいたのも事実ですが、津波で流された金庫の多くがそのまま届けられる国も日本くらいのもので、そのニュースは驚きと尊敬の念を持って世界中に配信されました。
そして中国でさえも、動かない電車を駅で待つ人々が通る人のために階段の真ん中を空けて座っている様子を、「見習うべきもの」として報道しています。

そして私が最近とても気に入っている写真がフェイスブックで配信されたこの写真です。

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これは大飯原発の再稼動に反対するデモ隊と警備する機動隊とを写した写真です。この写真も世界に配信されているのですが、大降りの雨にデモ隊の女性が機動隊隊員に傘を差しかけている様子です。
この写真は日本の「一般人の」デモ参加者が抗議すべき相手が何であるかをちゃんと理解して行動していることを示しています。
首相官邸前で原発再稼動に反対しているデモ参加者も、警備している警察官に「ご苦労様です。ありがとう」と言って解散しているそうです。
反政府デモが内戦に発展したり、暴徒と化したデモ隊が建物を破壊したり略奪を行ったりすることが当たり前の世界に対して、日本人のデモの様子を写したこの一枚の写真が与えるインパクトがどれほどのものであるかを想像して見てください。私達はこの民度の高さを誇りに思うべきです。

残念ながら紛争を解決する手段として武力を行使することは世界では当たり前のことなのかも知れません。
しかし、私達は世界から、「あのときの日本のような解決をすべき」と言われるような解決を行うことが、これからの日本の真の国益になるのではと思います。

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テーマ:領土・領海・・経済水域 - ジャンル:政治・経済

父の戦争

今年も8月になり、太平洋戦争のドキュメンタリーや映画がテレビで放送されるようになりました。

後の歴史家がその戦争の意義と背景を客観的に分析することはとても重要なことだと思いますが、どんなに意義があったとしても、戦争が人間の行う最悪の所業であり、その結果が悲惨であることに変りはありません。

1945年8月15日に日本はポツダム宣言を受諾し太平洋戦争に敗戦したのですが、交戦相手国にとってこの日は対日戦の戦勝記念日でもあります。日本ではこの8月15日を「終戦記念日」と表していますが、私はこの「終戦」という言葉に何となく欺瞞的な意図を感じてしまいます。確かに日本はポツダム宣言という降伏条件を受諾したので、その条件そのものが無条件降伏に近いものであっても、無条件降伏ではないという論拠は理解できますが、それはやはり「敗戦」でしかなく、「講和」でも「終戦」でもなかったと思います。
昔から日本では「撤退」や「敗走」を「転進」と呼び、「全滅」を「玉砕」と言い換えてその本質を誤魔化して来たのですが、その誤魔化しの延長線にあるのがこの「終戦」という表現のような気がします。

一昨年に他界した私の父は従軍体験者です。その証拠?に父は通常の国民年金、厚生年金に加えて定年まで勤めた銀行からの企業年金、そして軍人恩給を受給していました。そういった意味では最も手厚い年金受給者であったと言えるのですが、その従軍体験については生前あまり語ることはありませんでした。

一方で、私の叔父はアメリカ人で同じく太平洋戦争の従軍体験者です。実は、私の叔母が戦後に進駐軍としてやって来た米国海軍のパイロットと結婚したからなのですが、私がその事実を知ったのは確か中学生くらいの頃だったと思います。
何故なら、叔母が叔父と結婚した当時の日本では、こうした国際結婚は親族にとってあまりいい顔はされず、交際している時も叔母が叔父から貰ってくる米軍の物資を喜ぶ一方で、陰では随分と酷いことを言われ、叔父が帰国することになり、結婚して叔母を連れて行きたいと言った時に、勘当とまではいかずとも絶縁状態となり、音信が途絶えていたのです。

こうして叔母は叔父とともにアメリカに渡り、しばらくは海軍基地のあったサンディエゴに住んでいましたが、その後に叔父が退役して、航空機メーカーのグラマン社に勤務するようになってからは、転勤でシアトルを始め、ドイツや北欧などを転々とし、叔父がリタイアしてようやくまたカリフォルニアに戻って来ました。
グラマン社は現在に至るまで数多くのアメリカ海軍の航空機を製造してきたメーカーで、戦時中はF4Fワイルドキャット、F6Fヘルキャット艦上戦闘機に始まり、近年のF-14トムキャットに至るまで、一時期は空母に搭載されている全ての固定翼機がグラマン社製だったほど米海軍とは密接な関係のある航空機メーカーです。
叔父は大学でエンジニアリングを専攻していたために、退役した後にこのグラマン社の技術アドバイザーとして実際の飛行経験を基に主にセールスサポートを行っていたのです。

再び親族の付き合いが始まったのは私が大学生のときで、来日した叔父とつたないながらも英語で会話ができるのが私だけだったこともあり、叔母の通訳を介さずに様々な話しをしました。
叔父は私が飛行機好きであることをいたく喜んでくれ、その後もグラマンの広報生写真やらサンディエゴのミラマー基地のPX(売店)で様々なグッズを買っては送ってくれました。ちょうどその時、映画「Top Gun」が全米で公開され、日本での公開前にいち早くビデオを送ってくれたのですが、字幕がないために見るのに往生した記憶があります(笑)。

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戦時中、彼は写真のTBMアベンジャーという雷撃機のパイロットでした。このアベンジャーという雷撃機は不恰好ながら、日本の艦船を多く撃沈した名機なのですが、叔父自身は幸いなことに偵察任務が殆どで、実際に雷撃を行うような戦闘に参加したことはなかったそうです。事実、叔父が空母に配属された当時は、戦艦大和も既に撃沈されており、連合艦隊の艦船は殆ど残ってはいませんでした。

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写真はEssex級航空母艦ヨークタウン(二代目)

叔父が乗り組んでいた空母の名前は失念してしまいましたが、Essex Classと言っていたのは憶えていますので、米国海軍の大型の正規空母だったのでしょう。このEssex級航空母艦は1942年から就役を始めた米海軍の空母で、戦後も改造されながら1991年まで現役であった名艦です。

そして父は戦時中は大学生で明治大学に通っており徴兵を免れていたのですが、理系ではなかったために法律改正に伴い、ついに徴兵されることとなりました。
父は学徒出陣の二期生で、実際に入隊するときにはニュース映像にも残っている一期生の「雨の神宮行進」といった華々しいセレモニーもなかったそうです。徴兵された陸軍では砲兵隊に配属されたものの、その当時には父を外地に運ぶ輸送船すらなく、無駄と知りつつ高知の海岸で本土決戦に備えて砂浜に竹槍を刺してバリケードを造ったり、タコツボと呼ばれる兵士が隠れる穴を掘る毎日だったそうです。
結果として米軍の本土上陸作戦前に日本は敗戦し、父も生き残ることができたのですが、父の同期の友人の中には人間魚雷「回天」という特攻兵器に乗るために訓練中に命を落としたり、戦艦大和に乗り組んで戦没した者もいたそうですので、やはり徴兵されることは明日をも知れぬ命であったのです。

別の機会にその当時の気持ちを父に聞く機会があったのですが、どんなに大本営発表で日本が勝っていると言われても、度重なる空襲と物資不足からとても日本が優勢とは思えず、最後には高知の海岸で上陸してくる敵と刺し違える覚悟はあったものの、それで戦争に勝てるとは思っていなかったそうです。では、それでも何故戦うのかと聞くと、自分達が敵に多大な犠牲を強いることにより、少しでも有利な講和ができれば・・・という思いだったそうです。そして当時のインテリと言われた大学生はその程度の戦況分析力は持っており、父と同じく徴兵された同級生も皆、同じ気持ちだったそうです。
一方の母は戦時中は通っていた女学校が飛行服の縫製工場となり、鉢巻を締めてミシンを踏む毎日だったそうで、被弾し不時着したB-29を見に行った時に、機体の傍で亡くなっていた敵の搭乗員の着ていたフライトジャケットを見て、自分達が縫製している飛行服との違いを初めて知り、これは負けるのではと思ったそうです。

そして、叔父と一緒に酒を飲み始めて酔っ払った父は、私に通訳しろと言ってとんでもない話を始めてしまったのです。

父の部隊は高知の海岸線で米軍の上陸を水際で撃退するのが任務だったのですが、毎日決まった時間に決まった方向から偵察にやって来ては、民間人であろうが動く物を見つけると適当に機銃掃射をして行く米軍の艦載機には閉口していたものの、応戦許可が出ずに飛んで来る時間になると隠れる毎日だったそうです。
飛んできた艦載機は写真のチャンスボートF-4Uコルセアという戦闘爆撃機で、独特のガルウイングからすぐに分かったそうです。

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しかし、そんな父の部隊にも応戦するチャンスが訪れます。師団命令で、本土決戦に備えて細々と補給される機関銃の弾丸が一定の量になったら応戦して良し、と言われていたそうなのですが、ようやくその規定の弾薬が溜まったのです。そしてその攻撃の指揮を大学生であったために陸軍少尉として任官していた父が執ることになりました。

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父の部隊には対空機関砲などはなく、92式重機関銃という陸戦用の機関銃しかありませんでした。しかし92式重機関銃は口径7.7mmで発射速度は遅いものの光学式の照準器を備えており命中精度が高い機関銃でした。
対空戦闘での最大の問題は弾道の目視で、飛行機の機銃や対空機関銃には通常は曳光弾と呼ばれる光る弾丸を一定間隔で通常の弾薬に混ぜて発射することにより、その弾道を目視できるようにするのですが、陸戦用では弾着する先は地面や建物ですので、この曳光弾は必要なく、補給された弾丸にも曳光弾はありませんでした。

しかし、敵機は一度も応戦されたことがないために完全にナメ切っており、警戒することなく毎日定期便のように2機編隊で、決まった方向から高知の海岸に侵入して来たために、父はその敵機を最も狙いやすい位置に機銃を据えて、予め試射をして弾道を確かめて、コルセアが飛んでくるのを待ち受けることにしました。万が一討ちもらせば敵機からの反撃は必至でしたから、そのまますぐに退避できるように岩場の陰を選んで、予め退避路も確保しておいたそうですので、父を始めとする機銃隊全員はそこで死ぬ気などさらさらなかったのでしょう。

そして、ついにコルセアがやって来ました。やはり前日と同じお決まりの偵察コースです。

その時の父も機銃隊全員も攻撃できることを素直に喜んで、勇気百倍だったそうですが、冷静に考えると実にリスキーな攻撃でした。陸上戦闘用では重機関銃という名前でも7.7mmという口径の機銃は対空機銃としては豆鉄砲のようなもので、仮に命中したとしてもコルセアを始めとする当時の米軍機は防弾装備が行き届いており、撃墜することは難しかっただろうと思います。

さらにこの92式重機関銃はベルト給弾式でマガジン一つには30発しか弾丸がなく、相手が飛行機であるとせいぜい撃てるのはマガジン交換の時間も入れると60発が限度でした。ですので、せめてもの優位性は相手が警戒していないことと、最初から狙いをつけておけるということしかありませんでした。
私は父がこの話しをしているときに真っ先にこの指摘をしたのですが、父はそれには答えずに、「当てる自信があった」としか言いませんでしたが、もし私が指揮官であったなら92式重機関銃では攻撃しなかっただろうと思います。
しかし、父の部隊は予定通り攻撃を行いました。最初の30発のマガジンを撃ちつくしてもコルセアはびくともしなかったために、危険を感じた父は攻撃止めという命令を出して機銃隊を退避させたそうです。
ここからは想像なのですが、射撃した弾丸が曳光弾ではなかったこととマガジン一連のみの射撃であったことが結果として功を奏し、ひょっとしたらコルセアは撃たれたことにすら気づかなかったのではないかと思われます。

攻撃は失敗に終わったかと思われたのですが、たまたま機銃弾がエンジンに当たったのか、後に2機のコルセアの内の1機が洋上に墜落したとの連絡を受け、父の機銃隊は褒美に一升瓶を部隊長から貰ったそうです。

この話を酔っ払った父は、叔父に通訳しろと言いながら話したのですが、「オレはシコルスキー(当時のコルセアの日本での呼び名)を撃墜したぞ」で始まるこの話を通訳し終えたとき、叔父は複雑な表情で私にパイロットはベイルアウト(パラシュート脱出)したのか聞いてくれと言われたのですが、父は墜落したところを見ていないために分からないとしか答えられませんでした。

最後は二人とも酔っ払い、「不幸な時代だった」ということで終わりにしたのですが、あの時の叔父の表情を忘れることはできません。

戦争がなければ出会うことのなかった叔父と叔母ではありますが、両国で戦争を経験した方がどんどんと鬼籍に入り、こうした戦争の記憶が語られることがなくなるということは同時に、米国はともかく日本人に戦争のリアリティを失わせて行くことになります。
せめて、生でこうした話を直接聞くことのできた私達の世代が書き残しておきたいと思います。

(この記事はフェイスブックのウォール記事で書いたものを加筆再編集しました)

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